【月刊】ナマケもんユニバース:第10号(2026年6月1日発行)
巻頭言
成長することよりも、無理なく成立し続けること
今月号の「ナマケもんユニバース」は、バイアビリティ経営論を特集します。
バイアビリティとは、単に企業が生き残ることではありません。無理を重ねず、過剰に拡大せず、関係を壊さず、それでも成立し続けるための考え方です。成長を否定するのではなく、成長だけを唯一の正解にしてしまった社会を、少し離れた場所から見直すための視点です。
私たちは長いあいだ、前に進むこと、拡大すること、成果を出すことを当然の目標としてきました。企業も、組織も、個人の働き方も、その前提の上に組み立てられてきました。しかし、成長を続けるために人が疲れ、組織が硬直し、関係がすり減っていくならば、その成長は本当に持続可能なものと言えるのでしょうか。
ナマケもんユニバースが問い続けてきたのは、この一点です。
速くなることよりも、壊れないこと。勝ち残ることよりも、生き残ること。大きくなることよりも、無理なく成立し続けること。バイアビリティ経営論は、こうした問いを経営の言葉として整理し直す試みです。
ただし、この理論は経営者だけのものではありません。働き方を考える人にとっても、組織の中で疲れている人にとっても、これからの人生の速度を見直したい人にとっても、有効な視点を含んでいます。なぜなら、私たち一人ひとりの生活もまた、ひとつの「成立」の問題だからです。
今月号では、第1特集で「バイアビリティ経営論とは何か」を紹介し、第2特集では叢書10巻と入門書1巻の全体像を案内します。どの本から読むべきか、どの入口からこの思想に触れるべきかを、読者それぞれの関心に応じて選べるように構成しました。
さらに連載コラム「進歩とは何か。」では、文化がなぜ怒りを伴わずに失われていったのかを考えます。ここでも問われているのは、進歩や改善の名のもとに、人が止まれる場所を失っていく構造です。この問いは、バイアビリティ経営論とも深く響き合っています。
成長することよりも、無理なく成立し続けること。
この静かな命題を、6月号の中心に置きたいと思います。
第1特集
バイアビリティ経営論とは何か
成長神話を超えて、成立の経営へ
バイアビリティ経営論とは、ひと言で言えば、「成長すること」よりも「無理なく成立し続けること」を重視する経営思想である。
企業は成長しなければならない。売上を伸ばし、市場を広げ、人を増やし、利益を拡大しなければならない。私たちは長いあいだ、そのように考えてきた。もちろん、成長そのものが悪いわけではない。事業が広がり、雇用が生まれ、社会に新しい価値が届けられることには、大きな意味がある。
しかし問題は、成長が「選択肢」ではなく「義務」になったときに生じる。
成長し続けなければならない企業は、止まることができない。売上目標は毎年更新され、効率化は常に求められ、現場にはより少ない資源でより大きな成果を出すことが期待される。最初は前向きだった成長が、いつしか組織を消耗させる圧力へと変わっていく。
このとき、企業は外から見れば成功しているように見える。規模は大きく、売上もあり、制度も整っている。けれど内部では、人が疲れ、関係が薄くなり、判断が遅れ、変化に対応する余白が失われていく。成長しているのに、成立していない。これが現代の多くの組織が抱える矛盾である。
バイアビリティ経営論は、この矛盾に対する問いから出発する。
企業にとって本当に重要なのは、どこまでも大きくなることなのか。それとも、無理なく機能し続けることなのか。短期的に勝つことなのか。それとも、関係を壊さず、環境の変化に耐えながら、長く存在し続けることなのか。
ここでいうバイアビリティとは、単なる存続ではない。ただ倒産しない、ただ延命する、という意味ではない。顧客、社員、取引先、地域、資本、制度との関係が過度に歪まず、組織が自らの形を保ちながら環境の中で成立している状態を指す。
つまり、バイアビリティ経営論は「壊れないための経営論」であり、「続くための経営論」であり、さらに言えば「無理を前提にしない経営論」である。
組織にも、人にも、社会にも関わる思想
この理論は、経営者だけのものではない。
なぜなら、成長神話に疲れているのは企業だけではないからである。働く人もまた、常に成長を求められている。スキルを磨き、成果を出し、学び直し、変化に適応し、自分を更新し続けることが当然とされる。そこでは、今のままでいることが許されにくい。
個人の人生も、いつの間にか一つの事業計画のように扱われるようになった。キャリアを伸ばす。市場価値を高める。将来に備える。自己投資をする。こうした言葉は一見前向きだが、同時に「今の自分ではまだ足りない」という感覚を生み続ける。
バイアビリティ経営論は、この感覚にも問いを向ける。
人は、本当に成長し続けなければならないのか。働き方は、常に上へ向かうものでなければならないのか。人生は、成果によって正当化されなければならないのか。
無理なく成立する働き方とは何か。壊れない組織とは何か。続く関係とは何か。疲弊しない市場とは何か。これらの問いは、企業経営の問題であると同時に、私たち一人ひとりの生活の問題でもある。
だからこそ、バイアビリティ経営論は、経営論でありながら、働き方の思想であり、人生の思想であり、社会の思想でもある。
小さく、深く、しなやかに
バイアビリティ経営論の基本姿勢は、「小さく、深く、しなやかに」という言葉に集約できる。
小さく、とは、単に小規模であることを礼賛する意味ではない。重要なのは、自分たちが無理なく扱える大きさを見極めることである。規模は力になる一方で、固定費、意思決定の遅さ、関係の希薄化をもたらす。大きくなればなるほど、自由に動けなくなることもある。
だからこそ、バイアビリティ経営論では、「どこまで大きくなるか」だけでなく、「どこで止まるか」が重要になる。成長の限界を敗北としてではなく、成立条件として考えるのである。
深く、とは、条件ではなく関係を重視することである。価格、利便性、スペック、契約条件だけでつながる関係は、条件が変われば簡単に切れてしまう。そこには比較可能性はあっても、持続的な信頼は育ちにくい。
一方で、「なぜこの会社なのか」「なぜこの人たちなのか」という物語を共有できる関係は、短期的な条件変動に揺らぎにくい。深さとは、単なる情緒ではない。長く続くための信頼資本である。
しなやかに、とは、変化に対して折れない余白を持つことである。効率化を極限まで進めた組織は、一見強く見える。しかし、余白を削りすぎた組織は、想定外の変化に弱い。人員、時間、資金、判断、関係。そのどこにも余白がなければ、ひとつの揺らぎが全体の破綻につながる。
バイアビリティ経営論において、余白は無駄ではない。むしろ、変化に耐えるための資本である。
勝ち残るより、生き残る
現代社会では、勝つことが重視される。競争に勝ち、市場で勝ち、評価で勝ち、ランキングで勝つ。だが、勝ち続けることは容易ではない。むしろ、勝利を前提にした仕組みは、組織にも個人にも過剰な負荷をかける。
勝つためには、より速く、より効率的に、より大きく動かなければならない。だが、その過程で関係が壊れ、人が疲れ、判断の自由が失われていくなら、その勝利は長く続かない。
バイアビリティ経営論が重視するのは、勝ち残ることではなく、生き残ることである。
ここでいう生き残るとは、消極的な姿勢ではない。むしろ、自分たちが壊れない条件を見極め、無理のない範囲で価値を生み続け、変化に応じて形を整え直す、きわめて実践的な知性である。
勝つことは一瞬でもできる。だが、生き残ることには、時間が必要である。関係が必要である。余白が必要である。そして、自分たちが何によって成立しているのかを見失わないことが必要である。
成立という新しい評価軸
バイアビリティ経営論が提示する最大の転換は、「成立」という評価軸である。
売上が伸びているか。利益が増えているか。市場シェアを拡大しているか。これらは重要な指標である。しかし、それだけでは組織の健康状態はわからない。
その成長は、現場に過剰な負荷をかけていないか。顧客との関係は条件だけに依存していないか。社員は使い捨てられていないか。取引先に無理を押しつけていないか。変化に対応する余白は残っているか。組織の物語はまだ生きているか。
こうした問いに答えられなければ、たとえ数字が良くても、その組織は成立しているとは言い切れない。
成立とは、数字の背後にある関係の状態を見ることである。成長の裏側にある疲労を見逃さないことである。成功の形をしているものが、本当に続く状態にあるのかを問い直すことである。
この視点は、企業経営だけでなく、働き方や生活にも応用できる。収入が増えていても、心身が壊れているなら成立していない。予定が埋まっていても、関係が薄くなっているなら成立していない。前に進んでいるように見えても、自分の居場所を失っているなら成立していない。
成立とは、外から見える成果ではなく、内側から見た持続可能性なのである。
ナマケもんユニバースにおけるバイアビリティ
ナマケもんユニバースがこれまで扱ってきたテーマは、すべてこのバイアビリティという問いにつながっている。
速さへの違和感。競争から降りる選択。承認を成果に結びつける社会への疑問。進歩が文化を破壊する構造。巨人が成功によって疲弊していく逆説。これらは別々のテーマに見えて、実は一つの問題をめぐっている。
それは、私たちは本当に「無理なく成立しているのか」という問いである。
現代社会は、見た目には整っている。便利で、安全で、選択肢も多い。しかしその一方で、人は疲れ、組織は硬直し、文化は薄れ、関係は条件化されている。表面上は成功しているのに、内側では成立条件が失われている。
バイアビリティ経営論は、この見えにくい崩れを捉えるための言葉である。
成長しなくてもよい、という単純な話ではない。努力しなくてもよい、という話でもない。そうではなく、成長や努力や進歩が、何を犠牲にして成立しているのかを問い直すのである。
そして、もしその犠牲が大きすぎるならば、別の道を考える。
小さく、深く、しなやかに。
勝ち残るより、生き残る。
成長することよりも、無理なく成立し続けること。
バイアビリティ経営論は、過剰に前へ進み続けてきた社会に対して、静かにそう問いかける思想である。
第2特集
バイアビリティ経営論叢書ガイド
どこから読み始めるか
バイアビリティ経営論叢書は、成長神話を問い直し、企業・組織・市場・資本・働き方を「無理なく成立し続ける」という視点から再構成するシリーズである。
ただし、この叢書は一冊目から順番に読まなければならないものではない。読者の関心や、いま抱えている違和感によって、入口は変わってよい。
疲れている人には、『欲望の飽和』が入口になる。
経営思想を知りたい人には、『バイアビリティ経営論』が入口になる。
戦略に関心がある人には、『成立する戦略』が入口になる。
組織づくりに悩む人には、『壊れない組織』が入口になる。
人を率いる立場にある人には、『整えるリーダーシップ』が入口になる。
市場や顧客関係を考えたい人には、『続く市場』が入口になる。
資本や投資のあり方に関心がある人には、『枯れない資本』が入口になる。
本特集では、叢書10巻と入門書1巻を、単なる書籍一覧としてではなく、それぞれがどのような問いへの入口になるのかという視点から紹介する。

入門書
『頑張るほど、ゴールは遠ざかる――疲労のループから抜け出す、バイアビリティ経営の考え方』
はじめてバイアビリティ経営論に触れる読者にとって、最も入りやすい一冊である。
本書が扱うのは、経営者だけの問題ではない。頑張っているのに楽にならない。努力しているのに、次の課題が増えていく。改善しているはずなのに、なぜか疲れが抜けない。そうした日常的な違和感を出発点として、成長・成果・効率を前提にした社会の構造を読み解いていく。
専門的な経営理論としてではなく、働く人、組織にいる人、生活の中で疲労を感じている人に向けて、バイアビリティという考え方を開く位置づけの本である。
序巻
『欲望の飽和――資本主義の成功が生んだ成長神話の限界』
叢書全体の思想的入口となる一冊である。
現代社会は、物質的には豊かになった。選択肢は増え、便利さも高まり、かつて不足していたものの多くは満たされている。それにもかかわらず、人はなぜ「まだ足りない」と感じ続けるのか。
本書は、資本主義が成功した結果として、欲望そのものが飽和し、それでも成長を続けなければならない社会の矛盾を扱う。疲れている人、消費や自己実現の圧力に違和感を持つ人にとって、この巻は最も自然な入口になる。
第1巻
『バイアビリティ経営論――成長神話を超える成立の原理』
叢書の中核となる理論書である。
本書では、「成長すること」ではなく「成立し続けること」を経営の中心に置き直す。企業はなぜ大きくなるほど疲弊するのか。なぜ効率化は余白を奪うのか。なぜ競争優位だけでは、長期的な存続を保証できないのか。
バイアビリティとは、単なる存続ではない。顧客、社員、取引先、地域、資本との関係が過度に歪まず、組織が環境の中で無理なく機能している状態である。
経営思想として全体像をつかみたい読者には、この巻が中心的な入口となる。
第2巻
『成立する戦略――競争優位からバイアビリティ優位へ』
戦略に関心のある読者に向けた一冊である。
従来の戦略論は、いかに競争に勝つかを重視してきた。しかし、勝つための戦略が、組織を消耗させ、関係を条件化し、長期的な存続力を弱めることもある。
本書では、競争優位ではなく、バイアビリティ優位という視点を提示する。つまり、短期的に勝つことよりも、無理なく続く位置を見つけ、関係を深め、変化に耐える戦略である。
市場で勝つことに疲れた企業、過剰な競争から別の戦略軸を探したい読者に適した巻である。
第3巻
『壊れない組織――無理を必要としない共同体の設計』
組織づくりに関心がある人に向けた一冊である。
強い組織とは、常に高い成果を出す組織ではない。むしろ、特定の人の努力や犠牲に依存せず、過剰な負荷を前提にしなくても機能する組織である。
本書では、成果主義、評価制度、責任の偏り、現場の疲弊といった問題を、組織の成立条件という視点から読み解く。壊れない組織とは、無理を隠す組織ではなく、無理が発生しにくい構造を持つ組織である。
マネージャー、人事担当者、組織運営に悩む読者にとって重要な入口となる。
第4巻
『整えるリーダーシップ――人を動かす力から条件をつくる力へ』
リーダーシップを再定義する一冊である。
従来のリーダー像は、人を動かす力、引っ張る力、決断する力に重点を置いてきた。しかし、バイアビリティ経営論におけるリーダーの役割は、人を無理に動かすことではない。人が無理なく動ける条件を整えることである。
本書では、リーダーを「命令する人」ではなく、「成立条件を設計する人」として捉える。過剰な鼓舞やカリスマではなく、環境、関係、余白、判断の流れを整えることが、これからのリーダーシップの中心になる。
管理職、経営者、チームリーダーに読んでほしい巻である。
第5巻
『続く市場――売上拡大から関係維持へ』
市場や顧客関係に関心がある読者に向けた一冊である。
市場は、単に売上を獲得する場所ではない。顧客との関係が生まれ、維持され、意味が蓄積される場である。にもかかわらず、現代の市場では、価格、ポイント、条件、利便性による比較が中心となり、関係は切れやすくなっている。
本書では、売上拡大ではなく、関係維持を市場戦略の中心に置く。顧客に選ばれ続けるとはどういうことか。条件ではなく意味で結ばれる市場とは何か。
マーケティング、営業、ブランド、顧客関係に関心がある読者にとって重要な巻である。
第6巻
『枯れない資本――増殖する資本から信頼を維持する資本へ』
資本や投資のあり方を問い直す一冊である。
資本は、増殖することを目的としてきた。より高い利回り、より大きな成長、より短い回収期間が重視される。しかし、その資本の論理が、企業や社会の成立条件を壊しているのではないか。
本書では、資本を単なる増殖装置としてではなく、信頼を維持するための基盤として捉え直す。短期的な利益ではなく、関係を枯らさず、組織を過度に消耗させず、長く成立させる資本とは何かを問う。
投資、財務、企業価値、資本市場に関心のある読者に向けた巻である。
第7巻
『無理のないオペレーション――効率最大化から負荷最小化へ』
現場運営や業務設計に関心がある読者に向けた一冊である。
オペレーションは、効率化の対象として扱われることが多い。無駄をなくし、手順を標準化し、生産性を高める。しかし、効率を最大化した結果、現場の余白が失われ、想定外に対応できなくなることもある。
本書では、効率最大化ではなく、負荷最小化という視点を提示する。重要なのは、最も速く処理することではなく、無理なく回り続ける仕組みをつくることである。
業務改善、現場管理、プロセス設計に関わる読者に適した巻である。
第8巻
『壊さない革新――創造的破壊から成立条件の再設計へ』
イノベーションを問い直す一冊である。
革新は、しばしば破壊と結びつけて語られる。古いものを壊し、新しいものに置き換えることが進歩だと考えられてきた。しかし、その破壊は本当に必要だったのか。壊さなくても変われる道はなかったのか。
本書では、創造的破壊ではなく、成立条件の再設計としての革新を考える。変化とは、既存の関係や文化を切り捨てることではなく、それらが新しい環境の中でも成立し続けるように整え直すことである。
技術革新、事業開発、組織変革に関心がある読者に向けた巻である。
第9巻
『成立の経営科学――企業をバイアブル・システムとして捉える』
叢書全体を理論的に総括する一冊である。
本書では、企業を単なる利益創出装置ではなく、環境との関係の中で成立するシステムとして捉える。組織、戦略、市場、資本、オペレーション、革新を、それぞれ独立した要素としてではなく、相互に影響し合う成立条件として分析する。
バイアビリティ経営論を、より体系的・理論的に理解したい読者に向けた巻である。叢書を読み進めた後に戻ってくることで、全体像がより明確になる位置づけでもある。
読み方の提案
この叢書は、ひとつの正しい読み順を持たない。
社会や消費の疲労から入りたい人は、『欲望の飽和』から読めばよい。経営思想として全体を知りたい人は、『バイアビリティ経営論』から始めるのがよい。現場の問題に直面している人は、『壊れない組織』や『無理のないオペレーション』から入ってもよい。若い世代や働き方に悩む人には、入門書が最も自然な入口になる。
重要なのは、どの巻から入っても、最終的には同じ問いにたどり着くことである。
それは、私たちは本当に無理なく成立しているのか、という問いである。
成長しているように見えても、関係が壊れていないか。効率化しているように見えても、余白が失われていないか。勝っているように見えても、人や組織が疲弊していないか。進歩しているように見えても、文化や生活の基盤が削られていないか。
バイアビリティ経営論叢書は、その問いを、経営、組織、社会、人生のさまざまな角度から考えるための地図である。
成長することよりも、無理なく成立し続けること。
この一文を手がかりに、自分に最も近い入口から読み始めてほしい。
連載コラム:進歩とは何か。
「良くなり続ける社会」が静かに文化を破壊する。
第4回 なぜ文化は破壊されたのに、誰も怒らなかったのか
静かな破壊のメカニズム
文化が失われたとき、
大きな抗議運動は起きなかった。
街が燃えることもなければ、
誰かが責任を取らされることもなかった。
多くの場合、
人々はそれに気づきさえしなかった。
それは、文化が
「奪われた」のではなく、
「不要になったもの」として処理された
からだ。
文化は、禁止されなかった。
検閲されたわけでもない。
力ずくで排除されたのでもない。
ただ、
「役に立たない」
「効率が悪い」
「今の時代に合わない」
そう判断されただけだ。
そしてこの判断は、
誰かの悪意から生まれたものではない。
むしろ、
合理性と善意の積み重ねの結果だった。
現代社会は、
破壊に際してとても礼儀正しい。
何かを壊すとき、
「これは間違っている」とは言わない。
代わりに、
「もっと良いものがある」と言う。
文化が消えるときも同じだ。
「これが悪いからやめよう」ではなく、
「もっと便利な方法がある」
「もっと効率的な選択肢がある」
そうやって、
選択肢の一つとして
静かに外されていく。
この「選択肢としての排除」こそが、
怒りを生まなかった最大の理由だ。
人は、
選ばなかったものに対して
強い怒りを感じにくい。
自分で選んだ、
という感覚があるからだ。
実際には、
その選択は
ほとんど誘導されていたとしても。
文化が評価の外に置かれた背景には、
もう一つ重要な変化がある。
それは、
評価軸の全面的な置き換えだ。
かつて文化は、
「続いていること」
「残っていること」
そのものに価値があった。
しかし現代では、
価値はほぼ例外なく、
比較と数値によって測られる。
どれだけ速いか。
どれだけ多いか。
どれだけ新しいか。
この評価軸に、
文化はそもそも適合しない。
文化は、
比較されることを前提としていない。
「どちらが優れているか」
「どちらが新しいか」
そうした問いを、
文化は必要としてこなかった。
しかし、
比較できないものは、
評価できない。
評価できないものは、
意思決定の場から
自然に排除される。
この流れの中で、
文化は「負けた」のではない。
最初から、試合に参加していなかった。
さらに、
文化は声を上げなかった。
文化は、
自分を正当化しない。
「私は必要だ」
「私には価値がある」
そう主張しない。
文化は、
使われることで存在し、
語られなくても成立する。
その沈黙が、
結果として
消失を加速させた。
ここで、
ある逆説が生まれる。
文化を破壊したのは、
暴力ではない。
抑圧でもない。
優しさと合理性だ。
誰もが
「より良い選択」を
したつもりだった。
誰もが
「悪いこと」を
している自覚はなかった。
だからこそ、
怒りは生まれなかった。
文化が消えた後、
社会は確かに
便利になった。
無駄は減り、
時間は短縮され、
成果は測りやすくなった。
しかし同時に、
別のものが増えていった。
説明できない疲労。
理由のない焦り。
終わりのない途中感。
文化は、
それらを
未然に吸収していた。
だが、
その役割は
数値化できなかった。
文化の破壊が
静かだった理由は、
それが「悪」ではなく
「最適化」として
実行されたからだ。
誰かを罰することで
止められる破壊ではない。
むしろ、
善意と正しさが
加速させてしまう破壊。
それが、
現代における
文化の消え方だった。
次回は、
それでも確かに存在していた
「人生を肯定する装置」について考える。
それらは
なぜ争わず、
なぜ威張らず、
それでも人を支えていたのか。
文化が完全に消えたわけではないことを、
次で確かめたい。
5月の連載記事紹介
下記のリンクから各週に公開した連載の内容をNoteでの文章、Spotify、 Apple Podcast の音声、そしてYouTubeの動画として振り返ることができます。
6月のNOTE配信予定
各連載は毎週・毎月の定期配信を基本としつつ、最新の情勢や読者ニーズに合わせて柔軟に展開していきます。

※ すべての配信は メキシコ時間 に基づきます。ご了承ください。
編集後記
今号の「ナマケもんユニバース」は、これまで積み重ねてきた思想や連載を、一つの流れとして接続し直す号になったように思います。
第1特集「バイアビリティ経営論とは何か」では、「成長することよりも、無理なく成立し続けること」という視点を、企業経営だけではなく、働き方や組織、さらには社会や人生のあり方へと広げて整理しました。
振り返れば、このユニバースで扱ってきたテーマの多くは、一貫して「なぜ私たちは疲れているのか」という問いにつながっていました。
『ブラックなホワイト社会』では、否定されていないのに息苦しい社会を扱いました。
『究極の生存戦略』では、ナマケモノという存在を通して、速さや競争を前提にしない生存の形を見つめました。
『進歩とは何か。』では、「良くなり続けること」が義務化された社会の静かな疲労を扱っています。
そして『絶滅の巨人』では、勝ち続けることそのものが、組織を疲弊させていく構造を描いています。
それらは別々のテーマではなく、すべて「成立し続けるとは何か」という問いの周辺に存在していたのだと、最近になってより明確に見えてきました。
バイアビリティ経営論は、単なる経営理論として構想されたものではありません。
むしろ、成長・競争・効率・更新を前提にした社会の中で、「壊れずに続く」という感覚をどう取り戻すか。そのための視点であり、言葉であり、構造理解です。
だからこそ、この理論は経営者だけのものではなく、組織に疲れている人、更新に追われている人、自分の速度を失いかけている人にも関係しているのだと思います。
6月号は、その入口として位置づけています。
今後、7月以降にはKindleでの書籍展開も始まります。この「ナマケもんユニバース」は、その単なる宣伝媒体ではなく、「なぜ今、この理論が必要なのか」を、社会や文化、生活の文脈の中で考え続ける場として機能させていきたいと考えています。
効率化され、比較され、更新され続ける社会の中で、あえて「成立」という言葉を置いてみる。
それは、前に進むことをやめるためではありません。
壊れずに続くために、どこで立ち止まり、どこに余白を残すのかを考えるためです。
次号以降も、このユニバースの中で、急がずに問い続けていければと思います。
NAMAKEMON|ディスコグラフィー
Spotify, Apple Music, YouTube Musicなどの音楽配信サイトで「ナマケもんSONGS」が続々配信されています。ぜひ一度、聞いてみてください。
Small Deep & Resilient (ちいさく、深く、しなやかに)
これまでにNoteにて発表してきた連載の内容からインスパイアされた全12曲。Namakemon 初のアルバム。
Black in White Society (ブラックなホワイト社会)
連載「ブラックなホワイト社会」の各章をモチーフに作成した全8曲。連載の各章本文と合わせて、お楽しみください。
Black in White Society (The Ethics of Existence)
「ブラックなホワイト社会」の各章を英語の語り調(このジャンルはSpoken Word と呼ばれているようです)で表現してます。
ブラックなホワイト社会 (Spoken Groove)
英語版のBlack in White Society (The Ethics of Existence)を日本語で表現したバージョンです。日本では Spoken Wordという音楽ジャンルが、まだ、あまり知られていないようです。このアルバムが日本における Spoken Word その名も 「Spoken Groove」 として広がる、きっかけとなることを夢みています。
Pseudo Defeat 擬似敗戦 Side A
連載「擬似敗戦」の各章をモチーフに日本語版 Spoken Word すなわち Spoken Groove として表現しました。
Pseudo Defeat 擬似敗戦 Side B
Pseudo Defeat 擬似敗戦 Side A の歌詞を、そのまま、ジャズファンク・テイストの J-Pop 調(名付けてJ-Fank)で表現。
Institutional Defeat I (制度敗戦Ⅰ)
連載「制度敗戦I」の各章の世界をFankで楽しむ。
絶滅の巨人 The Extinction of Titans
NAMAKEMONお馴染みのFankが、AOR風、Afro Cuban風、Latin Jazz風に変態。NOTE連載「絶滅の巨人」の各章を音楽に変換。
究極の生存戦略 ― ナマケモノが問いかける進化の意味 THE ULTIMATE SURVIVAL STRAATEGY
月刊ナマケもんユニバース(旧月刊ナマケもんマガジン)の創刊号から2月号まで、6ヶ月間連載のコラムの各月(各章)ごとのモチーフを音楽にしました。
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