【月刊】ナマケもんユニバース:第9号(2026年5月1日発行)
巻頭言
見えているのに、言葉にならないもの
5月になりました。
環境が変わり、人との関係が変わり、自分の位置も少しずつ動いていきます。
その中で、多くの人がある種の「違和感」を抱えながら日々を過ごしているのではないかと思います。
それは大きな問題ではありません。
誰かに否定されたわけでもなく、明確に困っているわけでもない。
それでも、どこかで何かが噛み合っていない感覚だけが残る。
この感覚は、これまで「気のせい」として処理されてきました。
あるいは「まだ慣れていないだけ」と説明されてきたかもしれません。
しかし本誌では、この違和感を単なる個人の問題として扱いません。
むしろそれは、社会の構造と静かにつながっているものではないかと考えています。
今号の特集「世界は力が支配する」は、その前提をさらに広げたものです。
国際社会において、制度や理念の背後にある「力」の存在を見つめることは、決して心地よいものではありません。
しかし同時に、その力が単純な支配として機能し続けることもまた難しくなっている現実が見えてきます。
力は存在する。
しかしそれだけでは世界は動かない。
この二重構造の中で、私たちは日々を生きています。
連載コラム「進歩とは何か。」第3回では、この問題をより身近な次元で捉え直します。
なぜ私たちは止まれないのか。
なぜ「更新され続けること」が前提になったのか。
そして、その中で文化はどのように静かに役割を失っていったのか。
さらに5月中に、新たに二つの連載が始まります。
一つは「危機と戦争の金融資本主義」。
もう一つは「MBA的常識の限界 第4部」です。
どちらも異なる領域を扱いながら、共通しているのは「見えにくい構造」を言語化する試みであるという点です。
ナマケもんユニバースは、答えを提示する媒体ではありません。
ただし、問いを曖昧なままにしておくことも選びません。
見えているのに、言葉にならないもの。
それを少しずつ、形にしていく。
今月号も、そのための「ユニバース」となればと思います。
特集:力の再浮上と相互依存の逆説
イラン情勢から読み解く、日本の進むべき方向
2026年現在、中東情勢は再び緊張の度合いを高めている。
イランを巡る一連の動きは、単なる地域紛争ではなく、現代世界の構造そのものを映し出している。
軍事的な威嚇、船舶攻撃、そしてそれに対する各国の反応。
そこに見えるのは、国際法や制度よりも先に、まず「力」が前面に現れる現実である。
この光景を前にして、私たちは一つの厳しい前提に立たなければならない。
唱えるだけの平和は、誰も救わない
平和を願うこと自体は否定されるべきではない。
しかし、
平和を「願うだけ」で成立する世界は存在しない
という現実を直視する必要がある。
歴史を振り返れば明らかである。
二度の世界大戦を経て、人類は「戦争を防ぐ制度」として
国際連合を創設した。
この枠組みは、理想としては極めて明確であった。
武力行使の制限
国際紛争の平和的解決
集団安全保障
しかし現実はどうか。
制度疲労と無力化
現在の国際社会を見ると、
大国による軍事行動は止められない
安全保障理事会は機能不全に陥る
国際法は選択的に適用される
この状況は、次の事実を示している。
制度は存在しても、それを強制する力がなければ機能しない
基礎的認識
ここで必要なのは、冷徹な前提である。
国家間において、最終的に秩序を支えるのは善意ではなく力である
この認識を避けたままでは、現実を正しく理解することはできない。
力は本当にすべてなのか
では、世界は完全に「力の論理」に支配されているのか。
ここで議論は一段深くなる。
国家間において、最終的な決定手段が力であることは否定できない。
軍事力とは、突き詰めれば「相手の生存を脅かす能力」であり、これほど直接的な影響力は存在しない。
威嚇が成立するのも、その背後に実際の力と恐怖があるからである。
したがって、
最終局面では力が物を言う
という命題は、基本的に正しい。
しかし問題はここから先である。
なぜ「力だけの世界」にならないのか
イラン情勢を見ても明らかなように、軍事的な緊張は確かに存在する。
しかし同時に、全面戦争には至らない。
なぜか。
理由は単純である。
現代の国家は、相互依存の中でしか存在できないからだ
例えば、アメリカですら例外ではない。
世界市場への依存
通貨の信認
国際的な経済ネットワーク
これらがなければ、その力は維持できない。
つまり、
世界が消費者であることが、国家の力の前提になっている
力の限界という逆説
ここで重要な逆転が起きる。
かつての世界では、
他国を弱める → 自国が強くなる
しかし現代では、
他国を壊す → 自国も弱くなる
結論
力は使えるが、使い続けることはできない
イランを巡る緊張も、この構造の中にある。
軍事的圧力は現実である。
しかし、それが全面的な破壊に至らないのは、
その先にある損失があまりにも大きいからである。
見えにくい「構造の力」
ここで一つの誤解が生まれる。
軍事行動は目に見える。
しかし、
経済
同盟
正当性
市場
これらは目に見えにくい。
そのため、
力だけが現実である
という錯覚が生まれる。
しかし実際には、
力で始まり、構造で決まる
のである。
鎖国というヒント
ここで視点を日本に戻す。
日本にはかつて「鎖国」と呼ばれる制度があった。
これは単なる閉鎖ではなく、
外部との接続を管理する仕組み
であった。
必要なものは取り入れ、不要なものは遮断する。
この柔軟な設計こそが本質である。
現代版・鎖国思想
現代において鎖国を復活させることは不可能もしくは無意味である。
しかし、その思想は応用できる。
それは、
世界との関係を自ら設計する
ということである。
日本の進むべき方向
では、日本はどうすべきか。
結論は明確である。
完全開放でも完全遮断でもない
「選択的接続」の国家を目指すべきである
選択的接続とは
つながるが、依存しない
開くが、支配されない
協調するが、同化しない
力の時代における日本
現在は確かに、力の比重が増している時代である。
しかしそれは恒常的ではない。
相互依存が存在する限り、
力による支配は持続しない
最終結論
国家間において力は最終手段として不可避である。
しかし現代社会は相互依存構造にあるため、
力の行使は長期的には自国を毀損する。
イラン情勢は、力の現実を示している。
しかし同時に、その限界も示している。
重要なのは、どちらか一方を選ぶことではない。
力を前提にしながら、力に依存しない構造を設計する
それこそが、日本に求められている思考である。
新連載予告①
『危機と戦争の金融資本主義』
ルール変更で読み解く覇権の歴史
2026年5月25日より、新連載「危機と戦争の金融資本主義」がスタートします。
本連載が扱うのは、金融や市場そのものではありません。
むしろ、その背後にある「ルールの書き換え」に焦点を当てます。
金融資本主義は、しばしば自然に存在する仕組みのように語られます。
市場は自律的に動き、通貨は信認によって支えられ、制度は合理的に設計されている。
そのような理解が広く共有されています。
しかし歴史を振り返ると、この見方は必ずしも正確ではありません。
金融資本主義は、安定的に進化してきたわけではなく、
むしろ危機や戦争といった断絶を契機として、その都度ルールを書き換えながら存続してきました。
フランス革命は王権信用の崩壊をもたらし、
国民国家による信用という新しい概念を生み出しました。
二度の世界大戦はポンド体制を終わらせ、
ドルを中心とする新たな秩序を成立させました。
ニクソン・ショックは金本位制を終わらせ、
石油ドルという別の支配構造へと移行しました。
そして2008年のリーマン危機は、
市場の自律性という前提を崩し、
中央銀行が市場そのものを支える体制へと変化させました。
これらはすべて「失敗」ではありません。
むしろ、金融資本主義が延命するための転換点だったと捉えることができます。
ここで重要なのは、危機が体制を終わらせるのではなく、
新しいルールを導入することで体制を維持してきたという点です。
そして現在、私たちは再び同じ局面に立っています。
ウクライナ戦争、イラン情勢、エネルギー問題、制裁と通貨の関係。
これらは個別の出来事ではなく、金融秩序そのものを揺るがす要素として同時に存在しています。
本連載は、この構造を一つずつ解きほぐしていきます。
問いはシンプルです。
危機の後、誰がルールを書くのか。
そしてそのルールは、誰の利益を前提として設計されるのか。
この視点を持つことで、ニュースの見え方は大きく変わります。
単なる出来事の連なりではなく、構造の変化として理解できるようになります。
金融資本主義は終わるのか。
それとも、また形を変えて続くのか。
その答えはまだ出ていません。
だからこそ、この連載は「いま」始まります。
新連載予告②
『MBA的常識の限界 第4部』
ナマケもん戦略マトリクスという視座
2026年5月27日より、「MBA的常識の限界」第4部がスタートします。
これまでの連載では、拡大・効率・合理性といった
現代経営の前提を一つずつ検証してきました。
それらは間違っているわけではありません。
むしろ、非常に正しく機能してきた考え方です。
しかし同時に、その「正しさ」そのものが、
企業を静かに消耗へと導いている構造も明らかになってきました。
第4部では、その議論を統合します。
扱うのは三つの軸です。
規模(Scale)
関係性(Relationship)
柔軟性(Flexibility)
一見すると独立した要素のように見えますが、
実際にはこれらは密接に結びついています。
拡大は効率化を要求し、
効率化は余白を奪い、
余白の喪失は柔軟性を失わせる。
さらに関係性が価格や条件に依存するほど、
企業は短期的成果に縛られ、
再び拡大と効率の循環に戻っていきます。
この構造を可視化するために導入されるのが、
ナマケもん戦略マトリクスです。
このマトリクスは、従来の戦略ツールとは異なります。
市場選択や競争優位を分析するものではなく、
「どのように存在するか」を問うものです。
つまりこれは戦略ではなく、思想に近いものです。
企業はどこで勝つかではなく、
どのように続くのかを問われています。
この転換は小さく見えて、非常に大きな意味を持ちます。
勝つことを前提とした経営は、必ず競争に巻き込まれます。
競争は成果を生みますが、同時に消耗も生みます。
一方で、続くことを前提とした経営は、
競争そのものから距離を取ろうとします。
規模を最適化し、
関係を深め、
余白を残す。
この三つの選択が重なったとき、
企業は「消耗しない構造」に近づいていきます。
本連載では、このマトリクスを単なる概念としてではなく、
実際にどのように適用し、どのように移動するのかまで描いていきます。
重要なのは、急激な変化ではありません。
むしろ、小さな前提の変更が積み重なることです。
この連載は、経営者のためのものでもあり、
同時に働く個人にとっての視点でもあります。
なぜ努力しているのに疲れるのか。
なぜ正しい選択をしているのに楽にならないのか。
その答えの一部は、このマトリクスの中にあります。
経営とは何か。
その問いを、もう一度静かに引き直すための連載です。
連載コラム:『進歩とは何か』良くなり続ける社会が静かに文化を破壊する。
第3回 文化とは、止まれる仕組みだった
更新しなくても許されるものの正体
文化という言葉を聞くと、
多くの人はどこか身構える。
難しそうだ。
専門家のものだ。
自分の日常とは関係がない。
だが、本来の文化は、
そんな遠い存在ではなかった。
むしろ文化とは、
人が壊れずに生きるための、ごく身近な仕組みだった。
文化には、奇妙な特徴がある。
それは、
役に立たない。
生産性を高めない。
成長を促さない。
文化は、
人を前に進ませない。
この事実は、
現代社会の感覚からすると、
どこか致命的に見える。
「役に立たないなら、なぜ存在するのか」
「成長しないなら、何の意味があるのか」
しかし、
まさにその“役に立たなさ”こそが、
文化の核心だった。
文化は、
人に「今のままでいていい」とは言わない。
同時に、
「もっと良くなれ」とも言わない。
ただ、
「ここに留まっても壊れない」
という感覚を与えてきた。
それは、
止まることを肯定するのではなく、
止まっても否定されない空間を用意する、
という態度に近い。
文化は、
人を導かない。
人を評価しない。
人を管理しない。
だからこそ、
文化は長く続いた。
考えてみてほしい。
昔から続いてきた文化の多くは、
説明が難しい。
なぜそのやり方なのか。
なぜ効率が悪いのか。
なぜ今も続いているのか。
明確な答えを持たないものが、
驚くほど多い。
それでも文化は、
「意味がわからないからやめよう」
とはならなかった。
なぜなら文化は、
意味を生み出すために存在していたのではなく、
意味を問われない時間を生み出すために存在していた
からだ。
文化が機能していた社会では、
人生のあらゆる瞬間が、
成果や成長と結びついてはいなかった。
今日は何も進んでいない。
昨日と同じことを繰り返している。
特別な達成感もない。
それでも、
「今日は無駄だった」と
即座に切り捨てられることはなかった。
文化は、
そうした時間を
“仮”として扱わなかった。
文化が提供していたのは、
完結しない時間だった。
終わりが決まっていない。
次に進む必要もない。
評価もない。
この完結しない時間が、
人にとってどれほど重要だったかは、
失われてから、ようやく見えてくる。
進歩が前提になった社会では、
時間はすべて「途中」になる。
途中である以上、
立ち止まる理由はない。
完成していない以上、
満足してはいけない。
文化は、
この無限の「途中」から、
人を一時的に降ろしていた。
文化は、
人を守るための
減速装置だった。
それは、
進歩を否定するためのものではない。
前進を妨げるためのものでもない。
ただ、
進み続けるしかない社会の中で、
人が自分の形を失わないための、
最低限の緩衝材だった。
文化がある場所では、
人は少しだけ、
遅くなれた。
少しだけ、
意味を求めずにいられた。
しかし、
進歩が信仰になると、
この減速装置は邪魔になる。
速度を落とすものは、
効率を下げる。
完結しないものは、
評価しにくい。
その結果、
文化は「古い」「非合理」「時代遅れ」
と呼ばれるようになる。
だが、
文化が消えた後に残ったのは、
より良い社会ではなかった。
残ったのは、
止まれなくなった人々だった。
文化は、
人を幸せにする装置ではない。
むしろ、
不幸になりきることを
防いでいた装置だった。
期待に応えられなくても、
成果が出なくても、
自分を説明できなくても、
それでも、
生き続けられる感覚。
文化は、
その感覚を
静かに支えていた。
次回は、
なぜこの文化が、
破壊されたにもかかわらず、
誰も強く怒らなかったのかを考える。
なぜ文化は、
闘わずに消えていったのか。
そこには、
現代社会特有の
「優しすぎる破壊」の構造がある。
4月の連載記事紹介
下記のリンクから各週に公開した連載の内容をNoteでの文章、Spotify、 Apple Podcast の音声、そしてYouTubeの動画として振り返ることができます。
5月のNOTE配信予定
各連載は毎週・毎月の定期配信を基本としつつ、最新の情勢や読者ニーズに合わせて柔軟に展開していきます。

※ すべての配信は メキシコ時間 に基づきます。ご了承ください。
編集後記
つながって見えるということ
今月号は、いくつかの異なるテーマを扱っています。
国際情勢としての「力」。
社会構造としての「進歩」。
企業のあり方としての「経営」。
それぞれは別の領域の話に見えるかもしれません。
しかし読み進めていくと、どこかで同じ構造が繰り返されていることに気づきます。
止まれないこと。
変われないこと。
そして、正しさが積み重なることで逃げ場がなくなること。
これらは異なるスケールで現れているだけで、
本質的には同じ問題を指しているのかもしれません。
連載コラム「進歩とは何か。」第3回では、
文化が持っていた「止まれる機能」に光を当てました。
それは効率でも成果でもありません。
むしろ、何も起きなくても壊れないための仕組みです。
この視点で今月号の全体を見直すと、
いくつかの問いが自然と浮かび上がってきます。
力に頼らずに成立する秩序はあるのか。
更新され続けなくても成立する社会はあるのか。
勝ち続けなくても続く企業はあり得るのか。
明確な答えはありません。
ただし、問いとして持ち続けることには意味があるように思います。
ナマケもんユニバースは、
これからも結論を急がず、しかし問いかけ続けるメディアでありたいと考えています。
次号もまた、静かに続きを進めていきます。
NAMAKEMON|ディスコグラフィー
Spotify, Apple Music, YouTube Musicなどの音楽配信サイトで「ナマケもんSONGS」が続々配信されています。ぜひ一度、聞いてみてください。
Small Deep & Resilient (ちいさく、深く、しなやかに)
これまでにNoteにて発表してきた連載の内容からインスパイアされた全12曲。Namakemon 初のアルバム。
Black in White Society (ブラックなホワイト社会)
連載「ブラックなホワイト社会」の各章をモチーフに作成した全8曲。連載の各章本文と合わせて、お楽しみください。
Black in White Society (The Ethics of Existence)
「ブラックなホワイト社会」の各章を英語の語り調(このジャンルはSpoken Word と呼ばれているようです)で表現してます。
ブラックなホワイト社会 (Spoken Groove)
英語版のBlack in White Society (The Ethics of Existence)を日本語で表現したバージョンです。日本では Spoken Wordという音楽ジャンルが、まだ、あまり知られていないようです。このアルバムが日本における Spoken Word その名も 「Spoken Groove」 として広がる、きっかけとなることを夢みています。
Pseudo Defeat 擬似敗戦 Side A
連載「擬似敗戦」の各章をモチーフに日本語版 Spoken Word すなわち Spoken Groove として表現しました。
Pseudo Defeat 擬似敗戦 Side B
Pseudo Defeat 擬似敗戦 Side A の歌詞を、そのまま、ジャズファンク・テイストの J-Pop 調(名付けてJ-Fank)で表現。
Institutional Defeat I (制度敗戦Ⅰ)
連載「制度敗戦I」の各章の世界をFankで楽しむ。
絶滅の巨人 The Extinction of Titans
NAMAKEMONお馴染みのFankが、AOR風、Afro Cuban風、Latin Jazz風に変態。NOTE連載「絶滅の巨人」の各章を音楽に変換。
究極の生存戦略 ― ナマケモノが問いかける進化の意味 THE ULTIMATE SURVIVAL STRAATEGY
月刊ナマケもんユニバース(旧月刊ナマケもんマガジン)の創刊号から2月号まで、6ヶ月間連載のコラムの各月(各章)ごとのモチーフを音楽にしました。
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