一分の魔物が、プロ格闘家を食う日
一分の魔物が、プロ格闘家を食う日
格闘技には、時間の長さでは測れない怖さがある。
3分3ラウンドなら見えないものが、たった1分の中では見えてしまうことがある。
強い選手が、必ず勝つとは限らない。
実績のある選手が、必ず支配できるとも限らない。
一瞬の迷い。
一歩の踏み込み。
一発のカウンター。
それだけで、すべてがひっくり返る。
私は今、ブレイキングダウンというイベントが、当初掲げていたコンセプトを、本当の意味で成就させつつあるのではないかと思っています。
「1分なら、素人でもプロに勝てるかもしれない」
最初にこの言葉を聞いた時、単純に面白い企画だと思いました。
格闘技をずっと見てきた人間からしても、夢がある。
危うさもある。
そして、何より分かりやすい。
私自身、当初はBDを毎回のように見ていました。
ただ、ある時期から少し距離を置くようになりました。
過去にアウトローだった人ではなく、今まさにアウトローの空気をまとった人まで注目され、BDに出ることで、さらに箔が付くような状態が一部で生まれているように感じたからです。
子どもたちへの影響も考え、私はBDに出場する選手に対してはスポンサードしないと決めました。
この話は、また別の機会にきちんと書きたいと思います。
今回書きたいのは、そこではありません。
私が少し距離を置いたBDが、皮肉にも、今もっともBDらしい完成形に近づいているのではないか。
そのことについて書きたいのです。
1分1ラウンドが生む“魔物”
格闘技を見る人なら、多くの人が本能的に反応してしまう瞬間があります。
それは、K.Oです。
もちろん、判定勝ちにも技術はあります。
寝技の攻防にも深さがあります。
相手を封じ込める戦略にも、美しさがあります。
でも、見る側の感情を一瞬で爆発させるのは、やはりK.Oです。
そして、K.Oの中でも特に衝撃が大きいのが、カウンターです。
攻めていた選手が、次の瞬間に倒される。
勝っているように見えた選手が、一発で沈む。
空気が一瞬で変わる。
会場の熱が、別の方向へ爆発する。
このカウンターの可能性を最大限に高めているのが、BDの「1分1ラウンド」というルールではないでしょうか。
普通に考えれば、1分間アウトボクシングをすれば、勝つことも可能です。
距離を取る。
もらわない。
当てて逃げる。
冷静にポイントを拾う。
実力のある選手ほど、それはできるはずです。
しかし、BDではそれが起きにくい。
なぜか。
それは、BDが積み上げてきた歴史の中で、
「1分で派手にK.Oを狙うこと」
が“正”とされ、
「アウトボクシングで安全に勝つこと」
が“悪”のように見られる文化が生まれたからではないかと思います。
もちろん、これはすべての選手や視聴者に当てはまる話ではありません。
冷静に戦う選手もいます。
技術で勝ち切る選手もいます。
ただ、BDという舞台全体を包む空気としては、やはり「倒しに行くこと」が強く求められているように感じます。
喧嘩自慢。
煽り合い。
会場の空気。
視聴者の期待。
短い時間で何かを起こせ、という圧力。
そのすべてが選手の背中を押す。
いや、押すというより、前に出させる。
本来なら冷静に戦える選手まで、倒しに行かざるを得ない空気になる。
この空気こそが、BDのコンセプトを成就させる最大の鍵になっているのではないでしょうか。
ストライカーは、常に諸刃の剣を持っている
ストライカーは、常に諸刃の剣を持っています。
倒しに行く力があるということは、同時に倒される隙も抱えているということです。
強いパンチを打てる選手ほど、相手に与える衝撃は大きい。
しかし、その一撃を狙いに行く瞬間、必ずどこかに穴が生まれる。
その一瞬に、カウンターは差し込まれます。
相手を倒しに行く圧力が強ければ強いほど、返された時の衝撃も大きくなる。
つまり、ストライカーの強さは、同時に危うさでもある。
これが格闘技の怖さです。
そしてBDの1分1ラウンドは、その危うさを最大化する舞台です。
時間が短い。
会場が煽る。
視聴者がK.Oを求める。
選手も、1分で何かを起こさなければならないと思う。
だから、前に出る。
だから、強引に倒しに行く。
だから、カウンターが生まれる。
この構造こそが、BDの怖さであり、面白さでもあると思います。
3分3ラウンドでは起きにくい“ディープインパクト”
3分3ラウンドの競技では、なかなか起きにくい衝撃があります。
私はそれを、BDにおける“ディープインパクト”のように感じています。
それぞれが倒しに行く。
短い時間の中で、自分を証明しに行く。
勝ち方よりも、倒し方が求められる。
その結果、普段なら起きにくい一撃や、信じられない逆転が起きる。
冷静に戦えば負けない選手が、1分という舞台に飲まれる。
本来なら距離を取れる選手が、打ち合いに応じてしまう。
本来なら見えているはずのパンチを、もらってしまう。
一分の魔物に食われる。
そんな舞台を作ったBDには、素直に天晴れと言いたいです。
芦澤竜誠選手の試合などは、私にはその象徴のように見えました。
もちろん、相手の強さや当日の作戦、試合の流れもあります。
ただ、外から見ている側としては、もっと距離を取って戦う選択もあったのではないか、と感じた部分がありました。
それでも、BDの空気は選手を前に出させる。
冷静に戦えば違う展開もあったかもしれない選手が、1分という舞台に飲まれていく。
そこに、BDの怖さがあるように感じました。
これは単なる油断ではないと思います。
BDという舞台そのものが、選手の判断を狂わせる。
3分3ラウンドの身体と頭で入ってきた選手を、1分の空気が別物に変えてしまう。
そこに、BDという競技の本質があるように思います。
BDは格闘技であり、同時に別競技でもある
誤解のないように書いておきたいのですが、私はBDの選手たちを下に見ているわけではありません。
むしろ、BDの上位選手たちは、1分という特殊な競技条件の中で勝つための技術、度胸、間合い、見せ方を持っていると思っています。
私の持論ですが、今のBDにはAグループからCグループのような階層があると思っています。
その中でもAグループの選手たちは、本当に「BDという競技のプロ」だと思います。
胸を張っていい選手たちです。
ただし、これは非常に異質なプロです。
一般的な格闘技と同じ枠で見てしまうのは危険です。
もちろん、殴る、蹴る、倒すという意味では格闘技です。
しかし、競技性としてはまったく違うスポーツに近い。
1分という時間。
K.Oが絶対的な価値を持つ空気。
逃げ切るより、倒しに行くことが評価される文化。
失敗すれば一瞬で終わる緊張感。
この条件の中で勝つ技術は、通常の格闘技とは別に進化していくはずです。
1分で相手を削る技術。
1分で相手を焦らせる技術。
1分で相手を誘い込む技術。
1分で倒しに来た相手を、逆に沈める技術。
まだ成熟していないからこそ、今は荒さも目立つ。
でも、だからこそ面白い。
BDを「格闘技ではない」と言いたいのではありません。
格闘技ではある。
ただし、1分1ラウンドという条件によって、別競技に近いほど独自進化している。
私は、そう見ています。
ここを混同すると、BDの選手も、RIZINの選手も、どちらも正しく評価できなくなる気がします。
マラソン選手と短距離選手の違い
例えるなら、マラソン選手が100メートルの選手に勝てないのと似ています。
もちろん、勝てる選手もいるかもしれません。
ただ、それはまだ1分という競技が完全に熟成していない今だから起きることかもしれません。
もう少し分かりやすく言えば、100メートル走の選手たちに対して、新たに30メートル走や10メートル走という競技が作られたらどうなるのか。
そこでは、また違う才能が必要になるはずです。
スタートの速さ。
一歩目の爆発力。
一瞬でトップスピードに乗る感覚。
短ければ短いほど、求められる能力は変わる。
格闘技も同じではないでしょうか。
3分3ラウンドで強い選手が、1分で必ず強いとは限らない。
1分で強い選手が、3分3ラウンドで通用するとも限らない。
ただし、格闘技が陸上競技と決定的に違うのは、ゴールテープに向かって走り切る競技ではないということです。
途中で終わることがある。
K.Oがある。
実力差があっても、たった一撃で結果がひっくり返る。
だから、BDは怖い。
だから、BDは危うい。
そして、だから、BDは見てしまう。
RIZINから乗り込む3選手について
今回、RIZINからBDに乗り込む3選手がいます。
ここが今回の大きな見どころです。
BDの選手たちからすれば、これほどおいしい相手はいないはずです。
RIZINの看板を背負った選手。
格闘技ファンが実力を知っている選手。
倒せば、一気に名前が上がる相手。
当然、BDの選手たちは「あいつらを食ってやろう」と倒しに来るはずです。
その空気が、どこまでRIZIN勢に影響するのか。
ここが一番怖いところです。
ここからは細かな勝敗予想というより、1分競技の怖さをどう見るか、という話として書きます。
ヤマニハ選手については、正直なところ微妙だと思っています。
MMAルールなら、という条件で試合を受けたのだと思いますし、テイクダウンからの攻防で判定という展開になる可能性が高いのではないでしょうか。
ただし、1分です。
テイクダウンに入るまでの一瞬。
組み付くまでの一瞬。
そこに打撃を合わされる怖さはあります。
それでも、冷静に自分の土俵へ持ち込めれば、判定でまとめる可能性が高いと思います。
怪物くんについては、冷静にいなして判定。
そういう試合になるように感じます。
無理に倒しに行かず、相手の勢いを受け流しながら、見せ場を作らせない。
そんな勝ち方ができれば、かなり強いと思います。
問題は宇佐美選手です。
K.O負けは、まずないと思いたい。
実力差を考えれば、普通に戦えば負けることは考えにくい。
ただ、何度も書いてきたように、BDにはディープインパクトを起こす空気があります。
宇佐美選手が強ければ強いほど、相手が放つカウンターで伝わる衝撃は大きくなる。
強いストライカーほど、相手も一発に賭けてくる。
そして、その一撃が入った瞬間に、会場も視聴者も一気に持っていかれる可能性がある。
雰囲気に飲まれず、
「速攻で決めたろ」
と思わなければ、宇佐美選手は実力差を見せつけるでしょう。
しかし……。
この“しかし”があるのが、BDなのだと思います。
それでも、RIZIN勢に返り討ちにしてほしい
ここまでBDの怖さを書いてきました。
1分というルールの怖さ。
K.Oを求める空気の怖さ。
倒しに行くことで生まれるカウンターの怖さ。
そして、実力者ほど飲まれる可能性がある舞台の怖さ。
そのすべてを認めたうえで、私の心の声を正直に言えば、今回はRIZINから乗り込む3選手に、その空気ごと跳ね返してほしいと思っています。
BDの選手たちは、当然、
「あいつらを食ってやろう」
と倒しに来るはずです。
1分というルール。
会場の空気。
視聴者の期待。
一発でひっくり返る怖さ。
そのすべてを背負って、前に出てくる。
だからこそ、RIZINの選手たちには、そこで飲まれるのではなく、技術とパワーで返り討ちにしてほしい。
「やっぱり、3分3ラウンドの世界で積み上げてきた技術と経験は違う」
そう思わせる勝ち方を見せてほしい。
BDという競技の面白さは認める。
一分の魔物がいることも認める。
BDのAグループの選手たちが、独自の競技のプロであることも認める。
それでもなお、今回はその魔物ごと、RIZIN勢にねじ伏せてほしい。
これが、私の本音です。
今回の3試合は、楽しみでもあり、怖くもあります。
BDが本当に一分競技として完成しつつあるのか。
それとも、RIZIN勢がその空気ごと実力で飲み込むのか。
たった1分。
でも、その1分で、見えてしまうものがある。
一分の魔物が、プロ格闘家を食うのか。
それとも、プロ格闘家が、その魔物ごとねじ伏せるのか。
私は、その答えを見たいと思っています。
