オリンピックで世界を感動させた愛の讃歌の世界~シャンソン座談会
シャンソンの魅力はエスプリ(精神)とポエジー(詩心)。大人の感性にフィットするシャンソンと、シャンソンティックな歌に、新たな光が当たりはじめている。パリオリンピックで選ばれた歌は「愛の讃歌」だった。岩谷時子賞を受賞したシャンソン界の輝く星!クミコさんと、シャンソン評論家大野修平さんを迎え、社会を知った女性たちが、なぜシャンソンに心惹かれるのか?を語り合っていただいた。

大人の気持ちにフィットするシャンソン
渡邉◆季刊オピニオンプラスは視野を広げ、自分の可能性に挑戦しようとする女性たちを応援するために発行しています。今の、仕事を持ち自立した女性に「気持ちにフィットする歌・音楽は何ですか? 」を聞くとやはりシャンソンの世界という方が多いんですね。シャンソンを歌ってこられたクミコさんは、越路吹雪さんの歌われた歌詞を書いておられた岩谷時子さんの詩に「自分の生き方を持っている女性の気持ちを感じた」とおっしゃっていましたね。
クミコ■私が歌いはじめた頃は、いろんなタイプの女性が急に出てきた時代でした。もちろん外に出ていく方、主婦になる方、いろんな方がいらしたけど、やっぱり皆さんどうやって女性として生きていったらいいのかを模索している人たちが多かったように思います。その前は生きることだけに大変な時代だったので。だんだん豊かになり、いろんな人生の選択ができる時代になっていったからだと思います。そんな時代に、私も自分の考えで 自分の好きなことをして生きていくというのはどういうことかと……。それは頭で考えるほど簡単なことではなくて。そんな模索の時期に、たまたま越路さんのリサイタルに行ったんです。そこで聞いた歌は失恋の歌なんだけれども、そこに潔い別れ方があったんです。女性が自分を持っていて、二度と愛さないと自分で見切りをつけるという。ひとりの女性としての自主性を感じさせる言葉がたくさん出てくるんですね。それがすごくかっこいいなと思ったんですね。
大野■シャンソンに出てくる女性は、自分を見つめる目を持っていることが多いですね。
クミコ■歌謡曲とかですと、泣き崩れるような女性像がありますが、私はそういう女性像が全然受け入れられなかったんです。西武
劇場で金子由香利さんの舞台を拝見しときに「家に帰るのが怖い」という歌がありました。その舞台では、暗いところと明るいところの歌詞が照明でうまく対比して表現されていたんですが、暗い方を私は背負いながら生きていかなきゃいけないんだなと直感として思った記憶があります。人生いろんな思いをかかえながらそれを振り切って生きていくけれども、将来のことを考えると未来は全然、不確かで、不安だらけで、この先に楽な道は無いだろうと……。「でも行くのよ」という気持ちが伝わってきた。ステージ半分を使って暗い闇の方をきちんと歌う、その闇に対峙しながら光のほうに向かって歩いて行くべきものなんじゃないか?というのをステージで教えていただいた気がします。 それが人生を生きていくということなんですね。そのことがステージからぐっと伝わってきて涙が出てきました。女性の本音の気持ちに寄り添った歌が多かったんだと思いますね。
大野■そういう歌の表現の幅を見つけ出すクミコさんの感性はさすがですね。
渡邉◆日本にフランスのシャンソンが入ってきて、愛され根付いたのは人生を深くみつめた素晴らしい訳詞をする人たちがたくさん出てきたからですね。そして今もなお生き生きと歌い継がれている。パリのオリンピックでも「愛の賛歌」は、世界中の人たちに感動を与えましたね。あれこそ永遠に歌い継がれるエターナルソングだと思いましたね。人生の暗闇と明るさの両方を感じさせる詞の世界があるんですね。
日本の江戸から明治に至るポピュラーソングの「都々逸」や「さのさ」といった歌の中にも、言葉の表と裏が含まれていて、ウィットやエスプリに通じるものがあったと感じるのですが。
大野■江戸文化の芸術の中にはシャンソンに通じるような喜びもあれば悲しみもあるという側面がありますね。例えば「愛の讃歌」の話が出ましたが、そのまま原詞でやってしまうと「あなたが死んでも私は構わない」なんていう過激な歌詞ですから、結婚式では歌えないですよね。越路さんは岩谷さんの名訳を自分の湧き上がる気持ちに託して歌っていますね。それが幅広く受け入れられた重要な要素の一つとしてあるんじゃないかと思います。
渡邉◆日本というのは万葉集などもそうですが和歌を庶民に至るまで楽しむ国でしたね。そういう西と東のポピュラーソングの出会いがシャンソンの中にあったのではないかと思います。
クミコ■今、大河ドラマ「べらぼう」で、江戸文化の世界をみせてくれていますが、言葉の世界の中であんなにいろんな素晴らしい達人たちがあの時代に生きていたということ、そしてそれを庶民も喜び楽しんでいたということに、まずびっくりします。その前の「光る君へ」には万葉集など平安時代のことばの中の奥深さを感じましたね。先人たちが知的な言葉遊びを行っていたということにすごく驚きますよね。
ただ泣き崩れているだけじゃない。その中に光を見ながら言葉を紡いていく様子がすごく素晴らしいなと思いました。身分の上下なく一緒になって和歌を詠む中に、多彩な感情が伝わってきますよね。
大野■子供を思う気持ちだとかね。よく万葉集は「ますらをぶり」というじゃないですか。どちらかというと男性っぽいというか。古今和歌集に代表されるような「たをやめぶり」という女性らしさを持つ和歌が磨かれていくんだけれども、だからといって、クミコさんが先ほどおっしゃったように女性だから女々しいだけじゃないんですよね。逆に男の方が女々しかったりするようなことがありますよね。女性の力強さというか、生命を生み出すのは女性ですから。僕らはいくら頑張ったって子供を産めないわけです。女性には痛みや苦しみに耐えて次の世代へいのちをつないでいく強さがありますよね。万葉から今に至るまで、諧謔の精神に至るまで、日本人というのは真面目に生きながら連綿と言葉と戯れ楽しんで生きていくという国民性がありますね。
銀座はシャンソンの似合う街
渡邉◆今度銀座シャンソンメイトの年1回のスペシャルコンサートを行い、クミコさんにゲストでご登場いただくんですが、銀座という街そのものが、明治の頃は音楽の流れている街だったんですね。お能の金春流の屋敷があった金春通りがありますが、新橋芸者の置屋が何軒もあったそうなんですね。ですからあの通りでは、いつもお稽古の三味線の音色が流れていたんだそうです。だから銀座っていうのは西と東のポピュラーソングの中心地だったといえるのではないかと思います。
クミコ■それでシャンソンが似合う街っていうのは偶然じゃない気がしますね。
大野■あって当然みたいな感じですよね。
渡邉◆やっぱりそういう街の歴史を踏まえて歌があり、そして新しい人生が紡ぎ出されていく。銀座は女性に力を与えてくれる土地柄のような気がいたします。クミコさんは今までの人生の中で、自分が乗り越えていけるというようなシャンソンをお持ちなんでしょうか。
いつも「今の歌」だと思える「愛の讃歌」
クミコ■やっぱり大きな意味で言うと「愛の讃歌」ですね。銀巴里で、まだ若い頃の右も左もわからない時にリクエストをお客様からいただくじゃないですか。ボーイさんがお客様に紙を渡して「リクエスト曲をこれに書いてください」というのがあるんですが、ポピュラーすぎて「愛の讃歌」は、先輩の方々もそんなに歌わなかったので「あなたも歌ってみなさいよ」って言われたりしましたね。私は恐れ多くて逃げ腰だったんです。やはりそれぐらい新人にとっては大きい歌ですからね。でも意を決してやってみようかなと。最初岩谷さんの詞で覚え始めていたんですけども、あなたと私しか出てこない。あなたと私がごっちゃなってしまい難しくて全然向いてないなぁと、勝手に詞を自分バージョンにして書いたりしたんですけども、結局それを発表することなく書き留めただけでした。それからやっぱりずっとずっと歳を経るほどに、この歌がものすごく自分にとって重要だなって、そして全然古くならない色あせない。先ほどおっしゃったオリンピックでもそうですが、今の歌っていつでも思えちゃう。歳とともにわかるし、あの詞だからこそ、深く自分の人生とか時間とか自分の思いを込められる言葉たちだったなと思います。簡単な言葉だからこそ気持ちを込められるし、今の自分が出せるんだと。やっと最近わかってきました。昨年、岩谷時子賞の特別賞をいただいた時に、これがひとつの決着になったと思いました、お褒めに預かって認めていただけて、今までのシャンソンに対しても「愛の讃歌」に対しても間違ってはいなかったという証明をいただいたと勝手に思っていました。
渡邉◆やっぱりそれは今「愛の賛歌」を歌うならクミコさんだっていう。多くの人の感動の重なりがあったからだと思います。
クミコ■私は「愛の讃歌」を成長させてきたんですが、おそらくどなたにとってもそういうツールになる歌だなと思います。例えば非常に物語性の強いシャンソンだったりすると、物語に引っ張られる部分が多くそこを演じる上では思考が変わってくると思います。簡単な歌詞で誰にでも当てはまるような歌詞であればあるほど、その一人ひとりの人生をその都度ごとに再生させる、生まれ変わらせて新しい歌になっていく要素があると思います。誰にとってもおそらく生涯の人生の教科書になるんじゃないかなと思いますね。

翻訳の世界と訳詞の世界の才能とは?
渡邉◆大野さんは、現在訳詞家協会の理事でおられ、翻訳もなさっていらっしゃいますが、ご自身では作詞なさらないんですか?
大野■そこがよく美しい誤解をしてくださるんですが、歌詞対訳というのですが、ただ曲を訳してるだけで僕はそこまでなんですけども、ところが作詞っていうのは訳詞とはまた別の才能なんです。
三代前の訳詞家協会の会長でおられた、ポピュラー音楽全般シャンソンもタンゴもラテンもお得意だった永田文夫先生から『君も訳詩家協会に入りなさい』とずいぶん前におっしゃっていただいて。僕は「訳詩はできません」とお断りしたんですが「君は既にもうフランス語の歌詞対訳をしているでしょ」と「それをベースにして自分で歌いやすいように訳詞をつくってみたいという人もいるんだよ」と。だから、君も訳詩家協会に入る資格はあるんだからと。私はそれでいいならと、昔は会費がなかったので、タダでいいなら入りますと言って。先生に訳詞もおやりになるのはどうしてですかと聞いたら、訳詞家の方がモテるんだよ(笑)と言って。
渡邉◆たしかに大野さんの訳された文章見て、それを自分の歌いやすい歌詞に変えて歌っている方も結構いらっしゃいますね。
大野■「スカーフ」っていう詞あるでしょ。あれはよくできてるんですが「空気の底が暖かい」というフレーズがあるんですが、大気そのものがあったかいっていう意味なんですよ。空気の底って書いてあるんだけども、大体の人たちは、空気の底が暖かいって、そのまま訳している。永田先生はいろんな対訳を参照された。「君の対訳が一番分かりやすい」と。僕は残念ながら訳詞はできないということなんです。協会にいるのがおこがましいですけれど。
渡邉◆大野さんはフランスの素晴らしいシャンソンの歌詞を非常に詳しく調べておられ、その人たちの魅力であるとか、どんな気持ちでこの詞を書いているのかなどについて、とても、詳しく講義を伺ったことがあります。非常にきめ細かくて、あぁ、なるほどこういう風に解釈をしてシャンソンを味わうんだと教えていただきました。
大野■僕は本を読んだり見てるだけじゃなく、来日アーティストの通訳もやっていたんですが、彼らの日々の生きる姿勢みたいなことに直接触れるわけですよ。朝から晩まで、ホテルまで迎えに行って、リハーサルをして、終わって食事したり。一日行動を共にする。もちろん本番もステージの板を通じて彼らの気持ちや息づかいが伝わってくるんです。それが嬉しくてバックグラウンド的にそれを自分の想い出として持っているから、ただ文字で読んだことだけを偉そうに喋ってるだけじゃないんです。1曲1曲に彼らがどう立ち向かい大切にしてるのかとか、リハーサルでやっぱり新しい曲だと疲れちゃったりしていたとか、そういう姿を見てきたので、少しは現場をわかっている評論家になれたかなぁ、と思います。
リアルな仕事仲間との人間関係を歌うシャンソン
渡邉◆シャンソンには人生をしっかり見つめ咀嚼した歌が多いと感じています。バルバラというシンガーソングライターの方の歌に「仲間たち」という歌があります。いろんな地域から自分のそばにやってきて、共に仕事をするいろんなタイプの人がいる。みんな自分を守ってくれるし、自分も彼らを守るんだ、という集団のリーダーとしての気持ちが歌から感じ取れてすごいなぁと思いましたね。そこでプロとしてちゃんと人にお給料も払って、自分も経済的にも生きていく、というそういう責任感をちゃんと持っている女性の歌だと感じます。
大野■歌手は自分が歌うだけじゃなくて、一緒に音楽を創るドラムやギターの奏者やモニター担当などもいるのです。一人一人を大事にしていて、その姿が今渡邉さんがおっしゃったように、ただ歌の中で綺麗事を歌ってるんじゃなくて、リアルな姿を大事にしてるなぁと思います。プロとして個人的な感情などを入れずに、このステージのために力を出し合っていく。それはとても見ていてうらやましい人間関係だなと感じます。通訳は一人でやるもので誰も助けてはくれませんから。
渡邉◆ピアフは男性のミュージシャンや演奏家を育てていますね。女性が男性をより素敵な人になるようにと育てている。
大野■それでうまくいくとあえて捨てるんですよね、彼女の方から。
クミコ■独り立ちさせるということですかね。変な女がくっついてると価値落としちゃうから、自分だけで食べられるようになったんだからと。かっこいいですね。
大野■そうですね、そしてプラス幸せになるとほんとに悲劇的な歌が歌いづらいというのもありますね。あまりにも幸せすぎるとね。あえて自分をそういうとこに叩き込んで。それで悲しい曲の時に力を出すという両方があったみたいですね。男性を育てて、育ったら一人で行きなさいと、私なんかもいらないだろうと、かえって邪魔になっちゃうといけないから、という思いやり。急にふられた方の男性側は、昨日までニコニコしていたのに、と嘆き悲しんだみたいですけどね。なおかつあまりに幸せすぎると悲しみの歌が歌いづらくなっちゃうからと。
渡邉◆湯川れい子さんは私の歌を聞いていただいた時に「天国と地獄の両方を見た人の歌だ」といってくださり、ありがたいと思いました。いくつになっても、その両方がちゃんと歌える人になりたいなと思いましたね。
大野■クミコさんの言葉を借りれば、明るい部分と影になってる部分の両方を自分の人生の実生活で味わってらっしゃる。
渡邉◆仕事をしてるとどうしても、乗り越えなければならない修羅場だってありますね。仕事や人生で責任を持つと。そこを乗り越えていける力を、シャンソンは与えてくれるような気がします。
大野■クミコさんも昔、それこそ自転車に譜面を入れて銀巴里に通われていたと。
クミコ■手書きの譜面をね。伴奏の方が4人いるので4人分コピーして、それをリュックに入れ背おってスポーツサイクルに乗って緊張しながら突っ走っていくと、じとーっとしてるんですね。全部汗かいてそれを見ると、譜面が全部じとーっとしてしまって。これは情けないなと思い、それから自転車はやめました。歌い手じゃないなと。そんなこともありましたね。そういう自転車に乗ったのは、好きだった男性がそういう自転車を好きで、私もっていう感じでした。歌を歌ってんだか、恋してんだかわかんない。なんだかよくわからない銀巴里時代でした。最高の時期だったなと思いますね。後は大変でしたが、その頃はこれぞ青春だなという感じでしたね。
大野■「自転車」というシャンソンの歌がありますね。コマーシャルソングでね。あまりにも人気になっちゃったので、作詞のピエール・バルーが歌詞を足して曲にまとめたんです。シャンソンには素敵な素晴らしい曲が本当にたくさんあるので、これから楽しみです。
渡邉◆クミコさんご自身で訳されている大切な曲とかありますか。
クミコ■「愛しかない時」ですかね。
大野■いいですね、これは大事な曲ですからね。6月に新しいアルバムが出ましたね。「シャンソンティックな歌たち」。これはクミコさんの感性にフィットしたという歌ですね。
クミコ■これは「出逢いが歌を運んだ」。いろんな方との出会いで、歌がやってきたという副題をつけています。
人生には湯川さんや松本隆さんなど、たくさんの方との出会いがあります。古賀力さんには晩年にすごく密にお付き合いさせていただき、「人生は美しい」という戦争がテーマになっているご自身の佐世保の空襲を歌った曲を収録しました。次の「INORI〜祈り」は、日本の歌ですが、佐々木禎子さんという被爆者の少女のことを歌った歌です。そして「僕は唱歌が下手でした」。
これが一番今回置き所が難しかった。ジャワ島で終戦を迎えふるさとに1回も戻ることなく、銃殺された方の残したエスプリのある詞なんです。「僕は唱歌が下手でした。兄弟みんな下手でした僕も妹も弟も」なんてこんなエスプリを持った人が銃殺されてしまう。日本の裁判ではなく向こうの裁判で。12年間獄中でつながれ唱歌を歌ってみると、そこにいない人たちが泣いてくれた。そして最後のところで僕がこの歌を聞いたのお母さんの歌でした。僕を抱きしめていい子だねって言ってくださることでしょう、と歌詞がありまして、これは今絶対歌っておきたいなぁと思いました。
大野■ちょうど終戦80年という節目として、そういうところの感性が僕は大切だとと思います。それはシャンソンにつながるし、歌そのものってそういうものだと思います。自分のこういう風に感じて生きてるっていうことと歌の内容がピタッと合っているってことはとても大事ですよね。日本の歌詞でも、フランスの歌詞でも自分の生きる姿とマッチしているという。それは大事にしていただきたいと思いますね。
クミコ■震災の後に送られてきた歌であったり人生とその度ごとに重要な出会いがあったのでこういう副題にしたんですけども。全然シャンソンじゃないですが、シャンソンティックという言葉も非常に気に入っているんです。
大野■シャンソンのようなエスプリを持つ人生悲喜交々の感情を表現できる歌っていうように解釈してよろしいでしょうか。
クミコ■シャンソンは長く寄り添って歌ってくれる言葉ですけども、シャンソンティックな歌もそ
ういう歌でありたいなと思います。
渡邉◆シャンソンティックな日本の歌が湯川さんが提唱されている、永遠に歌い継がれる歌=エターナルソングとつながっていく感じ がしますね。中島みゆきさんとかシンガーソングライターの方なんかも絶対にシャンソンに影響されている方がいらっしゃると思います。シャンソンをしっかり浴びた人たちの紡ぎ出すものはやっぱりシャンソンティックなんでしょうね。
クミコ■それくらいの包容力があってほしいなと思います。シャンソンはこれだ、ということではなくて。本流の方にはなんと言われるかわかりませんが。
渡邉◆女性が自立して働く時代になって一番フィットするのがシャンソンティックな歌なのでしょうね。
大野■この言葉に出会った人からシャンソンって何? となってくれてもいいしね。
クミコ■ぼんやりとした空気のように広がっていけばいいかなぁと思いますね。今の時代の音楽はAIで創ったり、なかなかついていくのも大変ですけれども。
渡邉◆これからは人間の生の声の臨場感による空気の響きが観客にとってはすごく心の中に深く入っていくんじゃないかという気がします。それこそシャンソンの世界ですね。

初めてシャンソンを聴くならまず、クミコさん
渡邉◆大野さんが今後の音楽を楽しみたいと思う女性たちに、ぜひこの歌をとかありましたら。
大野■クミコさんのこのアルバムでクミコさんご自身が選ばれたシャンソンは、どれ聴いても、僕は失敗のない曲だと思うので。「愛の讃歌」や「アプレ・トワ」も入っていますし、「幸せな愛などない」、この辺など名曲中の名曲のシャンソンばかりです。そして「愛しかない時」、これはご自身で訳詞されたという、これこそ貴重ですね。ここに入っている曲は、どれをお聴きになっても初めてシャンソン聴かれる方のためだったら、まずクミコさんですね。高尚な中にも近寄りやすいニュアンスをお持ちだから。どれを聴いていただいても間違いない選曲をされています。
(本誌の記事内容は2025年5月29日)
