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1997年『ラブジェネレーション』を2026年に見て――主人公にあこがれた時代と東京の風景

『ラブジェネレーション』というドラマをご存じでしょうか。
1997年(平成9年)の10月クールに”月9”で放送されていた、あの伝説のドラマです。
最近のような気もしてましたが、今から29年も前のこと。

平均視聴率は30.8%という今では考えられない数字を叩き出し、月9で初めて平均視聴率30%を超えた大ヒット作です。
当時を知る人には、きっと懐かしいドラマなのではないでしょうか。

1993年生まれの僕にとっては、長らく「名前は知ってるけど見たことのないドラマ」のひとつでした。
数年前にTverで無料配信されていたのですが、気づくのが遅く、全話を見ることはできませんでした。

それが、年が明けた1月1日からNetflixで配信されているのです。
現時点で見終えたのは1話のみですが、以前に見た時の記憶もたどりながら、ドラマを見て感じた当時の空気感を中心に書いていきたいと思います。


*書きながら熱くなってしまい、結果として想定の3倍近い5,000字を超える文章になってしまいました。
以下の目次から気になるところだけでも、ご覧頂けると幸いです。



1997年のSMAPと松たか子


月9とスマスマ


主演の木村拓哉さんは当時25歳。
言わずもがなSMAPのメンバーとしても大活躍していました。

『ラブジェネレーション』の前年には、あの『ロングバケーション』で月9に初主演し、こちらも最高視聴率36.7%の大ヒット。
”キムタク神話”が絶対的なものになっていったのも、この頃かと思われます。

ロンバケの放送初日には『SMAP×SMAP』の放送もスタート。
「月9の後は、スマスマ」というSMAP、そしてフジテレビの黄金期を象徴する流れと言えるでしょう。

余談ですが、1999年にはスマスマの後、23時から「恋愛観察バラエティー あいのり」が放送開始。
月9、スマスマ、あいのり。
テレビが娯楽の中心で、大きな影響力を持っていた時代。
僕自身も翌日の学校で「あいのり、見た?」「プロポーズ大作戦、やばくない?」という会話をしていた記憶があります。
同じような記憶、経験がある方も多いのではないでしょうか。


1997年の紅白とSMAP


ラブジェネレーションが放送された年の暮れ、SMAPは7回目の紅白出場を果たします。
中居正広さんが白組司会を初めて担当したのもこの年で、史上最年少の25歳。この記録は未だに更新されていません。
中居さんは翌年も含む計6回にわたり司会を務め、事務所の後輩も司会を担当しましたが、その契機となったのがこの年でした。

SMAPは2年連続で後半トップバッターとして登場し、『ダイナマイト』と『セロリ』をメドレーで披露。
ちなみにこの年の対戦相手は華原朋美で『Hate tell a lie』。
前年のSMAPは『SHAKE』を披露し、対戦相手は安室奈美恵で『Don’t wanna cry』でした。
当時はいわゆる”小室ファミリー”全盛の時代。
この並びだけで、当時の空気感が伝わってきます。

そして、明けて1998年の1月には『夜空ノムコウ』をリリースします。
SMAPの音楽活動も充実し、各個人の活躍との相乗効果もあり、国民的グループへと飛躍していった時期だと分かります。


1997年の松たか子

一方、松たか子は当時20歳。
前年には大河ドラマ『秀吉』に茶々役で出演し、紅白歌合戦では紅組司会に大抜擢。
明けて、1997年には『明日、春が来たら』で歌手デビューし、歌手として紅白に初出場しています。


そんな大活躍の2人が主演したのが『ラブジェネレーション』。
前年の『ロンバケ』でも共演しており、後に、こちらも大ヒットした『HERO』でも共演しています。

特に平成には大ヒット作が多いイメージの月9ですが、平均視聴率が30%を超えたのは『ラブジェネレーション』と『HERO』の2作のみ
そのどちらもが木村さんと松さんがメインの作品。色々と凄い。

放送時は二人とも20代だったことにも驚かされます。
今でも第一線だ活躍するお二人が若かりし日の共演作。
それだけでも見る価値は大いにあると思います。


1997年という平成の空気感


僕がこの作品に一番惹かれたのは、作り物ではない1990年代の平成の空気感が詰め込まれているところ。
「ドラマは時代を映す鏡」と言ったりしますが、まさに。
当時の空気感が真空パックされています。

1993年生まれの僕は、放送当時4歳。幼稚園に通っていました。
当時の記憶は断片的にはありますが、時代の空気感を交えた思い出があるわけではありません。
強いて言うなら、たまごっちを欲しがっていたくらいでしょうか。

だからこそ、記憶の奥底が刺激され、忘れていた記憶がよみがえるような感覚になるのです。
思い出さないけど、覚えてはいる”あの頃の空気感”を存分に感じられる不思議な体験でした。



渋谷――憧れと若者文化の象徴


第1話の冒頭。
大滝詠一の『幸せな結末』にのせたオープニングで物語はスタートします。

JR渋谷駅のホームに入ってくる旧型車両の山手線。
深夜1時を過ぎた、緑の時計。
自動改札ですが、まだSuicaはありません。

終電に乗ろうと木村さん扮する哲平が走る渋谷の街。
遠くには今はなき『さくらや』の看板があります。
地下鉄の入口には、「東京急行 新玉川線」の文字が。
聞き覚えのない名前だと思ったら、「東急田園都市線」のことなんですね。

哲平が”携帯”のアンテナを伸ばし電話をかけるシーンのバックには、”渋谷東急”の文字と映画の大看板が。
今では”渋谷ヒカリへ”になっている場所のようです。

終電もない時間に電話をかけるなんて…とも思いましたが、当時はiモードのサービス開始前。
その時間に携帯で電話をかけること自体が最先端な所作だったのでしょうか。

現代では待ち合わせもせず、現地で連絡を取り合い合流することもできますが、放送当時は会えないからこそドラマが生まれる最後の時代だったのかもしれません。

思えば、僕も子供の時はアンテナを伸ばして携帯を使うことに憧れいました。
ロンバケの瀬名は家電を使っていたし、まさに若者の通信ツールがめまぐるしく変化した時代なのでしょう。

電話をする哲平の向かいには東急東横線の”かまぼこ型”の駅舎が見えます。
地上駅だった頃の東横線渋谷駅は学生の頃に何度か使っただけですが、乗り換えが便利で”都会の玄関口”のような印象でした。

今はなき渋谷の光景が当時の日常としてドラマ内に残されています。これぞエモーショナル。
結構な熱量で書きましたが、ここまでドラマがはじまって1分40秒にすぎません。

ここで車から降ろされた松たか子扮する理子と出会います。
哲平が理子にたばこを渡し火をつけるシーンが、二人のこれからを示唆するようで何ともロマンチック…!


カラオケとボクサーパンツ


終電のない二人は円山町らしき場所にあるラブホテルへと向かいます。
(突拍子のない展開のようですが、詳しくはドラマをご覧下さい!)

ホテルに設置されたカラオケで理子はPUFFYの『渚にまつわるエトセトラ』を歌います。
曲を探すのは分厚い本で、操作はリモコン。
僕が子供の時はまだまだ、このシステムでした。


翌朝、哲平はパンイチで目覚めます。
(またしても突拍子の内容ですが、詳しくはドラマをご覧下さい!)
この時に哲平が履いているのはボクサーパンツ。

年齢の関係もあるかもしれませんが、この時代にボクサーを履いていることに驚きました。
しがないただの中学生と木村拓哉様を同列に語るようで恥ずかしいですが、自分が中学生の時ボクサーを履いていてもいじられるくほどでした。
2000年代半ば、ラブジェネレーションから10年弱の月日が流れた頃ですらです。

今となってはスタンダードですが、男性にとっても憧れの存在であった”キムタク”が履くボクサーパンツには、カルチャーショックにも近いような影響があったのかもしれません。


圧倒的な”陽キャ”の時代


主人公の哲平は広告代理店勤務。
クリエイティブ部から望まない形で営業部へと異動しますが、上司からも「自信過剰なところを営業に行って叩き直してこい」と言われるほどに自信過剰です。

髪も長く「とりあえず髪切ったら?」と令和の30代は言いたくなりました。
哲平曰く、この髪型は自分のスタイルだそうで、切らないと宣言していましたが…。どうなることやら。


「この自信はどこから…?」とも思いましたが、高校時代にはバスケ部に所属し、マネージャーと付き合っていたという、言わば”スクールカースト”の頂点の人間です。
もちろん、彼自身の実績もあるとは思いますが、「そりゃ自信つくわ」と卑屈にも思ってしまいました。

ただ、僕の卑屈さを遥かに凌ぐほどのかっこよさと主人公感が木村拓哉さんにはあります。
この時代にかっこいいだけではなく、”頂点”にいる人間の葛藤を嫌味なく演じられるのは、木村拓哉さんしかいないでしょう。


新世紀前夜の若者たち


もし、自分がリアルタイムで見ていたら「自分が主人公になれない現実を見せつけられている」と絶望していたかもしれません。
1997年当時は、今でいう”陽キャ”の声が絶対的に大きい時代だったのでしょうか。

その時代に生きづらさを感じていた人もいたはずですが、若者をとりまく時代の空気感が、今よりも全体的に明るかったのかもしれません。

バブルが崩壊し”失われた10年”とも呼ばれた新世紀前夜。
未来への希望と不安が入り混じる中で、それでも明るくその時代を生きていた若者たち。
ある種、一番時代の空気を察し、それすらもエネルギーにしていたのかもしれません。

そんな時代を切り取り、仕事に恋愛に正面から向き合うストーリーが人気を博したのも必然だったのでしょう。

インターネット黎明期で、今では想像できないほどにテレビが影響力を持った時代。
都会で織りなされるラブストーリーには「自分も主人公になれる」という幻想を見せる要素があるようにも思いました。
現代とはストーリーの見え方も違うのかもしれません。


お台場――発展途上な未来都市


第1話の終盤、哲平と理子はレインボーブリッジを歩いて渡り、お台場へと向かいます。

ドラマが放送された1997年はフジテレビはお台場に社屋を移し、新たな東京の観光名所となった年。
まさに”トレンディ”な場所と言えるでしょう。

僕が子供の時にも、お台場には特別な憧れがありました。
都内でありながら、海の雰囲気が味わえる場所。

自動運転のゆりかもめに乗り、レインボーブリッジを渡って向かう――まるでお台場そのものがテーマパークのようです。
発展途上でありながら、どこか未来都市のような存在でした。

とはいえ、放送当時は今は取り壊されてしまった大観覧車ができる前。
若者文化の象徴であり発信地だった渋谷とは対照的な、自分たち次第で切り拓ける憧れの象徴なのかもしれません。


放送から29年が経ち、お台場も変化を続けています。
それでも、劇中で出てくるレインボーブリッジとお台場海浜公園は大きく変わらないように見えます。それも渋谷とは対照的でした。

子どもの時には家族で遊びに、大学生の時は友人とドライブに、当時の恋人とも出かけ、アルバイトもしていました。
今でもライブや遊びに出かける何かと思い入れのある場所です。

偶然かもしれませんが、お台場の風景が変わらなく見えるのは、放送当時と変わらず多くの人にとっての特別な場所だからかもしれません。


幸せな結末


色々と書きましたが、大前提としてストーリーが面白いです。
1話を見終えると、哲平と理子がこれからどうなるのか、次回が気になります。何より二人のかけあいも絶妙です。
「HERO」でも共演されますが、お二人の”相性”はとても良いのでしょう。

後にものまねで多用される「ちょ、待てよ!」は哲平の口癖で、「本家が本当に言ってる!!」という驚きもありました。
こんな命令口調が許されたのはキムタクだからか、時代の空気感だからか。どちらなのでしょうか。


主題歌は大滝詠一の「幸せな結末」。
ドラマの世界観を作り、二人を包み込むような楽曲です。

曲名は大滝詠一が在籍した伝説のバンド「はっぴいえんど」を彷彿とさせるものですが、哲平と理子の”幸せな結末”にも期待したいと思います。

今から29年前の月9。
令和の価値観とは違うものも多いですが、その時代に自分がすでに生まれていた事実もまた驚きです。
少しずつ時代は変わっているんですね。

価値観は違えど、若者が仕事なり恋愛なり何かに賢明に生きていることには変わりません。

その時代を生きた方には懐かしく。
知らない世代の人には、きっと新鮮に映るはずです。

これから続きを見るのが楽しみです。
気になった方はNetflixでどうぞ。




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