モーニング娘。『そうだ!We're ALIVE』――平凡な私が「いくつになっても青春」と思えるまで|あのころを振り返る #10
米津玄師の新曲が『劇場版・チェーンソーマン レゼ篇』の主題歌になったこともあってか、ラジオから『KICK BACK』が流れてきた。
「努力 未来 A BEAUTIFUL STAR」の歌詞を聞き、「そういえばモーニング娘。の曲をサンプリングしていたな」と思い出し、改めて『そうだ!We're ALIVE』を聞き返していた。
モーニング娘。と『そうだ!We're ALIVE』
『そうだ!We're ALIVE』は2002年に発売された14枚目シングル。
当時のモーニング娘。は前年に5期生が加入し、13人体制で活動していた。
絶対エースの”なっち(安倍なつみ)”と”ごっちん(後藤真希)”をメインに置きながら、後にグループを支える存在になる”愛ちゃん(高橋愛)”にもソロパートが与えられたり、新たな転換期も感じさせた1曲だ。
近年では米津玄師の『KICK BACK』で歌詞の一部がサンプリングされており、再注目されていた。
この曲がリリースされた2002年2月、僕は小学3年生だった。
前年に派生ユニット「ミニモニ。」が子供世代を中心に大ヒットを飛ばしたこともあり、女子を中心にモーニング娘。は大人気だった。
公園で遊んでいても、トレーディングカード交換をしていたし、下敷きなどの関連グッズを持っている子が多くいたことを覚えている。
幼馴染の子は「モーニング娘。になりたい!」と話し、加護ちゃんの髪型を真似していた。
「これが国民的アイドルというものか」と子供ながらに思っていた。
僕は今でもアイドルが好きだが、もちろんモーニング娘。も好きだった。
僕の周囲を含め、小学生男子の趣向が異性のアイドルに向くことは珍しいかもしれないが(好きでも公表しにくい)、僕は堂々と好きだった。
一番最初に認識したメンバーは後藤真希さんで、以降も推していた。
同世代とカラオケに行っても、いまだにモーニング娘。の曲は盛り上がるし、『そうだ!We're ALIVE』もそんな楽曲のひとつだ。
何者でもない自分
この曲が発売された頃、何かの授業か自己紹介で一人一人が自分の特技を発表する機会があった。
(披露するのではなく「私の特技は~です」と発表していくもの)
その頃の僕は、塾にも行かず、スポーツも文化的な習い事もせず、これといった特技がなかった。
唯一、泳げるようになったことが成功体験ではあったが、それは特技ではなく、やっとみんなと同じスタート地点が見えてきた感覚だった。
席順に順番に特技を発表していく。
「サッカー」「絵」「習字」…たしかそんな特技が発表されていたと思う。
自分の番が近づくにつれ、頭の中で必死に特技を探したが、何も思い浮かばない。
絞りだした末に「おしゃべり、です」と答えたが、笑い声も拍手も起きず、「すべった」感覚に近かったと記憶している。
静寂が教室内に満ちていたようで、その時間は10秒にも20秒にも感じた。
「おしゃべりも得意な訳じゃないしな...どうしよう…」と思っていたら、先生も困ったような顔で「それ以外で何か」と言われてしまった。
僕は「…ありません…」と首を横に振るしかなかった。
その瞬間、自分は必要とされる存在とは思えず、逃げ出してしまいたかった。
授業が終わり、先生から声をかけられた。
まさに自信喪失中だった僕は「特技がないことを怒られるんだ」と直感的に思った。
先生は「何か得意なことがあるはずだよ、考えてみて」と真剣な眼差しで言ったが、「特技がないなんておかしい。ちゃんと考えなさい」という叱責に聞こえてしまった。
強いて言うなら、漢字を覚えることや、社会科は得意だったが、それを特技と言って良いのか分からなかったし、自分より得意な人が何人も思い浮かんだ。
何よりそれを特技として発表した時に「『それは〇〇くんの方が得意です』と言われたらどうしよう」と考えては、ますます自分の居場所がないような感覚に陥っていた。
平凡な自分にもできるはず
この曲が発売された頃、毎週のように出演していた「うたばん」や「ミュージックステーション」でも、『そうだ!We're ALIVE』を披露していたのを覚えている。
平凡な私にだってできるはず
当時の僕は「平凡」という言葉を知らず、辞書で引くと「変わったところがなく普通であること」のようなことが書いてあった。
僕は「変わっている」と言われることも多く、とにかく普通になりたいと思っていた。「平凡」という言葉が輝いて見えた。
平凡な人が羨ましかった。
平凡な人は「できるはず」と歌ってもらえる。
でも平凡じゃない僕には、何もできないんだ――そう思ってしまった。
今思えば、自分も「平凡」な人間の一人だったが、当時の僕には「協調性がなく、足を引っ張る人」と言われているような気がしていた。
それでも、長い時間が経った今だからこそ、この曲の本当の意味にも、自分が平凡であることにも気づくことができる。
We’re ALIVE だって悩んでる
THE人間 YEAH YEAH YEAH 人間
この曲に言わせたら、悩む僕も、まさに人間だったのかもしれない。
アイドル リーマン ギャル子 ギャル男君
父ちゃんも母ちゃんも みんなみんな
オギャーっとこの世に生まれた時は
丸裸さ GO!GO!GO!GO!
アイドル(モーニング娘。)も僕らも「同じ人間さ!」と語り掛けてくれている。
それでも”普通じゃない”と思っていた僕は、どこか自信を持てずにいた。
青春と救済
いくつになっても WOW 青春だよ
小学3年生の僕にとって、「青春」はまだ遠い未来の話だった。
特技もなく、自信もない。今はつらいけれど、いつか「青春」という輝かしい時間が来るかもしれない。そう信じることが、唯一の希望だったのかもしれない。
ここではないどこかに自分の居場所を探すような感覚だった。
ある日、この歌詞を「まだまだ青春なんじゃない?」と母に伝えると、少し笑いながら「お母さんの青春は、とっくに終わってるよ」と答えた。
僕が幻想を抱く「青春」にも必ず終わりが来ると知った。
あれから20年以上が経ち、あの時の母の年齢に着々と近づいている。
たしかに、僕の青春はもう終わった。
それでも、大人になった今、こうして過去を振り返り、あの時の痛みを受け止める。
どこか、あのころの青春の続きを味わっているような感覚だ。
幸せになりたい あなたを守ってあげたい
(中略)
幸せになりたい 愛情で包んであげたい
この歌を大人になって改めて聞くと、「守って欲しい」ではなく「守ってあげたい」という能動的な姿勢を歌っていることに気づく。
当時の僕は「特技がない」と嘆くばかりで、誰かを守ることも、自分を救うこともできないと思っていた。
でも今、過去の自分を「守ってあげたい」と思える。
そして「大丈夫」と語りかけることができる。
大人になった自分の能動性で過去の受け身だった自分を救う。
これはこの上ない「幸せ」なのかもしれない。
曲の良さにも気づけなかったが、当時の記憶とこの曲は強く結びついている。
どこかこの曲に無意識に励まされ、必要としていたのかもしれない。
すぐそばにあったもの
無意識に救いを求めていたのは、その後の行動にも表れていた。
発売から10年が経った、大学生の時だ。
特技がなかった話と、先生に声をかけられた時の話を、気心に知れた友人に話す機会があった。
どこか胸に引っ掛かるものがあり、救いを求めていたのかもしれない。
友人は「それは良い先生だったね。いい所があるんだよって教えてくれたんだね」と、あっさり答えてくれた。
その言葉を聞いた瞬間、あの時の先生の眼差しが違って見えた。 怒っていたのではなく、心配してくれていたのだ。
当時の僕には先生の言葉の意図が分からず、理解するまで10年以上の時間が必要だった。
大切なことは自分のすぐそばにある。
大人になって改めて聴き返すことで、やっとそれに気づくことができた。
事実は変わらずとも、意味は変わる
あの日の僕には気づけなかったが、救いの手はすでにすぐそばにあった。大切なのは、それに気づけるかどうかだ。
事実は変わらないが、受け取り方によって意味が変わってくる。
過去を振り返ることで、新たな意味を見つけることが出来た。
『そうだ!We're ALIVE』は僕にとって新たな気づきを与え、背中を押してくれる1曲だ。
この曲と共に新たな一歩を踏み出し「未来へ前進」していきたい。
追記:このnoteを投稿しようと思ったまさにその時、ラジオから『そうだ!We're ALIVE』が流れてきた。
偶然ではあるが、どこか必然のような気がしてしまう。
それだけ、僕にとっては意味のある大切な楽曲のようだ。
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