WaT『僕のキモチ』――中1の冬、恋愛禁止条例の僕|あのころを振り返る #7
9月に入っても猛暑が続いていたが日が暮れるのが早くなった。
涼しく感じる日も増え、「移り変わる季節」を感じている。
2005年、冬。
中1だった僕はWaTの『僕のキモチ』を聴いていた。
この曲を聴くと、今でもあの冬の情景が蘇る――。
アイドル的人気を誇ったWaT
『僕のキモチ』はWaTのデビュー曲として大ヒット。
当時デビューから史上最速で紅白にも出場も果たし、アイドル的人気を誇っていた。
あれから20年も経ってしまったなんて、信じられない。
僕の周りでも女子を中心にWaTは大人気だった。
そして、僕が気になっていた子も小池徹平が好きだった。
モテない自分
気になる子はいたが、当時の僕はとにかくモテなかった。
顔も良くなければ、運動も出来ず、これと言った特技もない。
一言で言うと”冴えないやつ”だった。
周囲の女子からも「モテないね」と言われることもあり、それを自分でも分かってはいても屈辱に近いものもあった。
「〇〇を見習って、もっとかっこよくした方が良い」
と言われたりストレートに僕の容姿を悪く言われることもあった。
仲が良いからこそ言えたのだと思うが、素直すぎる発言や”いじり”は時に刃にもなった。
繰り出されるストレートパンチは、僕にダメージを与えていった。
あまりにも言われるものなので「無料で自分の悪いところを教えてもらえるなんて、得!」と思うようにして毎日をやり過ごしていた。
人並みに勉強はできたが「勉強はできても…」と言われることの方が多く、それでモテることは皆無だった。
見かねた女子に、将来は有名広告代理店か、有名おしゃれFM局に就職することを勧められたりもした。
今は全く関係のない職業についているが、あの時のアドバイスを聞いていたら今の僕は変わっていたのだろうか。
恋愛禁止条例
そんな状況だったので気になる人がいても、好きにならないようにしていた。
「どうせ叶わない、傷つきたくもない」という思いの下、アイドルのごとく「恋愛禁止条例」を自分に課していた。
小池徹平を好きだった彼女は小学校から同じで、出席番号が近く、仲も良かった。
「話したいのに、誰かといると話しかけられない」
と言われ、今となっては不思議だが何故だか気になるようになった。
恋愛禁止中だった僕は「好きになってはいけない」と自分に言い聞かせ「気になる人」止まりの暗示をかけていた。
今思えば「どうせ叶わない」という諦めは、挑戦することへの恐怖だったのかもしれない。
大人になった今なら、傷つくことも、叶わなかったことにも意味があると理解できる。
陽が短くなり肌寒くなってきた10月頃、彼女に彼氏ができた。
相手は僕が「見習った方が良い」と言われていた、一番仲の良い同じ部活の友人だった。
そんな二人の季節
「え、まじで?いつから?」
「おととい告白した」
と少し照れながら話す友人を見て、僕はショックを受けている暇もなかった。
”好きな”二人が”好き同士”で付き合ってるのは素直に喜ばしい。
今でも部活終わりに国道沿いで話を聞いたことを覚えている。
季節は「いつのまにイルミネーションがともる」になっていた。
部活が休みになる水曜日の放課後、僕たちは近所のタワマンの二階、クリニックの並びにあるフリースペースに集まっていた。
風が冷たい季節になり、ちょうど良い僕たちのたまり場になっていた。
そこで二人の進展具合を聞いたり各々の”恋バナ”に花を咲かすのが楽しく、少し大人になったような気がしていた。
「今年の終わりに残されたイベント」をどう過ごすかなんて話をしていた光景がよみがえる。
君に贈るよ
僕からの このキモチ
ありのまま 伝えたい
白く光る季節を添えて
ストレートすぎる歌詞が僕には眩しすぎた。
夕方には完全に陽が落ち、「白く光る季節」へと進んでいった。
僕は『僕のキモチ』を聴きながら、二人の関係に想いを馳せた。
二人には僕のまだ知らない感情や関係がある。
一人で歩くと寒くて寂しい道も、二人なら暖かく楽しい時間に代わるのではないか。
それは寂しさではなく、あこがれにも近い感情だった。
この曲を聴いている時は、二人の感情に少しでも近づけたような気がしていたのだ。
白く光る季節の先に
イルミネーションの季節が終わり、バレンタインデーも過ぎた頃。
いつのまにか二人は別れていた。
僕たちが「イルミネーション」だと思っていたのは、地元の駅に続く道を灯す寂しいものだった。
大人になって離れてみると、ただの"電飾"にすぎないことに気づく。
それでも、あのころの僕たちには特別な輝きを放って見えたのだ。
桜の蕾が膨らみ始めた3月の終わり、二人それぞれに新しい恋人ができていた。
僕が出る幕もなく、自然な形で新たな道に進んでいたのだ。
あのころと今の僕のキモチ
『僕のキモチ』を聴くと、あの冬の自分や二人を見守っていた時間が鮮明に蘇る。
胸がキュッと締めつけられるようなときめきと、手の届かない切なさ。
あの素直になれなかった自分も、曲が教えてくれた「大切な感情の受け止め方」の一部だったのだと思う。
「僕が君を守る」とか
簡単には言えないけど
僕は君と向き合うより
同じ未来二人向いていたい
当時の素直になれなかった自分とは対照的に、この曲は感情をストレートに歌っている。
だからこそ、20年経って今でも胸がときめくのかもしれない。
『僕のキモチ』は当時の感情や風景を体感させてくれる、大切な楽曲だ。
20年が経ち、僕も大人になった。
あの頃タワマンだと思えたビルも、実際には普通のマンションだったことに気付く。
あのとき「僕のキモチ」にもっと素直になっていたら、僕の未来も変わっていたのかもしれない。
それでも、そんなひねくれていた自分も今の僕を作っている。
素直になれず、不器用だった時間も、僕にとっての青春だった。
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