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ペアゴルファーつばめ 第3話

第26話

「オレのクラブはボールに当たった一瞬だけボールに押されて速度を落とす。真琴のヘッドはそこで追いつくんだ。信じられるかい? ま、それだけじゃなくてあいつのヘッドスピードの方がちょっとだけ速いんだよね」
「なに言ってんだ、0.2m/sの差は大きいぞ。天と地ほどに」
「クソ真琴、0.2くらい誤差だっての。みてなよ、来年までには追い越してやるから」
「それじゃ私が空振りするだろ? バカめが」
「どっちがバカなんだか。真琴が先に打ってオレがあとから振れば解決じゃないか」
「おまえに後ろから小突かれるなぞ恥辱でしかない。おまえが0.2速度を上げるなら、私も0.2上げてみせる」
「なにを〜?」
「負ける気がせん」

「あははは!」
「仲のよろしいことで」

「そんなことより、水守は大丈夫なのか。無茶ばかりしおって」

「ええ。もう少ししたら薬が効いてきて楽になります。それと同時に立てないほど眠くなってしまうのが困りものなのですが」
「眠いくらいどうだっていいよ。いつだってボクが支えるよ?」

 選手たちがまもなく到着します。仮設3番ホール。おっと?
 やはり仮設3番も延びますか。

 そりゃあ延ばすでしょうよ。聞いて驚きなさい、1241ヤードよ、1241。

 公式戦で1241ヤード!?
 たったいま手渡しで届きました新資料に目を通しているところです。普通の丸々ふたホール分よりも長いじゃないですか。

 だって名物ホール改修の機会だもの、ただでさえ延ばしたいところ。
 さっき裏から関係者に聞いてもらったのよ。実は来期に予定されているプロの大会で披露するつもりがあったみたいね。それに向けて準備していたのを急きょ延長戦のために開放することにしたらしいわ。

 ははあ、ずいぶんと思いきりましたね。
 あれだけ見事に、たったの2打で攻略されてしまうとゴルフ場関係者も脱帽、秘蔵っ子を引っぱり出さざるを得なかったと。
 しかしこれは英断ですよ。より本大会に華を添えることになります。

 そういうことね。
 他のゴルフ場が軒並み1000ヤード越えを作るのなら、佐野コースは1200の大台に乗せてくる。これはただの妄想の言葉遊びだった。まさか本当に実現するとは。
 言霊って時々びっくりするほど仕事をするわよね、不思議だわぁ。

 そのまさかの1241ヤード、パー8。
 世界最長クラスとされる1マイルにはまだ遠くおよびませんが、堂々の現時点国内最長ホールのお披露目です。その前人未到のホールに高校生の頂点が今から挑戦します。

「この戦いはさ、もうどちらかがオストリッチを出すまで終わらないんじゃないか?」

「押すとリッチに? おジイな院長先生に気をつけるように言っとかなきゃ。それはどんな手口の新型サギなの? そこんとこ、詳しく!」

「いや、ぜんぜん違くて、英語でダチョウのこと。コンドルのさらに上、マイナス5打で上がるとオストリッチっていうのさ」

「へえ〜、ヤマトくんは物知りさんだね」

「大和はこう言いたいんだろ。パー8の3打上がり、つまりこのホールを2打で乗せた方が優勝だと」

「こっちはもう、1周目で2オンさせちゃってるもんね〜」

「距離は超延びたんだぞ、さっきやっとだったおまえらなんかで届くのか? 私らはオーバーしたからちょうど良さそうだ」

「なにを〜お!」

「お、やるかアァ〜ン?」

「いえいえ、話が進みませんから茶番はそのへんで」

「ちゃ! チャバン!?」

「ひどいよ美月ちゃん」

「ウフフ、時間は限られていますからね。すでに双方ともに消耗し、先ほどまでのショットはもはや望めません。わたくしは体調をそこね、つばめさんはどこかを痛めてて。あなたがたも腕が万全ではなくなったのでしょう? 替えのクラブもなく。ですから二宮大和さんは、乗せることができた方が優勝だとおっしゃったんです」

「ま、そゆことかな。さすがは水守さん」

「ふうん、そっちもこっちも限界ってことか。打算なし、とことん挑戦して終わろうってわけだね。いいよ、このホールで決着つけよっか。その方がわかりやすい」

「私らは国内最強だ。来年のオリンピックには私ら姉弟が行く。そして証明してみせよう、双子のペアゴルファーが世界最強だということを」

「双子だから最強ってのは論理がおかしいでしょ。いっしょに産まれてないとあなたたちに勝てないとでも? あなたたちよりも一緒にいた時間が長くないと優勝できないとでも? ボクたちは物心つかないうちに出会い、別れ、大きくなってから再会した。それでペアゴルフ歴はふたりとも半年もない。でも勝つよ。そんなボクたちが勝つ。あなたたちのその、鼻っぱしらを折り散らかして」

「フフ、言うじゃないか。期待してるぞ」
「いいねそれ。敗北を知りたい」

 さあ。長崎東西が準備に入ります。

「参りましょうつばめさん」
「ほいきた!」

 なにか思いつめたような表情なのは、水守の体調ゆえか。それともこれからの試技に身構えているのか。繰り出すのはあの、ティマーカーを用いたショットか。

 あれもこのゴルフ場だからこそ使えた戦法よね。
 ティマーカーはそもそもテーパーのついた木片だったり、金属のプレートだったり、形状はゴルフ場によってさまざま。あのショットに適した形状を使っているコースなんてそう多くないわ。
 1ヶ月前にここで戦った時のことを覚えていたんでしょうけど、もし噴火の影響で他のデザインのものに差し替えられていたらアウトだったわよ長崎東西は。
 事実、間に合わなかった新品のサンプルをみたわ。新デザインはプレート状だったもの。

 事実はそうだろうが、現実はそうならなかった。無事だったティマーカーをかき集めたら足りたからだ。
 あのマーカーはこのコースの歴史になる。生き証人で、語り部だ。そしてあの子らのショットをサポートすることで歴史の一部になった。
 今さらかもしれんが、あの子たちにはなにか、やはり運命みたいなものがあるんじゃないのか。

 そうかも……しれませんね……。

 ついに最終ホールとなるのか。決着の舞台になるのかもしれない、2周目の仮設3番ホール。
 もくもくと長崎東西がアドレスに入ります。

 本来あれくらいの緊張感はあった方がいいわね。

 あの配置はやはり例の。ティマーカーを利用したショット。
 ついに長崎東西が未知の1241ヤードに船出、おおっとこれは!?

「!?」

 水守ちゃんが!? 倒れるわ!

 スイング中の水守が体制を崩す! ところが大空もすでに試技に入っているぞ!? 
 もちろん空振りは一打にはなりません、しかしボールを指向したスイングから3秒が経過すれば一打となります!
 ここで日本独自のルールが長崎東西の足を引っぱる? どうする大空、万事休すか!?

(これはもう! 止まれないいいいいいいいいいいい!)
「……2っ……!」
「美月ちゃん!? わかった!」

 水守がそのまま打つ? 体勢を崩しつつもそのままクラブを振りにいく!
 がしかし、大空とはタイミングのずれが生じているが!?

「うぁぁぁぁああああああ第4の奥義・改ッ!」

 大空の咆哮、しかしヘッドスピード60メートル毎秒超えのスイングは簡単には止められないが!?
 水守の努力むなしく大空のクラブが先に振られるっ……!

 いや、違うぞ!?

 クラブを地面に突き刺しました!? これは!?

 これまでにも何度も見てきたじゃないか、茅ヶ崎の雷獣ショットだよ。いつもは美月くんのサポートの下だが、今回はタイミングを遅らせるために敢えて。
 果たしてその衝撃にひとりだけで耐えられるのか!? つばめくんッ!

「バイアフリンジェンス・オブ・オートマタァ!!!」

 それでも当てたァ!
 人形師のいない人形だけでしっかりとミートしてみせたァ!
 なんとこの状況下でも水守は的確にボールを大空の下へ! 一方の大空は、急きょ自らも故意にタイミングをずらした上で前に飛ばしてみせました!
 即席の超必殺技はいったいどこへ向かってボールを飛ばしたのか!?

 ううん、案外悪くないわよ?
 さすがは大空ちゃんよね。どんなにタイミングを狂わせられてもひざは微動だにしてなかった。水守ちゃんへの信頼がただ信じて待つという行為に結実した。
 その答えがこれ。もしかしたら意図したままに打つよりも飛距離が出ているんじゃないかしら。

 チャンピオンティよりもさらにうしろ、ストロングティより打ち出したボールが落着した先は?
 なんとフェアウェイだ! 全長が延びたにもかかわらず、およそ1周目と同程度の地点に!
 本番に強い長崎東西はなんと、トラブルにも強かった!

 だけど水守ちゃんの体調は依然心配よね。自力で立ってはいるけれど、どこか普通じゃない空気は常にまとってる。
 このホールで決着がつくような流れになるのだとして、本当にもう一度クラブを振れるのかしら?

 心配されますね水守。
 続いては舞浜学院の試技です。

 え待って。
 あの雰囲気、やっぱり異常よね。あんな怖い舞浜見たことない。
 そもそも両校がともに異常よ。

 異常、ですか。

 だってそうじゃない。
 アタシが思うに、おそらく両校とも2打でオンさせるのを目指しているんじゃないかしら。それほどの覚悟がティグラウンドに充満してる。長崎の鬼気迫るショットはそれを体現していたわ。

 まさかですよ上野さん。
 それを前提として、仮に600ヤードを放てたとしても、それをたとえ2打連続で打てたとしても1200ヤードです。1241ヤードには届かないんですよ?

 そうなのよ。その差41ヤードは果てしなく遠い、いわばベルリンの壁の向こう側のようなもの。
 もちろん正規の手続きを受ければ徒歩でだって、車でだって国境を越えることは可能。でもそれらは刻んだり、アプローチで乗せたりを意味するわ。つまり3打目でのオン。
 だけどあの子たちがいま目指しているのは2オンなの。600ヤードを超える、言わば密入国による国境線の強行突破なのよ。
 水守ちゃん大空ちゃんは橋頭堡を築いてみせたわね。600ヤード越えを実現してみせた。
 舞浜はどうかしら?

「さっきと同じ攻め方なのは癪だが、使う順番を入れ替えることはできない。なぜならドライを打ったあとでは満足なショットが打てなくなるのと、クラブを失ってしまうこと。だからツヴァイが先で、ドライが後だ」
「それでいいよ。あちらさんにはもう一度が難しそうだしね。オレらが2オンしたなら勝てる」
「今回だって当然、確実に飛距離は足りる。だが、おそらくは乗らない」
「はあ!? どうしてさ? いつになく弱気じゃないか」
「おまえにだって本当はわかっているはずだ。ドライには精度がまるでない。飛距離は申しぶんないが、方向性と着弾後のランに大きなばらつきがでる」
「じゃあどうするのさ」
「だからこうしよう。ドライバーはこの際失ってもいい、可能な限り距離を稼いで2打目を楽にする。つまり、ドライが先でツヴァイが後だ」
「ハァ!? ドライが先ぃ!?」

 食ってかかるような二宮弟の表情。それを二宮姉が静かに、黙って見すえます。

「そうしないと負けるってことだね……」
「そうだ。おまえも自ら決断しろ。ドライが先か、ツヴァイが先か」
「とにかく飛ばしにさえ成功すれば第2打が確実なのと、グリーンに乗せるための第2打の精度がイマイチなのと、ね。どっちも博打にはちがいない、その上で勝てるみこみがあるのは」
「ドライ。だろ?」
「しょうがないね、真琴の賭けに乗ろう!」

 舞浜が打ちます。
 この特徴的な構えはクラブを合わせるショットか、それとも同時打ちのショットか?

「この試合最後のドライだ、喰らえ長崎!」
「やあああああああああ!」

 打った舞浜、ティグラウンドに爆発のような火花が炸裂する!
 ボールは!?

「フォアッ!」

 二宮弟から鋭いひとこと、ギャラリーに対して打球を見定めて身構えるよう指示が飛びました!
 ボールは大きく右へ出ている!? これはトラブルだ!

 まあでも大丈夫じゃない? 舞浜のショットは隣のショートホールに飛んでったけどOBじゃないわ。
 ペアゴルフはさまざまな創意工夫のショットがのびのびできるよう、意図的にOBには寛容に設定してあるの。
 と言ってもレギュラーゴルフと比べてってだけよ。池やクリークは動かせないから、それらは変わらずそこにあるわ。
 国際大会もほとんどは同じ考えなのよ。意図せず準拠してるかたち。
 小さくチマチマきざむゴルフなんて今の時代求められていないもの。パットもそう、画ぢからが弱い。ペアゴルファーには堂々と、楽しく挑戦してもらいたいから。
 海外には、あの子たちも真っ青になるような奇想天外なショットが次々に産まれてる。右にも左にも、時にはうしろにも飛んじゃうみたい。
 午前中はもうちょっと楽観できるようなゆるんだコメントをしたわ。でも600ヤードが普通と言われるような時代が、すぐそこまで来ているのかもしれない。

 それは楽しみと言いますか、恐ろしいと言いますか。
 どうしてそれがお分かりに?

 そうね、オンナの勘ってやつかしら。
 距離はこれからのペアゴルファーのひとつの指標になるかもしれないわね。
 まず高校生は400ヤードを超えうるか。
 次に500ヤード、そして600。
 世界はもう600ヤード時代だもの。パー5以上のホールを回る前から落とすのが確実視されるようなペアなら、もう世界では戦えないとゆうことよね。
 全日本高校生ペアゴルフも、2年目からは早くも戦国時代到来とゆったところかしら。

 ゴクリ。
 では両校は600のチケットを持っていると。

 ふふ、そうね。現時点ではファーストクラスと言ってもいいわね。

 それはすばらしい!

 ただし。
 あの4人には是が非でも操縦席に座ってもらいたいの。次代をになうパイロットとして。
 その資質は十分あると思うのよ。

 いいじゃないか戦国時代。やってこいこい、ゴルフはまだまだ面白くなる。

 日本のゴルフ界の未来は明るいですね!
 さあ、カメラでボールを追いましょう。
 ゴルフは飛距離のみで結果が左右されるものではありませんが、第1打はどちらがより飛ばしたのか!?

 飛距離に関してはやはり舞浜ね。でも隣のホールまで行っちゃったから、グリーンまでの距離なら長崎の方が近そう。勝負は舞浜が勝って、有利なのは長崎かしら。

 だろうな、舞浜はそもそもフィジカルがまるで違う。長崎より50ヤードほど先だろうか、曲がりはしたが700近く飛んだかもしれないな。
 隣のホールのグリーン手前にまで飛んでるじゃないか。

 700ですか!

 彼らの運がいいのは、ここは復旧作業に着手していないにも関わらず、この1ヶ月間の風雨で自然と洗浄されているところ。きちんと芝も刈ってくれている。だからこそOBに指定されていないんだが、あそこならなんの憂いもなく打てるだろう。

 舞浜のボールは無事、コースコンディション的にも問題なく2オンを狙える状況ということですね。
 では双方がグリーンの射程圏内と。

 ただしあの2組だからこそ成し遂げられるであろう、という条件つきなのよね。なにせ600よ、600。

「あなたたちのクラブをダメにするショット、覚悟をみたよ。すごい気迫だった」

「まあね。でも課題の多いショットだよ。現にひどい所に飛んでった」

「あはは」
「でもOBじゃなかった、チャンスはある。でしょう?」

「分かってるじゃないか」
「だいぶ飛んだからね。これでどうにか届くかも、スプーンのツヴァイでも」

「ボクたちだって乗せに行くよ、挑戦するに決まってる」

「もちろんだ。私たちもこのホールの、次のショットで決める」

「じゃあ。グリーンで会おうね」

「ああ!」

「もう気の抜けたコーラみたいなショットを打つんじゃねえぞ」

「そっちこそ!」

 ここで2台のカートがそれぞれのボールを目指して別れます。
 いよいよ次で決まるのか、全日本高校生ファストペアゴルフ選手権大会決勝が、決着の時を迎えるのか?

 可能であれば次打のために600ヤードをこえて打ちたい。それが両校ともに実現したのよ。あれらはきちんと勝利のための布石になったわ。
 両校とも2オンが現実的な位置。ううん、ペアとはいえ600ヤード先のグリーンを高校生が一打でうかがえる奇跡の時間。
 考えてもごらんなさい?
 絶好のコンディション。
 品のいいギャラリー。
 最高のポジション取り。
 至高の選手たち。
 このゴルフ場全体がゾーンに入ってでもいるかのような不思議な空気。
 決まるわよ、次で決まるに決まってる。

「どう、美月ちゃん」
「そもそもわたくしの発病後におけるすべてのショットは、固くて開かない瓶のフタを開けるときのコツだったのです。体への負荷は本来、それほど大きくはありません」
「そ。じゃああと1打だけ、お願いね」
「ええ」
「ボクらもあの人たちみたいに覚悟しなきゃ。クラブを失うくらいのショットを、ここで。だから。ごめんね美月ちゃん、たぶんこれで美月ちゃんのウエッジをだめにする」
「いいの、それはいいのです。でも大丈夫ですか、金属製のウエッジですよ?」
「まあね。なるべく見ないようにして振るよ」
「それと、これはさすがにちょっと」
「ええ?」

 水守と大空が何やらおもしろいことをしていますね? お互いをロープで、腰のところでつないでいます。
 全国大会決勝の緊張感の中で。長崎東西は自由です、自由の翼を持っています。
 時折ふらつく水守のために大空が用意したのでしょうが。あれは、フフ、なんと申し上げたらよいか。フフフ。

 あの子たちらしい、わよねえ。

「いいじゃない、まるで電車ごっこみたいで。それかパズーとシータみたいで」
「ですからそれが恥ずかしいと」
「でもこうでもしないと美月ちゃん、もう自分ひとりじゃ立ってられないでしょ? 文句いわずほら、最後の一打、打っちゃおう?」
「ふふ。そうでした。打っちゃいましょうか」
「直前までしがみついててね。つばめという名の見張りの凧は、すっごく揺れると思うんだ」
「ええ、ご随意に」

 水守・大空ペアがそうしている間に?
 舞浜が打ちますね。林でお互いのプレーが見えません。そのため舞浜も同じタイミングでアドレスに入った。

 クラブを重ねて打つのもどうかとは思うのだけど、輪をかけて異常なのはむしろこのショットよね。
 だってそうでしょう? ほんの一瞬でもずれようものならどこに飛んでいくかもわからない。現にこれまで2度披露してて、すでに1度はミスしてる。クラブを損なわないのが利点ではあるものの、それでも技の難易度は桁が違う。
 タイミングだけでゆえば本大会最高難度じゃないかしら。

「さっきよりも本気で振れよ大和」
「そんなこと言っといて大丈夫なのかい? ドライの後遺症、あるんでしょ?」
「ふっ、誰に向かって」

 双子の間にアイコンタクトが出た!

「いけよ!」
「ツヴァイ!」

 ミートの瞬間にヘッドがかち合ったか!?
 火花が散り、打音とは異なる小さな鐘のような甲高い金属音が鳴ったァ!
 ヘッドを衝突させるショットとは音が違いましたが!?

 でも飛んでるボールには影響ないみたい。めちゃくちゃ飛んでるわ。だったらほんの一瞬だけ触れる程度に当たったんじゃないかしら。

 最下点でクラブが最接近したんだ。触れるか触れないかがベストだとすると、今のは理想のショットにもっとも近いスイングができたんじゃないだろうか。

 およそベストなスイング、ボールには影響なかったとの見方のとおり、先ほどの打球に負けないくらいの大飛球が飛び出しました! これはグリーンまで届きそう!

 こっちも打つぞ、長崎が打つ!

「いきましょう!」
「オゥケイ、やろう! 勝つにしても負けるにしても全力で! 乗せる! 乗せれば勝つ! 乗せるつもりで打つ! だからあなたの名前はオストリッチ!」
「第2の奥義・改三!」
「ブロークン・マリオネット・オブ・オストリッチ……!」

 水守のウエッジを放り投げてからつかみ、地面に突き刺したぞ大空つばめ! しかし鋭利なエッジは地面を掘って進むが!?

 それでもシャフトをいつものようにしならせられたらいいという考えなんだろうよ。どうなってんだまったく、練習もせずに。
 シャフトがしなるのが先か、地面が尽きるのが先か。どっちだ!?

 結局地面を突き抜けて、ボールに当たる! クラブはそのまま、フォロースルーもせずに放ってしまったァ!?

「オロロ!」
「今はがまん! さ、お早く!」

 大空が嘔吐!?

 うしろでヘロヘロの水守ちゃんからドライバーを受け取ったわよ大空ちゃん!?
 ボールはっ!? どこ行ったの!?

 上空!?
 かと思いきや、地上2メートルくらいの超低空です!
 ところが!?
 落ちるのが!?
 遅いような、気がします!?

 それほどまでの激スィ回転なのよォ!

 さあ、すさまじいまでの回転を保持して落ちてきたボールに対し、無慈悲とも言えるドライバーの鉄槌がいま、下されます!

「まだです、今ッ!!!」
「ウィズ!」
「菩薩掌!」
「サイクロン!!!」

 長崎もいったーーーーッ!

 そうか!

 どうかされました赤井さん!?

 たしかにつばめくんほどのセンスがあればサイクロンはいつでもできた。アイアン系に対するイップスもあろうが、あと先考えなければ一打くらい振れないこともないんだ。なぜ今までそうしなかったか。
 あれをみてごらんなさいよ、放り投げたウエッジが見るも無惨な姿に。

 ああ! 放ったウエッジのヘッドが折れ、別々に飛んでいます!

 それほどの鋭角的打ち込みだったんだ。地面を掘ったときよりもさらに打ち込んだんだよ、ボールをミートしたあとで。
 これまでつばめくんは太ももばかりが注目を浴びてきたが、手首もこりゃ相当なもんだぞ。
 だがおそらく、それも今ので失われた。アプローチの名手、美月くんもウエッジを失っては点睛を欠く。
 ということは?
 たとえそうなってもいいとの覚悟のショットなんだ。結果がどうあれ、やはりこの一打で終わるぞこの試合!

 予期せぬ事態にカメラがてんやわんやです。なんとボールが2球同時に飛んでいます! グリーンを目指して!
 舞浜高校は右から、長崎東西は中央から!
 それらはグリーン手前で落着し、広いグリーンの上を高速で転がるゥ!
 もしやイーブンか? それ以前に、オストリッチ達成なるのか!? それも両校同時にか!?

 ちょっ、ちょっと待って?
 あれもしかしてまずくない? ボール同士が当たりそうよォ!

 っと!?
 当たってしまった!? そのまさかが起こってしまった!

 嘘だろう? こっちではすり抜けたように見えたが。交差したように見えた。
 そっちでは当たったように見えたのか?

 はい。画面ではそのように。

 カメラでは当たったように見えたということか。こっちも確証が持てないんだ、なにせ音が遠すぎて聞こえなかったから。

 っと!?
 ひとつはグリーンの傾斜の作用で外に出されました!
 もうひとつは上り勾配に負けて止まりましたが。

 ゴクリ、ということは……?

 すなわち、グリーン上にボールは1個! グリーン上に残ったボールは1個だけ!
 これは大変なことになりました! 

 ではどっちの高校のボールが残って……?
 どっちの高校のボールがこぼれたの?

 この瞬間に優勝校が決定ーーッ!
 っとと、先走ってしまいましたが、それでよいのでしたっけ上野さん? この場合のルールをご教示ください。

 まったく想定していなかったわけじゃないわよ、ちゃあんとルールでうたってある。
 もしも止まっているボールに他者のボールが当たった場合は、双方に無罰で救済が与えられ、当たったボールはそのままプレーを行うことができ、当てられたボールは元にあったと判断できる位置へ戻して再開できる。
 すなわちレギュラーゴルフと同じルールなの。
 一方で、どちらもが動いているボールだった時。この場合は双方が無罰で、両方止まった位置からの再開となるわ。つまり。

 当たったにしろ、当たっていないにしろ、グリーン上に乗っている方が優勝で間違いない。
 あとはそれが、どちらが放ったものだったのかということだ。
 さっきボールは当たったのか、すれ違ったのかということだ。

「さすがのつばめさんでも両校白いボールでは相手が悪いですか」
「いや〜、そうでもないよ? はっきりとみえてるんだけど、ちょうどメーカーの名前の向きが悪くって」
「600ヤード先なんですよ? 呆れました、さすがです」

 ひとつの大仕事を終えた大空、水守をカートに座らせ、ひもを外します。
 水守も最後まで闘いぬきました。立派でした。

「じゃあね、美月ちゃんはカートでゆっくり来て? ちょっと行ってみてくる」
「ええ。どうぞご随意に」

 大空が走る!
 急に大空がグリーンに向けて駆け出しました、が?
 どういった行動でしょう?

 ボールを確認しに向かっているんじゃないかしら。

 隣のホールでは二宮弟も走っている! こちらもまた同じ理由からでしょう。

 ははは。
 安全速度制限のカートよりも高校生の全力疾走の方が速いからなあ。
 走れ若人、オリンピックは君たちのものだ。

 はたしてグリーンに残ったのはどちらだったのか!?

 ちょっと待って! グリーンわきにいるジャッジを誰か止めて!
 ボールは1個しか乗ってないの! だからもう勝負はついたの!
 最終的に試合終了のコールはジャッジにしてもらわなきゃならないけれど、ボールを確認して歓喜するのも悲嘆するのも、ここは選手たちにゆだねてあげてぇっ!

 悲痛な上野さんの叫びがグリーンにまで届くでしょうか。
 そうしている間にもジャッジがグリーンへと駆けよります。

 まったく同意見だ、無粋なジャッジめ。
 その役は俺に任せてもらおう。なあに、荒事にするつもりはないよ。

 どこからか手に入れたセグウェイを乗り捨てた赤井さんが、ええっと。
 こちらからは羽交い締めにしているようにしか見受けられませんが……。

 俺に構わず行け! 二宮くん! つばめくん!

「え、いや。えっと。あ、はい……」

「ありがとう赤井のおっちゃん!」

 素直に受けとる大空と、得体の知れないものを見るような二宮弟です。
 グリーンには同時にたどり着いた両校、黙ってボールを見下ろします。パー8の仮設3番ホール2周め、オストリッチを達成したのはいずれの高校か!?
 両者目を合わせ、お互いうなずきましたが?

 ご、ゴクリ……!

 ボールを高々と力づよく、拾い上げたのは大空ァ!
 グリーン上のボールは長崎東西の放ったものでした! 水守・大空ペアの優勝ーーーーッ!
 長崎県代表・長崎東西高等学校が第1回大会の覇者となりましたァーーーー!

 ぼべでどう大空ぢゃん! 水守ぢゃん! ああああばばばばば!

 上野さんが大号泣です。
 見守っているこちらも苦しい闘いでした。見守る戦いでした。

 涙がどまだだぐだるでじょ! あだだだあああああ! ぼべでどうぶだりどもおおおおお!

「オレたちは水守さんの体調がどうあれ、手は一切ぬいてないからね」

「知ってるよ」

 両校握手です。

「必殺技、叫んだほうが気持ちいいっての、今なら少しわかるかな」

「でしょう? ぜっんぜん気持ちよさが違うもん。もっといい名前つけようよ、ツインズショットとか、双頭の荒鷲とか」

「はは、考えとくよ」

 ここでカート組が追いつきます。

「ダメだったか」
「うん。あそこで当たってさえいればもしやってところだった」
「当たるのを期待している時点で負けだ。おめでとう大空さん。水守さん」

「えへへ、ありがと」
「ありがとうございます」

「だけど来年は負けない。君たちは1年生で私たちは2年生だ。来年また、ここで会おう」
「できれば決勝でね。1回戦とか準決勝だともったいないから」

「ええっと、それは————」
「ええもちろん、ここでお会いいたしましょう」

 興奮冷めやりませんが。
 これより表彰式へと移ります。

 いろいろあって長引いちゃったものね。急いでやんないと日が暮れちゃう。ここはまだ照明設備が復旧できていないから。
 屋内でやってもいいのだけれど、せっかくなら決着の舞台となった仮設3番のグリーンでやりたいものね。

 なお、3位決定戦は北端商業が完封にて仙台育米を沈めました。すばらしい内容のワンサイドゲームでした。こちらのもようは配信にて、詳しくお伝えいたします。
 さあ優勝旗です!
 立てない水守の代わりに、大空が。
 疲れ果て、身体を痛めた大空が旗の重さでよろめきます。

「重っも……。ぐおぉ地味に痛い」

 はは、あんなに小さかったんだよなあ。
 よく戦った。
 よく勝ったなあ。

 カートに座ったまま歩けない水守のところへ、大空が優勝旗を届けます。

「おめでとう美月ちゃん」
「おめでとうございますつばめさん」
「あはは、やっと半分だね」
「やっと半分ですね」
「あーのさ。やっぱね、第2の奥義・改三。サイクロンじゃなくてタイフーンホバークラフトの方がよくなかった?」
「それをわたくしに選べと?」
「うん」
「どちらも嫌に決まっています。決まっていますが。今の方が……。まだ……」
「がまんできるってことね、って。寝ちゃったか」

 水守の満足そうな寝顔をカメラが捉えました。やりきった水守を大空が支えます。片手に力尽きたパートナー、もう片手には優勝旗。

 映えよね! ゔ映え!

「っとと!? あれれ美月ちゃん!? 寝ちゃったの美月ちゃん様!? インタビューはドーンとお任せだったんじゃないのう? どうしていま力尽きちゃったのかな? お〜い! ハロー? ハロー? もしもしもしもし? おお〜〜い?」

 高校生たちがまさに全力を出しきって躍動した大会でした。第1回にふさわしい内容で、人々に勇気と希望を与えて閉会できることを誇りに思います。
 上野さんありがとうございました。

 ごちらごぞよう! 最後はぜんぶまがぜぢゃっでごべんでえ!

 いいんですいいんです、理事の大役もお疲れ様でした。
 赤井さん、たいへんお疲れ様でした。
 赤井さんは結局、長崎東西とその他合わせて本大会の全日程を共にしました。そのあたりいかがでしたか。

 まあ言っても3日半、大会1回分くらい歩いただけだがね。これで孫への義理を果たせたよ。しかし得たものは想像以上だったかな。
 『ファストゴルフなんて』とか、『ペアゴルフなんて』と言うゴルファーはまだまだ多いし、ペアでのラウンドが禁止されているゴルフ場もないわけじゃない。
 そうして敬遠する人たちの目に、彼ら彼女らの躍動がどう映ったか。
 ペアゴルフもまたれっきとしたゴルフだよ。高校生たちがこの夏、それを証明してみせた。感無量だよ。

 おっしゃるように、まさに熱闘と呼んでふさわしい大会となりました。
 さて、決勝戦前の上野さんの言葉がそのまま通りますと、長崎東西がオリンピックの代表として名を連ねることになるんですけども。今後はそのあたりにも注目して高校生ファストペアゴルフを追いたいと思います。
 実現すると信じて待ちましょう!

 そのことなんだが。
 いや、いい。めでたい、このまま終わろう。
 高木くん締めてくれ。

 ええっと、はい。
 それでは。
 第1回全日本高校生ファストペアゴルフ選手権大会の全日程をここ、皐月ゴルフクラブ佐野コースよりお届けいたしました。みごと優勝をきめたのは、長崎県代表・長崎県立長崎東西高等学校でした。
 それではまた来年、第2回大会にてお目にかかりましょう。さようなら。

第27話

「なんでボクたちのオリンピック出場権が危ないのさ」
「怒らないでください、まだそうと決まったわけじゃないんですから。順を追ってご説明します。かつてバシュタールの惨劇というものが起きてですね」
「なにそれ」
「やっぱりご存知ないのですね……。その日は奇跡的に風のない日だったそうです。ただでさえ短いホールが、いつも荒れ狂っている風を失うとどうなると思います?」
「それは……」
「イーグルラッシュです。ほとんどのペアが毎ホールでイーグルを奪いあうとんでもない大会になりました。まだパットをしていた時代にですよ?」
「うええ、そりゃあ大事件だ」
「でしょう? あんなものはゴルフとは呼べません、ただのドラコン大会です。駆け引きも戦略もない、ただ正確に打てた方が勝つ比べっこ勝負。1日で6アルバトロス、32イーグル、95バーディはペアゴルフの汚点とさえ」
「うはあ、それで惨劇、か」
「それ以降、国内外のペアゴルフを誘致したいゴルフコースの拡張計画が進んでいるのです。その結果として、実力がそこそこの選手たちは取り残されることになりました。優劣を競い合うスポーツ競技としては当たり前のことではあるのですが」
「なるほど、じゃあボクたちは実力がそこそこの選手ってわけ。それでボクたちがオリンピックに出るのに反対、舞浜学院を出せって論調になるわけか」
「わたくしたちもこの大会で成長し、世界にも通じるショットを編みだしてみせました。ですが量産までは。真の実力差は明らかです。視聴者の目にも、わたくしたちが毎度綱渡りをしながらショットを放っていたのは周知の事実ですから」
「え? バレてるの?」
「ええ、バレバレですとも。同じだけ飛ばすにしてもその精度、頻度、確実性でどちらが優るか。全日本オリンピック委員会がどんな判断を下すか、わたくしたちは裁定を待つ身です」
「むむむむむ」
「見守りましょう、わたくしの予測が当たっていれば、たぶんそれに先駆けてこの番組でほのめかされるはずです」
「!? CMが終わった! 始まったよ!」

 こんばんは。
 今日はスタジオに全日本プロペアゴルファー協会の理事であります、上野真冬さんをお招きしております。
 よろしくお願いいたします。

 よろしくぅ。
 今日はなんでもしゃべるわよ。そのつもりで来たわ。

「ほんとだ! なんでもしゃべるって!」
「しぃー」

 はは、お手やわらかに。

 こちらこそよ。

 さっそくですが、上野さんが解説をしておられました、1ヶ月間の延期となっていました高校生ファストペアゴルフ大会について。
 ようやく終わりましたね。

 そうなのよ。いろんなことの起こる大会だったわあ。
 台風直撃に噴火、今日はそろそろ季節はずれとなる残暑だったわね。ほんとに暑かった。大会側が用意していた無料配布のペットボトルが全部なくなるほどだったのよ。

 文字通りの熱戦であったと。
 そんな中で頂点に立ったのは、男子ペアがひしめく中での長崎東西高校、女子のペアでした。

 あれはもうほんと、みんなの願いが結晶になったようなペアよね。
 考えが柔軟な高校生の発想力、それを技にまで昇華できる実力と努力、大会中のここぞの場面で用いる胆力。
 それらはなにも長崎東西に限らず、参加したすべての高校がそうだった。高校生ならではの熱闘が毎日続いたわ。もうね、お腹いっぱい。感無量よ。

「いやぁ〜、それほどでもぉ〜」

 これまでは地域ごとに小規模で行われていたペアのゴルフ大会ですが、ついに全国規模の大会が、高校野球と同じく春夏そろいました。
 試合内容も従前のファストゴルフから離れ、新たな技術収斂が起こり、ペアゴルフのらしさがいよいよ出てきたという印象です。

 視聴者の方に向けてご説明すると、春の大会までのペアゴルフはあくまで個人競技の延長だったわ。多少協力する場面がある程度の。
 例えるなら春大会までの舞浜学院、あるいは国内大多数のプロペアゴルファーのようなプレーよね。堅実につなぐスタイルのゴルフだった。ハザードに捕まっていれば出し、グリーンを直接狙えなければ横に出して。
 それが今のように盛り上がるきっかけになったのは、SNSでトリックショットの動画が流行したこと。2019年の大幅ルール改正をきっかけに、SNSでトリックショットを披露する動画が多数投稿されたのがペアゴルフの興り。今もそうした土壌から日々、新しいショットが生まれているの。世界は先を行っている。
 ペアゴルフのらしさが出たという点に注目するなら、1回戦で長崎東西ペアが使ったデュアルショットがその最初の発露だったように思うわね。

 まさに今大会で活躍した高校生たちが、日本のペアゴルフ界の先頭に立った印象です。

 そうなのよ。事実、SNS動画でブームを引っぱってきた子たちが今、ペアゴルフ界を引っぱってる。だから若い子たちにペアゴルフの上級者が多いのよ。

 なるほど。

 すでにソロゴルファーとして活躍している選手がこれからペアを組む選手を見つけ、デュアルショットをマスターするのは容易ではないわ。それくらいペアゴルフは分岐して進化したの。今夏はその節目となったように思うのよ。
 ソロゴルファーが不振を理由にペアに転向できるのはたぶん今年が最後になったわね。だって来年からはこの大会をくぐり抜けた、あるいは触発された選手たちが闊歩する時代になるもの。
 ペア戦国時代の到来よ。

 上野理事は先月、新しい時代の到来をデュアルショット元年と表現していらっしゃいましたね。
 ところがそうしたレベルアップによって懸念点も浮き彫りとなりました。すでに高校生にすら国内のゴルフ場は狭いと。
 今選手権大会には国内では最長クラスである皐月の佐野をあてたわけですが、それでも短かったように見受けられました。

 各校、各選手とも工夫をこらしてどんどん飛距離を伸ばしているからよ。来年には、18ホールで10000ヤードを超えるゴルフ場が相次いで誕生するって噂もあるみたいね。

 10000ヤード!
 それはとてつもない距離ですよ?
 今パパッと頭の中で電卓を打ちましたが、平均550ヤード越えです。550といえばソロゴルフのパー5の距離に相当します。
 それが毎ホールですか、ははぁ。

 推して知るべし、よね。
 ところが世界はその上をゆくから手をつけられないの。最初は洒落もあったと感じているのだけど、1マイルを謳うホールだって出てきているのよ? 1ホールだけで1760ヤード以上。
 そんなホールを内包したらコース全体で10000なんてすぐよ、すぐ。通過点でしかないわ。

 いやあ、おそろしい世界です。そんな時代がすぐそこまで来ているんですね。
 さて。
 上野さんも覚悟してきたとおっしゃったように、ここから本題に入るのですが。
 優勝校である長崎東西についての談話はこの番組よりも前の時間でお伝えしましたので、この番組では来年のオリンピック、2028年夏季ロサンゼルスオリンピックについて焦点を当ててお聞きしたいと思います。
 ズバリ、本日の試合直前に発言されました、オリンピックの出場権に関して言及された件について。
 その後いかがでしょうか。

「きたッ!」
「……」

 なかなかの反響があったわよね。Xのトレンドにも上がっていたとか? 
 アナタのゆわんとしていることは分かってるつもりよ。そこは心苦しいのよねアタシも。
 本来なら文句なし、今大会優勝の副賞として、長崎東西にそのチケットを渡して終わりなのだけれど。
 これは本来アタシが墓まで持ってゆかなければならない話なのよ。でもゆうわ、舞浜学院と長崎東西の栄誉のために。
 んま、今日はこれを広く発信するために、この番組のオファーを受けたのよね。

 おお。
 その、内容とは?

 実はね、舞浜学院は千葉県大会を優勝した時点で、全国大会への出場権を獲得した時点でオリンピック代表に内定していたのよ。アタシの独断でそう決めたの。なぜなら、いま国内であの子たちよりも優れるペアゴルファーがいないから。
 実力は春大会の制覇で折り紙つきだったわよね? それであの子たちにオリンピック出場を前にして箔をつけさせるため、あるいは実践経験を積ませるため、アジア予選の前哨戦とするために春大会と今大会を企図したのよ。
 あけすけに言えば、舞浜学院のための出来レースだったってわけ。

 おお、なんと……!

 んあのね、誤解だけはしないでほしいのよ、高校生ペアゴルフ全体を盛り上げたい気持ちに嘘はないから。これからも絶対に盛り立てていくし、当然毎年開催にするつもり。必要な施策はどんどん取ってく。制度も、施設だって用意する。ルールもどんどん国際準拠のものに変えてくわ。シャクだけど。
 ただ今年の主役だけが大会前から決まっていたってだけ。

 その主役が、ペアゴルフ界に彗星のごとく現れた二宮姉弟だったと。春の大会で猛威を振るった姉弟は今大会でも健在、他校とのレベル差は歴然でした。まるで異質、まるで将棋の藤井八冠のようでありました。
 ではそこに? 意図せず長崎東西高校が現れたと?

 その通り!
 まさかまさかのスタア誕生だった。
 赤井さんは彼女たちを流れ星と表現していたわね。裏でコソコソ動き回っていた悪の上野真冬サウルスは、まんまと長崎東西という名の巨大隕石によって絶滅させられてしまったというわけ。
 個人的に応援はしていたのよ? だってかわいいもの。かわいいは正義よぉ〜。
 それがめざましいスピードで大会中に成長して、ついに頂点にまで上りつめて。
 完全な誤算だった。でも嬉しい誤算よ、それだけは間違いない。
 日本はオリンピック直前で、世界と戦えるレベルの選手たちを、大会を経ることでなんと2組も用意できたわ。これで密かに温めていた計画を4年早めることができるってわけ。
 アタシは最初からずっと、ロサンゼルスの次のブリスベンに焦点を絞っていた。でもこれで遠慮する必要がなくなったわ。
 改めて。
 打って出ましょう世界へ。4年早めた2028年夏季オリンピックに。ロサンゼルスオリンピックに、二宮姉弟と大空ちゃん水守ちゃんペアで!
 まだまだ荒削りでもったいないのだけれど、あの輝きを、来年のオリンピックでこそ見たいわ。

「キタぁあああああ!」
「…………」

 これで舞浜学院に出場権を与える件に合点がいきました。つまりは事象が逆で、二宮姉弟のレベルにある水守・大空ペアにも出場権を与えるのだと。

 その理解で正しいわ。

 しかし舞浜はともかく、長崎東西高校はオリンピックに出られますでしょうか。

「んう?」

 無茶をくり返した大空選手はともかく、水守選手は深刻な故障をかかえているように見受けましたが。

 そこなのよ。
 だから今は保留としたいのよ。だってそうでしょう?

「ぇ」

 大空ちゃんはいいの、時間さえかければ治るもの。でも水守ちゃんのはそうじゃない。
 彼女の体調不良は暑さや緊張によるものではなかったことが大会後に明らかになったわ。オリンピック代表選手に関する事項なのでこうして開示せざるを得ないのだけれど、彼女は根治不能なタイプの持病を抱えているみたいなの。

 それは!?
 いったいどういった種類の病気なのでしょうか。

 アタシの口から言えるわけないでしょうよ。

 ですが全国制覇してみせたトップアスリートでもあるのです。高校生とまだ若い。
 期日までには体調をもどし、また元気な姿を見せてくれる可能性が大いにあるのでは?

 う〜ん。まあそうね、そういうことにしておきましょう。

 ふくみを持たせましたが?

 黙秘するわ。
 とにかく、今は水守ちゃんの体調快復を信じて待つ。外野であるアタシたちにはそれしかできない。来年の夏に間に合うと信じて、ね。

 そうですね。
 では最後にひとことお願いします。

 いつも応援ありがとうございます。高校生たちの活躍に、これからますます面白くなるペアゴルフにご期待ください。
 あの子たちは、水守ちゃんと大空ちゃんは必ず元気になって戻ってくるので! そして金メダルを獲ります!

 上野さんありがとうございました。以上、予定を大きく変更してお送りしましたスポーツコーナーでした。

第28話

(なあにここ……みどりばっかり)

(おっと。どうした嬢ちゃん? こんなところで迷子かね?)

(おじさんだぁれ?)

(おじさんかい? おじさんはね、ゴルフの上手なおじさんさ)

(ゴリラのジオズのおじさん???)

(嬢ちゃんに英語は難しかったかな。でも残念だ、私も中国語は話せないんだ。これでおあいこかな? あーっとあっと! そっちには行かないほうがいい。本当に迷子になって帰れなくなっちゃうといけない。きみは何もない所だからヒマなんだろう? だったらおじさんとゴルフをしてみないかな?)

(ゴルフ? ゴルフはきらい。だってゴルフがお母ちゃんをころしたんだ)

(そりゃあ実に物騒な話だなあ。だけど悲しいかな、きみは知っていたかい? ここにはゴルフが大好きな子しかやって来られない不思議な場所なんだよ)

(そんなことを言われてもきらいなものはきらい)

(ふむう。それは困ったね。ここはなにか折り合いをつけないと帰ることができないんだ。おっと、それだと伝わらないか。いま困っていることが全部なくなって、困らなくならないと帰れないんだよ)

(それはむり! えーん!)

(やれやれ、こいつは困ったなぁ)

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

(つばめ君は見た目よりもずいぶんとお姉さんなんだね。しかしそうか、お母さんが)

(うん。だからもうゴルフはやめようと思ってて)

(やめるだなんてもったいないことだよ。きみは誰よりもゴルフを愛している。大好きで大好きで、大好きだからここにきた。さっきにも言ったが、ここは誰にでも来られるようなところじゃないんだ)

(ほんとはやめたくなんてないんだ。だってゴルフのことがすきだから)

(だったらこれを使うといい)

(これって? おじさんの?)

(ああそうさ。クラブを見て思い出すのなら、クラブを見なきゃいい。そこでこいつの出番だ。一度構えてみてくれるかな?)

(そんなこと言ったって、かまえただけで気持ちわるくなるんだ。どうせダメだよ)

(おじさんのお願いだよ。ちょっとでいいから。一瞬だけでも)

(ふぅん? ヘンなの。木でできた? 木のドライバー?)

(ほぉら、ボールだってない。安心して構えるだけ構えたらいいよ)

(ほんとだ、これだとふしぎとへーきかも)

(……なんて綺麗なアドレスなんだ……。まるで緊張も力みもない。あの年齢だからか? いや、あの年齢であれだけの構えをとれるなどと? まるで……)

(どうしたのゴリラのおじさん)

(いやいやなんでもない。しかしだね、せめてゴルフのおじ——。いや、私のことはボビーと呼んでくれ。私はロバート・タイアー・マクダネル・ジュニア。気軽にボビーと)

第29話

「さあて。これからどうしたもんかね」

 行き場を失って、進む道を決めかねていた。
 担当を外され、新しい仕事として局の中での雑務を任されるように変わった。これは局内左遷。明らかに干された。
 別にいい、構わない。前の仕事もそれほど情熱を傾けていたわけではなかった。
 しかし1日に対する仕事の量が明らかに減った。少し本気を出せばすぐに終わる。余った時間は適当に過ごす。
 にしてもだ、この令和の世でこんなにもわかりやすいパワハラを受けるとは。どうなっているんだ我が社のコンプライアンスは。訴えたら勝てるぞ確実に。
 だが偉いさん側としても承知の上での行動だろう。訴訟されてでも遂行したいミッションとも言える。裏を返せば実は、それほどの案件なのだ。どこからきた圧力だろう、少しは興味もあるが。
 そんな状態でもテレビ局にはまだ居る。情熱だけは、まだ。
 前々からやってみたかった、現場の仕事に携わってみたい。はっきりと口にしたなら、自分の手で番組を作ってみたい。なんなら体当たりで。田舎を歩いたり、ポツンと残る一軒家を訪ねたりするのもいい。ところがだ、それらは残念ながら他人の仕事なのだ。
 それに、自分としては被写体に密着したい。もっとリアルな一人ひとりを丁寧に描きたい。かつての大家族番組のように。
 少し前まではアナウンサーをやっていた。若いころはそれなりにチヤホヤされて。中堅を経て、ベテランどころになって、趣味でゴルフをやっていた縁からゴルフの実況を任され、その待遇にも満足していた。情熱はなかったが。
 そこで失言があった。
 決して強いものではなかったが、どこかの誰かの機嫌をいちじるしく損ねた。その場であった発言のすべてがおれから発せられたものではなかったが、すべての責任を引っ被って。詰腹というやつだ。それで干された。
 そのおり、もし困ったら来ていいと言ってくれた人のところにはまだ連絡を取っていない。今はまだ頼れない。すがるのはどうにも首が回らなくなってから。
 しかし。
 ついに社内ですることがなくなった。最近は市場調査という名の、他局の動向把握という名のサボりを決めこんでいる。これでバリバリやってた頃の7割も給料をもらえるんならいいかなんて。
 いつものように、無感動に地上波を眺めていて。
 ゴルフをやっていた。
 今をときめくペアゴルフ。
 秋の新人戦で輝く高校生たちの汗がまぶしいが、直視できないほどではない。それを見たくなくならない程度にはやさぐれている。
 少し前には夏大会の決勝戦を間近でみた。その戦いはあらぬ方向へと転がって、最後は釘づけだった。
 スポーツはときおり筋書きのあるドラマを超えることがある。とんでもないものを見せつけられた、正直やられたと思った。あれこそがまさに求めるもの。
 そもそも大家族番組にも筋書きなんてなかった。淡々と日々を記録していたら事件が起こり、問題が浮上し、和解し、喜びが湧いた。
 あれとスポーツは同質のものなんだと認識した瞬間。
 雷に打たれた。
 これは比喩で、実際には脳から足へびびんと。しかしそれが原因でイスからころげ落ちた。
 それほどの衝撃。突如脳裏にひらめきが。仰向けでこれまで関心もなかった天井を見上げつつのつぶやき。

「彼女たちの黎明期から引退までを密着して描けたなら」

 いや、引退まででなくてもいい。せめて丸々1年間の密着。
 今をときめくペアゴルフの、それも受けのいい女性選手。高校生の身でありながらオリンピック代表選手になるであろうペアのうちどちらか。ここからの一年間と、オリンピックでの奮戦。
 善は急げ。
 連絡先はすぐにわかる。
 水守はこれからの長期療養が噂されており、格好の取材対象だったが。
 とりつく島なく断られた。学生のため交渉相手が本人でなく、保護者であることもハードルを高くする。
 せっかく局の許可は下りてるんだ、大空だけでも。

「いいスよ」

 なんと。
 あっさり決まった。
 彼女は母親を喪っており、父親は重度のアルコール依存症で入院中である。そのため現在は保護施設で暮らし、保護者は施設の職員となる。
 所長によれば、16歳以上の場合は本人の許諾さえあればよいとのこと。厳密には本人の同意が得られたうえで、所長の是認が上乗せされるかたちではあるが。
 それで本人に突撃したらまさかの快諾であった。
 心変わりがいちばん困る、むしろこちらから大丈夫なのかと念押ししても。

「えっと。あ、はい。多少は注目されるかもって赤井のおっちゃんから聞いてたし、これからはお金も必要になると思ってて」

 心配しなくても近い将来、ゴルフ器具メーカーや一般企業からのCMの話が舞いこみそうだが。こんな取材の小さなお金をあてにせずとも。
 ところがなんと、それは断っているとの返答。時間を取られる案件は困ると。オリンピックまでの1年間は集中したいということか。こんなに小さくても立派にアスリートなんだな。
 おれの案件は普段の生活を邪魔しない、時間を別途用意しないで済むのが奏功したようだ。
 お金とはひとり暮らしを、独立を指しているのかと尋ねれば。

「えへへ、今はないしょ」

 なんとも自然体なのだ。試しにと、向けたカメラがあってもこの表情。これはドキュメンタリーを創りやすい。
 彼女の人生をかいつまみ、ひとつの作品として描く。
 水守の次点として選んだかたちにはなったが、この娘もそうとう数奇な人生を歩んでいる。調べれば幸せになるのを願わずにはいられないほどの不遇な生い立ち。
 よくもまあ、あんな底が抜けたような顔をしていられるもんだと感心する。達観とはちがう、悟りとも。いずれにしても不思議な魅力をもった娘なのはまちがいない。
 彼女というきっかけを得て、ようやく立ち上がれる。アナウンサーの身を捨てさせられ、ジャーナリストに足を片一方つっこんだ。自身1作品目と呼んで恥ずかしくない作品に、取りかかれる足がかりをつかんだ。

第30話

 水守が長期療養の病棟に移されてから、初の見舞いにやってきた。

「美月ちゃん、っとと。水守美月の病室は何号室ですか?」

 なんと無防備な有名人だ。こちらから苦言を呈することはしないが、あれでは医局の仕事に差し支えるぞ。
 無理もないか、高校生ゆえの無意識。しかしだ、先ほどの総合案内でもずいぶんと時間を要したのを、彼女はもう忘れてしまったのか。

「お見舞いにみえられたご家族で……? もしかしてあなた、大空つばめさん?」

「ええっと。はい、そうですけど」

「やっぱり! ウチの娘があなたたちのファンなのよ! サインもらってもいいかしら?」
「え! ズル! わたしもわたしも!」
「私も。いい?」

 この棟の看護師はまたずいぶんと若い。仕事そっちのけで有名人に群がる。色紙を手に持つ人物もおり、すでに水守からサインを得ているであろうことも容易に想像できる。
 ところが快進撃もそれまでらしい、背後に迫る危機を彼女たちは察知できていない。

「なぁにやってんのあなたたちィ! ダメに決まってるでしょ!」
「げ、師長!」
「仕事をなさい、仕事を!」
「はぁい」

「あはは、あとでやりますよ? 書くものと書けるものを用意しておいてもらえれば、帰る時に」

 手慣れている。全国大会の延期から以降がずっとこうなのだろう。本人には嬉しい反応ではあろうが、彼女を真に応援したい者がこの中にどれだけ居るのやら。
 そうか、これはたしかに一挙手一投足で時間が取られる。小さな時間も大切にする考えはここから生まれたのか。
 であるならばだ、サングラスだとかマスクだとかあるじゃないか。素性を隠すのは卑怯でもなんでもないぞ。まったく、変に堂々とした有名人め。

「ありがとう大空さん! 水守さんの病室は突き当たりの左ね」

「はい、ありがとうございます」

 どっちが大人でどっちが子供なんだか。
 大空の落ち着いた対応には驚いたものの、思い当たるふしがある。
 病院か。父親の見舞いで慣れているのかもしれない。

「突き当たりの左。突き当たりを左。突き当たりを左。突き当たりと付き合ったりって似てるよね。美月ちゃんとボクは突き当っ——」
「なにをおひとりでブツブツ」

 ドアは開け放たれていた。看護師が閉め忘れたのか、換気か。

「あ、美月ちゃんだ」
「他の患者さんの迷惑になりますから、お早く中へ」
「へ〜い」

 長い廊下の突きあたり、用事がなければ訪れない病室は個室。そこに水守美月は入院している。
 決勝戦からはまだ20日ほど、しかし20日間の入院となるとかなりの長さ。しかもそれはまだ続くという。

「元気そうでよかった。へぇ、この病院でも個室なんだ、それに広!」

 まず大空から簡単な紹介をしてもらい、名刺をわたす。もっと悪印象を抱かれると覚悟していたが、感触はさほど悪くなさそう。
 彼女の保護者からはオファーについて聞きおよんでいないと見受ける。
 この子たちは人を蔑みの目で見ない。それだけ純粋なのだろうが、それ以上に偏見がないのだろう。このまま穏当に進むのなら、大家族のような温かい職場となるかもしれない。
 もちろん契約の内容も簡単に。少なくともオリンピックが終わるまでは放送せず、また、彼女ら被撮影者の許諾なく放送することもできない。彼女たちが必要と感じればどんなに細かくても場面をカットする。ボカしでなく。
 これらを条件に24時間、常にそばにいることを許された。
 最初は堅苦しく始まったが、今はカメラを向けないことが奏してか、やっと自分たちの話題になった。録音はさせてもらっているのだが、ひとこと告げたほうが良かっただろうか。

「それで? 具合はどう?」
「そうですね、進行状態には特に変化が見られないようです。順調と申しますか、過去の推移のままに悪化しているそうです」
「そっか」
「握力はついに半分くらいになってしまいました」
「それであれだけの精度の球が打てたなんてすごいよ」
「どうやら打突に握力はそれほど影響しないようですね。むべなるかな、小学生などはわたくしよりも弱い握力でボールをわたくしよりも飛ばすのですから」
「そういうもんか。あ、これお菓子。病院のごはんだけじゃ足りないでしょ?」

 水守が受け取ろうとここでようやく上体を起こし、大空は背もたれのないイスからベッドへと移った。
 ふたり並んで座っている。これがこのふたりの本来の距離感か。
 あまり歓迎されていなかったのには、ここでようやく気づけた。
 だがそれでいい、慣れているとは言わないが、過去には突撃リポートもこなしていた。なんなら空気と思ってもらえれば。踏みつけられる影となり、うしろに立つ黒子となり。家具のひとつとなって彼女たちの歩みを記録するのだ。

「そうそう、きのうのテレビ見た? 前に上野のおばちゃんも同じこと言ってたけど、ボクたちに金メダル獲れだって。荷が重いよねぇ、無責任に言ってくれちゃってさ」
「ええ、その番組はたぶんわたくしも。体調の快復が間に合うかというよりは、その時まで運動機能が残っているかどうかなのですけれど。どうしましょうね、思ったよりも早く動かなくなってしまいました。最後に思いっきりゴルフをと願い、限界ギリギリまでゴルフができました。もう思い残すことはありません」
「なぁ〜に言っちゃってんだか、やっと日本一だよ。まだ世界一にはなれてない」
「わたくしの体調は下降するばかりで今後よくなることがないのはご存じでしょう? 少なくとも、夏の大会以前にもどることは決してないのです。いかがしましょうねオリンピックは。わたくしの代わりになる選手をみつけていただき、そのうえでご参加を願いましょうか。世界一のことは、きっとつばめさんの聞き間違いですよ」
「ねえ、どうして急に早口になったの? それに、あんな鬼気迫る告白しといて聞き間違いなわけないよね。あれはぜったいに世界一だった。どうせすぐに死ぬんなら、せめて世界一になってから死にたいって。あの時そうはっきりと。だからボクもペアゴルフを」

 ここで勢いがとぎれる。
 ようやく一息ついたが、それは自分だけだった。
 なかなかの重い内容に、心構えができていなかった自身を恥じた。

「覚えてらしたんですか。面と向かって再生されると相当に恥ずかしいものですね」
「そう? 普通だよ」
「わたくしが2度目にあなたを見つけたあの日のこと、どれくらい覚えています?」
「忘れるわけがないよ、あんな一生で一度レベルの悲しいことと、うれしいことが同時にあったんだから」
「つばめさんのお父様の隔離と、あなたとわたくしの再会と。今の結果を得てから思えば、あの日の出逢いは神がかっていたと言いますか、悪魔じみていたと言いますか。世界一の夢は破れたのかもしれませんが、おかげで日本一になるのは叶えてくれました。それだけでもじゅうぶん満足です。本当ですよ?」
「美月ちゃんはそうやって納得できるのかもしれないけれど、ボクはまだまだぜんぜん満足なんかしていない! ボクはいつまでも水守美月といっしょにコースを回りたいし、デュアルショットを打ちたいんだよ!」
「つばめさん……」

 悲痛な面持ち。言った方もそうだが、言われた方がより強い。
 大空によれば、水守は大空と異なり、翌日から通常の生活に戻れたそう。しかし疲れからか、自宅の階段から落ちた。
 水守をよく観察すると、20日前の画面向こうとは大きく変化していることに気づいた。若さの前に見誤っていた。
 病みながらも、奇跡のようなショットを連打していた人物とは到底思えない。大空とセットで座っているからようやく判別できる程度だが、彼女の生気の抜け具合は長く病んだ人間と同質かもしれない。
 それはそう、彼女は伏せってからすでに20日間をベッドの上で過ごしている。それはまだまだ続くのだ。
 もし20日前に発症したのでないのだとしたら。もし病魔と闘い続け、精魂尽きてここに居るのだとしたら。
 やれやれ。初めての現場はずいぶんと、重いシーンからのスタートとなった。

「まだ大丈夫だよ、まだほんの少しなら神様も待っていてくれる」
「そうですね、つばめさんがソロゴルファーに転向されるのならキャディとして」
「美月ちゃん! ゴルファーとして、ペアゴルファーとして横に立ってもらいたいんだよ! ただうしろから指示をくれるだけじゃあなくって!」
「そうできるならどれだけ! わたくしがそう考えなかった時があると思いますか!? いつだって、寝ても覚めても考えるのはそればかり。今日は打てた明日は。それがついにあの日で終わった。あの日から以降は打てない日々の始まりです。つらくないわけがないでしょう!? いいえ、厳密にはがまんできるのです。あなたがわたくし以外の方とペアを組むことが、それ以上にわたくしがあなたと回れないことが耐え難いのです」
「美月ちゃん……」

 これは憶測だが。
 骨折が治っても、ふたたびゴルフはできないのではないだろうか。もはや普通に歩いていてつまずく段階に入った。それで階段から。
 一転静かになる病室。開け放たれていたドアはさっき閉めた。ゆえに突き当たりで奥まった部屋は、看護師の喧騒が遠くて頼りにならない。
 だからか。水守は自分の意志でドアを開け放っていた。騒がしさに心細さを埋めてもらっていた。

「話は聞かせてもらったよ」

 その静かだった廊下から、突然の来訪者が乱入した。ただし荒々しかったのは多少機能に問題がありそうなドアの音だけで、極めて穏やかにひとりの紳士が病室へと。
 少し前まで自分もそっち側の人間だったのだと言い訳をしたいが。おれと同年代の、おれとは違ってスーツを着た身なりのいい男性。先日、水守への取材を断られた交渉相手でもある。
 水守哲郎氏だ。

「お父さん!? どうして日本へ!?」
「えっ、あの? 忙しくって年中飛び回っているとかいう? 初めてみた」

「それは少し前までの話だよ。今はリモートって冴えたやり方もあるんだ。昔と違って今はもう少し家にいる。逆に美月が部活だ学校行事だと外に出っぱなしで会えないという。フフフ、おかしな家族だろう? つばめちゃんとは10年ぶりだから覚えていないかな? 美月の父です」

「いえ、どうも」

 どうやらおれの存在も廊下の外で先刻承知らしい。彼とは取材申込の時点で面識もある。それで説明を求められず、目線すら合わせず。存在を気にせず話を先へ先へと進めてくれる。
 水守美月は小学校1学年の時点で全国一に、それも全国の6年生に打ち勝って。そして今回のペアゴルフでも高校生の頂点になった。もはや有名人と言ってさしつかえない。
 そんな娘を持つ親は観念したか、おれの存在を気にかけない。視界にも入れない。複雑なのだ。
 今度はその彼が、背もたれのないイスに腰かけた。

「ご活躍はかねがね、いつも美月を気にかけてくれてありがとう。あのまん丸の、小山のような子がずいぶんと立派になったものだ」

「もうそんなに太ってなんかないよぅ」

「ははは、済まないね。年頃の子だとは分かっていてもついつい余計なことを口にしてしまう。それはそれとして人を待たせてあってね。実は扉の向こうで盗み聞きしてたんだ。悪かった、この通り」

 哲郎氏がひざに手を当て頭を下げた。家にいないとはいえ、おれなんかに言わせれば立派に父親をしている。

「しかし美月の決心が知れてよかった。そこでおまえにちょうどいい提案があるんだが。いいかい、心して聞いてほしい。この世にもし、『たとえ苦しんでも死の直前まで動ける』方法が存在したとしたら。どうする?」

 妙な提案が哲郎氏の口から発せられた。しかしその提案に一縷の望みを見出したのは他ならぬ水守である。ベッドの上で前のめりになって視線を上げた。

「一も二もなく飛びつきます。たとえどんなに苦しくとも」
「美月ちゃん!?」

「その方法とは薬なんだ。治療するのではなく、大きく個人差のある一定期間だけ症状を止めてくれる薬があるんだそうだ。しかしひとたび切れたなら、本来進行するはずだったところまで一気に連れて行かれる諸刃の剣。治療に当たらないというのはつまり、そういうことなんだ」

 正直マユツバな提案。哲郎氏がどこからか見つけてきた民間療法を試す流れか。
 運動系が制限される病気で、根治が難しいとされるものはいくつもある。それら難病と指定される病気の中には、これと挙げられる治療法が存在しないのもまた周知の事実である。
 彼が藁にもすがる思いで探してきたのはわからないでもない。そんな親の提案に、一縷の望みを見出すしかない娘の身も、また哀れである。

「それでも。これまでのように動けるのなら」

 ゾクリとさせられた。
 哀れな子の瞳に、強い輝きがやどる。

「どうやら意志は固いようだ。先生すまない、お待たせした。どうぞ入ってきてください」

 廊下にはもうひとり人物が居たらしい。待たせてあるとは予定のことではなく、ドアの前にだったのか。
 今度は若い男性だ。身長は160センチと少し、小柄で、あいさつの声色からは若そうな。
 ただし怪しさが尋常でない、すべての肌を隠している。季節外れの衣類やら、サングラスやらで。今日なんかはその格好だとかなり暑いぞ?

「この人が? 待たせてあった人?」

「入るなりごめんね、カーテンを閉めさせてもらうよ。光線過敏症なんだ。これをしないでは顔を出すこともできない。あ、蛍光灯は大丈夫だからそのままで」

 本当だろうか。
 詐欺師なのではなかろうか。もしかしたら追われる立場の人間ではないのか。その怪しげな薬を商売して歩いているのではないだろうか。

「大学……院生の方?」

「やあ。初めまして。安心してくれ、こう見えて30は越えてる。でもね、白衣をまとってはいるがこの病院の医師ではないんだ」

「えっと、それでどう安心したらよいのやら」

「嘘は言わない主義でね。きちんと真実を伝えて、だけど医療従事者として見てもらいたい気持ちもある。それでこんな、中途半端なことをやっているんだ。まあ細かいところは気にしないでくれたまえ。しかし。クライアントであるお父上から驚くとは聞いていたが、まさかいま話題の君たちとはね。先日の活躍は私もテレビで拝見したよ。今日の患者が時の人だとは思いもしなかった」

「白衣を着た、病院関係者ではない方がどのようなご要件で?」

 水守がズバッと聞いてゆく。小気味いいが心配にもなる。相手は一応大人なのだ。まあ、それで気を悪くするようなら大人失格なのだが。

「お父上が先ほど言われた通りさ、君を一時的に治すことができる」

「そこです。父の話にもあったその、一時的にとの限定はなんなのですか。なにがどう治るのかを、詳しく」

「乗ってきたね。じゃあ中身の説明といこうか」

 白衣の男は、おれが用意したイスに恐縮しながら座り、カバンをひざの上に乗せてから話を始める。

「いいかい、私が開発したのは飲み薬なんだ。その効能は脳を誤認させ、一時的に痛みを取り払い、あるいはしびれを取り去り、またはノイズで途切れがちな神経との連絡を確かなものとする。残念ながら内臓系の疾患にはまるで効果がないんだが、運動能力系には絶大な効力を発揮する。これを治験として試してもらえたらと考えているんだ。もちろんご家族からの申し出と、薬効への承諾があってこうしてオファーしている。どうかな?」

 どうかなときた。一応は判断を患者へとゆだねるつもりがあるらしい。
 だがこれは立派な薬機法違反だ。しかも違法な勧誘による売買。民間療法とは名ばかりの、得体の知れない薬剤の売りつけ。
 まさか違法薬物? とても放送できる内容じゃない。
 だがおれは被写体に一切干渉しない。自然のままに、潜入捜査のように記録する。それが真のジャーナリズム、真のドキュメンタリズムと信じて疑わない。
 その薬とやらに患者家族が手を出すのは自由だし、たとえ詐欺であっても関知しない。
 カメラを出しそびれたのは失敗だったが、むしろ隠れて録音できている今の方がこの偽医者を自由に泳がすことができる。
 どうせ放送できないんだ。これから出てくる得体の知れない薬が、効いても効かなくてもいいネタにはなる。

「そんな未来を提示されて拒否などできるわけがありません」
「美月ちゃん!?」
「ですがあるのでしょう? あなたがそれほど真剣な顔をなさる理由が。父が窓を向かなければならない理由が」

「鋭いね。聞かれなくても話すつもりではいたんだが。これだけは必ず、事前に伝えておかなければならないんだ。世にある薬にはさまざまな効用をもたらす力があるのは知っているよね。それらは自然のものでない化学物質であるから、主な作用のほかにいろいろと歓迎しない副作用もある。この薬も例外ではなく、脳の分泌物質に働きかけることで思いもしない副反応を生じるんだ。その作用は人それぞれ。視力であったり記憶力であったり、脳に関連する機能に何かしらの影響が生じる。全身の痛みあるいは痒み、しびれや悪心だったこともある」

「過去の数ある患者の中には、わたくしと同じ症例の方もいらしたでしょう? 意地の悪いあなたは先ほどの例に混ぜた。いずれなのです? わたくしの病気の場合の副作用は」

 大空と相対している時とはまるで別人のよう。いや、大空の前では等身大の高校生でいられるのだ。今はやや大人びた、必死の病人がベッドに座る。

「ははは、初対面なのにひどい言われようだ」

「娘がすみません」

「いえ、私は患者からの恨みを引きうけるのも仕事のうちと認識していましてね。死に別れた妻との約束なんです。美月さんと言ったね、君に出るであろう症状は、全身の疼痛なんだ。神経障害性疼痛だよ。歯がしみる程度の人間もいれば、夜も眠れない人間もいる。君の場合はどうだろうね。飲んでみなければわからない」

「なッ! 歯痛が一番楽な分類……!?」

 大空が驚くのも無理はない。まあまあの衝撃ではある。
 違法薬物だとしたらさすがに止めねばならない。それで健康を損なわれるのは本意でない。
 分別のある大人として。哲郎氏は弱みにつけこまれ、分別がわからなくなっているのかもしれない。あるいは彼に心酔しているのだ。瀬戸際できちんと止められるのは案外外野である。
 一見まっすぐな目をした、いかにも善良そうなこの男。まるで信用ならない。この風が吹きぬけるような笑顔は今や、一流の詐欺師である可能性の方が高い。
 あとで入手した薬を分けてもらい、分析にかけるのを計画しよう。

「痛み止めは処方できない。なぜなら過去にそれが原因としか考えられない薬効不全があったからね。副作用に耐えてもらう約束は服薬とセットだと思ってほしい。しかしどうにも耐えられない時は飲んでくれ、それが原因で精神を病んでは意味がないからね」

「なるほどですね、弱音をはけば本来の効果が得られないと」

「その理解で正しい。肝心の痛みの種類だが、神経を刺激するはずだからかなり苦しむと思う。最初にムズムズと痒みが。次いでピリピリとした痛みへと。どこまで強くなるかはわからないが、それが最高潮に達したあと徐々に弱くなってくる。時間をかけて無痛へと至り、限定寛解の時間が訪れる。12時の鐘が鳴るまでのね」

「そんな! そんな薬が? そんな劇薬になんの効果が!?」

「動けるようになる」

「ほへ?」

 大空の言わんとしたところはわかるつもりだ。だが謎のニセ医師はおろか、当の本人である水守にはそれが既定路線であるかのような表情を浮かべる。

「動けるようになるんだ、元の通りに。今は関節の可動範囲が減り、反応が鈍く、スピードが遅くなり、思い描いた通りの方へ動かせない。それが元の健康だった状態にまで戻るんだ。いいかい。いまが坂の途中、薬が効かなくなった後が坂の下だとする。この薬は坂の下までの道のりを、坂の上の高さを維持したまま平らにするんだ。すなわち、坂の下に到達するまでの期間だけ本来の運動能力を発揮できる。そして薬の効力が切れたとき、たったの1日で魔法は解け、一気に坂の下に到達する。それは必ずだ、この薬は病気がもつ運命と切り離すためのものではない。まだ治験の段階、いや、正直に言えば認可など下りる未来のない薬なんだ」

「未来のない!? 薬!?」

「だってそうだろう? 薬の効きは限定的だ。一度は夢を見させてすぐに根こそぎ奪い去る。ある人はこう表現した、時限装置付きの毒薬だと。ある日突然爆発するんだ。そして本来のあるべき惨状へと至る。繰り返しになるが、これは国に認可された薬じゃない。そんな悲劇を生むだけの薬をどうして、国が認めると思う?」

「そんなのって……」

 しかし明け透けになんでも口にする男だ。さっきから患者とその家族を心配させるだけさせている。あるいはそれが巧妙な話術なのか。
 限りなく黒いが、おれも黒子に徹して最後まで見届けようと思う。

「だから言ったろ、残酷な夢を見せるだけの薬なんだ。ただし健康な状態を持続させる方法もあるにはある。効かなくなった時点ですぐに2錠めを飲むことだ。しかし人間の体とは精巧にできていて、この化学物質を邪魔者だと認識するらしい。すぐに免疫を構築して排除にかかる。だから2錠めは効力が1錠めの半分の期間しか続かない。1錠めの効力が切れる原因もそれ、免疫の作用。3錠めはさらにその半分の時間、4錠めはさらに半分、とね。最初に効力が切れたのが1年だったなら、次々服用した際の持続期間は合計しておよそ2年足らず。1ヶ月だった人はおよそ2ヶ月足らず。稀に長い人もいてね、私の妻になってくれた人は5年で、9年と少し元気ですごしてくれた。とにかく、必ず訪れる、薬が効かなくなる瞬間からは誰も逃れられない」

「でも、動けるようになる」

 今度それを口にしたのは水守。
 なんという眼光、競技スポーツに身を置く人間の勝負する際の目だ。
 これが詐欺でも真実でも、自身が信じる方に賭ける。スポーツとは時に、いや、往々にしてそのような場面に出くわす。
 体調が万全でないにしても、彼女は自ら考えてその目が出ると張った。この場ではその選択を否定などできようもない。
 詐欺師も彼女の気魄に押されたか、そのような発言がこぼれる。

「今、すごい色して目が光ったよ。人は見かけによらないと言うが、君は実に強いお人だ。君のお父上がそう評価したように、判断力も資格もあるらしい。君は未成年だが、副作用に耐えて薬を服用する覚悟がある。受け取りたまえ。これが君にとっての、オリンピックへの切符になる」

「これが?」

「そう」

 バッグから取り出したのは裸の、錠剤の入ったアルミラミネートシートが一枚だけ。中には何のてらいもない、小さな白いつぶが2x5だけ並ぶ。
 胃で効くのか腸で効くのか、有効成分は外見よりもさらに少ないだろう。
 バファリンは崇高な目的のためその半分が優しさでできているそうだが、あの薬の半分は悪意でできているのではないのか。

「今は世界でたったのこれだけしかない。この10錠をひとまず渡しておくよ。最初の効力切れが1年未満の人ならそれで足りる。それ以上効くようなら連絡を、採血のついでに追加を渡すようにしてる」

 こっそり哲郎氏に聞いたが無料らしい。その言には嘘はなさそう、彼からはむしろ支払いたいくらいの意思がみられた。
 最初の10錠は無料なのか。これは薬効に中毒性を持たせてあり、追加で欲するのを想定した商法なのかもしれない。そして法外な値段で売りつけるのだ、その11錠目を。
 だったら2〜3年寝かせればあとはガッポガッポの惨い商売だぞこれは。

「でもでも、ちょっと待って? その計算でいくのなら、1錠2錠増えたところで? だって365日、182日、91日、45日、22日、11日、6日、3日、2日、1日……。たとえ長くなっても1日2日しか変わりないんじゃあ……」

 指折り数えた大空が青ざめた。
 仮に彼女の試算の10倍の期間だとしても、さらに4錠もあればお釣りがくる。
 紙をたったの42回折るだけで月にまで届く、その逆。延々2で割るとはつまり、それほどまでに未来のない残酷な数字なのだ。

「大空さんだったかな。たとえ長くなるのが1日であったとしてもね、動ける身でありたいと願わない人はいないよ。最後の1週間、最後の1日を望まぬ者はいない。なんならその半分の12時間だって。星の数ほど見てきた私が言うんだ、例外はない。さ、スポーツ選手の君の場合は1秒でも早く飲んだほうがいい。運動能力が落ちはじめてから服用したのではリハビリに割く時間がそれ以上になる。もたついて延びる1日の恩恵を受けるのは、動かずに過ごして筋力が落ちた君なんだ。人は1週間寝て過ごしただけで貧血で立てなくなる。1ヶ月ギプスで固めた腕は、一度満足に曲がらないまでに至る。明日よりも今日飲まなきゃ、カウントダウンを止めるべきは今。だよね?」

「ええ。すぐにも」

「実にいい目だ、私の奥さんだった人によく似てる。じゃあそろそろおいとまするよ。白衣を着ちゃあいるが、私はこの病院の医師ではないからね。見つかったら大変だ。それどころか医師免許すら持ってない。そんな人間の言を信じて、君は手にしたその薬を飲むことができるかい?」

「もちろんです」

 なんてことを!
 まさかの行動、水守が錠剤をひとつぶ、全員の看視下で飲んでしまった。

「グレイトスコット! 最初の1錠はいつも、見届けるようにしているんだ。フリだけして捨てられてはかなわないからね。本当にありがとう、君の勇気に敬意を。ではお大事に、私は次の患者のもとへと赴くよ。じゃあたぶん今生の別れだね。左様なら、よい余生を」

「はい。ありがとうございました先生」

 心配したが、すぐに体調をそこねるものではないらしい。それはそうだ、そんなものならもはや毒薬と呼んで差し支えない。
 しかし予断を許さぬ事態は始まってしまった。これからの彼女の体調には継続した見守りがいる。それは適切に病院側が行ってくれることではあるが、内緒で意図しない服薬を許したこの事態は病院側に申し訳なく思う。

「え? 白衣を脱ぐの?」

 大空の問いかけは率直だ。彼の行動にはさすがのおれも黒子に徹しきれず尋ねたかったくらい。

「ん? だって今日の仕事は終わったじゃないか。それに白衣さえ脱げば揉め事は起こらないからね。処世術さ」

「だったら白衣さえ着なければ揉め事は起こらないんじゃ?」

「君は鋭いね。これは私の戦闘服なんだよ。それにこの顔じゃ医師だって信じてもらうのが難しい、だろう?」

「すっごい童顔だもんね。あなたは嘘つきだけど救世主なんだ。そうやって人助けをして回ってる」

「いやいや、そんな上等なものじゃなくって。ただずっと人体実験をして回ってるマッドサイエンティストなんだ。この薬が完璧に作用する、万能薬化してくれる免疫を作る人を探しているだけでね。この薬も前はもっともっと効力が短くて。私の奥さんだった人がその身で、今の効力になるまで薬効を引き上げてくれたんだ」

「じゃあもしかして……?」

「そう。この薬は私の奥さんだった人の、血液だったものからできている。今こうしている間も少しずつ少しずつ培養されていて、新たな薬が作られている。だからもし水守さんが完全寛解して、体内で万能薬化させることがあったなら。私に連絡をくれ、いつだって、どこからだって駆けつけるから」

 どうやら美談で収まりそう。
 おっと。だがおれまで丸め込まれてはならない、裏はきちんと取らねば。

「ほぉら、やっぱりいい人だ」

「違うって、そんなんじゃないから! さ、さいならぁ!」

 しゃべりながら、あわてて完全防備になって出ていった。光線過敏症だけはどうやら本当らしい。それか、やはり素性を知られないための変装か。

「さいなら、だって。古風〜」
「ふふふ、おもしろい人を見つけたんですね」

「ん、まあね。世界中を飛び回っていると不思議といろんな話が飛びこんでくるものなんだ。不治の病に侵されている娘を励ます薬の情報なんかが、ね」

「お父さんっ!」

「すまない美月、こんなことしか」

「ううん、ありがとう!」

 邪魔者は消えるとしますか、とでも言いたそうな大空。
 抱きあうふたりを刺激しないようゆっくりと立ち上がりドアの方へ。

「じゃあまた来るね!」
「つばめさん! 明日ならたぶんまだかゆみと闘っているころなので、明日! もう一度!」
「わかった、ボクも実は言わなきゃならないことがあって。じゃあまた明日!」

 これは急がねばなるまい。盲目化している家族は当てにならない。大至急医療機関で分析を行い、真実を哲郎氏に。
 彼に分析したいと耳打ちしたら、水守に隠してシートを手折り、効能が本当なら貴重と言える1錠を渡してくれた。彼もすべてを鵜呑みに信じているのではなさそう。
 とにかくこれで。急ごう、すでに水守は服用しているのだ、カウントダウンは始まっている!

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 なるほど、そういうことか。哲郎氏の信頼を得られたわけだ。あれだけ明確に証拠が羅列されると信じたくもなる。
 至急と指定して高額となった、大学病院での分析は翌朝にはメールで届いていた。やらされたのは学生だろう、悪いことをした。
 だが分析の結果は如実に、意外な事実を示す。もちろん、つまびらかにすべてが明らかになるのではないが、いくつもの特徴的な官能基で有効成分の断定に至った。
 なんと分析結果から予想される化学物質には、彼が説明した通りの効能があり。その物質名から検索すると学会発表もなされており。彼の顔写真もそこにあり。本名もそこにあった。
 ただし昭和だった。彼は30を越えていると我々に告げたが、本当は50すらもゆうに越えている?
 まさかの年上とは思いもしなかった。童顔どころの話ではない。
 さらに調べを進めると、比較的新しい日付けの記事が。彼は異端と烙印を押されて医療界から追放されていた。
 残酷な未来しか示すことのない悪魔の薬。その存在を認めようとしない、良心の塊のような厚生労働省。
 しかし使いようによっては水守のような用例もある。特効薬が見つかるまではたとえその場しのぎであってもと、欲するのは間違っているだろうか。
 それとも、こんな薬が出回ると困る人間や団体がある? これは誤った考察であってほしい。医療に従事する人間がそれでは想像するだに恐ろしい。
 ともあれ、どうやら水守にとってはよい出会いとなったようだ。
 太陽の下に出られない男への懸念は晴れた。少なくとも哲郎氏とおれの中では。もっとも、大空と水守には念頭にすらなかったろうが。
 モグリ医師を信じたままの彼女たちに、分析結果を伝える必要はない。なぜなら、彼が伝えた通りに、ネットで調べた通りにあの薬は作用するはずなのだから。
 昨夕とは一転して、すがすがしい気分を得て。今日も水守の病室に大空ときた。

「実はもういっかと思ってたんだけど。明日って言われちゃったから。やっぱりきちゃった」
「なにか打ち明けたそうにしていましたものね」
「ぎっくう! ほんとに!? ほんとにそんな顔してた!?」
「ふふふ、ええ。それで? きのうの来訪の主目的はなんでしたの?」
「それなんだけどね、実は……お金を貸して!」
「っとと? ええ、かまいませんが。おいくらくらい必要なんです?」
「えっとね……30万円、ほど?」

 なぜ疑問形なのだ。
 まあまあの金額である。彼女が頼る施設では到底融通してはもらえないだろう。かと言って哲郎氏でなく、おれでなく。もっとも身近な水守なのは高校生ゆえか。

「ずいぶんな高額! わたくしのお年玉と貯金を合わせれば、どうにかそれくらいはありそうですが」

 なんと水守には持ち合わせがあるという。すぐに動かせる現金を持つという意味では、おれよりも水守の方が上。
 クソ、病室が個室の時点で気づくべきであったが、そこそこ収入のあるお家らしい。
 それを知ってか知らずか、大空の思惑は叶う目がでそう。

「やった! ありがとう、バイトして返すから」
「大人になってからでいいですよ。それより、理由はもちろん聞かせていただけるんでしょう?」
「もちろんだよ! あのね————」

 どうしてそのような地名が大空の口から出るのか疑問でしかない。武者修行に出るのか?
 だが彼女が本当にそこへ赴くのであれば動かねば。今日は長めの報告書をデスクに提出せねばなるまい。取材に予算はつきもの、大空と同額を申請しなければならない。

「どうせ日本にいたってまだクラブは振れないからね。このままただ治るのを待つよりはマシだと思えるから。だからちょっとだけ行ってくる。あの日に告げられた言葉を確かめるのはたぶん今なんだ。だから今は、行ってきます」

第31話

 大空のいう、お金が必要とはこの旅費のためだったのだ。
 現役高校生オリンピック内定選手である彼女に、アルバイトをする時間的余裕はない。だから病室で彼女が告げたバイトとは、おれが局に支払わせる契約料のことなのだ。
 まとまったお金を水守から借り、毎月おれの所属するテレビ局から支払われる出演料で返してゆく。
 CMの一本にでも出ればすぐなのに、そうしないのは若さゆえか。それで失う一日がどれほど重いのかは、アスリートである彼女の方が知っている。
 それほどストイックな彼女が足腰のトレーニングよりも重きを置いた、土日だけで行って帰る0泊3日の超弾丸ツアー。
 と思ったら、座席で空気イスなどをやっている……。
 あれって、あんな長時間涼しい顔でいられるようなトレーニングだったか……?
 普通にアニメなど楽しんでいるし。
 まったく。
 骨折していた左の7番と8番の肋骨が癒えるまで、極端ともいえる下半身強化に乗り出した。骨は折れる前よりも強くなるからって、それまでに吊り合うだけの下半身を作るからって。
 まさかそれで学業がおろそかになっているんじゃあ? 太ももが立派だとたいそう感心してから幾星霜、これは脳まで筋肉でできている可能性が出てきた。
 本来のトレーニングを放棄してでも彼女が訪れたかった場所は外国。それもどうやら観光でなく一般家庭。哲郎氏に住所を聞いて。
 もちろん尋ねるなんてヤボはしない。尋ねずともいい、答え合わせは自然とできる。物や事に初めて触れたときに驚きたいのだ、おれも視聴者と同じに。
 なんだかんだで少しだけ、おもしろくなってきた。

「ハロー? ごめんくださ〜い?」

「なんだ、おととい注文したAMAZONかと思ったのによ。極東の娘っ子が何しにここにきやがった」

「あのとき世界的な選手になったら来いって言われたから。だからここにきた」

 大空は英語を上手に操れる。同席する理由として、彼女はおれを保護者と設定した。ヒゲ蒸して丸々とした50前後の彼の目に、おれがマスコミではなくただの付き添い人に映るのは好都合。

「自己紹介くらいしろっての。おめえはこっちの風体があんまり変わってねえからすぐに判別できたんだろうがな、そっちは最後に会ってから10年分は外見が変わってんだ。本当はわかんねえほうが当たり前なんだぞ」

「そんなこと言っちゃって、しっかりボクたちのこと調べあげてるじゃないの。じゃなきゃ開口一番が極東なんてセリフなわけないもん。日本のニュースにわざわざ触れてくれてる証拠だと思うんだけど? この国じゃ自分から積極的に情報を取りにいかなきゃ、日本の高校生ゴルフのことなんて知らないって」

「ったく、変なところが鋭でえのはシュータローゆずりってか。しかしバーディ、こいつはどういうことだ? どうしておめえが今ここにいる? だってそうだろう? 俺はあの時こう言ったんだ、『いつかおめえが世界的な選手になったらセントアンドリュースにこい』と」

「覚えているから来たんでしょ? そのあと、『俺がおめえにとっておきを託そう』って言ったんだよ?」

「ったく、なんつー記憶力だよ」

「世界的な選手にはこれからすぐになる。オリンピックに優勝して」

「ハッ! こいつぁ傑作だ、たかがバーディが世界の強豪ひしめくオリンピックで優勝だあ?」

 ずいぶんと粗野な英語を使う御仁だ。しかも大空のことをバーディ《小鳥》呼ばわり。たしかにつばめは小鳥だが、大空はあの、オストリッチをも空に飛ばして見せたほどのゴルファーなんだ。
 だが当人についてはまっすぐに生きてきた威厳を感じさえする。古びた外観ながらも立派な邸宅に住んでいるし、庭の手入れも行き届いている。言葉の粗暴さはおそらく職業柄、だいたいの目星はつく。商売相手が原因か。

「ボクはもう大人になったよ。だからなんでもいい。あなたがあの日、ボクに伝えたかった何かを。少しでもこの先のゴルフに役立つのなら」

「本気なのか。まあいい、これ以上玄関先でわめかれると911を呼ばれかねん。ドアを押さえる手も疲れるしな。入れ。ほかの人間は買い物に出かけていてな、夕方まで帰らん」

「じゃあ。お邪魔しま~っす」

 靴のまま家に上がらせてもらう。
 ゴトゴトと靴音をさせて家の中を歩く。
 個人的に、板張りの床を靴で歩くのはあまり心地のよいものではない。大丈夫なのは木製の橋の上とか店舗の中の話だ。一般家庭でのそれは、まるで泥棒か緊急事態か。いずれにしても気持ちがわるい。
 泥棒のキーワードで連想に至った。
 かつて水守家には泥棒が入った。大空家ではなく水守家へである。
 当時隣同士であった両家は、次の週末をむかえるのを待って祝勝会を開いていた。当時小学1年生だった、水守美月の全国大会優勝祝賀会である。
 その隙に乗じて押し入った泥棒は、食材をとりに冷蔵庫へと屋内にもどった大空母と玄関で鉢合わせた。とっさに大きな声を出した彼女であったが、犯人の凶行の方が速かった。
 大空はそうして母親を強盗の手によって喪っている。だが彼女はそれを終わったこととケジメをつけた。あるいは幼すぎたか。だからこそ明るく暮らしていける。
 あまりの異音にすぐさま駆けつけた水守夫妻であったが、凄惨な現場には動かなくなった大空母だけ。酒類を買いに出ていた大空父と御仁は、手に持った袋を力なく落としたという。
 過去数百年にわたって平和であった、離島で起きた長崎西島強盗殺人事件。連絡船でのみ行き来が可能な小さな島で起きた事件の、犯人はまだ、捕まっていない。
 泥棒の側に最初から危害を加えるつもりがあったかどうかは定かでないが、姿を見られたことで彼は強盗殺人犯に変わった。
 大空母の傷口から、凶器は証拠隠滅目的で持ち出したものと断定。この事件で命のほかに唯一失われたそれは、当時小学1年生の水守のゴルフクラブであった。
 犯行は通り魔的、盗むはずの金品は盗めず、犯行に用いたと思しき子供用クラブだけが消えた。とされている。
 あんな小さな島に大きな事件なんてそうない。まさかあの強殺被害とゴルフ全国大会制覇者が同一家庭から出るとはな。

「ソファで適当に座ってろ、茶でも出す。それよりいいのか? もうすぐ予選が始まるってのに、わざわざスコットランドに来る余裕があったのか?」

「うん。予選には代わりの人たちが出てくれることになってるから。ペアを組む美月ちゃんが入院中でさ。ボクもいろいろ痛めてて、あと半月は安静にしなきゃならなくて。それで」

「その間に自分はこの用事を済まそうってか。だがどうにもわからん。あんなデタラメなショットを量産し続けるのなら、選手生命は極々短いぞ。おそらくは2年、いや、今年かもしれん。おめえのタチが悪りぃのは、それを自分でもわかっててやってることだ。今回は治るのかもしれんが次回はわからんぞ? どうしてそこまでムチャをする?」

「もう時間がなくって。子供のような柔軟さは失われつつあるし、いろんな箇所がふっくらしてきた。女性として体が完成しようとしてるんだ。だから少女の体でいられる来年が最後のチャンス。この変化で一度調子を落とすことがあったとしても、またゆっくり勝てるようになるとは思っているんだけど。どうしても今のうちに勝っておきたくて」

「んなわけあるか。いいか、ゴルフはそもそも選手生命の長えスポーツだ。あんな身体を酷使するプレーさえしなければババアになってもできる。わけを聞かせろ。ごたくはいい、急ぐ本当のわけを」

「…………」

 事前に用意してきた理由も、見透かされてはただの前置詞。浅いぞ高校生、あの御仁は真実を欲している。

「ほら、これでも飲め。砂糖がいるんならこれだ」

 いやに時間をかけていると思ったら、きちんとドリップしたコーヒーが出てきた。彼の入室とともに、ああ、おっつけ香りがやってきた。時差ボケのある体にはありがたい気つけになる。
 おれは遠慮なくそれに手を伸ばすが、大空は小さくなったまま動こうとしない。

「誰にも言わねえさ。俺はゴルフの話を職場でしたことも、パブで肴にしたことも一度だってねえんだ。親友と交わした秘密は墓まで持ってくのが家訓なんだ、信じろ」

「実はパートナーの美月ちゃんが病気で。クラブを振れるのがあと1年くらいになりそうなんだ」

 意外とあっさり。しかし彼には真実を打ち明けないと先には進めなかったろう。それに彼女にかけ引きなんて似合わない、ゴルフのプレーそのままに、まっすぐ事態に当たるべき。

「そうか、あの才能の塊みてえな娘にそんな事情がな。そいつのために金メダルを贈ろうってか。ずいぶんと娘っ子らしい理由だわな。とと、そんな目で睨むんじゃねえよ。わーったって、わざわざ地球の裏側から飛んできたってのに手ぶらで帰せっかってえの」

「それじゃあ?」

「ああ、教えてやるよ。一応は世界に出る選手になったことでもあるし、おめえがそれ以上ムチャをしねえで済むようにな。元々が預かりモンなんだ。あれは本来おめえが持つべきシロモンさ」

 アイテム、と言ったか?
 あの事件の真相にまつわる話だと思って疑っていなかったが、彼の口からはなぜか品物だとの言及が。
 謎だ、年月を経た今に彼の渡したいものとは? まさか事件の証拠の品でも出てくるってのか!? だったらなぜ、警察に提出しなかった?

「それにしてもだ、シュータローのことはアレだ、残念だったな。ずっと気に病んでたのは知っとる。だが自分が誰かもわからなくなるまで飲まずともよかったろうに。こんな立派な娘を残してよぉ」

「おじさん、詳しいんだね」

「誰がおじさんだ、ミスターと呼べ。しかしそうか、サクラコに似てきたなぁ。来たるべき日がきたということか」

「?」

「いいぜ、全面的に協力しよう。理由はおめえが人生を賭けるほどのもんなんだろ? こっちだってサクラコを失った時からずっと人生を賭けてんだ。預かりモンを今、おめえに託そう」

「え!? なに? お母ちゃんと関係が!? しかも品物なんだ」

 面白おかしい話になるわけがない。なぜなら高校生にとっては超高額な借金を作ってまで訪れた異国の地。現実で伝説の聖剣が得られるはずもない。実際には重苦しい、過去の話。
 いや、これは過去の清算の話なんだ。過去に起きた事件が、これから明かされる話なんだ。

「そうさ。ホレ、持ってけ」

 そう言って放り投げて大空によこしたのは、暖炉の上に無造作に置かれてあった置き物。
 そこそこ大切にはされているのか、ホコリをかぶっていない。しかし素人の手びねり、相当に不格好である。

「っとと、これは? カエルの貯金箱?」

「そうだ。だが陶器じゃねえぞ。合金製だ」

「これがあ? ぜったい陶器だって。色とか肌触りとか、重さもぜんぜん金属とは」

「そう思うだろ? そこが狙い目なんだ。元を知らなきゃぜったいにこいつを触ったやつはこれを陶器だという。でも違うんだ、こいつを割ると違いがわかる」

 そう言うや、大空から取り上げた不細工なカエルを床へ、汚れた洗濯物のように雑に放った。

「わちゃあ! でも、何!?」

 とうぜん割れた。
 黄緑色の釉薬がまだらだったカエルが割れ、下から漆黒のカエルが眼光鋭くのぞく。
 素人仕事の外装の下には、職人仕事のカエルが鎮座していた。

「な、中から出てくるだろ? 1層下に隠されたひと回り小さなそいつは、特殊な金属でできてんだ。宇宙産の、隕石製のな」

「隕石ぃ!? 宇宙ぅ?」

「今おめえ、俺を馬鹿にしたろ」

「してないしてない! でも嘘でしょそんなの」

 おれはした。嘘だとも思ってる。
 しかしおれは触っていないが、大空は持ってそれを陶器と評した。それなのに割れて下から現れたのは金属だと言う。
 当然中は空洞だろうが、だとしても高校生が持って陶器と錯覚するほど軽い金属など存在するのか?

「それが嘘じゃねえから盗まれたんじゃねえか。その合金を使って作った手製のゴルフクラブで優勝をかっさらったヤツがいる。おめえも知ってるやつだ」

 急に話がゴルフをはらんだ。
 どういうことだ? この2重になった謎のカエルが、過去の強盗やゴルフとつながるなどと?

「ボクが知ってる? それって、赤井のおっちゃん?」

「なんで年寄りが出てくんだよ、もっと若えヤツだ」

「もしかして。美月、ちゃん?」

「それだ。当時のクラブは今みてえに規制が厳しくねえし、性能も高くなかった。今みてえな打音はしなかったんだ。その昔、おめえらが生まれたころに隕石を拾ってな。石鉄隕石ってんだが、その思い出の品を刀匠のやつがお遊びで、クラブヘッドに加工しちまったんだ。その性能の高いこと、完全にオーパーツだった。当時の冶金技術では到底、いや、現在でも超えられねえほどの高性能だった。だが反則じゃあねえ。当時のレギュレーションなら適合してたんだ。そいつを使ったミヅキが優勝しちまって、その時の映像からクラブに注目が集まって」

「嘘だぁ。そんなの今まで聞いたことないよ」

「嘘なもんか。子どものおめえたちに教えなかっただけだろ。すぐにクラブは盗まれちまってな。そんな驚異のクラブが、実はもう一本あったと言ったら。どうする?」

「それって、ボクの……」

 大空が青ざめる。ここで不穏な空気になったことをようやく察知したのだ。
 日本に長く暮らしていて、命を狙われたり物を盗まれたりなんて経験はしないことの方が多い。そんな彼女の面前に、残酷にも済んだ案件の昏い大穴がぽっかりとあく。

「正解だ。おめえのクラブはすぐに刀匠がドゲザの形をしたカエルの置物に作り替えた。そいつをサクラコの葬式のあと、シュータローが帰る俺に持たせてな。さらに俺が地元の陶芸教室で上から土をかぶせて焼き、今日までこうして飾ってあった」

「どうしてそんなにしてまで? そんなもの、海にでも沈めてやったらよかったのに!」

「悪に屈するのがシャクじゃねえか。こちとらスコットランドヤード勤務なんだぞ? それに盗まれたときにサクラコがな。物音がして出てったんだろう、口封じと長崎県警は断定した」

「口封じ!? お母ちゃんが!? 病気ではなくて!?」

 やはり幼かった彼女には知らされていなかったのか。
 おれは取材交渉の前に、水守と大空の身辺調査を行なっていたので知っていた。
 この件に関しては報道協定が敷かれており、この情報に触れるテレビ局はない。彼女らが大人になって、なんらかの不祥事でも起こさない限り。
 事件後に水守は刀匠を廃業、もはや島に居づらかったのだろう、会社づとめとなるべく島を離れた。
 大空家は父子で二度と戻らない遠洋漁船に乗った。そののち周太郎氏が病んで大空のみ戻ったが。
 そのため平成の事件と令和の高校生ゴルファーを結びつける者はいない。
 大空も積極的にネット情報を掘ることがあれば見つけていたろうが、今日まで調べることはなかったらしい。父親が隠すと決めたのだ、その方が心の安寧が得られた。
 そうして知らされた新事実に、ただ立ち尽くすことしかできないことには同情を禁じえない。
 まさか凶器として使ったから持ち出したのではなく、最初からクラブ目当ての物盗りだったとは。
 引きぬいた場面で鉢合わせ、そのまま殴った、だろうか。
 であるならば、大空のイップスはこのときに発症したと考えるのが普通だろう。想像はつく。脳裏の水守は遠巻きに、大空はしがみつきながら、事件の現場にいた。

「悪りぃな、突然。シュータローが正気を失っちまった今、こいつを教えてやれるのは刀匠か俺しかいねえんだ。おめえがここに来たんなら、伝えるのは今しかねえ。済まねえな。あいつを守れなかった俺の、せめて守り通したかったものがそんなもんで。実はここにあったのさ、呪われたクラブの片割れが」

「このカエルが……。こいつさえ……!」

 他人の家のブサイクな調度品が、大空にとっての忌まわしき像へと役割を変えた瞬間だった。
 落ちていたカエルを拾って再度床に叩きつけ、まだ残っていた陶器のかけらがはじけ飛ぶ。
 すっかり黒々とした邪神像は逆さになってもなお、謝罪の姿勢を崩さない。

「そう邪険にすんな。おめえの救世主になる素材なんだぞ」

「そんなものを使って勝ったところで! それに道具で勝つってなんかズルいよ。ほかの人たちが手に入れられない素材を使って勝つだなんて!」

「なにを甘っちょれえことを。藁にもすがる思いでわざわざ地球の裏側まで来たんじゃねえのか!? ああん!?」

「だって」

 口を尖らせるか。まだまだ子供なんだ。
 そんな大空にこんな現実を突きつけなければならないのには辟易さえする。だがおれは不幸にも傍観者、ただ記録して視聴者に届ける役割しか持たされてはいない。
 しかしこの強行した渡欧だけは困った、とても放送できる内容でないことだけはたしか。どう報告書をしたためたらいいかに苦しむ。
 いや、むしろ逆か。
 ここは洗いざらい報告し、共犯者になってもらうよりほかない。隠そうとするからおかしな話になるのだ。ネタとしては一級品、すべてを知ってもらい、今回の渡欧を肯定し、さらに先々までも許可をとりつける。
 ぜったいに退職記念旅行になんてするもんか。

「おまえらがこれから戦う相手は誰なんだ、言ってみろ」

 デスクだな。おれにとっては。

「世界の? 強豪選手?」

「なんで疑問系なんだ。そりゃいったい誰のことなんだ?」

「赤井勇とか? 帝王ニフラム?」

 さすがに古い。彼女はまるで最近の動向を知らなすぎる。
 ゴルフに興味がなくてももう少し知っている。それはこの春になってやっと帰国した、帰国子女らしい反応ではあるが。おそらく、古めかしい日本語の雑誌が船の片隅に残っていたか。

「ミスターをつけろよこの野郎。それに古りぃんだよ、記録と戦ってどうする。とにかくそいつらトップ選手はどうやってクラブを調達してるのか、言ってみろ」

「おじさんだって『そいつら』って言ってるじゃん」

「そりゃあスポンサーから最新の技術で開発されたクラブをもらってるんじゃないの?」

「そうよ、それだ。そのクラブに使われているヘッドと同じか、少しいいくらいのヘッドを新しくこさえようってんだ。それのどこがずるいんだ? 言ってみろ」

「ええっと、ちょっとだけ性能のいいところ?」

「頭が固えな! いいか、シャフトは市販のもんだ、グリップもそう。身体は発展途上で、経験も足りねえ。そんなやつがちょっとだけ進んだ技術のヘッドを使ったクラブを、たったの一本用意することのどこに抵抗がある? ねえんだよそんなもんは! いいからおめえは黙ってこの塊を受けとれ! 呪われていたってなんだって構いやしねえじゃねえか。こいつを使って勝て! おめえらが世界で勝つにはこの道しかねえ! おめえはあと2年もすれば身体が完成する。まだまだ成長途中だ、発展途上。一方で相棒は下り坂なんだろう? それをハンディキャップとは言わねえか? それをおぎなうであろう道具のルール範囲内の強化を、おめえは卑怯というのか?」

「うぐむ……!」

「ルールにきちんと則った素材と重さと形状と。見事にレギュレーションはクリアする。違うのはただ、合金の原子配合比率と原子配列だ。心配するな、人類の技術はあと5年もすりゃあこの宇宙素材に追いつく。10年もすりゃ追い越すだろ。その時になってから海にでも山にでも捨てりゃあいいさ」

 棚からぼたもち、背に腹はかえられぬ、だぞ。わざわざこんなところまで来たんだ。
 若さでご破算にするのか、それとも飲むのか。
 どっちだ。

「ぐむむ。最初は何しにきたくらいの空気だったくせに。んで? どうしたらいいの、このカエル。どうやって元のクラブにしよう」

 あの言いっぷり。御仁には納得させられてはいないが、クラブに戻すのだけはしぶしぶ了承したらしい。
 そういやまだ、この御仁の名前を聞いてないぞ。

「並の職人には無理だからな。今や手づくりで、金属のかたまりからクラブヘッドへ成形できる職人なんてのはひと握りだろうさ。だから最初に作った張本人、刀匠のところに持ってけ」

「まあ普通に考えたらそうなるか。それが一番てっとり早いよね。それで、さっきからずっと言ってるソードスミスって人。その人はいま、どこにいるの?」

「今時分っつったらそりゃあ日本だろうよ。持ってけ、そしてもう一度クラブにしてもらえ」

 これでやるべきことは定まった。
 大空はまだクラブを振れない。この大休止に訪れたここは、意外にも彼女に身のあるものとなりそう。

「また来いよ、次はワイフの料理でもてなした上で泊めてやる。その時はジ・オープンだ」

「うんっ!」

 イエスくらい英語を使えってんだよこの娘は。
 バカなんだな。バカ正直なんだ。
 御仁の家をあとにして、帰途に着く。
 結局コーヒーを1杯飲んだだけで名前も聞けずじまいだった。わずか滞在時間コーヒー1杯の欧州旅行。超弾丸ツアーとはよくぞ名づけたと舌を巻く。
 中身を事前に聞かなくて本当によかった。本来ならぜったいに拒否だこんなもん。
 終わってみれば、この欧州ゆきは伝説の聖剣を得る旅だったか。
 ところが剣は呪われていた。聖なる存在ではなかったのだ。
 これから漆黒の金属により創造されしものは魔剣。呪われし魔剣を手にした勇者は、これからどのような戦いへと赴くのか。
 家族を皆殺しにされたも同然の由緒ある魔剣をたずさえた勇者と、ゴルファー生命いくばくもないパーティメンバー。
 どこで敗れるにしてもいい画になる。そう直感した。しかしどうやって放送したものやら。
 おれの顔が上がるのを待っていたのか、彼女は目が合ってからこう告げた。

「じゃあ帰ろっか、日本へ。ボクの、ボクだけのクラブを作りに」

第32話

 お手伝いさんではなく、哲郎氏みずからが出迎えてくれた。今は彼の方が手すきだったのかもしれない。
 母親は。
 まあそういうことだろう。

「やあ、よく来てくれたね。美月ならさっき起きてごはんを食べたところさ。もうLINEなどで知ってると思うが、君が旅行に行ってた間に退院したんだ。話し相手を欲していてね、すぐに行ってあげてよ」

「実はちょっとだけおじさんに話があるんだ」

「私にかい? ちょうど会議と会議の間なんだ。付き合うよ」

 彼はそう言い、お手伝いさんにお茶を出すように催促する。それを大空が止めたが、哲郎氏は遠慮と捉えて再度依頼を。
 そこで大空が人払いという単語を使ったため、ティータイムは取り消しとなった。
 普通でない空気を感じつつも、哲郎氏は普段の通り大空に接する。

「人払いとはずいぶんな言葉が出たね。いったいどんな話が飛び出すやら、おじさんも緊張するよ」

「これを見てほしいんだ。おじさんにはこれが、どんな意味を持つものかわかるよね」

「美月へのお土産かい? だったら————そいつは!?」

 哲郎氏の目の色が変わった。穏やかな営業マン兼マイホームパパは去り、ソードスミスが鎮座する。

「スコットランドのおじさんのところに行ってもらってきたんだ」

「その国の名を聞いたときにもしやと感じてはいたが。よもや、それをまた見る日が来ようとは。なかば封印したもの、もう二度と見ることはないものと。よくあの偏屈が渡したもんだ」

「ボクがいらないって言ってるのに押しつけてきたよ?」

「そうか、彼は決断したのか。だったら私も応えよう。受けとるよ、悔恨の像を」

 そんな題名の作品だったか。
 自分の作ったクラブに幼なじみを殺された父と、事件後もクラブを振る娘と。
 父と娘のゴルフとの関わり方。どんな変遷があってのことか。本人たちでなければわかりはしない。

「10年が経った。もう一度よく事件と向き合えってことか。まったく、あの偏屈の考えそうなことだ」

 懐かしそうに、同時に恨めしそうに像を撫でまわす。漆黒の像は、その黒さを増すかのように緊張感を得る。
 それにしても、哲郎氏からも御仁の名前が出ないとは。
 御仁も哲郎氏をかたくなに刀匠と呼んでいた。それはクセのようなものだったろうが、案外盗聴を気にしてのことだったのかもしれない。もう10年だ、よもや狙ってくることはないだろ————
 いや待てよ。
 ということは、おれの存在はていのいいボディガードということになる。こいつら、ちょっとどころじゃない、相当なしたたか者だぞ。
 受け取って以降宇宙合金のそばには常におれの存在がある。もしも再び事件となれば、今度こそ大きく取り上げられるのは必至。その上で過去の事件も掘り起こされれば大型捜査へと。
 アイドル的ゴルファー家族を襲った悲劇、相当な物量で行われる捜査はどこまでもどこまでも情報を求め。
 帰りの飛行機で大空に聞いてわかったが、水守家と大空家の親4人、ついでにイギリスの御仁を含めた5人が幼なじみだった。
 御仁の親の片方の出身がこの島。夏休みのたびにでもここへ来ていたのか。この島で出会い、この島でいっしょに育った。
 狭い島では宅地に造成できる土地など限られている。だから成人して結婚し、建てた家が隣同士。実家も相当近いはず。
 ところが隕石を拾ってからのち両家の歯車が狂う。水守の一度目の優勝が、大空の母親を死にいたらしめた。ゆえに作られた像は謝罪の土下座、それゆえのカエル。
 それでも大空は水守と金メダルを獲るために奔走していて。どうなってやがんだ、これはもう。
 家族じゃないのか。あれらは姉妹なんだ。去りゆこうとする同い年の姉に、妹がせめてもの手向けを。
 おれにはそう映った。
 なんなんだこいつらは。今さらだが、どうやって放送するってんだこんなもん。

「…………」

 大空は、こちらから質問するとき以外は押し黙ってなにも言わない。
 結局きょうは水守を見舞うことなく水守邸をあとにした。
 これからのち、哲郎氏は打ち捨てた窯へとおもむき、掃除し、修復し、空焼きをし、試し打ちをし。それから宇宙合金を投入し、鍛え、成形し、クラブにする。
 あのカエルはこれから灼熱の業火で灼かれる。かつての記憶をぜんぶ過去に追いやって、ゴルフクラブへとその姿を変える。いや、戻すのだ。かつての形に。
 すべての因縁を千度以上もの高温で浄化され、唯一の希望として生まれ変わる。完成したそれは魔剣ではなく。
 紅蓮の炎から甦るのは浄化されし不死鳥。あのクラブは行方不明の漆黒の姉を持つ、希望の白き妹鳥なのだ。

「いいね不死鳥のクラブ。そうだよね、これから生まれる子には罪がない。それに太郎とは別だもんね。ピーちゃんだ、ピーちゃんに大決定!」

 !?
 いつから口にしていた?
 人を狂わすことのできる宇宙合金のかたわれは、今も世の中のどこかに。悪い奴が陰で、しかし堂々と太陽の下で振っている。

第33話

 今日は記者会見の日。朝の練習を終えて向かう先は学校でなく会見場。彼女は地方住みのため、東京に出るだけでひと苦労である。
 そう、今日はオリンピック代表選手発表の日。内定しているのだ、当然大空も呼ばれる。

「お、渦中の人物の登場だ」
「いよう、お噂はかねがね」

「えっと? 誰!? 知らないおとなの人……」

 なんでも口にするのは悪いクセだぞ。若いよなぁ。
 そこにどうやら助け人だ。彼女に気づいて近寄る人物がいる。

「おやおや、ペアゴルフをやってる人間が迫水プロと横下プロのことを知らないってのはさすがにまずいでしょ」

「そう言うあなたは二宮ヤマトくん!」

「大空さん、フルネーム呼びはちょっと」
「ッハッハ! それも腹からの大声でな!」
「トホホだなぁ。プロのこっちが素人を知ってて、素人がこっちを知らないとは」

「す、すみません! ボクそのあたり本っ当に疎くって!」

「いいっていいって、しょせんソロで勝てないからペアに流れてきただけの二流なんだ俺たちは」
「いいかげん自虐がすぎんだろ。これでも日本で500ヤードに一番乗りしたんだ」

「そうなんですね、スゴ」

「いやいや、この子らどっちも600打てんだぞ?」
「いや、だから。まあいい。それより大空さん、パートナーはどうした? もう始まる時間だが」

「それがまだベッドから出られなくって」

「まだ決勝のことが尾を引いてるのかい?」

「いえ、そうではなくって。でも口止めされているんです」

「ほう」
「呼ばれたぞ、出ていこう」

 登壇している司会に呼ばれて代表選手が入場してゆく。おれはそっち側ではないため、このまま裏から記者会見を見守る。

「では始めさせていただきます。これより全日本プロファストゴルファー協会理事の上野真冬から、2028年ロサンゼルスオリンピックにおけるファストゴルフ代表選手の発表をいたします」
「ご紹介ありがと。本日はお忙しい中お集まりいただきありがとうございます。先に長話をしてもアレなので、さっそく男子ソロから。————」

 次々と名前を呼ばれる選手たち。
 会釈して、緊張した面持ちをカメラに向ける選手たちの中に水守の姿はない。それもあってか、大空の横顔は硬い。

「ん続きまして、ファストペアゴルフ代表からは第1組、大空つばめ選手、水守美月選手。なお水守選手は本日、この記者会見への来場を見合わせております」

「…………」

 先の夏大会で声を張っていた若き新星も、この場では会釈するだけ。雰囲気のせいか、水守を欠いてか覇気を感じられない。

「————以上、総勢22名の選手となります。ここからの時間は質問を受けつけます。挙手のうえ、当てられた方よりお願いいたします。では緑のジャケットの方」

「高校生ゴルファーの大空つばめ選手に質問です。ペアの水守美月選手はケガでなく病気療養とのうわさがありますが、それは本当でしょうか」

「えっと——」

 言い淀む大空。そこへ事情をよく知る、上野理事の助け舟が入る。

「その質問にはアタシから答えさせてちょうだい? あなたが指摘したように、水守ちゃんは病気なの。でもこれから本戦までの8ヶ月を使って療養するわ。きちんと治し、リハビリして、練習して戻ってきます」

 次いで当てられたのは、よく知る北海道なまらテレビのリポーター。

「しかし本戦はそれで良くとも、予選はもう始まってしまいますが」

「出たわね? アナタたちからその話題さえ出なければ黙っておくつもりだったものを、発表するよりほかないわね。そうなのよ、だからもうひと組用意させてもらったわ。追加でご紹介しましょう、入ってきてアタシのかわい子ちゃんたち」

 このサプライズ発表に湧いたのは記者団である。

「追加選手をこの段階で!? もう!?」
「いや、他の競技に比べたら遅い方だろ」
「補欠選手枠の半分をペアゴルフに充てる!? なんと贅沢な。思い切ったなぁ上野理事」

「茅ヶ崎学園高校の角野クンと、独学館高校の桜井クンよ。世界はもう、1マイルホールが登場しているわ。すでに無慈悲な飛距離の時代が到来しているのよ。おそらくオリンピックのコースにも、必ず長大なホールがひとつは入ってる。それに太刀打ちできる日本人選手は代表の3組と、このふたりを置いて他にはいない。特にいま紹介したこの子たちは即席のペアだけれど、今から8か月かけて醸成すれば結構いいところまでいくと思うの」

 上野理事が説明している間に、旧知との再会を喜んだのは大空。
 一番端にいた大空の横に追加選手たちが並ぶ。

(角野サンに桜井くん!?)

(いや、こいつもオレも同い年だから。なんでこいつだけサンづけなんだ?)
(おまえと違って大人だからさ)
(オッサン顔だからだろ)
(お、言ったな? あとで覚えてろ)

「とにかく、おまえもまだ本調子じゃあねえんだろ。だからおまえら、早く体を治して戻ってこい。幸い3ペア参加のリーグ戦だ。それまでオレらで繋いどいてやる」
「まあ、戻ってきても来なくても、オレらペアが優勝しちまうがな」

「アナタたち、私語はあとにしてね。以上の24名で戦ってきます。このメンバーで最低でも1個、金メダルを奪取してくるわ」

「おお!」
「また出た! 予告金メダル!」

 大空に質問が集中するのを嫌った上野理事がほかの話題を要求すると、ようやく大空の顔が上がった。
 その目にはもう、記者の顔など映ってはいない。

「次の質問を受けつけます。ではハンチング帽の方」

「福岡海浜テレビです。ペアに関して、すでに世界はテクニカル系スイング時代が斜陽をむかえ、リフト系スイング時代へと移行しつつあります。そこへテクニカル系の選手を、それも高校生を優先してあてがう采配はいかがかと考えるのですが。国内でもわずかですがリフト系の選手は出てきています。そのあたり、どのようなお考えがあるのかお聞かせください」

「パワーに秀でた選手ならではよね、リフト系。アタシの大好きな筋肉の饗宴がもうすぐ、そこまで! 待ちきれないわぁ〜」

 笑いが起こる。実にたくみな話術だ、記者は常に主導権を握られている。
 こうなると以前、ほぼつまみ出される事態に陥ったフリーの記者も案外言わされたのかもしれない。いやまさか、上野理事の仕込みの線も?
 もしそうなのだとしたら底知れない。

「でもね、理事だとそんなバカばっか言ってられないのよ。日本はやっとテクニカルの時代に入ったばかり。今回連れて行きたいのもテクニカルのデュアルショットをもつ選手たち。最初っから日本が出遅れているのはわかってる。それでもあの子たちならって期待しちゃう。その気持ち、あなたたちにわからない? 日本はスキージャンプだって柔道だって、体格によるハンデのまま世界と戦ってきた。ありがたいことにその枠に二宮姉弟はとらわれないのだけれど、それでも経験値で大きく遅れをとっている。でも。ちょっと待ってくれるかしら。体格差って、いつもの日本国じゃなくって? スキーの板はたとえ逆立ちしたって長いものを使わせてはもらえない。柔道だって、同じ体重であっても奥えりをつかむこともままならない。今回がペアゴルフってだけの話よ。それでもあの子たちは必ずメダルを持って帰ってくるわ。成田に、100点の笑顔と一緒に金ピカを携えて帰ってくるわよ。だからあなた方は、あの子たちのことを信じて、温かく見守っていてほしいの。カメラをかついで追い回すのでなく、CMのオファーを出すのでなく。それらは勝って帰ってからにしてちょうだい。これはアタシからのお願いよ。ああっと、先に言っておくのだけれど、これを守れない個人や団体は発覚後に業界から締め出されるのを覚悟してからやってよね。アタシ、やる時はとことんやるタチなので」

 全身から汗が噴き出た。
 マジでか。彼女は今もまっすぐに記者を向いているのに、一瞬こちらと目が合ったような気さえした。頭から冷水を、これでもかと浴びせられた思いがした。
 上野理事からのとんでもない宣戦布告に縮み上がったのは他でもないおれ自身。まるで彼女に『知ってるわよ』と、うしろから肩をたたかれたようだった。
 その牽制はしかし手遅れ、おれは理事の言よりも早く密着取材に手をつけてしまっている。あれはこれから手を出そうとする、あるいはすでに手をつけている人間に手を引けという圧力も兼ねている。
 これ以降、決してこの会場で目立ってはならない。理事におれの存在を覚られてはならない。天然の大空には一応口止めしてあったが、あとで念押しをしておかなければ。
 もうそこからの記憶はない。何分あったのか、どんな質問が飛んでいたか。

「以上で記者会見を終了いたします。ありがとうございました」

「引き続き選手への応援よろしくお願いしまぁ〜っす。むちゅ!」

 笑いが起こっているが、おれには死の接吻だ。
 おそらく、この記者会見で本格的に映像のお蔵入りが決まった。デスクへの説明を考えると頭が痛い。それ以前に、この取材を今後も続けられるのか。
 もしも日の目を見るときがあるならば、それは水守・大空ペアが何かしらのメダルを獲得したあと。それも、何年も時間が経過したあとだ。だとすれば、これは大変まずいことになる。
 周囲の同業者がこの発表で知りえた情報に胸を躍らせているなか、ひとり下を向いて会場を出る。

(たったの3競技で、それも前例のない新競技での金メダル宣言とは。これまでの国際大会でまるでいいところのない競技だぞ?)
(そりゃあそうだろう、あれだけ強権をふるってなんでも自分ひとりで決めるんだ、それくらいの成果を見せなきゃ国民が納得しねえよ)
(国民が、じゃなくてマスコミが、の間違いだろ? 勝って帳消し、負けて失脚。なんて分の悪い賭けだ)

 彼らの冷静な分析には全面的に同意したい。
 しかしこれからどうしたものかと。
 明日のことは明日考えることにして、逃げるように長崎に向かえば、しばらくは——
 油断した瞬間に上野理事が!
 周囲をかき分け、押しのけてこちらへと向かってくる。あれは鷹の目、獲物を狩る猛禽類の目だ。
 やはりおれの取材がバレていたのだ。だからああ。
 本格的に終わった。ただじっと、観念してその時を待つ。

「大空ちゃん! 水守ちゃんの具合はどう?」

「上野のおばちゃんこんばんは」

 ハァアアアああああああ!?
 紛らわしいったならない。おれのうしろに大空が居たのだ。単に上野理事は大空に用事があったのだ。
 あれだけ面識のあるおれの存在には、他の記者に埋もれて気づかなかったらしい。よかった、あと5センチ身長が高かったら死んでいた。こちらから口火を切って謝罪しなくて本当によかった。
 ここで記者は全員はねのけられる。プライベートだと言って。ゴルフの一番偉い人と最有力選手の間でプライベートもないもんだとは思ったが、今は避難を優先させる。正直助かった。
 ただしだんだんと声が大きくなってるぞ。そろそろ離れていても内容がわかりそう。

「ただこれだけは胸を張って言えるわ。ゴルフの発祥はスコットランドでも、ファストゴルフの発祥はニッポン! これだけはゆずらないって! だから胸を張っていってらっしゃい。あなたたちが盟主国、ニッポンの代表よ。そう彼女にも伝えておいて」

「はいっ!」

「いつもながらいい返事ね、小気味いいわ。アタシも本戦から行くから。あっちでまた会いましょ、バチコーン!」

 す、すさまじいまでのウインク。こっちまで風がきたぞ……!
 それに。
 閉じなかった方の目線がこっちでなかったと、言える自信がない。

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 長崎までの帰りの新幹線。
 どうにか体勢を立て直して続けている。
 なんらか決定が出るまでは続けることにした。今やめる理由はないのだ。だから続ける。
 この取り組み自体には手ごたえがあるのだ。先の欧州ゆきの結果でデスクの評価は爆上がりしている。
 たとえ彼女たちが負けようが。戦う姿勢を克明に記録する、この企画にはすでに明瞭な意味が持たされているのだから。
 まがりなりにも今年度の夏大会覇者、注目度は記者会見を例に出さずとも依然ある。
 とにかくバレないようにする。なんならデスクには本件を報告しない。
 おそらくあの放送が彼の耳に入らない限りには続けられる。彼が視聴していないのを期待して、誰かがデスクに報告しないのを期待して。そうか、さっき記者席に居た松永には口止めをしておこう。
 なんで急にこんな綱渡り状態になってしまったんだか。ただの素人密着番組を作ろうとしているだけなのに。
 とにかく決めたのだ。協定を破ったとしても、多少のズルをしてもこの取材を続けると。これはもう、就職氷河期世代の矜持。
 体勢をむりやり整えたおれとは対象的に、大空はどこか所在なさげ。車窓をぼんやりと眺める彼女の表情は冴えない。
 トンネルに入ると街並みの映るガラスは一転、鏡へと変貌する。その際に大空は、自身の像と目が合う。
 まばたきすらせず、じいっと。
 それを幾度となく繰り返していると突然の告白があった。

「実はボク、自分がどうしてイップスなのか知らなかったんだ。て言うか、たぶん忘れてたんだと思う。お父ちゃんも、島のみんなも言ってくれないしね。船の上では1本しかないドライバーばっかり振ってたんだけど、陸に上がってからアイアンやパターを打とうとするとなぜか体調が悪くなってね。ずっとそのまま生活してて。それでスコットランドに行って話を聞いたら思い出した。10年前のあの日、玄関には血まみれのゴルフクラブが散らばってた。あれが根底にあって、アイアンとパターが。持ち出されていたウッド以外を使えないなんて、なんの皮肉なんだろね」

 おれは反応を返さない。彼女だってたぶん期待してはいない。告白ではなく、つぶやきなんだ。
 カメラは相槌をうつでなく、ただ黙って次なる言葉を待つ。

「もちろん新調したり、パターなんかは形を変えたりしたんだよ? でもダメだった。打てなかった。アドレスするだけで吐き気がして。思い出しちゃうんだ、玄関じゃない場面を。ボクとお父ちゃん以外誰もいないお通夜とか、炉に入っていく棺桶とか。それでもうゴルフも、って思っていたところにファストゴルフに誘われちゃって。実はドライバーも金属のものはダメでね。構えるだけでゲロがでちゃう。だからボビーにもらったパーシモンを。あれだとなぜだか大丈夫で、逆に楽しかった時のころを思い出すんだぁ。なんでだろ。わっかんないけど初めて18ホール回れた時とか、72を切った時とか。そのかたわらにはいつも美月ちゃんがいた」

 彼女の父親は漁師だった。大空つばめは船の上でクラブを振って育った。母親を亡くしてから以降はずっと船の上。
 ゴルフ歴は年齢引く2。失礼なもの言いを承知で聞いた、どうして漁師がゴルフの英才教育をと。大人になったら稼いでもらおうとの考えが父親にあったのかと。

「そうだったのかなぁ? もうボクのこともわからなくなっちゃったらしいからね、それは聞けないんだ。でもボク不器用だから、勉強とか友達とかダメだから。ゴルフしかないから」

 しかしそれは後天的にそうなっただけのこと。大空母が存命の間は少なくとも。
 大空はカメラがあってもなくても常に素顔だ。自然体、ゆえに危険だと水守がかつてこぼしていた。

「小学1年生の2学期は結局やってこなくてね。それからはずっと、年中船の上で暮らしてたんだ。勉強は通信制でね、————」

 それがどうやってゴルフがうまくなるのかと尋ねれば。

「そもそもゴルフクラブなんて船にはなかったらしいよ? 今にして思えば島やゴルフから離れるための船出だったんだろうけど、いつのまにかドライバーが1本だけ。変だよね。しかもそれって、ボクが夢の中でボビーにもらったものといっしょなんだ。ほんとに変なんだよ、お父ちゃんが海に投げ捨てるんだけど、どうしてか次の日には戻ってきちゃう。たたき折っても燃しても次の日には。恐怖の不死身のクラブだって、お父ちゃんは途中から見るのも怖くなってたっぽい。逆にボクはヒマつぶしの相手になってもらってたんだ。船にはゲームもネットもなかったから」

 なぜか怪談話になったが。
 捨てても燃やしても元に戻るクラブ?
 船上だから供給は限られる。船員のイタズラにしちゃあ悪質だし、金がかかりすぎる。パーシモンだものな、10年前であればすでに高額。金稼ぎに出ているであろう乗組員に何本もは難しい。周太郎氏は探したはずだ、船の中を隅々にまで。
 だが聞いてほしかったのはそこではなく、練習方法の方だったらしい。

「ひもがついたボールをね、海に浮くボール。それをパーンとね、海に打つんだぁ。ただ漠然と打つんじゃなくって、どうせ打つんなら太陽に向かって打てって、お父ちゃんが日本に住んでたころに買ってくれて。あの地面にぶつけてもぜんぜん跳ねないゴムボールってあるでしょ? あれって、水に浮かぶんだよね。それを海にむかって打ってたんだよ、マグロ用の糸を結んどいてね」

 それで。どんな状態でも彼女の打球はまっすぐに飛ぶ。あの方向性の原点はそこにあったのか。

「そのゴルフボールって普通じゃなくって、どんなに打ってもぜんぜん飛ばないやつで。太郎でも10ヤードくらいしか飛ばないから、打ってて気持ちいいんだか悪いんだか。そりゃあネット打ちよりは————」

 今日は実によくしゃべる。記者会見で一応の肩の荷が降りたのだろうか。
 そのボールの存在はおれも知っている。これでも趣味でゴルフもする、ゴルフ番アナウンサーだったんだ。
 横浜の零細企業が開発した、運動エネルギーのほとんどを一瞬で熱に変換する樹脂製の。
 だがおれの認識とは合わない。あれはあまり強い衝撃を加えると粘着するのではなかったか? ドライバーで打突したなら最後、クラブフェイスにいやというほど貼りつくはずだ。

「そうそう! 記者さんなのに知ってるんだ、さっすが〜」

 発売当時はおれもそのボールの愛好家だったから。
 ハーフスイングやアプローチの練習にはうってつけ、どんなミスショットも飛ばないので実に重宝していた。強打さえしなければ練習に好適だった。
 ひとつだけ残念なのはもう売っていないこと。強振によって汚損したクラブに対する問い合わせが殺到してメーカーが製造を中止、回収する騒ぎになっていた。
 パッケージにはきちんと注意書きがなされていたが、世の中には読まずに捨てる人だっている。その後メーカーの名前を聞かないのはつまり。

「そうそれ! 記者さんも使ってたんだ、奇遇だねえ。普段はサラッサラなんだけど強い衝撃を与えるとネトネトするやつ。よくクラブに貼りつくよね。ボクも最初は非力だったから大丈夫で、途中からはずっとネトネトで。一度そうなると太郎をみがくのが大変でね。でもね、知ってた? あれ、完璧に捉えたときだけ貼りつかずに前に少しだけ飛ぶんだよ? ネトネトもつかなくてね。だから最高のショットとダメショットの区別が簡単にできたんだぁ」

 強打でか?
 知らないぞそんなこと……。
 サッとネットでも調べたが、どこにもそんな情報は出ていなかった。
 想像した。
 打った瞬間に熱を帯びた粘着性のボールが、クラブフェイスに跡も残さず離れる状況を。スピードと、おそらくは垂直方向への完璧な押し出し。それらが合わさった時にだけボールは跡を濁さずに去る。
 もしかしたらボールを開発した人も、プロゴルファーでさえも知らないのでは? それほどの正確性と再現性。まるで機械、疲労したら自動で認識して修正するのだからそれ以上じゃないか。

「でもフルスイングの時だけね。最初はへたくそだったけど、中学生になるころには船の上ならどんな体勢でも、どんな揺れでも打てた」

 哲郎氏の水守家が管理する山に隕石が落ちたのは2011年。
 山に落ちる光る筋を見た幼なじみ5人は、そこで石鉄隕石を見つけた。哲郎氏はその素材を使って刀を打つつもりであったという。
 面白い試みになるはずが、それはすぐに頓挫する。のちに分析で判明した地球上では生成不可能な合金は、刀向きの素材ではなかったのだ。
 それを知らずに刀匠は戯れとクラブヘッドを作った。直感で材質がゴルフクラブのヘッドに適していると閃いたからである。事実それは的中し、二度と作れないクラブが誕生した。
 その結果として失われた命。
 刀鍛冶を廃業した水守家は、事件後に島を離れて九州本土で過ごした。その決定には美月の発症の影響もあったろう。
 水守美月は、引っ越し後まもなく発覚した完治不能の病と闘いながら現在に至る。水守母は事件を苦にしてか、娘の闘病に絶望してか姿を消した。
 一方の大空つばめ。事件の影響で極度のイップスに陥り、一時はクラブを見ることもできなくなってから日本を離れた。10年のほとんどを船の上で、漁と通信教育とドライバーショットだけで過ごした。
 船上生活と父親とは、彼の人の入院で別れた。水守哲郎氏の導きで生まれ故郷にある保護施設に入った彼女が、戻ってきて最初に向かったのは。島に唯一あるゴルフ練習場とは名ばかりの、ネットを張っただけの小さな庭。
 そこで待っていたのは、高校進学をひかえて西島を訪れていた、水守美月との再会であった。
 丸10年離れることとなった幼き友情。その因果がまた交わる時に、再び現れた因縁の、宇宙素材の妹。新たな武器となるはずのクラブはいったい、ふたりの物語にどんな影響を及ぼすのか。

第34話

 今日も水守邸にきた。このところ放課後は入りびたるように見舞いにきているが、今日については哲郎氏の呼び出しに応じて。
 ついにできたのであろう、本業の片手間のためか2ヶ月もかかったが。
 ソファに座っておとなしく待つ大空が、手にしているのはヘッドカバー。かぶせて帰るつもりなのだ。
 太郎や花子も手づくり、彼女の手ぬいの品。今回のもそうだ。
 だが?
 いやそれ! そのヘッドカバー! 

「あ、気づいた? いいでしょう、ピーちゃん専用なんだこれ」

 いやいやいや! 不死鳥だって自分でも言ってたろ!
 10年におよぶ船上生活でつちかった玄人裸足の縫製はみごと。服などは自分で仕立てていたと聞く。ヘッドカバーは既製品と見紛う出来である。
 ところがその形態はどうだ。白い頭に赤いトサカ、おまえそれ絶対ニワトリだろ! どんな不死鳥観してるんだ!
 転生の炎の中をゆっくりとうごめき、神々しく甦るのがニワトリ。焼かれながら生まれいでてくるそれは。
 むしろ美味そうじゃないか。
 いい匂いがしてきそう。いや、彼女がそれでいいのなら構わんが。
 そこにお手伝いさんの介助で階下へと、水守が降りてきた。
 当然彼女も同席する。あのモグリの医師が告げた限定寛解がようやく彼女にも訪れ、現在は衰えた筋肉をリハビリでほぐしているところ。運動ではなく歩行訓練中とのことだ。クラブをまた振れるようになるまでにはまあまあの時間を要するだろう。
 だが彼女のゴルフスタイルからして、反復練習よりはセンス。それよりも可動域を元に戻す、体力をつけるほうが何倍も大事。

「だいぶ痛みが収まってきました。ようやくです。まさかこんなに長引くだなんて」
「じゃあ薬は長く効きそうなんだね?」
「どうもあまり相関がないそうなんです。効力はすぐに切れるかもしれないし、長続きするかもしれないと」
「そうなんだ。でもそうなると? まだゴルフは始められない?」
「残念ながら。少しは動けるようになりましたが、ゴルフまではとても」
「打てたとして、無理してフォームを崩したら戻すのも大変だもんね。じゃあオリンピックのアジア予選は、やっぱり交代してもらって正解だったんだ」

 そこへ哲郎氏が入ってくる。
 紫色した、刀をくるむのに使っていたと思われる布に巻いて。

「なにそれ」

「なにって、頼まれていた品だよ。会社の設備を借りるわけにはいかないからね、島に放置してあった窯を甦らせたんだ。それからだったから時間がかかってしまったよ」

 ヒゲ蒸して、いくぶん痩せた哲郎氏の目が光る。
 彼が示したのは長い包み。

「あれ!? いや、そうじゃなくって」

 大空が彼に作製を依頼したのはドライバーのヘッド。対して哲郎氏がいま渡そうと持ちだした包みは、まるで異なる細く長い棒状。
 謎である。
 ドライバーのヘッドなら、包みは小さくずんぐりとしていてしかるべき。それが棒状となればはなはだ疑問。その棒の先には明らかにヘッドがついていないのだ。
 水守にとっても初見なのだろう、頭の上に疑問符が浮かんでいる。
 疑う大空が包みを受けとると、中でシャランと音がした。金属と金属のこすれる音だ。
 布の包みを開けて驚く。

「しかも2本!?」
「どういうことなのお父さん?」

 磨かれて銀色をした鉄の棒。
 おれは原料なのだと思った。精製がようやく終わって、これから成形に入る。違うのか?

「説明しよう。ドライバーのヘッドはおよそ200gの合金でできている。一方でスチールシャフトに必要な合金はおよそ100g。半分で足りるんだ。だから2本作った」

「そうじゃなくって。お願いしたのはドライバーのヘッドなんだけど」

 そりゃあそう言う。せっかく作ってもらっても、完成したと言われたのは思いもしない別のもの。大空は落胆を隠さないが、哲郎氏には確たる理由がありそう。自信満々なのだ。

「一度は作って、再度いまの計測器を使ってしっかりと調べなおした結果なんだ。ヘッドではもう、現行のチタン系合金の方が優る。ここ数年で性能を追い越されてしまったらしいんだ」

「えっと、それって」

 無駄骨、だったか?

「慌てないで。だから作り直したんだ、スチールシャフトにね。シャフトはまだヘッドほど技術が進歩していない。だとして、あと2年てところだろうか」

「? 何が?」

「アドバンテージがさ。ゴルフメーカーの営業なんてやってたらいろいろとわかるんだ、世の中のゴルフクラブの進化の速度ってものがね。もって2〜3年だろう。今の技術は日進月歩でね。2〜3年で並ばれて、5年もたてば追い越される。それくらい複合素材技術の進歩は尋常じゃない。10年前のオーパーツであったこの宇宙素材もじきにお払い箱、無用の長物になり果てる時がすぐそこにまで。実際にもうほとんどなりかけてるんだが。奇跡の宇宙素材の性能を、ついに大量生産クラブが超えるんだ。だがそれは早く見積もって2年先。今ならまだ、カーボンシャフト対比でアドバンテージを活かせる。5年先のオリンピックには抜かれているだろう。だから逆に今しかない、君たちが世界を席巻するのなら今しかない」

「ええっと、ちょっと待って。結局強いクラブが作れたってこと? ボクたちを勝たせてくれるクラブができたってこと?」

 大空が聞きたいのはつまるところそこだけ。役に立つのか、立たないのかだ。
 だが哲郎氏は少しもあわてずに持って回ったもの言いをする。

「それは使う君たち次第かな。君はそうとうな覚悟をしてドライバーのヘッドを依頼した。だが金属製クラブに対するイップスを克服したのではないのだろう? だからこそまだパーシモンだけを使っている。そんな人間が新しいヘッドになったからって急に治るわけないさ。君は体が拒絶しても強引にクラブを振るつもりでいたんだ」

「うはあ。お見通しだったか」

「そんな無理をする必要はない、これをこそ使いたまえ。これなら得意のパーシモンを生かしたままさらに距離を延ばすことができる。そして。私たちの愚かな抵抗を無にしない活躍を切に願うよ。ごめんねつばめちゃん、美月に付き合ってくれてありがとう」

「むずがゆいよぅおじさん! だいじょぶ! 美月ちゃんをきっと世界のてっぺんに!」

「はは、期待してる。そのクラブはこれから君が守っていってね。ほかでもない、君が自分で守って。世界一になった君がその名声で」

「おっ任せぇ!」

第35話

 それから哲郎氏親子と大空の3人で、哲郎氏の勤めるメーカーの実店舗へと向かった。グリップとヘッドを調達してクラブに仕立てるためである。彼おすすめのセッティングで調達しても良かっただろうが、本人の希望もあろうし、完成後はやはり試打もしたいとなれば実店舗一択であった。
 長崎市の市街に入り、大通りに面した大型店舗へ向かう。
 到着すると哲郎氏は、娘たちを店内に残し裏手へと消える。そしていくつかの部品を抱えて現れた。それらと大空に持たせてあったシャフトとをつなぎ合わせてゆく。
 幾人かが遠巻きにこちらをうかがっている。ゴルフ関連のメーカー直営の店舗だ。従業員は当然彼女らが何者かを知っている。
 哲郎氏は気にとめず、自らの仕事に邁進してパーツをひとつのクラブへと仕上げる。

「これらは暫定のものだからね。試打して気にいらなければ変えてくれていい。まずはつばめちゃんから。現行ルール最長級の45.90インチにシャフトは仕上げたよ。グリップはコードにしたがどうだろう。君のスイングスピードでもあの万力みたいな握力なら問題ないと思うんだ」

「を!? をじさんっ!?」
「お父さん!」

「はっはは、ごめんごめん。花の女子高生にそれは禁句だったかな。ヘッドはね、結局君が太郎と呼ぶドライバーからの移植はしなかったよ。あれはあの状態がベストだ。これからは予備のクラブとして使ったらいい。だからヘッドは新たに調達してね。フェイスインサートとソールを最新で耐摩耗性能の高いカーボン素材にして、パーシモンそのものは最高級の——」

「ちょっと待ってよおじさん! ボクそんなのに払えるお金なんてないよ? それにスコットランドに行ってきたばかりで借金だってあるんだ」

「いやいや、これは私からのプレゼントさ。スコットランドへのお使いに行ってくれたバイト代としてね。それに旅費に使った分は私から美月に返しておくよ」

「え、なにそれ。神なの? おじさんありがとう!」

「何を言うんだ、こちらこそさ。そう言ってるあいだにヨシッ、これで完成だ。こうして宇宙素材の助けを得て、こいつは人力では破壊不能なクラブに仕上がった。絶対にね。さあ持って行くといい、これがデュランダルクラブだよ」

「デュラとかなんとかなんて関係ないもんね、もう不死鳥のピーちゃんって名前つけてあるし」

 受けとった大空がもうヘッドカバーをかぶせる。手作りとはいえかなりブサイクだ。いや、手縫いの縫製はプロ並みなんだがデザインが残念。
 見栄えを確かめているんだろうが、これから試打するんだろう?
 先の哲郎氏の言に対し、少ししてから水守が反応した。

「デュランダル、ですって?」

「そう破壊不能。ただし人体では、の条件つきさ。人のゴルフスイングごときでは決して破壊することのできない、究極のシャフトを装備したゴルフクラブなんだ」

「そんなこと言っちゃって大丈夫ぅ? ボクが力いっぱい打ったら折れっちゃうんじゃないのぅ?」

「ははは、試してみるかい? これから君が気をつけなければならないのは破損よりも盗難さ。君が語りさえしなければこれが宇宙産だと気づく者はいない。今度はシャフトなんだ、シャフトじゃ打音が変化することなんてないしね」

「わかった、抱いて寝ることにするよ。ゴルフ場ではずっと背負っとく」

 そう告げながら大空が試打のネットの中に入ってゆく。急に真面目な顔をしたかと思えば、入念なすぶりを始めた。
 それを見て安心した哲郎氏が、続いて水守のクラブにとりかかる。

「悩んだ末に美月のシャフトもドライバー用にしたんだ」

「えっと? それは?」

「いや、言いたいことはわかる。だが、お前が考えるよりもウエッジの出番はそう多くないし、おまえのスイングなら市販のシャフトで事足りる。ここ一番で必要になるのはやはりドライバーの飛距離なんだ。パターが姿を消した今、コース上で最も使われるのはドライバー。奥義で何度も使うのだろう? だから父の言うことを聞いて、このままドライバーで作らせてくれ。つばめちゃんと同じ45.90インチは、おまえの役に立つときがきっとある」

 父の願いに対する娘の返事をかき消すように、大空が下からせりあがったボールをしたたか打ちつけた。

「これは!? ボクはこの打感を知っている? どうして?」

「それは興味深い、作り替えても残ったか。カエルに作り替える前はもちろんクラブヘッドだったんだ。そのクラブを使っていたのは誰あろう、君さ」

「そうだったんだろうけど? でも10年も前だし? ヘッドをシャフトに変えたんだよね!?」

「それでもだよ。音や数値ではわからない類似性を君は打感として。打った本人がそう感じたのならそれがすべてだ。たとえ呪われたクラブの片割れであったとしても、物には罪がない。それは正真正銘、私たち5人組が過ごしたあの夏の結晶。旭が丘の隕石には違いないのだから」

 けげんな表情なのは水守。このうえ何がそんなに心配なのか。

「もしかして。これから運命に導かれ、双子のクラブに出会って戦うことになる。なんてことがありますか?」

「まさか。あれはもう世界の闇で振られているクラブだ。陽の当たるところに出てくるはずがない。悪はせいぜい大事に使うがいいさ。今やもう、あれは市販のクラブにも劣る鉄くずだ」

「鉄くずか、いいね。こっちもそうなる前にちゃちゃっと勝っちゃうとしますか!」

 まったく、大空は竹を割ったような性格か。そうでなければ乗り越えられない局面もあった。

「これから忙しいですよ。わたくしたちが世界で戦うのなら、今よりもさらに自身を高めなくてはなりません」
「だいぶゆっくりしちゃったもんね。それに上野のおばちゃん言ってたもん、日本はまだまだ世界と比べてレベルが低いって。ボクたちの技が通用するかは五分五分だって」
「世界では舞浜学院のような対戦相手ばかりではないかと思うのです。常に彼らと同じくらいか、それ以上に飛ばしてくる選手ばかりではないかと。そんな中に入っていって、すべての試合で勝ちを収める。これは並大抵のことでは実現できるものではありません」
「だから特訓、だから新技が必要なんだよね」

 新技か、その発想はなかった。
 これまでも多彩な技群をもち、さらにその上をいくのか。これは興味深い。

「つばめさんはそのままトレーニングを続けてください。島でやっていた通りの、ハードワークになりすぎない、ちょうどよいトレーニングを。わたくしはリハビリと闘い、それを終えましたら合流します。最後の輝きを見せましょう、金メダルを日本に持ち帰ることによって」

第36話

 水守の本調子がようやく戻り、現地入りするので空港まで迎えにきている。最初は大空だけかと思ったが、練習の気分転換にと大勢での出迎えとなった。

「美月ちゃん! こっちだよ!」
「やあ来たな。待ってたよ」

「つばめさん! みなさん!? わざわざ空港にまで?」

「オレらと同じに、ホテルに着いてあれはない、これもないでは初日に不便するだろうと思ってね。先にそれを教えてあげようと」

「それでわざわざ? ありがとうございます! プロの方々まですみません」

「いや、俺たちは日本のツアーに戻るんだ。あとのオリンピックは君たち高校生に任せる」
「君らが無事にそろったんなら俺らはお払い箱さ。君が乗った便の折り返しに乗るのでね、それで」
「すっかりレベルの違いを痛感したんだ。この中で4番手なのは誰が見ても俺らの方、これ以上は厳しい、ってね。本戦に出場した相手に、1ポイントも取れないまま3ホールで敗退する未来が見える。だが君らは違う。ここにいる男子たちは世界でも善戦してみせた。君らはその彼らに勝ったんだろう?」

「んまあ? そうだけど?」

 大空の鼻が高くなる。素直というか、単純というか。
 二宮姉は離れたところでどこ吹く風。ではなぜここへ来たのか。
 弟は姉の世話を焼いている。
 代わりに誇らしげに胸を張ったのは桜井と角野。

「ほんとこの人たちがぜんぜん役に立たなくって」
「まさか全試合通してキャリーオーバーの0.5ポイント以外取ってもらえないとは」

「面目ない……」
「4年後は無理でも今年ならどうにかって思ったんだが」

「結局一敗だけであとはぜんぶ勝ったんだが、勝ち点で並んじまって。ポイント差でどうにか2位通過はしといたぜ」

「さすがです。ちゃんと見ていましたよ、テレビで」

「迷惑かけて済まなかったとは思ってる。おかげで成績がパッとしないと判断した日本代表監督の采配で入れ替えるんだ、サポーターから文句が出ることはないだろう」
「俺らのような古いゴルファーでは、太刀打ちできない世界だってのは今回で十分わかった。次に来るときまでに鍛え直すよ。個々の能力じゃない、ペアの総合力を高めてね」

 脂ののったプロが高校生に対して反省しきりなのはいたたまれない。まるで自分を見ているかのようだ。おれも局ではあんな風なんだな……。

「とにかく、おまえらが急に入ってきてどうこう言う日本人はいないって。どうにかギリギリ予選通過した日本に、オレらを破って日本一になったペアが帰ってきた。それだけで十分話題になるさ!」

「お気遣いありがとうございます大和さん」
「んま、期待には応えようじゃないの」

 まったく、その自信は小さな体のどこから湧いて出てくるんだ。

第37話

 ジャマイカに続いて、日本選手団の入場です!
 旗手である、柔道の柔ちゃんこと猪熊選手を先頭に、日本人選手が次々と。ここロサンゼルスにありますロサンゼルス・メモリアル・コロシアムに、堂々の入場行進です!

 パリもそうでしたが、やはりマスクなしの行進には笑顔が映えますね!
 ひときわ大きな万雷の拍手で迎えるスタンドは、開催国アメリカや隣国カナダに次いでの規模でしょうか。さすがは日本人の多く住むカリフォルニア州、スタンドではかなりの数の日章旗が振られています。
 それに向かって両手を挙げて応える選手団の中には、このところ姿を現すことのなかったペアゴルフの水守選手の姿も。

 ああ、本当ですね、笑顔で手を振っています水守選手。
 なにより視線を集めるのはその髪色。新雪のように真っ白な長髪を、ひるがえしての堂々たる入場です。

 元から美麗な容姿の水守選手が神秘性を増し、今や妖精のようなたたずまいですね。
 心境の変化でしょうか、髪型は以前のままに、髪色を白一色に変えての初のオリンピック出場となりました。

 大変身に驚きましたが、人物の透明感を邪魔せずむしろ似合っていると言ってよいでしょう。
 彼女は少し痩せたでしょうか?

 むしろさらに絞りこんだ印象ですね。足取りが軽やかに見えます。それに見てください、あの晴々とした表情。隣の大空といっしょに、あふれんばかりの若さが会場を魅了します。
 その後ろにはレスリングの————

「2錠目はいつ飲んだって言ってたんだっけ」
「3ヶ月前ですね、1錠目が8ヶ月の時点です。概算で4ヶ月持つはずですから、効力が続くのは今から約1ヶ月。オリンピックの開催期間は2週間、余裕で持つ計算です」
「そっか」
「リハビリはもちろん、練習も十分にさせてもらえて今日という日を迎えられました。いま入場行進をこうして自分が、自分の足で歩いていることが信じられなくって」
「歩くくらいで満足してもらっちゃボクが困るんだよねぇ〜。美月ちゃんにはぶんぶんクラブを振ってもらって、カップにガッコンガッコン入れてもらわなきゃ」
「ふふふ、そうでした」
「行こうよ、世界が待ってる」
「ええ、行きましょう。水守美月というゴルファーが、生きた証を残しに」

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 ついに代表へ合流した水守選手と、すでに現地入りしていた大空選手と生中継でつながっています!
 こんにちは大空選手! 堂々とした入場行進でした。

「えっと、ありがとうございます」

 水守選手はその後お身体はいかがですか。

「はい、ご心配をおかけしました。半年前からクラブを振れるようになり、その後は東京の合宿所でお世話になっていました。今は体調面で心配はありません」

 それはなによりです。
 ところで水守選手の髪色が気になったのですが。イメチェンですか?

「イメチェンだったらよかったのですが、闘病の結果の自然脱色です。高校日本一になって以降増えはじめ、先月くらいでついに真っ白になってしまいました」

 そうだったんですか、それはたいへん失礼をいたしました。

 しかしですよ、すっごくお似合いです! 元々の美人さんが神秘的なオーラをまとって、今や神々しいくらいです。

「ふふ、ありがとうございます」

 大空選手、ロサンゼルスは日本と比べていかがですか?

「いやあ、外国人がいっぱいだなあって」

 ははは。

「アメリカなんだからアメリカの人がいっぱいなんだと思うけど、オリンピック目当てで観光客もたっくさん来ているみたいで。まるで世界中の人が集まっているように感じました」

 4年に一度の祭典ですからね。
 きっとその中にはいろいろな競技の世界的選手が混ざっていますよ。

 いやいやいや、水守選手も大空選手も今や世界的選手のひとりですって。

 そうでしたそうでした。
 それでいかがですか? 気候などは水守選手?

「そうですね、数字上の気温は日本と同じくらいなんですが、湿度が低くて過ごしやすいです。汗がふきでることもないので快適ですね」

 そちらの練習環境はいかがでしょう。もし不都合などありましたら、遠慮せず周りの大人に相談してくださいね?

「はい、ありがとうございます。昨日なんですが、完全クローズドで練習したいとわがままを言いましたら、スカッシュのお部屋をご用意くださいまして」
「そうそう。そこでデュアルショットの練習をしたらマットが衝撃を吸収しきれなくって。はね返ったボールがマット越しにガラスを割っちゃって」

 おお! 強化ガラスを!

「怒られなかったけど、悪いことしたなあって」

 いいんですよ、いいんです。それは衝撃を吸収しきれない性能のマットが悪い!

 大空・水守ペアと言えば多彩なデュアルショットです。ちなみにその時試したのは新技ですか? それとも改良型でしょうか。

「えっとね————」
「本戦を楽しみにお待ちください」

 やはり極秘の————

 え!? もう時間ですか!?
 すみません大空選手、水守選手。お忙しい中お時間を作ってくださりありがとうございました。

「いえ」

 最後に日本のファンに向けてひとことお願いします! では水守選手から!

「ご心配をおかけして申し訳ありませんでした。途中からの参加となり、ここまで奮闘してくださった横下プロと迫水プロには心苦しく感じています。おふたりのがんばりを無にしないよう、誠心誠意クラブを振りたいと考えています」

 ありがとうございます。
 大空選手からもひとこと!

「えっと。がんばります。それと、必ず金ピカのメダルをもぎ取って帰るので期待していてください!」

 おお、頼もしい! 金メダル獲得宣言!
 以上、開会式を終えたばかりのロサンゼルス・メモリアル・コロシアムから、大空選手と水守選手でした。ありがとうございました!

「いよいよだね美月ちゃん。ギリギリ間に合ったと言うべきか、ギリギリ維持できてると言うべきか」
「ええ。練習不足でなく、それでいて運動機能の低下もなく。完璧なタイミングとなりました。泣いても笑っても一回きり。せいぜい楽しむことといたしましょう」

第38話

 日本のみなさんこんばんは。
 時差が16時間あります地球の裏側のカリフォルニアは、ただいま午前10時を回ったところです。第34回となりました2028年ロサンゼルス夏季オリンピックは、6日目を迎えています。
 先ほど女子水泳の自由形の予選が行われ、日本の宮原が2位で準決勝通過を果たし決勝への進出を決めました。VTRは出るでしょうか。
 VTR出ませんか。
 VTRは出ないとのことですので続いては、まもなく本日の競技が開始されるペアゴルフ。ファストゴルフのペアから、ニッポンの大空・水守ペアの1回戦のもようをお伝えしてまいります。

 はい。代わりましてリビエラゴルフクラブよりお伝えいたします。
 本日の解説を務めますのは元プロゴルファーで現在全日本プロファストゴルファー協会理事の上野真冬さん。
 コースレポートは全日本ゴルフツアー機構会長兼シニアプロゴルファーの赤井勇さん。
 進行はわたくしフリーアナウンサーの高木翔でお送りします。
 今日からはまたこの布陣ですね。よろしくお願いします。

 はいよろしく。

 やっぱりこのメンツが一番安定感あるわよね。よろしくお願いしますぅ。

 ありがとうございます。
 さて、日本は一次予選であります団体戦の東アジアGブロックから、2位での決勝進出を果たしています。オリンピック本戦ではペア毎に分かれての2次予選リーグが行われ、1位のみが決勝トーナメントに進出できる仕組みでした。
 このあたりの変則ルールはファストゴルフの特徴的なものですが上野さん、どのような経緯で策定されたものでしょうか。

 いきさつぅ?
 日本はこの協議からは外されていて、事実がどうであるかは定かでないとだけ先に言っておくわ。なのでこれは私見よ。
 ペアゴルフは、奇跡の一打が出ると番狂わせが起きやすい競技と言われているのはご存知かしら。たしかにそうよね、キャリーオーバーがある状態でチップインなんかが出ちゃうと大量ポイントが得られるもの。
 きちんと強い国や団体を決勝に出られるようにしたいのであれば、リーグ戦かつ団体戦にするのは理にかなってる。サッカーのワールドカップみたいなルールよね。

 真に強いゴルフ強豪国が確実に決勝に進められる仕組みがとられていると。

 そう。
 それでも大陸ごとに分かれているから、ゴルフが盛んでないブロックからも本戦に進出できるのはありがたいことなの。そこがオリンピックのいいところ。
 テレビやスマホで自国の選手のがんばりを見て、将来のスター選手がゴルファーを志す。これがオリンピックの醍醐味なのよ。
 でも、あまり大きな声では言えないのだけれど、元をたどれば欧米の列強のために作られたルール。今回に限って日本が助けられる形になったのは皮肉以外のなにものでもないわね。このルールじゃなきゃ日程的に水守ちゃんと大空ちゃんはオリンピックに出場できなかった。やっぱりあの子たちは運命の子たちよねぇ〜。

 おっしゃる通り、なにか運命めいたものを感じずにはいられません。
 さて、ここで簡単に水守と大空についてご紹介いたしましょう。
 ふたりはともに高校の2年生。長崎県立長崎東西高校に通う、現役高校生アマチュアペアゴルファーです。
 昨年夏の大会で1年生ながらみごと全国制覇を成し遂げて、オリンピック出場の権利を得ました。
 ところが大会中に水守の体調問題が浮上、その後も強く尾を引き、本年度の春と夏の両選手権については参加を見合わせています。

 んま、今年の夏の大会はオリンピック後よね。
 春は舞浜学院が連覇を達成したわ。本人たちは長崎東西の不在が不満だったようだけれど。

 すばらしい内容での全国制覇でした。
 その間水守はリハビリに徹し、大空は迫水プロらと同道して海外で調整。そのためふたりを欠いた長崎東西高校は、残る在校生で選手権に挑み、長崎県大会の決勝で惜しくも敗れました。

 2年生で主力となるはずの水守ちゃん大空ちゃんが不在でのこの着順は胸をはっていいと思うわ。だって全校生徒20人いないのよ? 後進も着実に育っているわよ長崎東西は。
 夏もそうだけど、現1年生には学年がひとつ上がる来年度の活躍にも期待したいわね。

 水守・大空ペアの魅力はなんと言っても独自に開発したデュアルショット。大別すると2タイプあり、なんらかの障害物に当ててはね返したボールを再度打つ技と、水守が大空を後方から包むかたちでボールをふたりで打突する技です。
 これらの技の初披露から早1年がたちました。今までにマネをするペアが現れないことから、かなりの難度の技であると推定できますが。

 そうなのよ。競技ゴルファーはともかくとして、SNSでも動画サイトでも出てないの。あってもCG全開のネタ動画ね。
 それより問題なのが、リフト系と違ってテクニカル系は難易度を低く見積もられがちなこと。ぜったいにそんなことないのに。
 あのはね返ったボールを打つ技術、的確に狙った場所へはね返す技術、それとボールをミートする瞬間だけサポートする技術。あれらはあのふたりにしか為せないショットだと断言するわ。普通に考えてあんな打ち方は不可能なの。
 PGAはぜったいに認めないのだけど、少なくともF難度はあるはずよ。

 おお、F難度も。
 F難度に数えられます技は、世界でも数えるくらいしか存在しません。

 それをあの20世紀頭どもは、Cぃいいいい!?
 ハァアアアアアあああああああああああ!?
 あの大技をちょっと見るなりあっさりCって。
 すぃ。なにそれ。
 だったらやってみなさいってのよ、マネしてみなさいな! あんな持ち上げてブンまわす方がよほど簡単じゃないのよさ! 力持ちなら誰だってできるっつの!

 あのう、上野さん?
 もうそれくらいに……。

 そうよそうそう、二宮ちゃんたちのもEとか、ふッざけんじゃないってのよ!
 ふたり同時にボールに当てるとか、振ってるクラブにあとから追いつくとかがどれだけ難しいことをやってるのか、アンタたち本当に理解できてるわけェ!?

 上野さん!?
 上野さん!?
 もうそれくらいにしませんか?

 ゼエ、ゼエ。
 ごめ……。
 ごめんなさいね、つい。

 いえ、未来ある若き選手たちのために憤っているのですから。
 ですが少しだけトーンを落として。

 そ、それもそうよね、今から大事な大事な大空ちゃんたちの決勝トーナメントの第1戦が始まるんだもの。
 あ。
 でもね、技名がついたのよ、正式国際名が。二宮ちゃんたちの同時打ちにはYAMATO、追いつき打ちにはMAKOTOってね。ちまたでは先にツインショットとかドライブタイガーとか、本人たちが高らかに宣言しないから勝手に名前がついちゃってるけど。

 おお!
 では、水守や大空の技にはどんな名前がつけられたんですか?

 ……ないわ。

 え?

 ないの。

 それは。
 ええっと。

 水守ちゃんたちの技はどれもC難度だからないの!
 なんだってのよ! ふっざけんじゃないってのよオオオオオ!
 だいたいなんで————

 まだまだ上野さんの怒りが冷めやりませんので、ここで一旦、これまでの戦いをVTRにてふり返ってみましょう。
 あ、痛いです上野さん。
 痛いです!
 VTRどうぞォ!

 ペアゴルフは今大会から正式種目となりました新競技です。レギュラーゴルフと比べて短時間で終わるのが特徴のひとつであり、各選手は1日あたり1試合が組まれています。
 各試合の平均競技時間はおよそ2時間。選手の体調管理は比較的整えやすい競技となっています。
 予選はオリンピック開会式までに世界各地で実施されました。世界の国と地域をブロックごとに分け、西欧ブロックを勝ち上がるとA代表、東欧はB代表、北阿はC、南阿はD、西アジアE、中央アジアF、東アジアG、オセアニアH、北米I、中米J、南米K。
 全世界から本戦に進出しましたのは、11のブロックからそれぞれ上位2カ国選出の22カ国、66のペアになります。
 その後66組のペアは16のブロックにふり分けられ、4組あるいは5組で総当たりの2次予選リーグを実施しました。ここで日本の桜井・角野ペアは残念ながら敗退となり、一方で二宮姉弟と大空・水守ペアの2組が決勝トーナメントに駒を進めています。
 この2次予選5日間の舞台となりましたロサンゼルス・カントリークラブを離れ、本日から3日間はリビエラ・カントリークラブにて決勝のトーナメント戦が実施されます。
 なお、通常の国際大会から本大会へはいくつかのルールに変更が加わりました。およそ日本国内のペアゴルフも国際大会準拠で行われてきましたが、オリンピック開催にあたってさらに変更が加わったかたちです。
 その中でも大きなものをご紹介いたしましょう。
 もはや一般認知度も上がってまいりました3秒ルール。日本では従来、このように規定されてきました。『ペアを組む2者のスイングは、3秒以内に終わらなければならない』。
 こちらがオリンピックルールではこのように変化します。『ペアを組む2者の打突は、ボールが動き始めてから3秒以内に終わらなければならない』。
 つまりは、日本のルールでは昨年度まで、最初にスイングを始めてから、ペアを組むもうひとりがスイングを終えるまでを3秒と規定していました。これを元にして興ったさまざまな国や地域の大会ルールがあり、国際ルールはおよそ大陸ごとに違うものとして林立していました。
 その中でも競技人口が多数を占めたのが通称、新3秒ルール。最初の打突から最後の打突までを3秒と規定したものです。オリンピックではこの新3秒ルールを採用しました。
 変更点の2点目。
 オリンピックのために考案された、オリンピックで初めて採用された新ルールがあります。それは通称Vホールアウト方式。
 簡単にご説明しますと、いわゆるサッカーのVゴールと同じものとお考えください。
 サッカーのVゴールでは延長戦にもつれこんだ際に得点が決まった時点で勝利が確定しますが、ファストゴルフでは同打数でグリーンに乗った際、どちらがよりカップに近かったかで勝敗が決します。
 これまで同ポイントのままイーブンが続くと何ホールでも続くケースが散見されました。これで本当にファスト競技なのかと議論が巻き起こったと言います。
 世界大会でも最長13ホール決着の記録があり、日本でも今夏の高校生選手権の2回戦で9ホールの熱闘が繰り広げられました。この対策としてオリンピック委員会が新規採用しましたのがVホール方式となります。

 それじゃパチンコじゃないの。
 Vホールアウト、ね。

 失礼いたしました、Vホールアウト方式です。
 両者がともに2ポイントないしは2.5ポイント、あるいはキャリーオーバーを加えて3ポイント以上が見込まれる状態で並んだ次が自動的にVホールアウトのホールとなります。

 本当にごめんなさいね、席を外しちゃって。

 いえ。

 もう大丈夫よ。お化粧も直したし。
 おほん、えっと。
 補足するわね?
 導入が噂されていたセンサーボールに関しては、どうも製造が間に合わなかったらしいのよね。今のところとくに発表がないのがその証拠。おそらく従来と同じ、普通のゴルフボールが本大会では使われているわ。
 日本だって夏大会から新3秒ルールに準拠して、センサーボールだって導入したってのに。
 つべこべ言わずに日本製のボールを受け取っときゃいいのに、自国生産にこだわるからこうなるんじゃないの。まったく。

 なるほど、打診はされていたんですね。

 それと、満を持して投入することになった水守ちゃんたちペアだけど、復帰に際しては否定的意見もあったの。このまま横下プロ迫水プロでなにが悪いんだって。

 はい、私も聞き及んでいます。

 でもね、この交代劇は両プロの希望でもあるのよ。
 ひとつは国内戦に集中したい。賞金王争いで大切な、獲得賞金の高い大会がこの会期中に2つも行われるのよ。オリンピックと来年の戦いを秤にかけた結果ね。
 もうひとつは、たとえどんな結果を残すとしても、若いふたりに経験を積ませてくださいって。そうふたりのプロに頼まれちゃった。だからそれを了承するかたちで水守ちゃんたちの投入を決断したわ。
 たしかに彼女たちの復帰を望んではいたけれど、故障者でも出ない限り交代させるつもりはなかった。決して既定路線じゃなかったの。
 だから決めたのはアタシ。この決定を非難するのならどうぞアタシまで。
 受けて立つわよォ〜?

 そこはどうか、話し合いにてお願いします。
 なお、メダル獲得を決める3位決定戦と決勝戦についてはペブルビーチ・ゴルフリンクスにて別途行われます。ゴルファー憧れのペブルビーチ、日本人選手にはぜひそこまで残っていてほしいものですが。
 しかし上野さん、リビエラCCの諸元を見ていて驚いたのですが、7483ヤードとあります。これは本当の数字でしょうか。昨日までの開催地でありましたロサンゼルスCCでは1万2702ヤードでした。半減とまでは言いませんが、かなり少ない数字であることだけは確かです。

 それが冗談じゃないのよ。その上でタチが悪い。
 きちんと背景があってね、説明するわ。

 お願いします。

 海外のトップ選手たちがくり出すデュアルショットが常軌を逸してるのはもう、説明するまでもないわよね。

 はい。

 選手の飛距離と、コースヤーデージのアンバランスさ。
 過渡期の一時的なものと認識してはいるのだけれど、選手の飛ばせる距離とコース距離の均衡が崩れてて、世界ではもうティショットによるグリーン乗せっこ大会になっちゃってるの。
 それで開催地に内定していたゴルフコース側は去年から一大事でね。オリンピックの晴れ舞台で簡単なコースと笑い草になるわけにはいかないものだから、はりきって拡張しちゃって。
 そこ行くと伝統あるコースはさすがよね。工事をせずとも見事に拡張をなしとげたわ。

 それはいったい?
 どんな方法ですか?

 簡単よ、隣のホールとくっつけちゃうの。
 パー4とパー3なんか、くっつけちゃうだけですぐに800ヤード級のモンスターに化けちゃう。
 しかも隔てる林なんかはそのままボールをはばむ障害として機能するから、遠くから乗せるのが難しくなるぶん難易度は上がるわよね。建物なんかはコース中ほどでも、グリーンの手前でもかなりの邪魔な存在になるはず。
 だから全18ホールが一気に9ホールに激減しちゃってるってわけ!

 あ。本当ですね、確かに全9ホールとあります。誤植かと思っていました。

 ファストゴルフだからよ。どんな名勝負であったとしても9ホールもあれば十分決着がついちゃう。

 ははあ。
 ではコースレイアウト図のこの囲い、これはくっつけたホールを示していたんですね。

 横にくっつけたホールもあれば縦もあるわよね。これなんか90度折れ曲がってるわ、ドッグレッグってわけ。
 地元選手にはおなじみのコースでも、この条件で攻略するとなればかなりの歯ごたえがあるんじゃないかしら。

 なるほど、おっと。
 選手が顔を見せました。2次予選Hブロックをみごと勝ち上がったニッポンの水守と大空が、ティグラウンドに姿をあらわしました。
 顔色はよさそうに見えます。
 2次予選リーグは4組総当たりのブロックであったため、5組のブロックが最終戦を戦う昨日は休養日となりました。

 5組のブロックは二宮ちゃんたちが受け持つかたちになったわね。

 まあ、そこは抽選による偶然のめぐり合わせですから。

 それでもさすがは双子ちゃん、連日の試合に疲れも見せずあっさり3ホール連取、みごとに2次予選を突破してくれたわ。

 ふたりとも高校3年生ですから。まだまだ若くて元気です。
 水守・大空ペアとしても、二宮姉弟の勝ち上がりは安心材料になったことでしょう。気兼ねなく決勝トーナメントを戦えるというものです。

 このままいっそ決勝で、日本ペア同士の対決にしちゃったらいいのよ。

 いやあ、実にいいですね。ペアゴルフは夢が広がります。

「ねえつばめさん」
「んう?」
「ふふ、わたくしたち運がいいんですって。もしそうなら、この年齢で大病を患うことなどないはずなのですが。つばめさんは自らを運がよいと感じたことはありますか?」
「運?? もしかしてまたX見てた? 運なんて、そりゃあよくないでしょ。もしいいんだったらお母ちゃんは死んでないし、今でもお父ちゃんは健康で漁師をやってる。美月ちゃんだってそうでしょ? もしそうだったならこんなに苦しんで銀髪になることもなかった」
「でも本当に運が悪かったなら、つばめさんとの出会いも、つばめさんといっしょにゴルフをすることもなかった」
「難しいことを言うね美月ちゃん」
「結局のところ、与えられた札で勝負するよりないのです。今さら富める家庭に生まれることも、極端に貧しい家庭に生まれることもできません。スタートはそれぞれ違うのです。もちろん備えた資質も。わたくしは運動機能が徐々に失われるというマイナスの資質を持って産まれました。これを運と呼ぶのなら運ですよ、運命です。その上でどう生きるか。結局はそこなんじゃないでしょうか」
「だね。ボクはそれを言語にすることが長くできなかったけど、今それを聞いてガキャーンと型にはまったよ。完璧に。これを運命と呼ぶのならやっぱり運命だ。だから美月ちゃん、ボクたちが金メダルを獲るのもきっと運命にしよう!」
「そうですね。いずれ、そう遠くない将来に失われる命ならば、せいぜい燃やし尽くしてから返上することにしましょうか」

 さあ、水守と大空の間でなにごとか交わし、目の色が変わりました。これまで年相応の態度を見せていたふたりが一時高校生の衣をぬぎ、競技ゴルファーに姿を変えたところで対戦相手の登場です。
 対しますのは、東アジア予選を1位で通過し、難なく2次予選Gブロックをも易々と突破してみせた中国です。強力なリフト系のデュアルショットを持つ強豪中国が、早くもニッポンの高校生ペアの前に立ちはだかります。

 いきなりのアジア対決とはね。でもね、見てなさい?
 水守ちゃんと大空ちゃんは日本の秘密兵器。中国はその存在をどれほど知っているのかしら?
 きっと勝てるわよ、あのふたりなら。だって我らがニッポンのエースだもの。

「最初っからきっついなあ。アジア予選1位通過の中国、それもエースペアとはね」
「どの組も2次予選を通過してここにいるんですよ? 楽な戦いなんてこの先あるわけないじゃないですか」
「それもそっか」
「ソロゴルフではレギュラーもファストもパッとしない中国ではあるのですが、どうやらペアゴルフでは勝手が違うようです」
「そうらしいね。どうせあれでしょ、リフト系」
「あら、よくご存知で」
「うんにゃ、想像だけ」
「あらら」

「よう、リーベンの子どもたち。ヒョロイのとチビか、予選の時は見なかったな」

「中国語ですね。さすがにわかりません」
「なんて言ってるのかな? メイ・ウィー・スピーク・イングリッシュ・ウィズ・ユー?」

「オーケー。挨拶と、初見だなって言ったのさ」

「予選の時は秘密特訓中だったものでね」

「迫水と横下はどうした。見なくなったが」

「帰ったよ、ボクたちにあとを託してね」

「託された? 逃げ帰ったの間違いじゃないのか? おじょうちゃんたちで彼らの代わりになるのかな?」

「もちろん」

「ハッ、いい返事だ。期待してるよ」

 なにごとか短めに交わした日本と中国。
 中国がオナーです。中国代表のユゥ・ハオランが素振りをし、チャン・ムーチェンが伸びをしています。
 すでにボールはティアップしたあと、あれはおそらくショットルーティーンに入っているのでしょう。

「意外な特技があったものですね。まさかここまでつばめさんの英語が流暢だとは」
「えへへ、隠してたつもりはないんだけど。そんなに披露する場面ってないじゃない? ずっと船の上だったから、船員の人とは日本語より英語の方がよかったんだぁ」
「そこに生い立ちが重なるのですね……」
「そんな深刻に受けとめるの禁止〜」
「はい、そうでした。先ほどの中国の方、ずいぶんと挑発されていたように感じましたが。それで合っています?」
「ああ、うん。だいたい合ってる。あっちの人が言った通りにあいさつだったんだと思うよ。ちょっとだけキツめのね。でもこれくらいでびびってなんてやらないから」
「そうですね、むしろこちらのショットで驚かせてやりましょう」
「だね!」

 元々は雑技団出身のふたり、ユゥとチャンです。
 3年前に趣味が高じてゴルファーへと転向、国内の大会でめざましく順位を上げての今大会。ペアゴルファーとしては今がピークとも言える状態でオリンピックに臨んでいます。現在もっとも怖い、勢いのあるペアのひとつです。

「近くで見て、さぞ驚け!」

 ユゥがチャンに向かって全力で走ります、手前でロンダート!
 さながら体操の床競技、この試合でも出るのか、彼ら必殺の!
 チャンが組んだ両手で着地のユゥを受けとめて上空へと跳ね上げる! ユゥはクラブを掲げました!

「フォォォォッ! 双頭龍!」

 落下中に打ったァァァー!
 伸身の宙返り、その途中でクラブを振りぬいたのはユゥ! そして彼を地面との激突寸前で受け止めたのはチャン! 中国最強ペアのデュアルショットが第1打から炸裂ゥーーーー!

「ッ! 映像では何度も見ましたが、やっぱりでたらめですよあんなもの。ヘッドの軌道を見ましたか? スイングアークの大きさたるや、もはや異常な領域ですよ」
「考えたね……。今までに見た誰よりも破天荒だけど、誰よりもペアゴルファーなんだ。行動がすべて飛距離につながるようにできてる」

 リビエラ・カントリークラブ、4番ホール588ヤード・パー4。パー3とパー4を横にくっつけたこのホール。国内ならパー5に数えられそうな距離でも海外ではパー4どまり。
 比較的短く林も気にならない、境界を超えてややフェード気味に飛ぶボールの着地点は?
 乗せてきたっ!
 広いグリーンをゆうゆうと転がる中国ボール。中国ペアは1番ホールから1打でグリーンに乗せてきました!

「どうだ!」

 さあ日本の水守と大空です。
 勝ち誇った表情で場を空ける中国とは対照的に、入れ替わりでティグラウンドに立つ日本のふたりはたおやか。あえて目線を合わせません。

「強いですね、さすがに」
「ふふん。まあね」

 ついこの前まで負けそうで頼りなかったあの子たちが、今はこんなに心強いだなんて誰が想像できたかしら。
 安心してあとを任せて帰った迫水プロ横下プロしかり、復活を世界にアピールした2次予選しかり。
 もちろん1打で乗せてみせた中国もすごいわよ。でもあの子たちが、ここで負ける気がまるでしないの。
 見せておあげなさいな、あなたたちの青春の輝きがどんなものか。まぶしくって、直視なんかできっこない輝きを。

 直視できていないのは上野さんじゃないですか。
 おっと?
 もしや、早くも泣いていらっしゃる?

 だべだのよう!
 もうなんが母親目線ずぎで!

「このホールはどうしよっかな?」
「第4でいきましょう」
「ほぉら、やっぱり名前があった方が便利でしょ」
「ふふふ、たしかにそんな会話をした覚えがあります。それに叫んだ方が遠くへ飛ぶと」
「もちろんじゃない。今日だってはりきって大声出しちゃうよォ?」

 何事か発した大空に対して水守から大きめの笑みがこぼれる、リラックスしてのぞむニッポンペアです。
 中国の1オンに少しも動揺していない様子。あれから1年で見ちがえるほどの成長、実に頼もしく写ります。

 女子三日会わざれば刮目して見よ、だな。
 それは窮地での奇跡の一打を示すだけじゃない。落ち着きはらって放つ、当たり前の一打を当たり前に打てることだってそうなんだ。いや、彼女たちの場合デュアルショットそのものが常に奇跡の一打なんだが。

「第4の奥義!」
「バイアフリンジェンス・オブ・イーグルッ!」

 いったーッ!
 昨年夏に佐野で誰しもの度肝をぬいた、ティマーカーを利用した反射打ちが世界の舞台で初披露ーッ!

「なんだあれは!?」

 どうよ世界!?
 目にも見よ! これが真のニッポンのエースよォッ!

 大空の打球は風以外では曲がりません。まっすぐにグリーンへ向かって、飛びゆく飛球には安心感すらおぼえます。
 あとは飛距離がどうかですが?

 そこも数々のホールをドライバーで乗せてきた彼女たちだもの、当然。
 ほら見てよ。あのティグラウンドで確信してたたずむ、ふたりの安心しきった面持ちを。大空ちゃんなんかボールを見ずに片づけに入っちゃってるじゃない。

 乗りました! ニッポンペアも1オンのイーグル!
 ドスンと落ちたボールのランは少ない! この打球の高さも、硬い海外のグリーンで確実にボールを止められるこのペアの強みです。

 まるでアイアンみたいな高さで飛んでいくものねえ。
 本来高い打球は風には弱いのだけどね。でもあのペアは上手に風を読むから。

 さっそうと歩み出します、5番ホールへ。

「フン。やるじゃないか」

「そっちこそ」

 まずはスタートホールをイーブンとしました。双方0.5ポイントを獲得し、コネクテッド5番ホールへと向かいます。
 一旦CMです。

第39話

「このホールは2打目が勝負だ。ドッグレッグ、90度もの足折れがあるホール。木々だったら上や下を抜く選択もあるだろうが」
「ここは崖だもんなぁ。大人しく迂回して2打目の勝負にするか」

 あっさりと打ちました、中国はレイアップ。
 300ヤードをコースなりに進めて2打目勝負です。

「チイッ!」

 っと、着弾地点で変なキックがあったぞ。あそこからだと2打目はチャレンジングだな。
 コース右なら600ヤードくらいだったものが、落ちてからフックしたからそのぶん遠くなって650ヤードには増えただろう。650では、さしもの中国も届くか届かないかの勝負ショットになる。

 では中国は2オンが厳しい状況、逆に日本はチャンスになります。

「ふうん、逃げたんだ」

「あぁん?」
「逃げた、だって?」

「コースなりを選んだ時点であなたたちの負けだよ。だってボクたちは上を行くもん」
「そうは言いますがつばめさん、どうやって?」
「まあまあ、ボクに任せて」

「どうやら相棒すらわかってないみたいじゃないか」
「お手並み拝見といこうか」

「美月ちゃん、あの崖はOBじゃないんだよね?」
「そのはずですが」
「だったら行こう、ショートカット。仮設から第5に昇格した奥義でいくよ」
「第5で!?」

 水守が抜いたのはウエッジですね。ティグラウンドでウエッジはもっともポピュラー、おそらくサイクロンの構えです。

 でもひところよりは減ったわよねぇ。日本国内ではまだまだ根づよい人気のサイクロンも、リフト系の隆盛で世界では今や下火、プロでサイクロン使いは淘汰されつつあるもの。

 それより見てくれよ、彼女たちを。サイクロンはサイクロンかもしれないが、スタンスがあらぬ方向を向いてるぞ。

 あらま本当!

 丸っきりグリーン方向を向いていますね。まさか崖越えを?
 直線距離は700ヤードとそれほどではありませんが、崖の標高を考えますとそれに加えて打ち上げを考慮せねばなりません。いかな多彩なデュアルショットを持つ水守・大空ペアと言えども、900ヤード級のショットは不可能なはずですが。

 でもそのまま打つわね……!

「そいやーッ!」

 打ちましたニッポンペア!
 しかしこれはあまり距離が出ていませんね?

 レイアップっぽいわねえ。ちょっと考えにくいのだけど、どうも崖の上に置きに行った可能性があるわ。どんなライかもわからないのによく挑戦する気になるわねえ。しかも1ポイントがプールされた状況でよ?
 もっと慎重な試合運びをお願いしたいのに、なぜかそんな気になれない。あのふたりには常に可能性を追求してほしいとさえ感じちゃう。それもあのペアの魅力のひとつかしらね。
 アタシって誰よりも冷静に指導しなきゃいけない立場なんだけど!

 ハハ、ファンとして応援する上野さんと、日本ファストゴルフ界を背負う上野さんとで葛藤があるんですね。
 ボールは無事に頂上へ落着、果たしてライは大丈夫か?

 ドローンがジャッジよりも先に見に行くようね。

 飛びゆくボールをあらかじめ捕捉してありますから、ドローンは正確にボールの直上に待機して映像を送り、場所を指し示します。

 あれができるだけでも御の字よね。探すのってほんとに大変だもの。
 あとはボールが新3秒ルール対応型だったら言うことないのに。そこは旧来のジャッジによる判定なのよねえ。えこ贔屓がのちのち出ないか今から心配よ、アタシは。

 ドローンの映像が届きました。
 どうやらライは悪くないようですね。前方も開けており、グリーンを狙える位置です。これはニッポンのチャンス!
 カートを捨て、徒歩で登ってきましたのは水守・大空ペア。

「どう? うまくいったでしょ?」
「そうはおっしゃいますが。草が生い茂っていたらどうするおつもりだったのです?」
「いやあ、これほど木が密集していたら草は成長しないと思って。あとは幹が前方を塞いでいないかだっただけ。なあに、簡単な推理だよ美月くん」
「急に探偵になりましたね」
「枝に引っかからず地面に落ちさえすればチャンスだよ。ふわふわの落ち葉がいい感じでティアップしたみたいになってて打ちやすそう。どう? 状況は違えど、ここの見下ろしってあの時に似てない?」
「それを下から見上げただけで判断したんです? 頼もしいと言いますか、呆れると言いますか」
「えへへ、褒め言葉として受け取っておくかんね。それより打っちゃおう? わざわざ一緒に登ってくれたギャラリーの人たちも待ってるよ?」

 屈伸をくり返す大空には、あれしきの丘はもの足りなかったでしょうか。

 ゴルフバッグをふたつも担いで? いったいどんな足腰してんのよ。

「でしたら病み上がりのわたくしにも気づかってほしいものですね」
「なに言っちゃってんの、おじさんからは万全だって聞いてるよ? むしろカートに乗ったままだと楽しちゃうからって、歩かせてって言われてるんだから」
「父がそんなことを? ふぅ。ボールは以前と同じ無回転で? それともバックスピンを?」
「とびっきりのバックスピンを。着弾したらランが出ないくらいの」
「承知しました」

 さあ水守が小さく打ち上げるようです。しかし強振。ボールはほあんと、やわらかく打ち上げた!

「あとは任せて!」
「いいえ、父が言うにはわたくしも万全らしいので」

 ふわっと上がったボールを水守が追い越して!?
 手に持つクラブをうち捨て、大空の背後へと走ります!

「っとと?」
「第5の奥義!」
「あは! ドッグレッグ・デストロイヤー・オブ・イーグル!」

 ここで二人羽織ショットが出たァーーッ!
 矢のように放たれたボールはまっすぐにグリーンを目指す!
 今日のコース、グリーンは相当硬いコンディションだが!?

「どんなにグリーンが硬くったって、ボールより硬いはずない! 荒鷲よ、そのするどい嘴で突き刺されえっ!」

 行ったか!?
 まるでグリーンのものとは思えない高音をマイクが拾いましたが? ニッポンボールの着弾音か?

「えっと……。あれあれ!? 嘘、だよね?」

 リスクを恐れない大冒険のニッポンペアでしたがしかし、無情にもボールはグリーンの外へ出ます。

 まるでカート道に当たった時みたいに跳ねたわよ。冬に凍ったグリーンへ乗せた時みたいな。
 悔しいわ、よほど硬く締まっていたのね。

「いえいえつばめさん、どうぞご自身のショットに自信をお持ちになって。わたくし中途半端な回転をかけた覚えなどありません」
「じゃあ!?」

 いや違う!?
 砲台グリーンののり面を、急坂をボールがかけあがっています! 強烈なバックスピン!

「なんだと!?」

 思い出したかのように逆走を始めたボールは果たして、平らになる面まで届くか!?

 ゆけるわよ! あの勢いならきっと!

 グリーンのカラーから最後のひと転がり、傾斜でころりと内側へ?
 乗ったーーッ!
 乗せたぞ水守・大空ペア! ドライバーショットでの猛烈なバックスピンにより2オンに成功!

「やりましたね!」
「さすがは美月ちゃん! ナイスぅ!」

 そうか、勢いよく跳ね返ったのならかけた回転もそのままよね!
 バックスピンってことはあの水守ちゃんの打ち上げか。そんなに回転をかけていたのねあの子。いよいよ本調子みたいじゃない。

 いやあ驚きましたね。
 病後のリハビリもしっかりと、以前の試合勘も戻って強い水守が帰ってきました。

 どんどん化け物じみてきた大空ちゃんと合わさってもはや敵なしね。中国最強ペアには悪いけど少し役不足かしら。

 さあ波にのるニッポンペアが丘を下ります。ゴルフバッグをふたつ背負った大空が、なんと水守をお姫さま抱っこして駆け下りる!?

「キャアッ!」
「あはは! それそれそぉれぇ〜い!」

 あきれた。
 水守ちゃんは同年代と比べて軽い方だとは思うの。でもゴルフバッグふたつを加算すると相当よ?
 いったいどんな足腰をしてるのかしらあの子。

 中国は残り650ヤードを乗せるのは至難、このホールはこのまま日本が奪取するでしょう。
 そうなりますと、ほほえましいニッポンペアが一挙に2ポイントを獲得。合計2.5ポイントとして6番ホールへと。一気に有利に立てます水守と大空!

第40話 

 昨日の中国戦ではコネクテッド5番ホールにて、本来障害物である小高い丘の上へ乗せる奇策に出て、しかもそこから見事なショートカットに成功。中国が2オンを逃すと早々と2.5ポイントを先取。そののち危なげなく続く6番ホールをイーブンとすることでまとめ、勝ちを収めました。
 堂々のストレート勝ちで決勝トーナメント2回戦に進出した水守・大空ペア、今日の戦いではどんな新体験をもたらしてくれるのか。
 ついに世界の8強が出そろいました。これまでで残っているのはアメリカ、イギリス、ブラジル、南アフリカ、コスタリカ、ソビエト、それとニッポンの二宮姉弟、水守・大空ペア。
 かなり絞られてきたなか、ニッポンのみ2つのペアがベスト8進出を決めています。

 8ペア中の2ペアが日本なんて、まるで夢みたい!
 これはもう、メダルが見えたとゆってもいいんじゃないかしら。

 本日の水守・大空ペアの対戦相手はブラジルです。2次予選Cブロックを1位で突破してきたのは南米の雄ブラジル。北米2位、2次予選F組を1位で通過したカナダのエースペアを破っての準々決勝進出でした。
 このあたりは番狂わせといったところでしょうか上野さん。

 ところがそうでもないみたい。

 と言いますと?

 2位通過とはいえゴルフ大国の一角を占めるカナダの、頂点に君臨する選手たちを退けてのベスト8入りだもの。ブラジルの実力は本物よ。
 英語圏でダークホースだなんだと騒いでいるのはお門違いよね。国がゴルフをやるんじゃないもの、結局は個々の力、ペアの力が全てを制す。南アとかコスタリカとか面白そうな国も残ってるし、決勝はイギリス・アメリカってなるかどうかわからないわよ? それこそ我らが日本かもしれない。

 近年GDPの躍進めざましいブラジルは富裕層でゴルフが流行、そこに生じた新たなスポーツ・ファストゴルフ。今やブラジルはゴルフ場が次々と建設されるゴルフバブルの様相を呈しています。

 んま、なるべく人里から離れない、地形を生かした開発をお願いしたいかしら。
 おっと、これは余計なお世話だったわね。日本も高度経済成長期があるから人のこととやかく言える立場じゃないものねえ。

「君らクワドラプルイーグルを出したんだろ? 聞いたぜ」

「んう!?」

「クワドラプルっつったら? オストリッチか?」
「ああ」
「おーおーおー、なんかのニュースで見たなそれ。狭いジャポンのコースでの話だろ? たかだか1000ヤードちょっとでパー8など、チャンスホールとしか言いようがないぜ。世界ペアの規格ならパー6がせいぜいだ。それならいいとこアルバトロスだな」
「そうは言うが現役のハイスクール・ガールズがだぜ? オレらがあれくらいの歳の時にどんだけ飛ばせたよ」
「なるほどな、認めざるを得んか。まあよろしくな、今日は楽しく回ろう」

「ほーい」
「はい、よろしくお願いいたします」

 それにしてもブラジルは変なデュアルショットを使うのよね。大丈夫かしらあの子たち。調子を乱されないか心配よ。

 そうでした。
 対戦相手のランダル・ランドール選手とカルロス・ウォレス選手の操るデュアルショットは異質、珍しい部類に入るテクニカル系のものです。

 二宮姉弟が去年までよく使っていたデュアルショットに近いわね。化け物みたいな動体視力が必要なやつ。
 あれを見てE難度にランクづけした委員は感性が腐ってるわね。いくら見た目が地味だからって、そのショットの難易度が下がるわけないじゃないのよさ!

 おっと、技難度の件は再燃させないでくださいね。

 ふしゅるるる……!

 ドウドウですよ上野さん。
 ドウドウドウ、ドウドウドウ。

「なんだか普通だったねブラジル代表。ふたりとも普通の身長で普通の体型。奇抜なのは髪型だけかな?」
「たしかにすごい編み込みでしたね」
「あそこまでしたらほどくこともできないんじゃないの?」
「きっと呪術的な類いのものでしょう。飾りつけも堂にいったものがあります。部族の戦士とかじゃないでしょうか」
「なるほどね、戦いの装束か」

 さあブラジルからのティショット。
 ここはシンプルにサイクロンできました。飛距離は出ていますが、グリーン手前はかなり登っています。
 落ちたところで2バウンド、3バウンド。そのまま止まりました。ブラジル代表オンならず。50ヤードを残します。
 ここは日本、1番ホールからチャンスとなりました!

「よぉし、チャンスぅ! かっ飛ばしちゃうもんね!」
「いいえ、ちょうどの飛距離でお願いします」
「ほーい」

 体調が万全の水守は見ていて安心感があります。昨年の夏、大会中に考案したであろうデュアルショットも、今となっては安定感をおぼえます。

 このあたりも成長というのだろうなあ。
 いつかに俺が『彼女らは成長しない』と評したのを取り下げよう。彼女らはまだ発展途上だった。
 まだ10代なんだ、まだまだいくらでも成長はできる。教えてもらったよ、飛距離やスコアだけでない成長を見せてもらってる。

「第2の奥義・改! ブロークン・マリオネット・オブ・イーグル!」

 行ったーッ!
 これもいい球、しかし水守・大空ペアのボールはブラジルペアよりも高ァーい!
 これは期待できそうです。

 いいわね、すごくいい!

 グリーンへ落着!
 ランは出ますが大きなグリーン、そのまま止まって。ニッポンペアが1オン! 1番ホールをイーグルとしました!
 これでまず1ポイント先取——

 とはならないのよねぇ、ブラジル代表の場合。

 そうでしたそうでしたブラジルペアにはあの、デュアルショットがあるんでした。

「このホール勝ったんじゃないの? どうしてギブアップしないんだろ。もしかしてアプローチで直接入るのを期待してのことなのかな? ボクたちの全国大会決勝のように」
「いいえそう単純では。あの方々にはあの方々独自のデュアルショットがあります」
「デュアルショットぉ!? もう1打目は打っちゃったじゃない、ここは1オンできなかった時点でギブアップじゃないの? このうえどんな2打目を打つってのさ」
「見ればわかります」

 水守は承知して緊張の面持ち、逆に大空は楽観が過ぎる印象です。

 あの子たちらしいわね。どうせ大空ちゃんは相手ペアの情報を知らないのよ。

 そのようです。
 さあブラジルは2打目地点からの第2打。
 直接入れるつもりのブラジル代表。
 ここでウォレスがパターを抜きました。ランドールはクラブを持って眺めるだけ。

 ウォレスはパターもクラブセットに入れているのね。ファストゴルファーにしては珍しいわ。

 ウォレス打ちました。フェアウェイからの、グリーン外からのパットです。50ヤードもあるが?
 上りのイーグルパット、距離もどうか?
 そうとうな強振、転がりゆく先はカップから若干逸れています。思ったよりも傾斜がきつかったか、ラインには乗っていません!
 そのグリーン上を転がりゆくボールに向けて、ランドールがクラブを構えます!

 まるで槍投げのよう。いよいよ出るわね!

「出ますよ……!」
「まさか、あれがブラジルのデュアルショットォ!?」

「……狩る!」

 ランドールがクラブを投げた! グリーンのそばから全力で、槍のような形状をしたクラブを投射!
 放たれたクラブはグリーンに串刺し! 当たったボールの軌道をわずかに修正したァ!
 出ましたこれがブラジルペアのデュアルショット!
 逸れていたボールはふたたびの生を得てカップに向かう! 描かれるは完璧な弧、ラインに乗ったボールは?
 カップイーーーーン!
 ランドール、逸れたパットを見事にカップ近くで修正してみせたァーーーー!

 何度見ても信じらんないわ。

 俺もだよ。今日なんか間近で見たってのに。
 あんな軌道を変える程度にボールに掠らせる技術。しかもグリーンへはルール上立ち入ることができない。だからクラブを投げて行う必要があるんだが。
 いったいどんな精度でクラブを放っているんだ?

 赤井さんも放送席も混乱の極みです。
 同じく間近で見守った水守も険しい表情、それ以上に大空の顔色は深刻です。

「なにあれ!? あんなのがゴルフなの!? デュアルショットなの!? それ以前にクラブって、放り投げてもいいんだっけ!?」
「ええ、ルール上は。ですが投げて飛んでいるボールに当てることができるのは、その結果として適切にボールの軌道を変えられるのはおそらく、あのランドール選手だけですね」

 堂々たるイーグル。カップに入れてのイーグルはなんとも誇らしい。言わずとも顔に表れていますブラジルペア。

「悪い、待たせたね」
「さあイーブンだ。2番ホールへ行こうじゃないか」

「う、うん……」

 クラブそのものの形状は従前よりも自由になったの。制限されるのは素材と重さと長さが主。あれもPGAが承認しているもので間違いないわ。
 投げることに関してもとくに制約はないの。元々は手から離れたクラブに当たった場合に対しての、罰則の緩和措置だったのだけれど。まさかあんな解釈をされるとはね。

 拾ったクラブをランドールへ返すときに拝ませてもらったんだが。
 シャフトがヘッドの中央に均等についてたな。しかもボールを打突するような平面が一切ない。
 あれは最初から投げるのを前提とした形状だった。ウエイトバランスからしてもゴルフクラブのセッティングとはまるで違う。おそらくは槍投げの槍に近いんじゃないだろうか。
 そのうえさっきの投擲で使ったのはヘッドとは反対の、本来はグリップである側。まるでビリヤードのキューのような先端をしていたな。

 レポートありがとうございます赤井さん。
 投擲専用のランドール選手のクラブは世界広しといえど彼のみのものでしょう。すさまじい選手が出てきましたねペアゴルフに。

 そうね、いっそペアゴルフでなきゃ輝かない選手。ペアゴルフで大成するために現れた選手なのかもしれないわ。
 でもね、日本だって負けてないわよ?
 大空ちゃんは金属製のクラブを振れない選手、水守ちゃんはグリーンに乗せるまで何打も何打もかかる選手よ。あの子たちだってペアゴルフが存在しなければ日の当たる場所には出てこれなかったかもしれない選手たち。
 たしかにブラジル代表の力は恐ろしい。でもね、ニッポンのエースペアだって負けてないんだから!

 おいおい上野くん。どこを誇ってるんだ、どこを。

 CM後は2番ホールから、双方0.5ポイントの状態から勝負を見守ります。

第41話

 さあ1番を終えて2番ホールへとやってきました。
 先ほどはニッポンが勝ち越しかという場面、そこで出たのがアプローチを修正するブラジル特有のデュアルショットでした。

 3秒ルールを越えてしまうから修正可能なのはほぼアプローチ限定だけなのに、なかなかどうして汎用性のあるショットよね。昨日までの記録を見れば、打ち出しからOBへ向かうミスショットはフェアウェイへ。バンカーから外したのをグリーンに乗せ、クリークへ落ちようとするボールは止めてしまう。
 意外と3秒でできることって多いのかも。

 そうはおっしゃいますがドライバーショットにクラブを当てるのは至難どころか奇跡に近いものです。それを可能にするランドールの妙技。
 これまでイーブンを続けてきてはいますが、一度でもニッポンペアがグリーンを外そうものなら牙をむいて襲いかかってくる、そんな恐ろしさがブラジルペアにはあります。
 このコネクテッド2番ホールではブラジルが目の覚めるようなクリーンヒットをし、日本ボールを大きく突き放しました。

 あれはほんとによく飛んだわよね。いったいどこまでって、早く落ちろって思ったもの。

 ちょうどいいところに強めの追い風が吹きました。時折そのような、突風とまでは言わない程度の強い風が海から吹きます。このホールは海に背を向けていますので、より風の恩恵を受けます。

 海からは少し離れているのにね。それでもこの季節にはそんな風が吹く。日本もうだるような暑さの中でこんな風が吹いたらっていつも思うのだけど、吹いたら吹いたで髪が乱れたって文句を言うのだから始末に置けないわよねアタシたちって。
 にしても、大空ちゃんたちは運がなかったわ。アドレスしている時にあれだけ服がはためいていたのに、いざボールが飛ぶ段になったらピタリと。
 なんの嫌がらせなのかしら。

 そのため日本からの2打目となります。比較的まっすぐなこのホール、さほど難しくはありませんが。

 風をどう読むかよね。この場合、吹くと読んで弱めか、吹かないと読んで強めか。中庸が最適解なのは間違いないわ。

 このホールのグリーンはドスンと落とすと止まらない。向こう側にこぼれるんだ。そうかと言ってバックスピンを強くかけると手前に戻ってくる。
 手前から転がしてになると、どうしても風とは向き合わなければならない。意外に難しいホールなんだ。
 グリーンキーパー側からしたら、いつも遠くからポンポン簡単に乗せられてばかりじゃ名がすたる。ホールの最適な難易度は彼らに委ねられているからね。

 さあニッポンペアはどう攻めるか。
 打ちました水守と大空、これはいい!
 手前から転がってグリーンへと!

「届け!」

 乗ったーッ! またも遠くから乗せてきたニッポン!

 あれはまずいわよ。

 え!?

 手前の傾斜は相当あるわ。簡単にゆうとドーム状なのよ。最低でも段の上には乗せないと。

 ボールが引き返した! 戻ってきます!
 非情にもどんどん加速してしまうと!?
 ああ〜、ファーストカットまで戻ってしまいました。
 一度はオンしたかに見えた日本の第2打は、惜しくもグリーンの傾斜に戻されてオンならず。

「クゥッ!」
「ドンマイですつばめさん」

「この勝負、もらったな」
「ああ」

 これは大ピンチよ。

 おっしゃる通りです。ブラジルはこれからが第2打。さらには彼ら特有のデュアルショットもあります。もちろん乗せればキャリーオーバー含めて2ポイントが一挙に。ニッポンがいきなり窮地に立たされることになります。

 こうなってはできることなんて何もないわ、相手のショット次第ね。2打目で多少のミスが出ることがあっても、3打目で直接入れられては帳消しになる。
 大きなミスじゃないと。OBとか、ガードバンカーに捕まるとか。

 運命を確定させるブラジルの第2打。
 綺麗な放物線はグリーン手前にピタリ。

「乗れッ!」

「止まれエッ!」

 迷いのないスイングから飛び出したショットはわずかにショートしました。大空の口からは願望が漏れて。危ないところでした。

 ヒヤヒヤよぉ、乗ってたら終わりだったわね。

「チイッ! 最後の最後で吹き戻しとか。風のやつ、今日は味方になってくれるんじゃなかったのか」
「まあいいじゃないか、これで3打目のカップインはほぼ確実だ。その点ジャパンはアプローチに我々ほどの精度を持っているとは思えん」
「だな。がぜん有利に違いない。しかし油断は禁物」
「もちろんだ」

 若干遠かったブラジルからのアプローチ。
 ウエッジですね、ふわりと上げて。

「これくらいの距離はひとりで決めてほしいものだが」
「おまえがうしろに控えていると思えばこそだ。頼む」
「承知した」

 転がり始めたボールに対し、ランドールの鋭い投擲! クラブがカップの真横に突き刺さりましたッ!
 ボールが転がってくるのを待つ構えか!?
 カップを一回転したボールが思惑通りにクラブに当たって!? カップに吸いこまれましたァ!
 やはり決めてきたぞブラジル代表ペア!
 ニッポンこれでかなり苦しくなってきました! 高校の県予選からずっと負けなしできた水守・大空ペアがついに、世界の舞台で散ってしまうのか!?

「すごいと評判の日本もこんなものか。まるで苦戦しなかった」
「ま、こんなもんだろ。プレッシャーに負けたな。学生にしてはよくやった方だ」

「果たしてどうかなぁ。もう終わったと思ってるんなら大間違いかも」

「ほ。君らもこの距離を沈められる技を持っているのか? だったら見せてみろ。打った私がいうんだ、ここのグリーンは絶望的に難しい」
「ただのアプローチなら誰にでもできる。一縷の望みにかけて一か八かで打つのならやめておけ。恥ずかしい思いをするだけだ。完璧にねらってカップに入れる、それができるのならやるがいい」

「もちろんそうするよ。打ちましょうとも」

 値千金の活躍を見せてここまで勝ち進めましたニッポンの水守と大空。このホールを落とすといよいよ厳しくなります。
 あれほどまでに輝いたペアが、ほんの一打が届かないだけで敗れてしまう。スポーツとは時に残酷です。

 ちょっと待って!?
 水守ちゃんじゃなくて大空ちゃんが打つつもりみたいよ!?

 アプローチの名手水守でなく、大空がですか?

 そうみたい。水守ちゃんは後ろに下がってる。どんな考えがあるの?

 コース上のふたりの考えを計りかねます。
 ここで大空が持ったのはやはりドライバー!?
 彼女がたずさえているのはドライバーです!?
 ビュンビュンと元気よく素振りを始めましたが……。

 まさか一発ドカンと記念に打つつもり!? どこへ向かって!?

 ルール上は問題ありませんが、さすがにマナーとしてどうかと。

 なにより危ないわよ。まだコースでプレーしているペアはあるし、ギャラリーだってたくさん居るもの。ジャッジは止めた方がいいのかも。
 そんな子たちじゃないとは信じているのだけど。ヤケクソになったのかしら。
 ああ! ここからじゃ間に合わない!
 赤井さん! 彼女を止めてください!

 なにを止めろって言うんだ、バカバカしい。
 つばめくんが打つと決めたのなら、外野は黙って見守りなさいよ。
 いくら若者とはいえ分別のある彼女たちだ。オリンピックを冒涜するような行為なんかしないに決まってるじゃないか。
 あのマン振りは気になるが、俺は信じて待つよ。見届ける。

 そう……でしたね。
 アタシったらほんとバカ。一度決めたんだもの、最後まで見届けなきゃ。たとえどんな結末になろうとも。

 い、息を呑みます。
 さあニッポンの大空。ここからどんなショットをくり出すというのか。
 彼女のドライバーは一切曲がりませんが、グリーンのすぐ脇でいったいどんな。

 一切?
 曲がらない?

「美月ちゃんあのね、結局夢の中で会ったおじさんたちに決めてもらった名前にしたよ」
「んむ? どうぞご随意に」
「秘技! イッツ・ア・スモール・ワールド!」

 小さく、コツンと打ちました!
 打ち出しが速い! ボールはあっという間にグリーンを、っとノーバウンドでピンの根元に当たって!?
 は!?
 入りました! ニッポンペアがブラジルに続いてのチップインバーディ!
 なんと! あの大空が!
 まさかの出来事、アプローチを苦手とする大空が水守のお株を奪う一打でした!

「ナイスイン、さすがです」
「えへへ、あんがと」

「へえ、あんな打ち方を。やるじゃない」
「ちょっとでも当たりどころがずれたら大オーバーだぞ。無茶しやがって」

 しかし上野さん、驚きましたね。

 どうせ落とすのならダメ元で打ったうえで落としたい。その気持ちならわかるわ。
 でもあの子たちには十分な勝算があったみたい。普通に考えたらここは水守ちゃんよ、あの夏の大会を見た人間なら全員そう答える。でも打ったのは大空ちゃんだった。
 これはどういうことかというと、水守ちゃんですらあそこからのチップインは至難だった。1パーセントとか2パーセントかしら。100回とか打ってやっと1回入るくらいの。
 それを大空ちゃんが入れた。それも自信満々に。たぶん50パーセントよりも高い確率で打ったんじゃないかしら。

 あの水守ですら最大2パーセントのところを!?
 大空が50パーセント以上の確率でですか。

 理解できないのも無理ないわ。
 普段の大空ちゃんには逆立ちしたって入らない距離。広いフェアウェイにトンと置くショットと、小さな小さなカップに入れるのはまるで違うから。
 大空ちゃんならむしろ200ヤードくらい離れた方がゼロじゃないってくらい。だからあのアプローチは本来彼女にはゼロパーセントのはずだった。
 それを入れたのなら。
 だったら可能性があるとしたらアレしかない。

 アレ、と言いますと?

 ただのゾーンなら一般人でも誰でも入れる。極限まで集中できればね。あの子のはそうじゃない、それだけじゃあのアプローチは入らない。
 あの子はたぶん、あの庭園に招かれたのだと思うの。資格のある人間にしか訪れることのできない、ゴルフの名手が集まるとゆわれる伝説の庭に招待されたのよ。

 ええっと。
 なんの説明が始まったのでしょうか。

 アタシもそこに行ったことがあるのではないの。日本人では赤井さんが全盛期の時に一度だけ、迷いこんだことがあるって聞いただけだから。

 それが伝説の庭、ですか。

 白昼夢の類ね。
 まあいいわ、忘れて? アタシも妙なことを口走った自覚はあるの。それくらい今の一打は異質で、それくらい素晴らしかった。
 大事な局面で日本人選手が負けるのは何度も見てきたけれど、それをぜんぶ払拭するような起死回生の一打だった。
 もうね。アタシ胸がいっばひ。

 放送席ではまた上野さんが涙ぐまれております。
 さあこれでまたイーブンを重ねました決勝トーナメント第2回戦ニッポン対ブラジル。スコアは互いに1ポイントで、キャリーオーバーは2ポイントが蓄積された状態。
 しかしピンチの状況は続きます。同じ打数の場合、どちらがよりカップに近かったか。カップイン率ナンバーワンのブラジル代表を相手に、次は自動的に勝者が決まるVホールアウトでコネクテッド3番ホールを競うことになります。

第42話

「思ったより曲げられちったねえ」
「実際に来て見て感じることもありますからね。ティグラウンドよりもこのあたりは風が強いです。ここは想像していたよりもひらけていて、木々がありませんでしたから。誤算ではありましたが、逆に吹いている可能性もありましたし、右のOBを考えればここに飛んでしまうのはやむなしですよ」

 若干風に押されてフェアウェイ左に流されました。グリーンはドッグレッグの右方向。当初彼女たちが想定していたよりはおそらく、長く距離が残っていると思われます。

 そうなんだよ、GPSによる計測ではボールからカップまではおよそ640ヤード。だからグリーンエッジでもだいたい625はあるだろう。どうにか届かせてほしいが。
 もしまた乗らないなんてことがあると、2番ホールの二の舞になる。

 ピンチを脱したところでまたピンチになるんですか。いえ、すでにそうなっているのですが。
 どちらにしても勝負どころになりそうです。

「あちらさんもホールの左を沿うように進んじゃってるもんね。今のところ」
「あちらもセンターセンターで進めたくとも苦労しているんですよ。午後になって強くなった風とフェアウェイの傾斜が近道の右へと行かせてくれないんです」
「だよね。んで? どうしよっか、まだ600とちょっとありそう」
「乗せましょう、そうしなければおそらく負けます。わたくしたちが4オン1パットになれば、あちらは4打目でチップインするのですから」
「となれば、なんとしても3オン1パットにしなきゃ。できる?」
「もちろん。やりましょう、これでメダルが見えてきます」

 さあニッポンペアがアドレスに入ります。

「どうした、そんな怖い顔をして。ここの4打目でまた勝負といこうじゃないか」

「いえ、そうしてしまえばこちらに分が悪いので。それに先ほどのホールのような奇跡はそう何度も期待できませんから。どうにかしてこの3打目で乗せられないかと思案しているのです」

「見たところまだ600以上あるぜ? 届くのか?」

「わかりません。ただ、ここで挑戦をしなければ負けるのだけはわかっています。ですから」

「そうか。ではお手なみ拝見といこう」

 いいえむしろ、よ。
 ピンチが去ってチャンスあり。
 水守ちゃんたちは当然見切っているわよね。

 ?
 何を、でしょうか?

 サイクロンじゃもう勝てない、って新しい格言を高木クンは聞いたことがあるかしら。

 いえ?
 ですが今大会をかえりみてそのようには感じています。サイクロンを主力技として用いているペアはすでに、ブラジルともうひとつをのぞいて去りましたから。

 その感じ方は正しいわ。
 世界がリフト系ショットに移行しつつあるのはこれまでに何度も述べたとおり。ショットの進化から取り残されつつあるテクニカル系の中でも、最古に分類されるサイクロンがたったの数年で通用しなくなったのはもうみんな感じてる。
 絶えずアップデートできる者だけが生き残れる分野ってあると思うの。その中にあってブラジルが示したテクニカル系の深化は特筆すべきものだった。だけどやっぱり淘汰されちゃう部分はどうしても存在するのよ。

 それがサイクロン使い、でしょうか。

 その通り。
 彼らが飛距離を出すためのデュアルショットでサイクロン以外を操れないのは幸運だった。彼らの痛い脇腹はこのホールなの。
 さっきはどちらも2オンを逃す展開で、彼らのデュアルショットには最適のホール、日本が大ピンチだった。
 たぶん今度はその逆をブラジルが味わうことになるわ。ここは噂の1マイルホール。大空ちゃんたちは無理さえすれば3打目がたぶんグリーンに届くの。ブラジルは4打目にしてなお、大きく距離を残すはず。それがサイクロン使いが世界の飛距離競争に取り残された最たる理由なのよ。

 たしかに。コースが長ければ長いほど打数の差は開く一方です。
 そのギャップを埋めるために編み出された狙撃ショットも、補正が効かないほど距離を残した状態とあっては。

 そう、3秒を越えての補正はできないの。グリーンで待ち構えて修正することはできない。3秒って、案外短いのよ。
 あとはあの子たちがそれに気づくか。
 ブラジルに対して、届くか届かないかの距離では常に負ける恐れがある。逆に言えば、ブラジルにはどうしても手が届かないホールってあるのよ。飛距離に限ってはありがたいことにニッポンペアの方に分がある。
 だからそれに気づいているか。
 気づいていて、このホールで勝負をかけられるか。
 そして彼女たちにこれまで用いてきた技の中でも、とびっきりの飛距離のショットを3連続で出せるか。それにかかってるわ。
 ほぼ負けに等しかったこの勝負を拾った直後、それしかないと絶対に気づいていてほしいのだけど。

「美月ちゃん、どう? やれそう?」
「さあどうでしょう。わたくしの覚悟のことでしたら問題ありません。ですがつばめさんのお身体が心配です」
「なに言ってんのよぅ。こんなの1回くらいでどうにかなるわけないって。ボクたちが持つ奥義の中の最長距離砲、これを温存して負ける方が問題だってば」

 たぶん大丈夫だろう。
 ここまで2打続けて渾身のデュアルショットで来ている。他のペアと違い、それほど連発ができないデュアルショットを使って、だ。
 第3打だってもちろん、きっちり狙ってくるに違いない。

 なるほどです、ここまでの2打はそういった覚悟のショットできていたんですね。

 さあ、例によってフェアウェイには跳ね返してくれるものはないわよ。どうする?

「さあ」
「そうですね、ここで躊躇したらこの1年間の苦痛もリハビリも、トラウマも宇宙素材も意味を失う。やりましょう、やらずに後悔するくらいならやって後悔しましょう」
「なに言っちゃってんの。やって後悔なんてボクがさせないよ?」

 おっと!?
 まるで二宮姉弟のようにアドレスしましたが?

 ボールをはさんで鏡合わせに立ったわね。

 水守も大空も右ききです。新ショットのために左打ちを練習したのでしょうか?

 それならどちらかの手に握られているクラブが左用でなければならないじゃない。どちらもふだん使いの右用、ツインショットじゃないわ。
 だったらどんな? やっぱり新打法が出るの!?

 まさか!
 私たちはあの陣形からくり出される恐るべきショットを知っています!
 昨年の夏、佐野で!
 あれを用いた北端商業の小泉は手がしびれてクラブをにぎれず、鈴木は前腕の骨にヒビが入りました。

 まさか!?
 アレを!? ここで!?
 自爆ショットをこの場面で!?

「いくよ美月ちゃん!」
「偽典・第6の奥義!」
「オポジット・ミラーズ・オブ・コンドル!」

 いったァーッ!
 これはすさまじいショットになった! 長崎東西の、失礼。水守・大空ペアの放ったボールは、っと?
 距離は届きそうだが!?

「やはり方向性に難がありましたね……」
「未完成でもなんでも使わなければ負けるだけ。どうせ負けるんなら全力を出し切ってから。これでグリーンを外すんならあきらめもつくってもんだよ」

 少し飛んでいる方向が違うな。打った本人たちも気づいている。
 あれはダメだ。曲がっていくんじゃなくて、最初から飛ぶ方向が違ってる。
 OBにはならんだろうがグリーンには乗らんぞ。

 赤井さんのご指摘のとおりです。打ち出しから左に引っかけるかたちで飛び出したボールは、大空特有の曲がらない弾道でまっすぐにグリーン左のラフへ向かって飛んでいきました。
 一打罰で打ち直しとなる右のOBに比べたらマシではあるのですが。

 ここでオンを逃すとなると一気に苦しくなるわね。

 さあボールは?
 アンジュレーションの激しいホールですから、当たる角度によっては戻ってくる可能性も大いにあります。ボールが止まるまでは、グリーンオンの可能性はゼロじゃないんです。

 んぅん?
 やや曲がってきたわね!?

「海風!? ここで吹く?」
「曲がる!? 曲げられちゃえ! グリーンまで!」

 いつものように高い高いボール、一度曲がりはじめたそれは自然と弧を描きます! まるで導かれるようにしてグリーン方向へと! 砲台グリーンのエッジへと落着、無事に旅して傾斜をのぼります!
 本来横っつらですから逸れてゆくところ、曲げられたぶんななめから。万全ではありませんが坂をのぼります!
 わずかでもグリーンにかすりさえすれば!? どうだ!?

 乗っただろ! あれは絶対に乗った!

 ジャッジの判定は!?
 目に鮮やかなグリーンフラッグ!
 水守・大空ペアが見事に3オンを成し遂げました!
 いやあ、北端商業の自爆ショットかと思いきや、やはり新型ショットでしたね。

 本人たちは偽典などと表現していたな。方向性に難のあるショットなのだろう、未完成なんだ。
 美月くんがつばめくんに対し右ななめ前の超至近からショットし、即座につばめくんが打ち返す。安全な自爆ショットってところかな。

 あんなムチャな打ち方をしてあの程度しか曲げないのはさすがだわ〜。てゆうか、ななめにまっすぐ飛んでいったわね。
 ともあれ、1マイルホールを3オンで攻略は立派な世界レベルよね。そこまでの選手へと立派に成長した。ううん、オリンピックの準決勝で戦っている時点で十分世界レベルなんだけど!

「風を味方につけたか。神風が吹いたか?」
「いや、自然と共にある者こそが真のゴルファーだ。でなければ我々はギャンブラーに負けたことになる。我々はゴルファーに負けたんだ、違うか?」

 ここでなんと!?
 試合終了です!?

「え!?」
「どうして!? なんで!?」

 なんとブラジル代表ペアがこのホールのギブアップを宣言、水守・大空のペアが準決勝進出を決めました!?
 放送席からは詳しい状況をつかめていませんが、ブラジルがギブアップを決断したもようです。ブラジルペアにどういった判断があったのでしょうか?

 そうか。
 彼らはすでに3打目を打ち終えている。ニッポンペアが3打目をオンさせて4打でホールアウトした今、ブラジルペアはなんとしても次の4打目をインさせなければならない。

 チップインしかないと。

 そのとおり。
 ブラジルはまだグリーンまで270ヤードは残している。当然だが、彼らもグリーンにオンさせること自体は可能だ。ところが、あそこからじゃ全力で打とうが3秒ではグリーンに到達しない。
 二宮姉弟が使う彼女らがアインと呼ぶショット、あれの最大射程が150ヤードだ。それもドライバーを用いて。
 グリーンを通り過ぎるドライバーの打球を射落とすのが可能だとしても、グリーンまでに3秒以上かかるとあってはやりようがないんだ。

 なるほどですね。

 ブラジルはずっと1マイルホールを苦手としてきたわ。それはたかだか1ホールの、1ポイントの話ではあった。ところがこの勝負では違ったの、直前までキャリーオーバーがずっと発生していたのよ。こうなると長距離砲をサイクロンしか持たないペアはきついわね。世界はもう、600ヤード時代なのだから。
 これまでブラジルはいつでもチップインして試合をひっくり返せるぞと、プレッシャーを相手に与えることで試合を優位に進めてきた。でもそのプレッシャーは時に、追いつめた相手を覚醒させることもある。
 まさに窮鼠猫を噛む、ね。今回はその好例よ。

 試合内容的には終始押され気味であったのは否めません。試合巧者はブラジルペアでした。
 しかし勝ったのはニッポン! 1マイルホールを3オンの4打、コンドルで攻略した水守・大空ペアが準決勝へと進みます!
 ついにメダルが見えてきましたね。

 そのためにはもうひとつ勝たなきゃ。次も強いわよ、順当にいけば対戦相手はイギリスになる。

 今大会の優勝候補の一角ですね。そのイギリスも残すのは最強ペアのみ。日本の最強ペアと、おそらく勝ち上がってくるであろうイギリスの最強ペアが準決勝でぶつかります。

「コングラッツ!」
「負けたよ。1マイルの3オンは立派な世界レベルだ。日本は早くも3オン時代に対応したな」

「いえ、無理をしてやっとだったのです」
「そうそう、もう腕とか手首とか痛くて痛くて」

「おいおい、ここで根を上げないでくれよ」
「その通り。我々を打ち負かしたのだ、必ずや頂点へ。君たちにならできる、だろう?」

「まあね」

「頂点まであとふたつだ。せいぜいがんばってくれ」

「ありがとう」
「ありがとうございました」

 勝ちましたニッポンの水守と大空。しかしめずらしく表情が晴れません。

 あと2回。あと2回なのよ。
 あの子たちが無茶をしなければならないのはあと2回。お願いだから無事に終わって……。
 今回の決勝打もかなり無茶をしたのだと思うのよ。どこも痛めていなければいいのだけれど。あの表情がそれを物語っているような気がして。
 ちょっとだけ心配だわ。

 苦戦を強いられましたがどうにか、ブラジルペアを退けた水守・大空ペア。次の、勝てばメダル獲得が確定する大切な一戦は、明日のこの時間にお伝えいたします。

「果てしないね山々が」
「6000メートル級を克服したと思ったら、ここより先は8000メートル級ですからね。世界最高峰とはこれほどに高い」
「虎の子の偽典まで使わされてしまって」
「もうあとがありませんね」
「でも進むしかない。うしろにはもう、道はないんだ」
「ええ、4年後にも道はありませんしね。今ここにだけある道を踏みしめて向かいましょう、頂点へと」

第43話

 二宮姉弟の準決勝に期待です。
 続いては、ペアゴルフのもうひと組、大空・水守ペア。の前に。
 準々決勝第2試合ではたいへんな波乱が待っていました。なんと英国を撃破しうるペアが存在したのです。
 退けたのは今大会の台風の目、ソビエト。イギリスを倒して準決勝進出を決めたのは、新進気鋭のソ連ペアでした。大空・水守ペアは準決勝でソ連とぶつかることになります。

 驚きましたわぁ〜。
 まさか当代最強と謳われるイギリスの、それも過去最高の仕上がりを見せていたハンプトン選手とグレイシャー選手のペアを破るやなんて。しかも番狂わせかと思いきや、しっかりと競るだけの実力を持っていて。
 敗れたイギリスすらも納得の結果で、固い握手で締めくくった名勝負でした。
 今大会のベストバウトはそれ、我らが日本も数々の名勝負を生んどりますが、さすがに勝たれへん思いましたわ。
 上野さんも讃えた二宮姉弟のベストバウト、それをわずか数時間で塗りかえられるやなんて誰が想像できます?
 とにかく手がつけられへんくなっとりますわ、今年のソビエトペアは。

 ソビエトのゴルフ界は、ファストゴルフが隆盛したのと時を同じくして盛り上がっています。トップ選手のみならず、ソ連全体のレベルの向上を感じています。

 国民性とファスト化の波長が合ったんとちゃいます? 寒いからなるべく早く終わりたいとか。知らんけど。
 長い歴史のあるイギリスやアメリカは、逆にファスト化に出遅れた感がありますわ。アタマ堅いんとちゃいますやろか。

 いえ、ゴルフ先進国がレギュラーゴルフに固執している事実はなく、実際はファストゴルフとレギュラーゴルフ間での競技人口の交換が起きています。
 ファストゴルフから入った若者たちが、それを入り口として格式と歴史のあるゴルフに目新しさを感じて流入しているケースも多くあるようです。

 ははあ逆に。若い人はレギュラーゴルフにも流れとるんやね。
 せやけど現状、レギュラーで名を馳せている名選手のファスト転向は少ないんとちゃいます?

 そんなことはないと思いますよ?
 おっしゃるとおり数自体はまだ少ないですが、レギュラーゴルフの現状に閉塞感を抱いていたトップオブトップの選手たちが、新たなフロンティアを目指して幾人か移籍したのはご存じありませんか?
 転向組はすでに頭角をあらわし、特にペアではオリンピック本戦出場国の半数以上がレギュラーからの移行組です。ソ連は頂点に君臨する皇帝チェレンコフが、アメリカも素性こそ明らかにしていませんが、トップ選手が参画しているとの情報もあります。

 あー、それでか。
 なんか今の説明を聞いていたらわかったような気がしてきましたわ。
 つまりあれですね、頂点にいる選手ほど維持をくり返すだけの現状に満足できひんくなって、新しい分野に飛び出していったってことやないんかなあと。漠然とそう思いましたわ。

 その感じ方は正しいかもしれません。
 4大大会制覇を達成したら以降はダブルグランドスラム、トリプルグランドスラムですからね。競う相手含め目新しさは失われるでしょうから。
 そういった意味でも競技としての盛り上がりは過去最高潮のファストゴルフ。頂点に立つ選手ほど未開のフロンティアに惹かれるのかもしれません。
 中でも黎明期を抜けようとしているペアゴルフには、きらめきと申しますか一瞬のまたたきのような、猛烈な勢いを感じます。

 これは日本のペアに限っての発言だったかもしれへんのですけど、赤井さんは隕石と、上野さんは流れ星と表現されとりましたね。

 まったくその通りです。
 誤解をおそれずに表現するなら、まだ洗練されきっていない、未熟な部分を残したままの甘酸っぱい旬の時が今なのかなと。
 以降の大会はさまざまな選手の流入があり、若手の成長もあって盛り上がるのは間違いありませんが、技は画一化され、飛距離が平準化された競技へと移り変わっていくはずなんです。他の歴史ある競技がおしなべてそうであるように。
 今が一番多彩で、非効率的で、魅力的で、波乱があり、ミスがあり、ミラクルがあり、なにより見ていて面白い。ペアゴルフの今はカンブリア紀なんですよ!

 それですわ、それ! カンブリア爆発!
 面白いに全振りしているペアゴルフは、だから今が最高なんですわ!

 一種類の最強の戦車だけを集めた戦車道になんの面白味がありましょう。軽快さや鉄壁さで役割分担をするからこそ生まれる戦術があり、各チームの特徴があります。
 しかし球技の宿命である以上いずれ洗練されて失われてしまう輝きが、今のペアゴルフにはあるんですね。

 あ〜、やっとこ腑に落ちましたわ。
 っと、ソ連に関連して語ってしもたけど、大空選手・水守選手も最高でしたよ! ブラジルペア撃破の準決勝進出おめでとうございます!

 この試合で初披露となった安全自爆ショットは、非力なペアのひとつの答えになるのかもしれませんね。
 使いこなすには鍛錬とペア同士の信頼が不可欠ですが、いつか長崎東西ペア以外にも使い手が登場する可能性のある、比較的難度の低い打法です。

 緑川さん、長崎東西言うてはりますよ?
 いや、おふたりとも在校中ですから間違うておらんのですけども。

 これは失礼いたしました。

 しかし僕も同意見ですわ。あのデュアルショット群が一代で終わっていいはずがない。なんならニッポンのお家芸になってもええんとちゃいますか?

 はい。
 体格に恵まれないゴルフ選手には、ひとつの解答になると思うんですよ大空選手や水守選手の考案したデュアルショットは。
 将棋も柔道も、新手・新技を編み出した当人以外が用いればモノマネです。でもいいじゃないですかモノマネで。まず志し、次いでモノマネをし、勝って、その先でオリジナルを生み出せれば。
 彼女たちの活躍に続く若い人たちの台頭を望みます。

 ま、大空選手たちご本人もまだまだ若いし、活躍しますけどね!
 金メダルまであとふたつです! がんばれ大空選手! 水守選手!

 以上、スポーツでした!

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