見出し画像

ペアゴルファーつばめ 第1話

 我が校に嵐がやってきた。
 もちろん解散した人気アイドルグループではなく、風雲児に対する比喩の方に決まってる。

「お願いします! キャプテンと対決してもし勝てたなら、レギュラーをゆずってくれませんか!」

 なんてこった、まさか無策で挑むとは。
 なんたる暴挙、なんたる直球勝負。さっき彼女の背中を押した手前、こっちまでがおもはゆい。
 主将に対して折目正しく、お辞儀をするのは転校生で新入部員の。

「大空《おおぞら》さん? ええっと?」

 おい、こっち見んな。
 そりゃあ言われた側も面くらう。私と大空の顔を交互にみるほど混乱している。
 そんな目をするんじゃないよ、私とて同じ気持ちなんだ。こっちなんか同じものを2度みせられているんだぞ。

「オリンピックに出たいんです! 金メダルを獲らなきゃならなくって! そのためにはどうしても、夏の大会で全国制覇しなきゃならないんです! 全国大会に出るには県大会で優勝しなきゃならなくって、県大会に出るには地区大会に優勝しなきゃで、地区大会に出るには学校の代表にならなくちゃで。だからお願いします!」

 肩で息しちゃってまあ。
 長崎にある小さな島の小さな高校は、部活動が必修となっている。そのときどきでサッカーだったりラグビーだったりと流行りはあって、ところが我が校において団体競技で人数の枠に足りた試しなし。当時は6人制ラグビーですら足りなかった。
 だから基本は流行しているスポーツをかじるだけ。
 だがそれでいいのだ。むしろそれがいいまである。
 用具に触れ、世の流行の空気を感じて楽しむ。心と体を育む、体育の一環なのだ。大会出場もままならない過疎の学校ならばそれもひとつの正解にはなる。
 ところが今年だけは異なるらしい。
 やや季節はずれとなる、ゴールデンウイーク明けの5月から我が校に転入してきた1年生女子、大空つばめ。彼女の編入と入部により、空気がガラリと変わってしまった部活動がある。それは。
 今をときめくペアゴルフだ。

「あああ、勘違いしないでくださいね!? ボクはここにきて日が浅いですけど、キャプテンのことはものすっごく尊敬してます! 明るくって、人気者で、ゴルフもうまい。背も高くて。本当にいい先輩だなぁって思っています!」

 自身が思いの限りでぶち上げた挑戦状にひるんだか、一応のフォローを添えた。
 さもありなん、ついこの前まで中学生だった寄るべない転校生が、もう少しで参政権も得る3年生の主将に向かって楯突いているんだ。
 まあよくある話ではある、若者たちの学び舎では。

「でも」

 例にもれず、持ち上げた先にはやはり続きがあった。
 彼女の側にも引くに引けないものとやらがあるらしい。苦しい状態からもう一歩、さらに転校生は踏みこんだ。やはり争うつもりがあるらしい、輝かんばかりの熱い眼差しとともに。

「今年じゃなきゃダメなんです! だからお願いします! もし勝負してボクのペアが勝てたなら、夏の出場権をボクたちにください!」
「そう言われてもなあ。先生は——」

 当然承知のうえだ。大空がこうしてぶち上げる前に顧問である私のところにきた。
 快活で明朗、こちらが驚くほど遅れている勉学をとりもどすのにも精力的で。何より裏表がない。
 その裏表のなさがわざわいして、今は裏目に出ているが。
 ん?
 裏表がないのに裏目とは?
 ともあれ、ケンカをするでなく、上級生へ部活内容に関して上申しているだけなのだからとくに咎めることもない。
 これだから人間劇場のるつぼ高等学校は。今年は行事の少ない5月から、早くも面白くなってきた。

「——すでにご存じってことか。どうせ『好きにやってみろ』って言われたんだ。それで好きにやってみたってとこかな?」
「はい。でもすごいですね、なんにも説明してないのに。さすがはキャプテン」

 つまりはこうだ。
 夏の全国大会に出場するには全国高等学校一律、1校あたりの枠がある。
 ペアゴルフは2枠4人。
 男子ソロが2枠2人。
 女子ソロも2枠2人。
 我が校の部員は男女合わせて総勢6名。
 幸いにも、普通に決めたら全員がいずれかの競技で出場がかなってお釣りがくる。ところが、こうしてペアにだけ全員の人気が集中してしまえば、やらせてくれ降りてくれなんて事態に陥る。
 順当にいけば部内で1番の実力者ペアである2年の玉田と岡崎、次点の今年卒業していなくなる3年生ペア海藤と主将の柏木で決まりだ。それで文句が出るはずのない部内から、こうして物言いがでた。
 要するに、残っているソロの水守と、新しく入部してきた大空とでペアを組むということか。それで2番手である3年生ペアに勝負を挑んだ。
 大空は先週から入部して今日でまだ10日とたっていない。だがすでに彼女の能力は全員の知るところ。入部の歓迎会がわりに本土で18ホールを回らせて、6人中6番手であった。
 つまり最下位である。その程度の実力しか持たない彼女が、転校してきて10年ぶりに会った水守とペア組み、上級生を倒すという。
 まあまあの無謀だわ。若いのぉ。
 そもそも相棒にはこの一件に対する諒解を得ているのか?
 その当事者のひとり水守美月《みずもりみづき》はダンマリを決めこんでいる。
 否定でなく推進でなく。ただなりゆきを見守っている。彼女にはそういう消極的なところがあって、いや、それを指摘しても事態は収まらない。
 この件で大空の意見を否定するのは容易だが、やらせてみたいと思った。自主性と秘匿を重んじる創立154年の校風に従って。島全体に惜しまれて島をでて、10年ぶりに島へもどってきた風雲児、大空つばめという名の島風が吹くと直感した。

「バカなこと言ってんなよ1年! 黙って聞いてりゃ——」
「まあまあ、挑まれてもいないおまえが憤慨してどうする。にしても。どうします? 先生」

 どうします、ときたか。
 ここで柏木が感情的にならないのは人徳だろう。これが中学生であったなら、もっと上下関係の厳しい高校であったなら、なにより柏木自身が短気であったなら大いにもめた。
 しかし主将が顧問に判断を委ねるのは悪手だぞ。いやむしろ、彼女に対し怒るのも若者としての特権ではなかったか。それを経由しないにしても、私の指示などあおがずにスマートに解決できてこその主将、来年には成人となる最上級生であったが。
 整理してみよう。
 ゴルフの成績順で出場したい競技を選ばせたなら、ペアに人気が集中して早々に枠がなくなり、大空は女子のファストゴルフソロでの出場に決まる。もうひとりの1年生女子、水守とで2枠。
 ところがその最下位女子が3年生男子で2番手の主将に変わってくれと注文をつけている。これはなかなかの難問、だからこそ生徒にそのままを投げかけてみた。彼ら彼女らがどんな答えをみちびき出すか。
 今回は予想を超えることがなかったが、やむなし。教師とは、木の上に立って見る親よりも高いところから見守る存在、彼ら彼女らの成長はまた次回。チャンスはなにも今だけじゃない。
 実力は先週推しはかった、ファストゴルフで。やや変則的な18ホールのストロークプレーで。実際にスタートの1ホール目を見守りもした。
 だがペアではまだ。
 ペアゴルフでの実力は未知数なまま。
 だったら試すのが一番だ。用具に予算をつぎ込んだ昨年とは異なり、今年は潤沢。なんなら全国大会決勝まで進んでもあまりそうな勢い。だったら少し早いが今週もコースに飛び出そう。それで明らかになる答えもきっとある。
 思い知らされるのは嵐の転校生・大空か、まだまだ頼りない主将の柏木か。あるいは意外に2年生の線もある。可能性は現状33%ずつ。
 ゴールデンウィーク明けの平日のゴルフ場か、ううむ。海風の心地よい——

「先生?」

「ん? ああ。よおしお前たち、遠征にいく準備をしろ。今日は出遅れたからハーフだけな。ペアゴルフの出場枠を奪いあう議論なら、ペアゴルフで決着をつけるのが一番いい。だから行こう、いますぐ。今日は野母崎ゴルフクラブだ。島外に家がある玉田と水守は帰る準備をしてからきなさい。そしたらいつもの駐車場に、10分後を目安に集合でいいな?」
「ハイッ!」

 返事だけは令和でもいいんだよな、返事だけは。

「じゃあ一旦解散」

 車で2分、フェリーでもろもろ40分、そこから車で25分。
 まあまあかかるが5月中旬、日は驚くほど長い。あの子たちの腕前なら1時間半でハーフを回れるだろう。いつもよりは遅くなっても、残照が残っているあいだには家に着けるはずだ。
 いくぶん余裕があった車内も大空の入部でぎゅうぎゅうだ。私も合わせて7人も乗ればミッチリ、縦方向にまで。乗らなくなったぶんのゴルフバッグはひざの上で3段になっている。
 足が痺れてきたとうるさいのは海藤か。
 それにしても。
 大空つばめ、ね。
 台風の目となるか、それとも?
 ルームミラーで探すがゴルフバッグに隠れて見えやしない。ずいぶんとちっちゃくてかわいい台風だ。
 仲良しこよしで部活をするのはとてもいい。真剣に勝ちすすむ目的で取り組むのもまたいい。どちらも取り組まないことに比べたら百倍もいいし、どちらも同程度の価値がある。だからどちらが正しいとかもない。
 だったら誰がどの競技で出場することになってもいい。彼ら彼女らが今日の結果に折り合いをつける。そして大会の本戦をあらそい、優勝校以外の選手は敗れるのだ。
 勝つときより、負けるときの方が学びが大きい。君たちは意味のある負け方を、学生である今のうちに学びなさいよ。
 ぶじに到着して。身柄と荷物を下ろし集合する。

「ではインの9ホールを、ペアゴルフのストロークプレーで。ホールアウトしたらロビーで実力テストの採点をしている私のところへきなさい。先生もテストの点数を内緒にするから、スコアも今日の時点では内緒にすること。前みたいに、ゴルフ場でおまえたちが騒いだらどうなるか、わかっているよな?」

 心当たりのある人間が幾人か下を向く。
 あのときのお灸はそれほど効果があったか。まあ好都合ではある。
 ああそれと。
 念のため付け加えておこう。

「それと、今日に限っては密かに明かした、あるいはそれを命じた者のペアは反則負けにするからそのつもりで。スコアカードは私に提出して、結果は明日の部活の時間、学校でだ。なお、先生はここの風呂を浴びてくつもりなので、短くとも30分よりは時間をかけてくれよ? 各自、わかったな?」
「ハイッ!」

 返事だけはいいんだ、返事だけは。
 素直なんだが覇気がない。前にいた学校なら、『先生だけズルー』や『オレも先生と風呂入る』くらいは出ていた。
 ま、校風かねぇ。
 3、2、1年生の順番で出ていく。それを見届けず風呂へと向かう。あとは彼ら彼女ら自身が正しい結果を導く。
 体を洗い、ザンブと入った湯船から外が見える。ここは13番のティグラウンドか。我らが主将のペアがもうきていた。

「なんだかんだでいい薬にはなったかな」

 柏木のみならず海藤もよく振れている。ボールに対する気持ちの乗りがいい。あれはいい数字で回ってくるに違いない。
 次いできた、玉田と岡崎の2年生ペアはそれよりもいい。
 伸び盛りとはこれほどに恐ろしい。4月でついに3年生を追い越したと思っていたら、なんと5月ではもう突き放しにかかっている。本人たちに自覚はあるのか、今が一番上達するとき。

「これはもしかして、今年はいいところまで行くんじゃないか?」

 定年がせまる校長の悲願、運動部で県大会ベスト4の達成は、種目がペアゴルフで、今年になるのかもしれない。
 そんなことをふんわり考えていたら。
 渦中の1年生ペアがやってきた。

「なッ!? ……んだと……!?」

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 翌日の放課後。
 いつものネット打ちをする、校舎に近いグラウンドの一角で。
 練習する手をとめて集まってもらった。

「なあッ!?」
「はああああ!? うそでしょ先生!」

 私から成績の発表を。場所を移して学校で行う判断はやはり正解であった。
 これはもめるに決まっている、水守と大空のペアの成績が断トツだった。
 ゴルフはもちろん自己申告が原則、圧倒的な数字の差に色めき立ったのは当事者をのぞく部員全員。それほどの数字だった。
 なにせ非公式ながらあのコースのプロの記録をも凌駕するほどのスコア、顧問の私さえにわかには信じきれないもので。当人たちに問いただしはせず、そのままを全員に提起した。
 いつもは平和でおだやかな離島の高校がめずらしく紛糾する。顧問がいる前にもかかわらずとびだす非難と中傷。帰国子女である大空へのやっかみも混入している。

「つーか2年! なんで後ろの組のプレーを見てねえんか!?」

「調子が良かったので自分のプレーに集中してたんです。興味もなかったですし……」
「きのうは待たれるばかりだったんですよ。それで一度も打つところは」

「ハァ〜ああッ! つっかえねぇ〜ッ!」

 海藤め、ヒートアップしてきているな。
 当然だが、とくに3年生は自分たちがペアから外されるからこそ深刻に受けとめている。とくに影響がないとわかった2年生は、単に疑惑の申告に対して苦言を。
 私が加担することは決してないが、全体を眺めていた。ただ黙って。
 横をみれば。
 大空の顔が風船のようにふくれていた。パンパンだ。
 提出した業前の証拠を捏造と言われては彼女も心外、おおいに反論したいのをグッとこらえている、らしい。
 どうせ水かけ論にしかならないし、彼女の性格からしたらまず相手側の非難へと回る。馬鹿まっすぐだもんなぁ。
 大空のこの行動、おそらくは水守の口止めがあったのだと思う。それで我慢していると見える。これも想定内か、水守よ。
 そこで私と目が合って気まずく感じたであろう主将から、やっと善後策が出た。

「さすがにその数字を信じろというのは難しい。証拠を見せてくれるかふたりとも」

 自分たちの目の前で腕まえを披露しろ、と。つまり根拠となるものをいま見せろというのだ。まあそうなるわな。
 しかしここは学校、連日の遠征はさすがに。
 方法に関しては私に任せてもらおうか。
 1ホールだけとはいえ、彼女らが回る姿を風呂からみた。それでどう腕前を見せつけるかにはアイデアがある。

「大空。ここから東島小の旧校舎を狙って打ってみろ。おまえなら届くはずだ」
「ほえ?」

 海に面した我が校から、海をはさんでの対岸に木造の旧校舎が見える。予算ができたら取り壊すらしいが、もう6年はたつ。いったいいつになったら手をつけるのやら。
 つまり、やや打ち下ろしの海越えの旧校舎狙い。かなり距離はあるが、へだてる海をドライバーで超えてみせろ。
 7時間目を終えたこの時刻、グラウンドに小学生の姿はない。

「いやいやいや!」
「いくらなんでもムリでしょ。先生ですらあそこまでは届かない、でしょう?」
「グーグルマップで280メートル、だいたい300ヤードだってさ。うん、普通にムリ」

 まあ予想通りの反応だな。テンプレとも言う。
 3か月前まで中学生だった女子、しかも身長は150センチない。届くと予想する方が難しい。

「おお、300もあったか。どうする大空?」
「もちろんやります!」

 おまえならそう言うはずだ、たとえ届かずとも。
 なぜならツラ構えがちがう。纏う空気がちがうのだ。挑戦するに決まっている、内側に秘めた炎に従って。

「つばめさん?」
「どうもこの一打にオリンピックがぜんぶ乗っかっちゃってるみたい。でも大丈夫だよ美月ちゃん。ここはボクに任せて」

 見せてみろ。そして外野を黙らせることができるか。世界一になる夢が、たかだか全校生徒19名中の、たった6名のゴルフ部でレギュラーにもなれず恥をかくだけで終わるのか。
 一陣の海風が吹く。
 お前に見えている景色はのどかな島時間じゃない。吹きすさぶティグラウンド、なのだろう?
 その風を翼にまとい、小鳥が一羽パーシモンドライバーをたずさえて。
 父親のものだろうか、ずいぶんと古風な。使いこまれてはいるが手入れは行き届いている。

「ん」

 ほう。
 ティアップしないのか。校庭のベアな地面にぽいと、ボールを放ってクラブを構える。そうするのが当然とでも言わんばかりに。
 それが彼女のルーチンなのだとしたら、いったいどんな練習をしてきたのか。父親は漁師をしていたと言うが、あのドライバーショット、海外での——

「いっっけえええええええええ!」
「いっったああああああああ!?」
「いやいや、どんなにきばっても届かんでしょ普通」
「いやでも。すんげえスイングスピード」
「だって前はそんな。めちゃ普通にドヘタだったぞ?」
「あのとき引っ越し荷物が届かないからって、クラブ貸したよね。自分のクラブじゃないとダメ、とかなんかな?」
「んなこた今ぁどうでもいいって! 届くんか? 届かんのか?」

 一同が固唾を飲むなか、白いボールは海からの照り返しを受けて輝きながら地面へと。
 音もなく落着した。

「東島小の!? グラウンドに!?」
「本当に超えやがった! 300飛ばしてみせやがった!」

 いや、キャリーで乗せたのだから330はいってないと。
 300と聞いて密かにしまったと後悔したが、まさか本当に届かせてしまうとは。やはり持つべきものを持っていたか。

「だからなんなんだよ! まぐれまぐれ。飛ばしたからってそれだけでスコアが良くなるもんじゃねえし。ウソついてんだって、あんなコースレコードみてえな数字なんかぜってえムリだって」

 諸君には残念であろうがおそらく真実である。あの驚異のスコアはやはり本物。
 大空が飛ばし、水守が乗せればそれで立派にゴルフになる。そもそも欠点をおぎない合っているのだ。
 なぜかアイアンを一切使おうとしない大空と。
 グリーンに乗せるまで何打も何打もかかる非力な水守。
 これを返せば。
 長所の部分にだけ注目すれば、両選手は全国レベルである。大空のドライバーと、水守のアプローチがあれば立派に全国で戦える。
 大空が真の実力を示したのはきのうが初めて。しかし水守の能力に関しては部員たちも熟知していた。中学から同じだった者もいる。毎日いっしょに練習しているのだ、当然だ。
 それでも認めたくはなかった。とくに最上級生たちは認めたくない、春に入ってきたばかりの1年生に最後の夏への切符をおめおめと。
 まだ小さく揉めるなか、水守が黙って足元にティアップする。自らドライバーを構え、大空にも構えるよう促した。

「みなさん、伏せていてくださいね?」

 伏せろ、だと?
 暗にこれからこの場が危険になると宣告した? 何をするつもりだ?
 ぽかんとする一同を尻目に、大空へアイコンタクトを。
 彼女は黙って、力強くうなずいた。
 ところが。
 水守が放った打球はあろうことかミスショット、隣接する実習棟に当たりはね返ってくる!

「キャアッ!」
「うお!」
「あっぶ!」

 その危険球をクラブを構えて待つのは大空だ!?

「やぁあああああああああああッ!」

 なんと!?
 ヒッコリーのシャフトを軋ませて、大空がこの跳弾をパーシモンでとらえる。すると対岸のグラウンドはおろか、旧校舎3階の窓ガラスを砕き散らせた。
 どんな精度のショットなんだ? 大空もすごいが、大空の足元に戻るように狙って打ったであろう水守?
 そもそもだ、どうやってふたりは。いったいいつの間に練習を?
 それにあの親密さは? 幼なじみであったことは知っているが、先週が10年ぶりのはずだが?

「ふい〜、初めて成功したよ……」
「ついにかたちになりましたね」
「むちゃするよぉ美月ちゃん」

 本当は飛び上がって喜びたいのだと思う。がまんして小さく互いを祝福しあうのは、上級生に配慮してのことか。

「今の音は? いや、まさか」
「後ろからじゃなかった? こっちの校舎から聞こえたような気がするかも」

 何がなんだか。
 しかし真実はいつもひとつ。受け入れがたい事象を曲解する気持ちがわからないでもない。だがその時点で負けているのだ、おまえたちは。
 ここは私の出番だな。

「もうわかったろう。いま旧校舎のガラスを割ったのはこのふたりの打球だ」
「まっさかぁ〜」
「ちゃんと手元に戻るように打って? あんなスピードで飛んでくるボールに当てる?」
「いや、まぐれっしょ。あんなの人間が打てっこねえって」
「そう思うのは勝手だが。いい機会になる、おまえたちの人生のためにここで説教をしよう。いいか、さっきの感じ方こそが想像力の欠如なんだ。自分のものさしで他人を推しはかるな。時に知人は自分の当て推量を大きく越えることがある。それを賞賛できる人間であれ」

 私のほかは言葉を発する者がいない。ゆえに訪れた遠い遠い400ヤードの沈黙。それはガラスが時間差で落着するのが聞こえるほどで。

「玉田は勉強で右にでる者がいない。岡崎は裁縫が得意だ。得手不得手は誰にでもある。大空と水守はともに、必ずしもゴルフで突出した選手ではなかった。それで? この中にドライバーで大空に勝てる者は? 寄せで水守に勝てる者はいるか? ここから打って旧校舎のガラスを割れるペアはいるのか?」

 声どころか。
 動けやしない。
 図星なのだ。

「そういうことだ。この沈黙が答えなんだ。人間生きてりゃ何度だって、スポーツでも仕事でも負けることはたくさんある。学歴でも、ゲームの対戦でも。身長、年収、大酒飲み。いくらでも負けることはある。負けを認めろよ。認めることで初めて見える明日だってあるんだ。逃げるは恥だが役にたつ、なんてことわざもあるのは知ってるだろ。逃げた先のどこかで大成してみせろ。甲子園に行って社長をやってる奴は少ないが、甲子園に行けなくて社長をやってる奴はごまんといる。石にでもかじりつくんだな。3年もかじりついてりゃ何らか答えも得られるだろ。そうやって大人は毎日を生きてんだ。お前たちももうすぐ大人になる。善きにしろ、悪しきにしろ。ここを卒業したあとのこと、進学や就職じゃねえぞ? もっと真剣に考えてみるんだな、自分が何者になりたいか、ってやつを。そして友達の成功を、祝福できる者であれ。心から。そうなるためにはまず、こいつらを祝福することから始めてみよう。おめでとぉ〜っ! ホレ、おめでとぉ〜っ!」
「お……」
「おめでとー」

 小声と、パラっパラの拍手。
 抵抗はある、当前だ。

「ちがうちがう! おめでとおおおお、だ! おめでとぉおおっ!!!」
「クッソォ! 負けたああああ! おめでとおおおお!」

 こんなとき先頭になれる海藤を私は買っている。
 そら、口火は切った、他も続け。

「がんばって転校生! 美月ちゃんも! おめでと〜」
「おめでとう! そのかわりソロで全国制覇してやる!」
「それいいっスね! おめでとう1年ペア!」

 そうだそう、それでいい。
 おまえら全員100点だ。

「みなさん……」
「えへへ、ありがとうございます。3年生の方々の分も全国で暴れてきます!」

 そのためには地区大会での優勝、さらに県大会でも優勝しなきゃなんだが。それが実現するかどうかは、わずか2ヶ月のあいだに答えがでる。準備をしている時間なんかほとんどないぞ。どうする?
 旧知の仲かもしれない謎の必殺技をもつ1年生ペア、か。
 校長。今年はもしかしたら、もしかするかもしれませんよ?

第1話

 2023年、ゴルフは時短の炎に包まれた。

(ファァって、いい感じの音楽)

 15世紀に競技として成立したゴルフは、遠く地球の裏側スコットランドにて産声をあげました。
 日本には明治に伝来、現在は戦後期の第1次ブームやバブル期の第2次ブームをもしのぐ、第3次ブームに沸き立っています。そんな飛ぶ鳥を落とす勢いのゴルフにも、かつて苦しい時代がありました。
 厳格なルールの存在が参入障壁のひとつであったのです。それらは絶えず変化をしながら、大記録や名選手とともに歩んでまいりました。
 近年においては故意でない二度打ちが罰則とならない等の緩和もありましたが、基本的には飛距離を抑制する、プレーヤーが有利になりすぎないようにする制限の色が濃かったのは否定できないでしょう。それはかつての大記録との比較容易性を堅持するための、必要な措置でありました。
 ところが————
 そうした過去へのリスペクトは一方で、大衆スポーツとしてのゴルフの頭をおさえます。厳格とも言える規制は、競技人口が縮小の道を歩む負の要因のひとつともなりました。
 日本では、団塊の世代がクラブを置きはじめた2019年に、プレー人口が最盛期の3分の1にまで減少を。
 しかし。
 ゴルフは衰退の一途をたどりませんでした。歴史的大疾病により抑圧された日々を過ごした人々が自由への切符を手に入れた結果、伝統に風穴をあける革新の嵐が吹き荒れたのです。
 それは必然だったでしょうか。訪れたのは歴史的大反転。
 新しいゴルファーたちは、自らが考案した新たなゴルフ『時短ゴルフ』に、遊び心という名の劇薬を加えました。言わば無名の休日ゴルファーの快挙。彼らが示した、ゴルフの新たな可能性という名の翼。それは————
 『ペア競技化』、でした。
 時短ゴルフとペア競技化の化学反応の中で迎えた2023年。かねてより最高意思決定会合の議題にあがっていた新しい形態が、ついにプロのツアーで試験採用されます。
 その際に用いられた名称が『ファストペアゴルフ』、2人制3ホール先取型マッチプレーのトーナメント。新しいかたちの競技ゴルフのあけぼのでした。
 あれから4年————
 ペアゴルフはとどまることを知りません。途中バシュタールの惨劇などをはさみながらも、今や従前のゴルフをもしのぐ存在へと。
 そんな隆々たるペアゴルフ界が、高校生たちの頂点を決める祭典を新たに設けます。高校生ペアゴルファーの日本一を明らかにする本大会が産声を上げるのです。
 その名は————
 全日本高校生ファストペアゴルフ選手権大会。
 その記念すべき第1回大会が今。

 改めまして、おはようございます。
 全国津々浦々の高校生たちが待ち焦がれた、来たるべきこの日を迎えました。第1回全日本高校生ファストペアゴルフ選手権大会を、栃木県にあります皐月ゴルフクラブ佐野コースよりお届けいたします。
 解説には、元プロゴルファーで現在全日本プロファストゴルファー協会をたばねる理事であられます上野夏樹《うえのなつき》さん。進行はわたくしこと東中央テレビの高木翔《たかぎかける》にてお伝えしてまいります。
 本日はよろしくお願いします上野さん。

 待って?
 ちょっと高木クン! 改名して今は真冬《まふゆ》だってゆ《・》ったでしょう!

 これはたいへん失礼をいたしました! し、資料が、その。
 先日みずからの性自認を告白し改名をされました、全日本プロファストゴルファー協会理事の上野真冬さんです。改めましてよろしくお願いいたします。

 おほん、分かればいいの。
 んよろしくお願いしますぅ。

 その。
 いかがですか、本大会発足に尽力された上野さんの心境など。

 んそうねぇ〜?
 率直に、子供が巣立つときの心境かしら。アタシ子どもを産んだことも、育てたこともないんだけども!
 あのとき深夜に集まって、適当にルールを定めたお遊びみたいなゴルフが、今やゴルフ界の中心になった。それを肌で感じているわ。
 来年の2028年、ロサンゼルスオリンピックからは公式競技となることが急きょ決まって、ますますの盛り上がりをみせるこの競技。今やゴルフファンは全員、こちらを向いているとゆってしまっても過言じゃないと思うの。

 おっしゃる通りです。
 誕生と同時に巻き起こったブームも手伝い、ファストゴルファーの裾野は広がるいっぽう。オリンピック競技化はブリスベンからと噂されていたところロサンゼルスからと、サプライズ追加が昨年ありました。
 その影響もあってか、ゴルファー人口は過去一番の傾きにて増加で推移しています。

 少子化の嵐もなんのその、ってね!
 高校生では、今や高校野球とほぼ同数の学校で取り組む部活動として肩を並べつつあるわ。
 どんなに小さな学校でもふたりいれば1ペアできるもの。ひとりの場合だってソロなら大会に出場できるし。過疎の村の学校だって、実力さえあれば全国に名乗りを上げられるってわけ。

 ここ数年の勢いは本当にすごいものがあります。まるでJリーグが興ったときのサッカーを見るかのようですね。

 んぅ? あの時よりももっと派手よぉ。
 贅沢をゆわなければ、クラブとボールさえあれば練習できるとゆうのがまず大きいでしょう? 上達に関し対戦相手を必要としない。ひとりでもできちゃう。
 まずボールに当てられるようになること。当てられさえすればあとはなんだって。
 公園なんかを見ても、やっと立つようになったおチビちゃんがプラスチックのクラブを振り回しているのがもう珍しくない。
 アタシこう見えて仕掛人のひとりだって自覚しているのだけれど、びっくりしちゃってんのよこの状況に。

 上野さんにもこの大流行は予想外、驚きを隠せないほどということですね。
 さあ、画面に選手が映ってまいりました。まもなく始まります。
 なお、ファストゴルフ男子ソロは東京よみうりカントリークラブにて、女子ソロは袖ヶ浦カンツリークラブにて同日行われております。
 本放送では、ここ皐月ゴルフクラブ佐野コースにて開催される、ファストペアゴルフの模様をお伝えしてまいります。
 全長9763ヤード、パー72。ペアゴルフのためにしつらえたタフなヤード設定、超々ロングコースに仕上がっています。

 注目すべきは距離だけじゃないわよ?
 ラフはまるでブッシュのように伸びるがまま、グリーンはまるで鏡のように磨き上げられて。その上で今日はじけるのは若き高校生の精鋭たち。
 はわわ。
 1回戦第1試合、いよいよ始まるのね。
 なんだかアタシまで緊張してきちゃった!

 各都道府県1代表を基本に、人口比を加味して東京都や大阪府を複数校選出とした、合計64校によって第1回の覇者を決める本大会がいよいよ。
 栃木県佐野市の避暑地にも響くのはセミの音。その合唱を背負い、熱気でゆらめくティグラウンドにさっそうと、浅葱色のユニフォームで現れましたのは。
 長崎県立長崎東西高校の大空です。大空つばめ、なんと1年生。

 日に焼けた境界線を隠しきれない、白のプリーツスカートが目にまぶしいわ。

「ちょっと美月ちゃん? やっぱこれって短くない? いくらなんでも短すぎると思うんだけどっ!」
「今さらですね。ユニフォームのデザインなんて例年と同じ、早々にみどり先生から提示されていましたのに。はぐらかしながらずっと放置していたのはどなた? それを問い詰めたら開き直って、すべてわたくしに任せるとおっしゃったのはつばめさんではありませんか」
「そうだけどぉ〜。ほったらかしにしていたのは悪いと思っているけど。たしかに丸投げもしたけれどっ。手渡された時に面積ちっさと思ったけどもっ。でも実際に着たらさらに短かくて! 今日着たらもっと短かったの!」
「知りませんよ、また一段と成長されたのではありませんか?」
「成長? 太ってなんか! ……900グラムだけだもん」
「わたくしはいつも通りの丈ですので気になりません」
「それは美月ちゃんがモデル体型だから言えるセリフ! ボクはほら、見てよコレ! この人一倍たくましい太ももが、あろうことか大衆の面前に。あまつさえ全国ネットのテレビに!」
「さ、いつまでも駄々をこねていないで。始まりますよ」
「ヌナ! 乙女の真剣な悩みを!?」

 なにやら賑やかなティグラウンド周辺ですが。これから始球式に移ります。
 なお、本大会規約に記されているところから引用しますと、この1回戦第1試合のオナーである高校が始球式の担当と定められています。

 栄えある第1回大会の組み合わせ抽選で1番クジを引いた学校の栄誉よね。
 緊張よぉ〜。強運と讃えるべきか、貧乏クジとゆうべきか。

 ハハハ、そこはぜひ強運と。
 なお、次年度からは前大会の優勝校が担当する予定です。
 また、本大会は時短のためにショットガン方式をとっており、長崎東西高校のティショットを合図に、2番から18番に散った各都道府県の代表校が一斉にスタートしていきます。それによりなんと、今日一日で1回戦をすべてやりきってしまう予定です。
 この辺りのスピード感はさすがファストゴルフといったところでしょうか。その狼煙となる始球式がまもなく。

 64校32組が順に1番からスタートしてたら日が暮れちゃうものね。これ、アタシのアイデアなのよぅ。褒めて?

 ハハハ。
 3ホール先取制のため数ホールで決着のつくファストゴルフですから、コースのダメージが均等に分散されるよいアイデアだと思います。

 ありがと高木クン。
 始球式とはゆいながら長崎東西にとっては大切な第一打よ。この緊張感の中でどう打ってくるかしら。
 長崎の子、大空ちゃん?
 ホント、彼女はかわいらしい——失礼、極めて小柄な選手よねぇ。

 手元の資料によりますと、大空は149センチ。51キロ。ゴルフ歴は14年。
 その体躯からは想像もできないような飛ばし屋で、幼稚園年長時には小学生以下の世界記録を塗り替えて一時話題となりました。

 へぇ。
 たしかに、アタシのウエストくらいある太ももをしているわ。

 ところがゴルフの成績そのものはあまり良くなかったようです。

 ウフフ、ちびっ子ではよくある話よね。遠くへ飛ばすことばかりにかまけちゃう。

 ええ。
 大空はその後、小学1年から中学卒業までを海外で過ごし、今春に帰国。本大会でペアを組む水守の誘いに応じペアゴルフへと転向、高校初の大会参加で全国まで上りつめてきました。
 そのティグラウンド。

「よろしくお願いしまぁす!」

 これはいいですね、実に高校生らしい。朝からよく声が出ています。

 待って!
 あれ見て、大空ちゃんのウッド。今どきめっずらしいわぁ。

 たしかにこれは。
 資料によりますと、大空の手に握られているドライバーはパーシモンとのこと。現代ではなじみの薄くなった、ヘッド部分が柿の木でできた1番ウッドです。
 しかも1番だけでなく、大空のウッド系はなんとすべてパーシモンで統一。しかもシャフトはヒッコリー材のこだわりよう。どうやら現役高校生唯一のパーシモン使いのようです。

 へぇ。
 プロなんて皆無なんだから、競技ゴルファーに限れば今や唯一の使い手なんじゃないのぅ?
 飛距離では圧倒的に不利なのに、あんな若い子がわざわざパーシモンなんて。ねえ?
 ええっと?
 ちょっ、ちょっと待って!?
 さっき選手宣誓をやってた子が水守ちゃんだったでしょう? まるでそつのない印象の子。
 だったら長崎東西はふたりとも女子? 長崎東西は女子ふたりのペアなの?

 ご指摘のとおりです。
 ショートゲームが得意な選手を入れた男女混成は珍しくないペアゴルフではありますが、女子ふたりはなかなか見ません。
 基本性別にしばりを設けないものの、競技ペアゴルフでは男子ふたり組が大多数を占めます。その中にあって長崎東西は全国大会進出校で唯一の女子ふたりのペア。
 このあたりでも、全国大会まで勝ち上がってきた長崎東西の活躍に期待したいところです。

「では。そろそろ参りましょうか」

 おっと?
 いまチラリとふれたその水守が?

 どうしたのかしらあの子たち?

 同じ1年生の水守もティグラウンド上に出てきました、か?
 横に並んで共に遠くの旗へ目をこらします。

 あのそぶり。まさか一緒にアドレスに入るとでもゆうのかしら?

 アドレスに? ふたり一緒にスイングを行うと?
 もしそうなら意外な展開、非常に珍しい事例となります。プロや世界では報告もありますが、国内のアマチュア公式戦では前例がありません。

 SNSのおもしろ動画ならあるわよ? アタシ見たもの。

 あれらはいずれも3秒ルールを守っていませんし、ティグラウンドの範囲から出ますから。
 さあ、1回戦第1試合からさっそく波乱を含むもようです。国内アマチュアでは前代未聞となる可能性、長崎東西はなんとティグラウンド上に横一列。ふたり並んで素振りをするのは水守・大空ペア!
 これがどのようなショットを生むにせよ、国内初の試みとなります!

 横一列に限定するのならおそらく世界初よ。プロアマ区別なく。アタシ見たことも聞いたこともないもの。
 いやん、これは見ものだわァ。

 大空のペア、水守はゴルフ歴14年。長崎東西高校1年、水守美月。
 同級生からは『みずみづ』の愛称で親しまれる彼女は長身の176センチ、47キロ。非常にコントロールに長けた選手。
 レギュラーゴルフの小学生大会ではなんと、全国優勝をした経験もあります。それも小学1年生時に。

 1年生が6年生に勝って優勝を!?
 ははあ、あの年の。さっきからどこかで聞いた名だとは思っていたのよ。
 ずいぶん長いあいだ見かけなかったけれど、あいかわらずの美人さんよねぇ。お人形さんから一転、モデルになって帰ってきたじゃない。

 ところが、当時芸術とまで賞賛されたスイングはおそらくガラス製でした。急激に伸びた身長に乱されでもしたのか、年を追うごとに飛距離もスコアものび悩み。今夏にいたるまで県大会出場もかないませんでした。

 ジュニアじゃよくある話ね、驚かないわ。
 でも努力をやめなかったのよ彼女は。じゃあ今回が小学1年生以来の唯一なのね。

 はい。
 ここに彼女がソロゴルフ時代の、ペアゴルフ転向前の詳細なデータがあります。書き添えられたコメントを引用しますと、『高校進学以降もパー3は常にユーティリティ以上を使用、パー5はパーオンをすべて逃し』、と。

 パーオンを? 全部ぅうう?
 それ本当なの? そんなのまるでゴルフにならないじゃないのよさ!

 ええ、ですからどの大会もほぼすべて予選落ちでして。

 ふぅん、どれどれ?
 ははあ、数字だけでもわかるわ、どうにか食らいついてゆけてた試合勘はさすが全国レベルとゆったところかしら。
 それにしても、あれだけ身長があったら十分なはずなのに? まあ、筋力が足りないようには見えるわね。
 アタシあの子より身長が低いけれど、このホールだったら手で投げたって3オンできるわよ?

 ッハハ投げて? ハハハ、それは上野さんだからですよ。
 ところが水守のデータは事実でして。彼女の飛距離は小学1年生時の優勝を境に突如失われました。そうした長距離砲を持たざる水守の穴を埋める存在が現れたのでしょう。

 それが大空ちゃん、とゆうわけね。

 お互いの弱点を補いあってここまで勝ち上がってきたのか長崎東西。水守は久しぶりの大舞台で復活なるか。

 あ、見て? 大会会長の合図が出たわ。

 あのう。
 気になっていたのですが上野さん、本来ならあそこで合図を出すべきはあなたではなかったのですか?

 あ、バレちゃった?
 アタシね、ああゆう堅っ苦しいのは苦手なの。それに汗かきたくないし。紫外線にもできれば当たりたくないじゃない?
 それでめんどくさい役割を副会長に任命して、アタシはあの子が担当するはずだったこっちに逃げてきたってわけ。バチーン!

 いえ、この距離でウインクを飛ばさないでください……。
 さて、1回戦第1試合、長崎東西高校対茅ヶ崎学園高校戦が始まりました。まず長崎東西の大空、失礼、ティアップした水守からの第1打。

 高校生らしいハツラツとしたプレーに期待したいわね。

 のびのびとした大会となることを期待しましょう。

「さあスタートホール! 美月ちゃん、いよいよ全国だよ。準備はいい?」
「もちろん。でもまさか、あなたとこうして一緒にゴルフをできる日がまたくるなんて」

 目元をぬぐう仕草をしたのは水守。目になにか入ったでしょうか。
 台風が接近中であり、少し風があります。

「イヤイヤイヤ、今さらなに言ってんだか。長崎県大会も普通に一緒だったでしょうよ。昔のことはもういいから、泣かないでよ。どうせなら優勝した時にでも振り返って?」
「ふふ。そうですね、そういたしましょう」

 おそろいのサンバイザーをして横に並びます。さながら練習場のよう、しかし緊張感がまるで違います。
 視線をボールへと落とした水守。覚悟の表情が——

 放送席?
 放送席の高木くん?

 赤井さん。
 ご紹介が遅れました、本日最初の長崎東西高校対茅ヶ崎学園についてコースレポートをしてくださる『世界の赤井』。
 全日本ゴルフツアー機構会長兼シニアプロゴルファーの赤井勇《あかいいさむ》さんです。本日はよろしくお願いいたします。

 よろしく。
 さっきから聞いてると、放送席のふたりは彼女らのプレースタイルを詳しく知らないみたいだね。

 そのおっしゃりようですと、赤井さんは長崎東西をご存じと。

 半年ほど前からちょっちね。
 つばめくんと美月くん。
 片やアイアンが一切使えず、片や飛距離が壊滅的。そんなふたりが出会ってどんなペアが生まれたか。
 これまで周囲からうしろ指をさされてきた者と、栄光ののち見限られた者。そんなふたりが全国の大舞台で化学反応を起こし、誰しもが驚く大輪の花火を咲かす。
 その瞬間をいま、君らは目の当たりにしようとしているんだ。
 見届けてよ、彼女らの戦いを。

 おお、なんと赤井さんのお墨付きが出ました。
 あの陣形からどのようなショットが飛び出すのかをご存知と。ここは期待して見守りましょう。

 赤井さんに目をかけてもらえるだなんて。
 妬けちゃうわね、あの子たち。

 あの形を見ると彼女ら、ついにアレを体得したらしい。

 アレ、と言いますと?

 いや、もう打つ。説明するより見た方が早い。

「覚悟はよろしくて?」
「もちろん! 早く打ってよ美月ちゃん。ボクはもう、さっきから待ちきれないんだ!」
「ふふ、頼もしいこと。……では。いきますよ! つばめさん!」

 まず第1打は水守から。
 打ちまし、おっと!? 大きく左に引っかけた!

 緊張したかしら?
 対戦相手からフォアって大きな声。たとえ他人のものでも、あれは何度聞いてもイヤよねぇ。

 おや、振りかぶります大空。スイングに入った!? これはいったい?

 危ないわ!
 岩に当たった飛球が選手に向かって跳ね返ってるわよう!?

 違うんだ、長崎東西はこれでいい。

 赤井さん?

 ふふ。つばめの奴め、またティグラウンドで風船ガムなどふくらませおって。

「この一打で小鳥《つばめ》は鷲になる! 第一の奥義、タイタン・オブ・イーグル!!!」

 これはっ————!

 ウッソでしょおおお?

「いっっっっっっけえええええええええ!」

 !!!
 ……言葉を失っていましたすみません。
 改めてご説明しますと今の一打、長崎東西の水守が放った打球はコース左にしつらえた滝へと向かい、即座に大岩に当たってはね返りました。その飛球は大空を襲いあわやという場面、しかし彼女はそれを打ち返します。的確に、フェアウェイを目指して。

 放送席?
 すごい飛距離が出てるはずなんだよ。こっちからは見えないから早くボール追って、早く。

 すみません、まだ滞空中の長崎東西ボールは?
 どうでしょうか?
 ようやく落着したのはなんとグリーン手前!

 いいや。
 だったらそれ、乗るよ。佐野の1番はランが出る。

 まさかですよ赤井さん、この距離を? 410ヤードを高校生が? それも女子のペアがですよ?

 ボールの勢いはなくなったが? 赤井さんがご指摘のようにまだ力を残しているのか?
 なお、視聴者の方々もすでにご承知のとおり、ファストゴルフでは時短のためパットをいたしません。
 パー4の場合、3打でグリーンに乗せればその時点でパーとみなされます。2打で乗ればバーディ、もしも1打で乗るようなことがありますと————!

「やったあ! 乗ったよ美月ちゃん!」
「あきれた、グリーン上がここからで見えますの? どれだけ距離があると思っていて?」
「だって。見えるんだもん」

 なんと始球式が1オン!
 イーグルです!
 パー4のグリーンに一打で乗せましたのは長崎東西高校! 水守・大空ペアはスタートホールをいきなりイーグル!
 強めのハイタッチで互いを讃えます!

「痛いですつばめさん」
「そう?」
「それよりも。なんです今のは。技名だって恥ずかしいのを我慢していますのに、その上『第1の奥義』だなんて内緒でつけ足して」
「バレた? だってえ、かっこいいじゃない?」
「どのあたりにかっこよさがあるのです? 理解に苦しみますよ。それにまだ第2も第3もないではありませんか」
「そんなとこ気になる? いいのいいの、言わなきゃバレないんだから。あるって思わせるのも作戦のうち? それにこれからぜったい増えるって。増えたらそのとき区別するのめんどいよ? 名前とか、番号とかあった方がぜったいあとで便利だから。『フッ、次は第2だ』とかさ。なんならブロックサイン出すよ?」

 大空の、水守に対してのVサインが光ります。この大舞台で大技を決めたのは長崎県代表・長崎県立長崎東西高等学校!

「ですから叫んだことで全国にぜんぶ開示してしまっているではありませんか。技名も、番号も」
「そっか、そいつは……やってしまったねぇ。でも声に出した方が飛ぶんだよ、試したもん。お腹に力が入るのかなぁ。だって黙って打った結果、グリーンに届かなくなったらヤでしょ?」
「それは新手の脅迫です? 練習のときのように、剣道や砲丸投げみたいな気合いではどうしてダメなのですか」
「だって。かっこいいじゃない?」

 どうした水守、ひざから崩れおちましたが?
 緊張がとけて力がぬけたか。
 しかし見事なショットでした上野さん。

 見たぁ高木クン?
 アタシも言葉を失っちゃったわよ。
 すごいわね今の学生は! 伊達に芳醇な世代と呼ばれてないわあ〜。
 最初に聞いたときは選手だかワインだかわかんないって失笑したのに。この一打には納得、なんだかとんでもないものを見せつけられたわねえ。
 いいこと? ゴルフは工夫次第でこんなにもエンターテインメントになるのよ!

 はい、たいへん勉強になりました。競技ゴルフは門外漢である私もそれをいま痛感しております。
 では、ただいまのショットをスローでふり返りましょう。

 あるの!? スローが?
 カメラ班の方、いい仕事っ!

 水守が放った打球は左の崖に向かって飛び、跳ね返ります。ギャラリーがあわてて頭を抱える中、ここ、見てください。大空はこの状況にもかかわらず目線が前のまま振りかぶっています。

 よく見ると飛球に合わせて足元を微調節してもいるわねぇ。
 だとすると、長崎東西のふたりにとっては既定路線だったのよ今のショットは! まるで信じらんないんだけども!

 そのようですね。奇跡のショットが偶然でたものと思いましたが事実はそうでなく、練習していた成果がでた。そんな感触を確かめ合うような、ティグラウンド上のふたりの表情です。

 赤井さん? 男子プロでも皐月の1番でワンオンは記録にありませんよねぇ?

 ないさ。だって一度下ってから上りの410ヤードだよ? 俺が若い時は2オンがやっとだったんだから。

 それは赤井さんの若いころはパーシモンと性能の低いメタルシャフトだったからですよ。
 アタシが現役だった高反発クラブの規制前なら、一打でグリーン近くまで運べた選手もいたの。でもさすがに1オンまでは。OB度外視で振りきったって難しいわよ。それを女子のペアがでしょう?
 ほんと、すっごいわぁ〜。
 アタシ、あの子たちのファンになっちゃいそう!

 興奮冷めやらぬ放送席です。
 ここでジャッジがグリーン上のボールを確認ののち回収する時間を使い、手短にペアゴルフの特徴的ルールをご紹介いたします。

 あ、それすっごくいい。テレビでご覧の方々の中にはまだペアゴルフを知らない方がいるかもしれないものね。

 まず、と言いますかこれがほぼすべてなのですが。ファストペアゴルフ特有の3大ルールはご存知でしょうか。
 この新しいゴルフは基本、既存のレギュラーゴルフのルールに則りますが、大きな変更点が3つ存在します。
 ひとつめは『カップインを必要としない』。グリーンに乗せた時点でパット分とみなす1打を加算して自動的にホールアウトとなります。これは時短を目的として採用されました。
 ふたつめは『3ホール先取制』。どちらかが先に3ホールを先取した時点で決着となります。3アップのマッチプレイと異なるのは取って取り返してが発生しないこと。先に3ホール分を奪取することが勝ち名乗りの条件です。
 また、本大会にはイーブンのホールでキャリーオーバーが採用されることになり、より迅速に決着がつくよう変わります。こちらは後ほど、さらに詳しく。
 最後のみっつめは、ソロのファストゴルフには存在しない本競技最大の特徴、通称『3秒ルール』。
 厳密には、『ペアを組む2者のスイングは、3秒以内に終わらなければならない』。

 特にみっつめに関連して、ルールに触発された新打法が近年さかんに開発されているわ。ネットのお遊び動画を再現するかたちで、あるいは自ら考案することで新しいショットが日々生まれてる。
 新打法はこれからいくらでも出てくる、今の一打はそれを予感させるものだったわね。

 長崎東西のふたりがまさに、新時代の到来を見せつけてくれました。

 放送席?
 茅ヶ崎学園の選手がジャッジになにごとか伝えているな。たぶんアレじゃないだろうか。

 そうでしょう、残念ながら。
 茅ヶ崎は1オンができなければこのホールを落とします。基本はマッチプレーのルールですから、技量を有しないと打つ前から判断できる場合は、そのホールのギブアップを宣言できます。

 おそらくはそれよねぇ。
 あ、やっぱり。

 コースジャッジの指示に従い、両チームが1番ホールを離れます。
 なお、本大会は全員がフェアウェイ乗り入れ可能な2人用乗用カートにてコースを回ります。

 日本では必須条件にしたのよ、ファストゴルフ場として協会に登録するための条件としてね。
 4人乗りでは重すぎて芝を痛めるし、歩きでは遅い。キビキビ走ってビシバシ打つ。それでこそファストの名を冠するにふさわしいってワケ。

 コメントいいかな?

 ええ赤井さん、どうぞ。

 茅ヶ崎はこれにめげず2番ホールから巻き返してもらいたいな。あれはたとえプロであっても晴天の霹靂だった、それだけは間違いない。
 にしてもどうだい、なかなかすごいだろう若者たちも。

 ええ。今ので痛感しましたわ。それでこそ骨を折った甲斐があったというものです。

 彼女たち世代の台頭を受け、どうやらゴルフは新しい段階に入ったんじゃないだろうか。
 長生きだってするもんだなあ。

 世界の赤井から感嘆のため息がもれたところで一旦CMです。
 この始球式をもって各校が2番から18番ホールでスタートいたしました。こちらの熱戦も逐次。
 CM明けは2番ホール、茅ヶ崎学園の紹介から入ります。

第2話

 続いてはスポーツ、緑川アナと上方嵐の梅ノ木さんお願いします。

 はい、今日もはりきっていこうやないですか緑川さん?

 はい!
 本日最初にピックアップしますのはゴルフの話題。ファストゴルフから世界初の快挙が出ました!
 高校生ファストゴルファーにとっての甲子園と表現してよいでしょう、全日本高校生ファストゴルフ選手権大会の第1回大会が本日から、関東の3箇所で催されています。本コーナーでとくに注目したいのはいま話題のペアゴルフ!
 これを語るには、まだ一般の方にはなじみの薄いファストペアゴルフとはなんぞや、というところからご説明しなければならないのですが。
 梅ノ木さんはご存じですか?

 まあ知っとるちゃあ知っとるけど、知らんちゃあ知らんかも。

 そんな梅の木さんにもわかるようにフリップを用意しました。
 ジャン!

 うお! デカ!

 ペアゴルフ愛にあふれるスタッフの力作です。
 っさて。
 ゴルフは今、トラディショナルなゴルフと新しいゴルフとに二分できるんです。
 トラディショナル、つまり伝統的な方は単にゴルフ、最近では区別するためにレギュラーゴルフとも呼びますね。
 もう一方の新しいゴルフとは、若者を中心に大流行中のファストゴルフのことを指しまして。従来からあったマッチプレーともルールを異にする、3ホール先取制のゴルフなんです。
 少し前までは時短ゴルフという名前で親しまれていましたよね。

 ほんほん。

 そのファストゴルフからさらに派生したのが、このあとご紹介しますファストペアゴルフ。単純にペアゴルフとも呼称しますが、こちらはとくに競技ゴルファーのあいだで人気なんです。
 故意による二度打ちをむしろ取り入れ、ふたりで1個のボールを打つ競技なんですよ。

 あれやね、スケートリンクに行ったらペアで滑っとる人がおらんのと一緒やね。素人には難しすぎるから。
 そこまでは知っとるんです、でも実際にどんなルールなんかは知らんのですわ。

 ご説明いたしましょう、2枚目。
 ジャン!
 まず先ほどの『3ホール先取制』。ほかには『動いているボールを打ってもいい』、『カップインを必要としない』、『パットは廃止、1打をつけ加えてホールアウト』、『グリーン上のボールに触ってはならない』、『グリーンへの進入禁止』、『3秒以内の打突は1打として数える』などです。
 この3秒以内は1打のルールですが、より正確には”ペアを組む2者のスイングは、3秒以内に終わらなければならない”とされていまして、これを様々に解釈したトリッキーで斬新なショットが次々に考案されているんです。

 あ、自分わかりました。あれでしょ、世界初の新しい打法が出た!

 んん?
 はたしてそうでしょうか?
 全日本高校生ファストペアゴルフ選手権大会1回戦第1試合、長崎県代表・長崎東西高校と神奈川県代表・茅ヶ崎学園高校の一戦で、歴史に残る衝撃的な出来事がありました。こちらの映像をご覧ください。

 衝撃的な? 期待の高まるフリですやん。
 VTRどうぞ!

 今大会の始球式ともなった、長崎県立長崎東西高校の大空・水守ペアが放った第一打。水守選手が左へ曲げますが、驚いたことにこれ、ミスショットではないんです。間髪入れずに跳ね返ってきたボールを大空選手が打ち返し、そのボールは見事に前へ。

 ウッソでしょ! これ、どこまで飛びますのん!

 本来ゴルフは止まっているボールを打ちますが、打ちだす方向と逆に勢いがついたボールは静止時よりも大きな反発を生むんですよ。

 アレやね、100キロで走る車が静止した壁に激突するのと、100キロで走る車同士が正面衝突するのの違いやろか?
 後者の衝撃は200キロぶん、てーことは2倍の飛距離が?

 不穏当な例えではありますが、およそ合っています。
 そうして打ち出された打球はぐんぐん伸び、落着した地点はおよそ男子のトッププロをも凌駕する到達距離に。もちろんそこからランも出まして、見事1オンに成功。
 この一打に茅ヶ崎学園は脱帽、ギブアップを宣言して長崎東西がこのホールを奪取しました。
 この、ティグラウンド上で横一列に並んだアドレスでのデュアルショットが世界初だったんですよ!

 ああそうか、同じデュアルショットでもサイクロンは前後ですもんね。
 横一列とは。あんなのよう考えるわホンマ。

 そのまま1回戦を破竹の勢いで突破した、長崎東西高校の水守キャプテンへのインタビューをご覧ください。

 まず、1回戦突破おめでとうございます!

「ありがとうございます」

 世界中のゴルファーの度肝をぬいたであろう、見事な1番ホールのイーグルでした。あれは練習を積み重ねた自信のショットだったのでしょうか?

「いいえ。わたくしたち即席のペアは、経験豊富で体格差もある茅ヶ崎学園さんに遠くおよびません。そのため1番ホールにすべてを賭けねばと。わたくしたちはあの一打でルビコン川を渡河したのです」

 のるか反るか、乾坤一擲であったと。

「はい」

 では、地方大会で披露しなかったのはそのあたりのリスクあってのことだったのですか?

「あまり肯定したくはないご質問ですが、その通りです」

 その後の、2番ホール以降は危なげない試合運びだったように見受けられましたが。

「そう感じておられるのは、茅ヶ崎学園さんがあれ以降浮き足立ってしまわれたからかと。そうなってもらえればと仕向けたものではありましたが、本来の実力を発揮できない同校の姿を目の当たりにして、慙愧の念があります」

 いえいえ、そこは勝負事のスポーツですから。
 水守選手・大空選手は正々堂々、かけひき込みで全力を出したのは間違いありません。
 最後に、2回戦へ臨む抱負をお願いします。

「1回戦で我が校に注目していた高校は皆無であったろうと思います。おかげで勝ちを拾うことができました。しかしこれ以降見る目が変化するのは必定、厳しい戦いに身がふるう思いです」

 以上、長崎東西の水守キャプテンでした。ありがとうございました。

 素っ晴らしいやないですか! 弱小高の必殺ショット!

 1番ホールの第1打。組み合わせ的に始球式にもなりましたこの一打は、世界のペアゴルフ競技者が度肝を抜かれるものとなりました。

 衝撃ですわ! 明日のスポーツ紙の1面にはこの写真が使われる思います僕は。

 目に浮かぶようですね、ティグラウンドでふたりが並んでフォロースルーをしている姿が。

 負けた茅ヶ崎学園もいいキャラクターをしてはっただけに惜しかったですわ。
 見ました? あの、角野選手がめちゃくちゃダフってから打つデコピン打法。

 デコピン打法?
 角野選手の命名ですか?

 ちゃいますちゃいます、勝手に僕が名前をつけただけですわ便宜上。
 選手のことなんで詳しくはわからへんのですけど、ボールをミートする直前でめちゃくちゃダフってはったんですよ。それからボールに当てるいう無茶なショットで。

 ええっと。たしか雷獣ショットとか。
 VTRでもチラッと映りましたけどそれ、ミスショットではないと?
 なにか有効なんですか? 普通に打った方がよく飛びそうに感じるのですが。

 せやからデコピンみたいに、一瞬地面で固定している状態でシャフトにしなりを持たせ、それからボールに当てるんとちゃいます? 知らんけど。
 実際めちゃめちゃ飛んで長崎東西を苦しめていましたよ。

 なるほど、その打法はペアのみならずソロゴルフでも活かせそうですね。
 ではまとめましょう。
 梅ノ木さんはいかがでしたか、高校生ペアゴルフ1日目の全体をふりかえって。

 僕はゴルフのことはあんまりよぅわからへんのですけど、特に長崎代表の女子ふたり、あの子たちの今後のがんばりに期待したいですわ。

 おおー、やはり梅ノ木さんは長崎東西の大空と水守を。

 だって、手元の資料を見たらふたりとも去年まではソロゴルファーで、なんやパッとしない成績やったらしぃんですわ。
 辛酸をなめ続けたふたりが自分の持つ能力を出しあい、相手の欠けた部分を補って。そんで必死に前へ進もうとしてはる。こんなん知ってしもたら、がぜん応援したくなるに決まっとるやないですか!

 わあ、すごい熱気! すでに応援団長の貫禄が。

 応援団長だってなんだってやりますよ、彼女たちの奮闘が続くかぎり!

 これには長崎東西もたいへん心強い。梅ノ木応援団長の追い風のもと、大空・水守ペアが明日からの2回戦に臨みます。

 負けるな大空さん! 水守さん! 応援しとるで!

 以上、高校生ファストペアゴルフでした。
 続いての話題もペア、現在地球の裏側・南米で開催されています、プロスキージャンプ・ペアです。

第3話

 ここはセントアンドリュースか、はたまたペブルビーチか。
 つむじ風舞うティグラウンド、どころでは済みません。
 きのうとは打って変わり、ピンフラッグがありえない角度に傾いています。

(例の、いい感じの音楽)

 進化の始まりは関東と九州でした。異なる変化が同時に、別の場所で。
 時短ゴルフの発端は埼玉県とされています。ゴルフブーム再燃のきっかけのひとつは、衣料や外食産業と同じファスト化だったのです。
 本業に忙しく、半日ほどしか時間を確保できなかったアマチュアたちが始めたとされる、3ホール先取制のマッチプレイ。それがこの年いもづる式に、南埼玉の小さなゴルフ場を起点に流行していきました。
 時を同じくして北九州地方では。
 今にして思い起こせば、2019年のルール改正が呼び水になったでしょうか。自打球や偶発的な二度打ちが無罰へと変わり、その緩和に着想を得た若いゴルファーたちが無罰と判定される二度打ちをひそかにテクニックとして使うことを考案。水面下で浸透していきました。
 これがきっかけとなったのでしょう、自由を得た若き発想はさらに飛躍します。
 ひとりではお手玉程度であったトリックショットをふたり同時で行うことを考案し、より多彩に進化をとげたのです。
 その切磋琢磨の過程をSNSに投稿するようになると、またたく間に日本中へと。
 ゴルフにペアの概念が誕生したのはこの時とされます。人々のそばにゴルフが、ほんの数秒の動画としてより気軽に定着した、言わば発明でした。
 時短ゴルフが関東地方から引退間近の団塊世代を中心に全国へと拡がりをみせ、SNSのトリックショットは北九州地方の若者を中心として全国へ。違うレイヤーのまま新しい2種のゴルフが波紋のように伝播していきました。
 そうした新たな潮流のなか。
 関東と九州の中間にある、波紋同士が最初にぶつかった大阪で化学反応が起こります。若者と団塊の間である氷河期世代が文化の橋渡し役となったのです。彼らの吸収力は実に柔軟でした。
 ペア時短ゴルフの誕生です。時短ゴルフとトリックショットが出会ってひとつの競技となりました。
 つまり野原や公園でのお遊び動画ゴルフが、競技としてのゴルフへと逆輸入されたのです。
 ペアを組み、ダブルスのようにしてラウンドする時短ゴルフ競技者が、大阪を起点として爆発的に増えていきました。
 メディアが気づく頃にはすでに、プロの間でもオフの機会に行われるほどの浸透をみせます。その存在は格式高い従前のゴルフとは別な、よりカジュアルなものとして。確固たる別種のスポーツとして。
 オリンピックの公式競技化を翌年にひかえた今年、盛り上がりは最高潮へと。
 次代を担う今大会参加の高校生たちも五輪代表に名乗りを上げるべく、全国の舞台でしのぎを削ります。

 全国ファストゴルフファンの皆様、おはようございます。
 海なし県である栃木に本日台風が直撃いたしました。比較的珍しい相模湾からの上陸で、かなり勢力を弱めつつではあるものの、関東一円がすっぽり強風域に。ここ皐月ゴルフクラブ佐野コースでも、風は未明から強まる一方です。
 現在の風速は14メートル。その発表を受けながらも、先ほど大会事務局は予定どおりに全日程をとり行うと決断いたしました。これで高校生ゴルファーたちに大自然が牙をむくことになります。
 本日も解説は、元プロゴルファーで現在全日本プロファストゴルファー協会の理事を務められております上野真冬さん。
 コースレポートは全日本ゴルフツアー機構会長兼シニアプロゴルファーの『世界の赤井』。赤井勇さん。
 進行はわたくし東中央テレビの高木翔でお送りします。
 よろしくお願いいたします。

 んよろしくお願いしますぅ。

 はい、よろしく。

 ここ皐月ゴルフクラブ佐野コースから、第1回全日本高校生ファストペアゴルフ選手権大会の2日目のもようをお送りいたします。
 しかし大変な荒れもようとなりました。

 どうして今日、とは考えてしまうわよねぇ。アタシでそう感じるんだもの、選手ならなおでしょうよ。
 高校生諸君には試練の一日になりそう。わかるのよ、アタシも現役時代にはずいぶんと風に泣かされたもの。

 いやいや、君が最高責任者としてけしかけたんだろう?

 ヒド!

 赤井さん、そう責めずとも。
 風の大会といえば語り草、風速19メートルのなか行われた99年の日本オープンが思い起こされます。

 俺はそれ出てないな。あのときちょうど腰痛めてたから。

 99年だったか覚えてないけど。それってもしかして小樽ぅ?

 そうです、小樽カントリークラブで行われました日本オープンゴルフ選手権。

 ああ〜、やっぱり。
 あれには苦い思い出しかないわ。今しかないと打ったボールは曲がり、曲がると信じて打ったボールは戻ってこない。
 観測したところが風速何メートルだったかなんて知らないけど、林の切れ間なんて数倍吹いてたりするわけ。それに風って一様に吹いているんじゃないの、吹いたりやんだり、なんなら一瞬だけ逆方向だったりする。
 それはボールが飛んでる時だけじゃあなくって、体にも影響するのよ。もう最悪。スイング中に前やうしろから急に押されてごらんなさいよ、ちゃんと当てることすら難しいんだから。
 きちんとひざを曲げて、一様に吹いているタイミングをねらってのスイングを心がける。
 それでもダメなときはダメなのよねえ〜。
 あの子たちは今日、それと同じ体験をするのよ。

 上野さんの含蓄ある高校生へのアドバイスでした。願わくば本コメントを今日奮闘する選手たちにこそ聞いてもらいたかったのですが。
 さて、本日は午前中に2回戦のすべての試合が、午後からは3回戦のすべてが行われる予定になっています。

 ハードよねぇ。そっかぁ、学生は体力あるから。

 いいえ、早ければ1時間もかからず決着がつくファストゴルフですから。1日に2戦くらいはアマチュアでも普通です。

 あらヤダ、アタシったらうっかり18ホールで計算しちゃったわ。どうもこの辺り、脳がいまだに勘違いしちゃう。

 ハハハ。
 私も趣味でゴルフをたしなむ身なのでその感覚はわかります。今でもついついやってしまい、午後からポッカリ予定が空くなんてことがありますね。
 本日だけで2回戦と3回戦が行われてベスト8が出そろい、明日の大会3日目では一挙に優勝まで決まることになります。

 水泳や柔道じゃないんだから、って言ったらおじさんて言われるんだろうなぁ。

 ハハハ赤井さん、思っても口に出さないでおきましょう。
 おや、今日は赤井さんもカッパをお召しですか。

 これだけ横なぐりだと傘は役に立たないって。
 君らはいいよ、エアコンの効いたコンクリートの内側なんだから。俺らは選手といっしょにこの風と雨の中。
 俺なんか還暦なんてとっくに越えてんだよ?

 大変コメントに苦しみます。なんとお声がけしたらよいやら。

 飛来物にお気をつけください。現場クルーの中で一番のお年寄りなので!

 君、あとでひどいぞ。3日目終わってからの打ち上げは朝までコースだ。

 はい、よろこんでお受けいたしますぅ。

 おっと、罰はむしろ上野さんにとってのご褒美になってしまうようです。
 さあ、ティグラウンドにカッパ姿の選手たちが現れました。昨日とはうって変わって、地味ないでたちの高校生が並びます。

 それでも色とりどりよ。赤に黄色、グレーに青。上下だけじゃなくて袖なんかも色違いで。アタシが現役の頃とはずいぶん違ってオシャレよね。
 それに今の子たちのはタイトよぉ。ピッチリと体の線に沿ってる。アタシも現役時代あんなのを使えばよかったわ。風が強いときなんかは特に。

 あの時代はそういった商品を販売してはいませんでしたからね。
 さて、本日は前日と同じホールとならないよう、スタートホールにプラス9したホールから。そのため第1組は10番ホールから、バックナインからのスタート。
 本日も最初は長崎県代表・長崎東西高校の一戦を、中大阪府代表・難波実業高校との対決でお送りいたします。
 風による遅延を見越して30分、予定時刻をくり上げての開始となったため選手はすでにスタート。ところがさっそく遅れが生じています。

 それは台風対策にジャッジ以外のスタッフがおおわらわでね。
 責めないであげて? なにせ初めての大会、プロで経験のあるスタッフをそう多く配置できてはいないの。
 ほら、今週はKBCオーガスタと日程がかぶってるじゃない。そうでなくても台風に影響される大会って多くはないから。

 運営側も手探りの状態です。手作りの第1回大会となりました。
 1組目は放送開始までに1打目をうち終えています。現在は2打目地点へ向かっているところ。
 始球式で1オンする快挙と共に勝ち進んだ長崎東西と、昭和のころからゴルフの名門校として名高い難波実業の対戦。果たしてこの嵐の中、どのような試合はこびとなるか。

 今年の難波は特に強いよ?

 赤井さん?
 続けてどうぞ。

 みんなも知ってるあの水上くんや、女子の草野プロを輩出した歴史ある高校だからね。
 ファストゴルフの台頭でさらにゴルフを履修する生徒が増加、この少子化の世にあって場所も道具も足りないほど盛んなんだと。
 その煽りを受け、ラグビー部など他の部活動は人数が足りなくて存続の危機なんだそうだ。

 よくご存知で。
 それは喜ばしい反面、ラグビーなど一部には残念な影響もあったと。

 人数がたくさん必要だものねえラグビー。アタシ大好きなのにぃ。
 あんな大きな高校でスターティングメンバーが足りないなんてことが起きたら明らかに事件よ。

 上野くんなんかはファストゴルフの火付け役側だろう? 罪深いことをしたな。

 グフゥォ!
 ほ、滅ぶべきはアタシ……!

 難波はそうした、ぶ厚い選手層の内で行われる競争を勝ち抜いて出場した選手たちなんだよ。これにはさしもの長崎東西も早々に降参、退場するかもしれない。

 おや?
 長崎東西びいきの赤井さんらしくない発言がとび出しました。

 知己として推したいのは長崎、孫の繋がりでもあるしね。だが実力は間違いなく難波だな。
 俺はむしろ、難波に対し長崎がどれだけ食い下がれるかに興味が移ってるかな、今は。

 たしかに地方予選の結果、さらには1回戦の内容を見ましても難波実業の方が一枚も二枚もうわ手。春の大会でも堂々の準決勝進出。そのときとメンバーは入れ変わっていません。
 女子だけの長崎東西、判官贔屓をしがちな日本人なら応援したい気持ちは高まりますが。

 ダメよぅ高木クン? あなたは中立で進行してくんないと。

 ハハ、そうでした。
 さあ、選手たちが2打目地点につきました。
 打ち下ろしの1打目とうって変わり、今度はグリーンにまで続く高低差の大きな打ち上げ。両校がどう攻めるのかに注目したいところです。

「うわっぷ、すっごい横風」
「ここから両側にあった林がなくなっています。普通にまっすぐ打ったならOBまで連れていかれるでしょう」

 おっと?
 難波実業の選手が長崎東西に接触しますね?

「そんなでもあらへんやろ。自分のドライバーは一切曲がらへんらしいやんか。ええやんそんな特技、ここで見せてえな。あ、ワイは難波実業の沢村いうねん。よろしゅう」

「なに? 揺さぶり?」

「そないなセコいモンとちゃうちゃう、純粋に興味本位や。こないアホみたいな天気やし、せめて楽しゅう会話しながら回りたい思てんねん。ティグラウンドはなんや知らん堅苦しいさかいな、やっとしゃべれる思て。んで? どないやって攻めんねん自分、このホール」

(ダメよつばめ、惑わされちゃ。集中集中!)

 なにごとか話しかけたのは難波の沢村。しかし大空は相手をしません、離れます。

 ウフフ、大空ちゃんには無視されたようね。

「ごめんなさいね難波実業の方。あの子まだ緊張してて」

「かめへんかめへん、悪かったな邪魔してもうて」

(ほんとだよ、まったく)
「さあ、つばめさん? わたくしたちはわたくしたちの仕事をいたしましょう」
「そうだね。それで? どう攻める?」
「それが難問なのです。口惜しいのはわたくしが横に回転をかけられないこと。もしそれができればこのホール、かなり優位に立てるはずなのですけれど」
「横回転んん? そんな芸当は世界の一流選手にだって無理だって。大丈夫、大丈夫! めいっぱいコース端ギリギリを狙って右に打ち出してみるよ。最悪でも左ラフには残ると思うから」
「ふむん……」
「悩んでても仕方ないって」

 直ドラね。打ったわ、至極あっさり。

 大空が打ちました、これはいい。横風にあおられるのを計算に入れて右へ大きく外したボールが、曲げられて戻ってきます。

「ナイスショットですつばめさん」
「んま、あんなもんでしょ」

 打った大空、得意げにクルクルと回してドライバーをバッグに仕舞います。丁寧に拭いて、手作りと思しきカバーをかぶせて。

 それにしてもあの子はドライバーに抜群の安定感があるわよね。直ドラに対する迷いが一切ないわ。

 それもそのはず、ティショットに限ればフェアウェイキープ率はなんと驚異の99.9パーセント!
 おそろしいまでのストレートボールヒッターです。フェアウェイを外したのは突風と、落着した先のキックが想定外だった時のみ。

 それ本当ぅ? おっそろしい子だわぁ。

 今回ももちろん、しっかりとフェアウェイを捉えてきました。いい位置につけた長崎東西は3打目で勝負します。
 続いて打ちますのは、なんら危なげなく地区大会と1回戦を突破してきた難波実業。いつも冷静なマネジメントに定評のあるキャプテンの大川と、ここぞという博打的なショットを得意とする沢村です。
 とくに沢村は、地元で『難波の龍』と呼ばれるほどの実力者なんですよ。

 龍ぅう?
 ウフ、大阪だったらやっぱり虎じゃないのぅ?

 私も最初に聞いたときはそう感じました。ですがあの長身ですからね。長い手足からくり出すロングヒットはまさに、同学年にとって龍だったのでしょう。
 しかしどうですか、沢村と水守、大川と大空。姿かたちは違えどなにか、通ずるものをおぼえませんか?

 そぉう?
 アタシ、あの男の子たちキライ!
 落ち着きはらってるし、なんだかふてぶてしいもの。

 いえいえ上野さん、解説もどうぞ中立で。

 ハイハ〜イ、わかってるわよぅ。

「なんや自分ら、普通に打ったなあ。アレはもう使わへんのんかいな。1回戦も1回こっきりやったらしぃしやなあ。それともナニか、ワイら相手には必要あらへんいうことか?」

「んう? なんのこと?」

「まあええ。自分らには自分らのコオスマネィジメントいうやつがあるやろしやな。しゃあないからこのホールはウチの方が見したるわ。本当のふたり打ちいうやつをな」
「デュアルショットや言うてるやろ。なんべん言うても覚えへんな悠太《ゆうた》は」
「せやったせやった、せやけどええやんなんでも。ショット自体にはカッコええ名前つけてあるしやな」
「それもオレがつけたったやつや」
「やかましわ、細かいことはええねん。とにかく、自分らには高校生初を先越されてもうたさかい、その恨みを晴らさなアカンねや。ホンマはワイら難波実業が初やったんやで?」
「地方予選でつことったらええのに温存しよ言うたのは悠太やんけ。秘密兵器やさかい、土壇場で披露したほうがカッッッコええから言うて」
「知らんがな! うっさいねん鉄幹《てっかん》は。坊さんみたいなんは名前だけにしとけやボケカスゥ。ワイらは午後スタートやったさかいに損しただけや」
「午前の試合見とった補欠らの言うこと信じて昨日つことったら良かったんや。センセも、『使わんでも勝てるやろけど、使うかどうかは任す』言うとったやんけ。そしたらニュースで本日2例って言ってもらえたんとちゃうか? 映像も流れたはずや。ピンチでもなんでもあらへんとこでつこたらカッコワル言うて。せやから、おまえのそれは逆恨みやで」
「この……! 鉄のアホンダラァ! おまえはどっちの味方やねん!」

(あはは、まだやってる。もしかして漫才?)
(シィッ! 聞こえますよ!)

「とにかく、ワイらに2回戦で当たったんは運がええで。自分らはここでサイナラや。今日の午後には荷物まとめて、あったかぁいお家に帰れるで。ホンマによかったなあ」

「なッ! こんの……!」
「やめてくださいつばめさん」

 おっと? 難波実業と長崎東西の間にトラブルか? にこやかに話していた両校が一転、にらみ合いを始めましたが?

 あふん!
 いいわよねえ、若さって。しみじみ感じるわぁ〜。難波実業なんかやっつけちゃえ大空ちゃん、水守ちゃん!

 乱闘は困ります!
 それに長崎東西では体格差も大きい、普通に負けますよ。

 当然アタシが助け舟を出すに決まってるじゃないのよさ。
 あんな身長だけのヒョロガリなんか、つまんでポイポイポーンよ。

 やめてください上野さん、怪我人が出ます。

「どちらも落ち着いて、これはゴルフ、紳士淑女のスポーツなのよ。それをわかっていて?」
「わかってるよ美月ちゃん。この怒りはゴルフで返す」

「そうできたらええなあ? ま、このホールはウチがもろたがなあ」

「くっ、この!」
「行・き・ま・す・わ・よ、つばめさん。次は彼らの打順です」

 水守が大空の腕をひっぱりわきへと下がりました。一時は場が緊迫いたしましたが。

「なぁんや、つまらん」

 いやあ、今の若い子たちは大人しいから、あれくらい血気さかんな方がいいよ。
 いつでも倒してやる、いつでも世界に出てやる、それくらいの気概がないとこれからオリンピックだってのに頼りないじゃないか。
 勝負事なんだ、戦いなんだよ。若い子はあれくらいの方がちょうどいいんだって。

 意外に赤井さんも武闘派とわかり、報道陣は武闘派多数となってしまいましたが。スポーツ選手なんです、借りはプレーで返すということで。
 この場は水守に感謝いたしましょう。

「とにかく見したるわ、これがワイら難波の必殺ショットや」

 おっと難波実業、ショットルーティーンに入ったかと思いきやもう打ちます。

 彼ら早いね、あれでもう準備できたのか。

「いくで悠太!」
「いつでもええど鉄ぅ!」

 大川打ちました。おや、ボールは?

 ちょっ! ちょっと待って! ウエッジよあの子! 真上に打ち上げたわ!?

「ホンマは真上がええねんけどなあ、鉄幹の腕前やとちょい前に行くねん。これやとティグラウンドからも出るし、どうせ日本初や言うてもらえへんしなあ。はあ、メンド」
「やかましわ。はよ打たんかい、3秒越えたら怒るでしかし」
「そんなわけあるかいな。こないなモン目ぇつぶったまんまでも打てるがな」

 大川が横にはけ、クラブ片手にゆったり出てきたのは沢村。ボールが落ちゆく先で待つのは沢村です?
 まさか!

 やっぱりあの子たちも使うのよデュアルショットを!
 海外ではすでにトリッキーなショットが次々に生まれているって知らない? やったわ! 日本のユースもいよいよ、デュアルショット元年到来よォ!

「まぁやっと使える相手と戦えるっちゅうこっちゃ。喰らうのを光栄に思って田舎に帰りぃや。いくでえ! サイドぉワインダーーーーッ!」

 落ちてきたボールを沢村が、ノーバウンドのままドライバーで打つ!?

 世界ではもっともポピュラーなふたり打ち、サイクロンだな。しかしまさか高校生でも使い手が現れるとは。

 低い低い! なんなのあれ、低すぎるわよあの打球!
 あれは普通のサイクロンじゃない!

 打ち方はともかく、放った打球はとても低い! まるで芝の上を転がるかのように、地面スレスレの超低空を飛びます!

「風をものともせずまっすぐに? それほどの回転を? それに打ち出した角度が普通じゃない、地を這うかのよう——」
「ッ……!」

「オイオイオイ。なんや、声も出ぇへんやんか」
「そないに驚いたか?」
「無理あらへんけどな、これがワイらのサイドワインダーや。まあ、ワイが提案したタイフーンホバークラフトの方がもっとええ名前や思うねんけどな」
「なに言うとんねん超絶ダサやろ。普通がええねん普通が」
「ワイのオトンの案を悪ぅ言うなや! なあ長崎東西? ええ〜思うやろタイフーンホバークラフト」

「言い得て妙ですね、ホバークラフトならサイドワインダーよりはものの実態を示しているようには感じます。でもあちらは動力で空気を下に噴射しながら浮かぶのに対し、あなた方のボールは特異な回転と、おそろしいまでの低弾道で飛ぶ似て非なるもの。それに——」

「ん? なんや? それに?」

「理屈ではわかっても、実際に打てるかは」

「ふふん。まあムリやろなあ。今までも何回かTikTokで投稿しとったが、マネしてできたヤツは今んとこおらへんで。CGつこたヤツ以外はなあ。だいたいは大きく膨らんで普通のサイクロンになりよる」

「そう、当てるのはボクにだって難しくない……。でもあれだけ低く打つのは……」
「わたくしもです。ウエッジとはいえ、フルショットをほぼ真上に打ち上げるだなんて。プロの一部が大人の筋力でやっとの芸当を高校生の身で」

「ふふん、気がついたみたいやな。まあ普通はできへんやろなあ、普通はなあ?」

 これは大変なことになりました! 新たなデュアルショット使いの登場です!
 これで本対戦は本大会初のデュアルショット使い同士の対決となりました!

 ずっと対戦相手同士で会話をしていたから見逃していたのね。大川クンが携えていたのがウエッジであったこともあって。
 この雨の中でわざわざ、ふたりがクラブを所持している時点で気づくべきだったわ。

 ようやくボールが地面へと落ちます。この台風の影響下、それをものともせずに突き進んだ先はフェアウェイの真ん中! それも長崎東西を楽々キャリーで超える大飛球だ難波実業!
 この風の中、こんなショットが本当に可能なのか?

 彼らウエッジでほぼ真上に上がるほどのバックスピンをかけたな?

 え?
 あ、はい。そうですね?

 それをドライバーで捉えたなら? 異常なほどのバックスピンを保持したまま飛ぶドライバーショットになる。
 野球のストレートボールは、バックスピンがかかっているからこそ打者が急に伸びたと錯覚する。
 ピッチャーが普通に10なんメートルか投げると、本来は下に沈むんだ。それはそうだろう、ボールはいつも地球に引っぱられてる。
 だからキャッチャーミットに収まる際にはずいぶん落ちていていい。放物線なんだ。そうならないのは、ピッチャーがボールに強い逆回転をかけているから。
 そうした方が空気を効率よく後ろに受け流し、球威は落ちない。球威が落ちないから高さも落ちない。高さが落ちないぶん、バッターは手元で伸びたように錯覚し、目測を誤って空振りをする。

 ええっと? 私はさっきから煙が出そうな勢いです、頭から。

 ひとことで言うと野球のストレートは本来の放物線よりも落ちてこないんだ。つまり、ボールに強いバックスピンをかけていたなら、同じ高さで放った場合に通常よりも遠くまで飛ぶ。
 それと同じことをゴルフでやってみせたんだ、難波実業は。

 はぁ、今の打球にそのような高等技術が。侮れませんね高校生も。

 あれ見て。
 雨なのに、強風なのにかなりランが出ているわ。
 低いボールだったから地面に当たっても勢いが弱まりにくいのかしら。
 あれ、もしかしたらそのまま乗るんじゃない?

 数ある水たまりでブレーキがかかるかと思いきや、水切りのように表面を滑っているようです! まだまだランが出ます!

 回転が残っているからよ、それで水切りが。
 まさか、グリーンに乗ったら急激に止まる?

 そうなるだろう、グリーンはフェアウェイと比べて水はけがいい。
 さては彼ら、そこまで計算してこのホールに勝負をかけたな?

 グリーン周辺で待つギャラリーからはひときわ大きな歓声、そのまさかが起きました!
 乗せてきたぞ難波実業ォ!
 この長大なパー5、10番ホールでなんと2オォン!

 まさかこのホールで高校生がイーグルを出すだなんて。それも台風のコンディションでよ?

「なんてこと……。あの距離の打ち上げを、この風の中で乗せて?」
「ぐぬぬ……!」

「もろたで!」
「はは! 乗ったか? もうけもうけ〜」

 それにしても驚かされました。大川の手にはまさかのウエッジ、てっきり第3打で使うものとばかり。

 俺もだよ、まんまと裏をかかれた。

 強豪校があんな必殺ショットも持っていたなんてね。
 こうなると長崎東西はジリ貧かも。

 バカ言っちゃいけないよ。ゴルフはここから、勝負はここからがおもしろい。
 地の腕前だけで勝ち負けがつかないのがゴルフというスポーツだ。うまい奴がプレッシャーでガタガタになることもあれば、下手な奴がゾーンに入って目の覚めるようなプレーをすることもある。
 昔から言われていることだがやっぱり、『上がってナンボ』なんだよゴルフってやつは。

 ハイッ! そうでした赤井さん!

 おや、さしもの上野さんも赤井さんの前では小さくなりますね。

 そりゃそうよ、あの方を誰だと思ってるの?
 世界のレジェンドだもの、憧れよぉ。

 君さ、憧れるのはいいがあんまりベタベタくっつくのだけはよしてくれよ。暑いから。

 ヒド!
 では冬にお邪魔しますぅ。真冬ですのでぇ。

 ハハハ。
 難波実業の見事な2オンでスタートホールを落としました長崎東西。難波実業はボール回収を大会スタッフに任せ、ゆうゆう11番ホールへと向かいます。

「時は金なりやで。ほなちゃっちゃと次いこかー」

「つばめさん……」
「あの人たち、口ばっかじゃない。本当に強い」

 さて。
 本日も赤井さんには特別に今大会のコースレポートをご担当いただきますが、気になることが一点。

 ん?

 いくら3日間だけとはいえ、高校生の大会にシーズン中のプロがコースレポートをするのは異例中の異例です。それも世界の赤井さんがですよ? どうしてそのような流れになったのかを、可能な範囲で。

 そうそれ、アタシもずっと気にはなっていたのよ。

 ああ、それか。

 聞くところによると、このたびのオファーはなんと赤井さんからだったと。それは本当ですか?

 ええっ!?

 うん、ちょっちね、孫に頼まれちゃって。
 遠くに住む孫が水守くんの後輩でね、彼女をよろしくと言うもんで。
 1年くらい前かなぁ、ちょっとだけ練習を見てやったんだよ。その時に引退を勧めたんだ。

 ええっと、ちょっと待ってください?
 聞き間違いだったでしょうか、ペアゴルフを勧めたのではなくて?

 いや、引退。競技ゴルフからの引退を勧めたんだ。
 彼女にはもう伸びしろがなかった。現に今も、当時からなにひとつ成長していない。それどころか、現在進行形で後退してる。
 でも彼女は独力で見つけたんだよ、化学反応を起こすことのできる相手を。それは彼女の捥がれた翼、大空という名前の片翼だった。
 それ以来彼女に心酔してしまって、こうして追っかけみたいなことを続けているんだよ。いい歳したじいさんが。

 世界の赤井が追っかけをする女子高生。
 文字で見るといろいろと誤解を受けそうですが、実際の意味に注目するとこれは大変な事件ですよ。

 彼女らはね、こんなところでは終わらないよ。ひとりひとりの成長はみこめないかもしれないが、ペアはまだまだ成長段階。これから先、彼女らには無限の可能性が残されている。
 いっそ断言しようじゃないか。長崎東西は必ずや今大会で優勝し、ロサンゼルスオリンピックの代表候補に名を連ねると。

 んま!
 大・胆・発・言んん!

 これは驚きました、なんと昨日に続き赤井さんのお墨付き。
 まだ2回戦で、対戦相手は名門難波実業、それも長崎東西がひとつホールを落とした不利な状況でです。
 この宣言の行方がどうなるかにも今後は注視したいですね。

 頼むぞ君たち、俺を大ボラ吹きにしないでくれよぉ〜。

 ハハハ、悲痛な本音がもれています。
 さあ、面白くなってまいりました第1回全日本高校生ファストペアゴルフ選手権大会2回戦。
 続いてカメラが捉えましたのは?

第4話

 さすがと言ったところでしょうか独学館高校、すばらしいショット、今大会初のアルバトロス達成でした。
 さて、映像は変わって1組目です。
 12番ホール。長崎東西が映ってきました。台風の中、バンカーにつかまってしまいました水守・大空ペア。
 バンカー内でも果敢にドライバーでアドレスしますが。

 ドライバーで? ムチャするわぁ。
 でもそうした果敢なトライをする姿勢こそアタシは好きなのよ。

 他の組を追っているあいだに難波実業はなんと2ホールを連取、早くもこの対戦に王手。レギュラーゴルフの名門校はやはり、ファストゴルフでもその存在感をありありと示します。
 一方の長崎東西。
 スタートホールに続きなんと11番も落とし、もしこのホールも落とそうものなら敗退が決まってしまう場面、水守・大空ペアには正念場です。

 長崎東西の場合、ここからグリーンにはウッド以外で届かないのが痛いわね。しかしあの1メートルはあるアゴを越えられるかしら。
 心配ね。

 うーん、どんなにロフトを寝かせたとしてもウッドではあの高さは厳しいでしょう。クラブフェイスをひらけば飛距離が落ちて届きません。そもそも右に出てしまいますし。
 長崎東西、ここ佐野コースの刺客12番ホールを攻略できるか?

「おいおいおい、せめて名物ホールの14番ホールまでは行ったってや? このままやとこのホールで終わりやで」

「ちょっと、邪魔しないでくれる? もうアドレスに入っているのが見えないの? それとも、大阪ではゴルフ中にチャチャを入れるのもマナーのうちなのかな?」

「コンノ……! こっちが純粋に心配しといたっとるのに」
「にしても困ったよなあ、ここらには跳ね返してくれるもんはあらへんしやな。自分らの得意技は封じられてるとみてええんやろか。お手なみ拝見やで」
「しかしアレやで、頼むからワイらには当てんでくれるか? 自分らの打球はさぞ痛いやろしなあ」

「ぐぬぬむぅ!」
「さ、交代しましょう」

 時間ギリギリまで可能性を探っていた大空があきらめてバンカーを出ます。水守とバトンタッチ。
 やはりウッドはやめるようですね。どうやら普通に打つもよう。

 表情はすぐれないわ。

 水守がバンカーから出したボールを、即座に大空が打ちます。

 オーソドックスなペアのショットね。華はないけど手堅さはあるわ。

 距離はあるが? どうだ?
 ああ〜、オンならず! 距離は届いたが風に負けた、読みきれなかったか?

 いや、砂だろうな。
 バンカーの濡れた砂がおそらくボールにびっしり。あれじゃどれだけ回転を伝えられたかわからんよ。だから届かなかった。

 なるほど、砂ですか。
 同じく2打目でグリーンを外した難波と並び、これで12番ホールはおそらくイーブン、長崎東西はさらに半歩後退となります。
 ダークホースと一躍注目され始めた同校が、今後どのように戦うかが注目されますが。

 本来ならここでアドバイスのひとつでも受けたいところよねぇ。

 ペアゴルフではキャディが居ませんから。芝の上では選手ふたりの判断がすべてです。普段は監督である教員も、試合中はギャラリーと同じ外野からの応援となっています。
 それにしてもどうした水守・大空ペア、2回戦になっていちじるしく精彩を欠いています。
 本大会唯一の女子ペアの快進撃もここまでか?
 両校が無難にグリーンに乗せてホールアウトします。12番。
 このホールは互いに0.5ポイントを加算、難波実業が2.5ポイントとしてこの対戦に王手。
 長崎東西はこの試合初のポイントとなる0.5ポイントを獲得。しかし長崎は、3ホール目にして早くもあとがなくなりました。

 あっぱれなのは難波よね。常に前にでることで相手に先に打たせてる。あとに打つ方が距離が短くて簡単だし、もしそれで相手がグリーンからこぼせば安心して挑戦できる。この強風の中、どの程度曲がるのかを把握したあとでね。
 それに難しいホールほどスコアがいいのよあの学校は。実力も試合巧者っぷりも断然難波が上よね。

 ベタ褒めじゃないですか上野さん。

 でもアタシ、あの子たち嫌い!

 あらら。

 ふてぶてしいじゃない。今も得意の話術であの子たちを惑わせているに違いないもの。
 水守ちゃんに大空ちゃん、いい? 平常心よ、平常心んん!

 このホールは難波の1打目が深いラフにつかまり、初めて長崎東西が前をいく展開となったものの結局、このチャンスを活かせず。

 カート道上のキックがまさか、鋭角に跳ね返ったんだよ。あわよくばその向こうへって狙いがあったんだろう。だが現実は、台風で折れた枝に当たってのバンカー。不運だったなあ。

 ともあれ12番でようやく、この試合初めてのポイントを得て13番ホールへと向かいます。

 ここで切り替えられるかどうかだ美月くん、つばめくん。
 見てるぞ。

 見届けましょう。
 このまま難波実業の完勝となるのか、それとも長崎東西が巻き返すのか?
 ところで、水守にはなみなみならぬものが赤井さんの中にあることが分かりましたが、大空の方はいかがですか?

 ああ、彼女は天才だよ。ゴルフのじゃないよ? 愛される天才、人たらし。あの性格だ、放っておいても向こうから人はやってくる。
 幸か不幸か、彼女はウッドに関してだけ人並み以上のものがある。この『だけ』ってところが残念だがね。あの身長からしたら、あの飛距離は破格だよ。
 だが、それだけ。
 ウッドだけ上手でもゴルファーとしての大成は不可能だ。それなのに、好きだったんだよなあ、彼女。飛ばすのが。誰よりも圧倒的に好きなんだ。
 ここだけの話だと先に断っとくが。
 彼女、早くに母親を亡くしていてね。もしかしてゴルフあるいはウッドは、亡くなった母親との対話の意味もあったんじゃないだろうか。いつもドライバーを振り回して、嫌なこともつらいことも全部ボールに乗せて飛ばして。何もかも忘れて、打って打って打って。

 ええっと、赤井さん?

 そうやってどうにか笑ってたら何もかもが向こうからやってきた。チャンスもパートナーも。ペアゴルフなんてこれまでになかった、彼女のために興ったのかとさえ思えるような競技が。彼女を世に出せと、それが必然であるかのように。水守という、大空の欠けたくぼみにピタリとはまるパートナーを得て。
 彼女のウッドは無敵だよ。少なくとも日本国内では。

 あのう、すみません赤井さん。

 赤井さん?
 赤井さん??
 インカムがダメね、聞こえてないみたい。

 才能なんかむしろない方なんだよ。強いて言うなら無辜の努力に期待しているんだろうなぁ。
 普通なら実をつけることのない努力なんてできないんだ。ゴルフは飛ばすだけじゃあ勝てっこない。
 だが彼女の場合、生活のすべてがドライバーショットだった。それが彼女の背骨で、唯一の生きる目的。
 だったら強いよ。何もかも失った彼女にはそれしか残ってなかったんだから。

 赤井さん? ねえあなたたち、いったん音声切った方がいいんじゃないの?

 赤井さん!
 赤井さん!!

 ん? どした?

 あ、ようやくつながったみたいです。それほどまでに大空のことを。
 しかし赤井さん、その個人情報はまずくなかったですか?

 やっぱりまずいか。いろいろとせせこましい世の中になったもんだ。
 じゃあここは後で編集しといてよ。

 いえ、昨日と違って収録ではないんです。今日は土曜日なので生放送なんですよ……。

 えっ、そうなの?
 ありゃりゃ、そりゃあ。
 …………。
 まずいことしちゃったなあ。

 ええ、本当に……。
 一旦CMを挟みます。

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 えー。
 先ほどは放送内で選手個人の情報を憶測混じりでお伝えしてしまいました。ここにつつしんでお詫びいたします。
 なお本番組はこれ以降、個人情報保護に配慮した放送を徹底いたします。たいへん申し訳ありませんでした。

 ん申し訳ありませんでした……。

 申し訳ありませんでした。
 つばめくん、済まない!

 では、気を取り直して選手たちの動向をお届けしましょう。
 カメラが捉えましたのは長崎東西高校の大空です。1年生。
 見てください、この窮地においてなおもこの表情。
 ペアを組む水守に比べ、この選手はいろいろと顔に出ます。どう捉えますか上野さん。

 まったくポイント差に動じていないわね。たんたんとルーティーンをこなしてる。追い込まれたことで逆にすごく集中しているわ。
 わずかに口もとをむすんで、目線は高く遠いグリーンへと。
 長崎東西のふたりには今、なにが見えているのかしら。

 まだまだ秘策あり、ということでしょうか。
 彼女たちがこれまでに見せた技術から考えますと、先の11番と同じくあの距離は手を出せるものではないと考えますが。

 デュアルショットはこの試合ではすっかり鳴りをひそめているものねえ。まだ一度も出してない。
 たぶんボールをはね返してくれるものがない、それか、きちんと打てたところで狙いたいところまで届かないのね。

 ええ、おそらく。じっと耐えるゴルフが続いています。これから打つ第2打に注目したいところですが。
 13番ホール、パー5の第2打を水守・大空ペアがどう攻略するか。
 もしこのホールを長崎東西が落とすか引き分けとするようであれば、難波実業のワンサイドゲーム、勝ちが決まります。一矢報いるためにも、長崎東西にとっては正念場ですよこのホール。
 どう攻めてくるのか、皐月ゴルフクラブ佐野コース。13番第2打。

 普通に打っては届かんぞ。届かねば負ける。ここは絶対になんらかのふたり打ちが必要な場面だ。
 しかし彼女らのふたり打ちは跳ね返す障害物が不可欠。
 どうするか。さっきみたいにあきらめるのか。
 それとも。

「なんや長う考えとるとこ悪いねんけど。少し先にあるワイらのボールからでもムリやでここの2オンは。さっきと同じにここも大人しく3オンにしときぃや。そしたら引き分けでプラス0.5ポイント、3ポイントになってワイらの勝ちやで」

「ううん、乗せる。乗せて次のホールに繋げる」

「ほ、それはそれは。お手なみ拝見といこうやないか」

 長崎東西の長考が続きます。
 なんらかのデュアルショットが必要な場面に、長崎東西はどんな答えをみちびき出すのか。
 デュアルショットとひと口に言いますが、最初の興りと今とでは大きく様変わりしています。
 最初は直接グリーン方向を狙えない場合に横へ出したり、ライの悪い場所からの脱出に用いたりと比較的単調でしたが、徐々にデュアルと名乗るにふさわしい技へと変化してきました。

 さっきの、12番の長崎東西みたいな難度の低い技ばかりだったものねえ。それが今や。
 国内のプロもそうだけど、世界は特に顕著よね。
 ペアのスケートと同じなのよ。リフト技の発展や、スロータイプのジャンプとか。初期には考えもしなかった大技が年を重ねるごとに次々と増えて多彩になった。
 ペアスキージャンプなんかビンディングをはずす技すら出てきたもの。ペアゴルフもいよいよその域に達しつつある。知ってるでしょ? 世界はもう。
 アタシは信じてるの、ペアゴルフもきっとこれからもっともっともおっと、今からじゃ想像もできないほどに多彩な技で盛り上がるって。
 ま、洗練された先では画一化が起こるのだけれど。そうゆう意味では今からが一番多彩で面白いのよねえ。
 たぶんこれからどんどん愉快で斬新なデュアルショットが生まれるわよ。そしてすぐに淘汰される。そのはかなくて綺麗な花火を。一緒に楽しみましょう?

 さあ、その一端となるようなデュアルショットを1回戦同様この試合でも見せてくれるのか、長崎東西高校?

「美月ちゃんは知ってる? 昔のサッカーの偉い人が残した格言があるの。『ゴールが見えたらシュートを打て』、って。たぶんお父ちゃんはそれをまねたんじゃないのかなあ? ある日こう言ったんだ。『ピンフラッグが見えたらグリーンをねらえ』、だってさ。アンチゴルフの、素人の飲兵衛のくせに。でもね、それって案外当たってると思うんだ。今がその時じゃないのかなあ」
「? ゴールが見えたらシュートを? サッカーのゴールって常に視界に入るものではなくって?」
「世の中には地平線からのぼってくるサッカーゴールもあるらしいよ? 実際にはシュートコースがあれば打てって意味だとは思うけど。それとゴルフも一緒だよ。旗が見えたのならグリーンを狙おう。それはゴルファーの本能だよ」
「ですがこの距離で、ね。すでに2.5ポイントのビハインド、このホールは引き分けただけで即座に負け。わたくしたちはこれをグリーンに乗せることができなければ敗退が決まる場面。実にヘヴィですわ」

 長崎のふたりが長考している間におさらいしましょう。
 10番、11番を難波実業が連取、12番ホールは同スコアでキャリーオーバーとし、1ポイントをプールしつつ両チームに0.5ポイントを加算。それによって難波実業は2.5ポイントに。
 もしこの13番ホールもまた同スコアとなれば再び両校が0.5ポイントを獲得、合計3ポイントとなった難波実業の勝ち抜けが確定します。
 つまり、このホールを長崎東西が奪取できなければ敗退が決まる場面、おそらくこの一打が勝敗を決するでしょう。
 最後になるかもしれないこの一打で、果たしてどんなショットを見せてくれるのか。

「ボクたちはここで立ち止まってなんていられない。だって来年を待ってたらオリンピックが終わっちゃうもん! だから美月ちゃん、冒険するならこのホールしかないんだよ! 今から打つ、このショットしかない!」
「そう……ですね。このまま何もしないで敗退するより、ダメで元々、挑戦した方がいくらか増し」
「そういうこと。やってみようよ!」
「わかりました。いつも以上にシビアではありますが。やってみましょう」

 おっと? これまでにない新しい配置、水守が前でボールの位置、大空が10ヤードほど後ろでアドレスに入るようです。

 ん素振りしてるだけじゃないのぅ?

 いいや、違うな。そのわりに本気のルーティーンだし、今のアイコンタクトには気迫があった。
 なにかしら仕掛けるつもりがあるぞ、彼女ら。

「打ち合わせのとおりに、あなたに当てるつもりで打てばいいのね?」
「うん、思いっきり。できれば足下を狙ってくれるとありがたいかな。無理?」
「誰にものを。スネに当てて骨折しないでくださいまし」
「おっ任せえ!」

 気合いの発声一番、大空がカッパを脱ぎ捨てましたが?
 何をするつもりでしょう?

 わかるわアタシ。
 あんなに軽くて薄くてもカッパは少なからずスイングの邪魔をするものよ。時にはこすれる音すらプレイヤーの気を削いでくる。
 ふふ、面白いじゃないの。次はすべてを賭けるつもりよ、あの子たち。

「必ず軌道はブレますから! 調節はそちらでお願いします!」
「オーキードーキー!」

 長崎東西はぬかるんだフェアウェイに対し直ドラで挑戦するようです。水守の直ドラは今大会初のようですが。はたして吉と出るのか、凶と出るのか。

 ああん、もうっ!
 見てられない!

 見なさいよ上野くん、今日一番のショットはきっとこれだ。

「いきます!」

 水守が打つ!
 しかしシャンク!? 目の前の木に当ててしまった!

 ここでミス、か。万事休すね。

 いいや、まだだ!

「どっち!?」
「右! 2時の方向!」

「当たれえええっ! 第1の奥義・改! ビッグフット・オブ・イーグル!」

「なんやて? あれに当てるんかいな!?」

「をををををををををを行けえええええええええ!!!」

 大空が? 走って横っとび!?

 なんてこと!? ボールに飛びつきながら空中で振りぬいたわよあの子!

 勢いそのままに受け身もとらず転がる大空! 身体は大丈夫か?

「あだだいだだだ! ボッ! ボールは!?」

 ボールは伏せる水守をギリギリかすめるようにして高く上がるッ!

 たいしたもんだ、あの体勢で当ててさらに前へ飛ばすか。

 正確にとらえたか、まっすぐに! 打球は高いもののグングン伸びる!
 風はほぼ真横から、にもかかわらず影響されずに飛ぶぞ長崎東西ボール!

「大丈夫ですかつばめさん!?」
「お願い、乗って! ボクたちの思いを乗せて!」

 倒れたままでボールの行く末を見上げる大空、どうやら無事のようです。

 よかったわぁ。たとえこれで切り抜けられたとしても次のホールが。今日は午後から次の試合だってあるもの。

 まったくその通りです。
 期待のままに距離は出ているぞ、やや飛びすぎるか? 風にも影響されはじめ左に曲がってきてはいるが?

「バッカ、こらえろぉッ!」
「お願い……」

 グリーン左端まで風に曲げられたボールは!?
 ギリギリ残るか?
 どうか!?

 やっぱりちょっと大きくない? ダイレクトに落ちたら止まるはずないわよ?

 おっしゃる通り、乗せたとして止まるか。13番のグリーンは奥が極端に下っているが? ドスンと落ちたボールは?

 これだけやったんだもの、止まってぇいえ!

「ッ!」
「絶対乗ったあ!」

 ランは無し!?
 ランは無しです! 落ちたままに止まった!

 やったじゃない!
 そうか、打球が高いから。雨でぬかるんでて。

 どうやらグリーンに突き刺さったようですね。それで大ブレーキとなって。
 いやあ、ハラハラさせる一打でした。さあ、グリーンの縁ギリギリに落着したらしいボールの判定は?

 落ちたのがグリーンだったかだ。グリーンカラーより内側であればオンと判定される。カラーの上ならオンならず。
 埋まったのがどちらだったか、だ。

 ご、ゴクリ……。

 グリーン近くに待機していたジャッジが現在確認していますが。どうでしょう?
 旗の色はどうか?
 旗の色は!?
 緑ィィィィィ!
 グリーンフラッグが高々と振られます! 出ましたのはセーフの意思表示!
 オンが認められました! このホールを長崎東西はイーグル!

 アタシ信じてた、きっとあの子たちなら奇跡を起こすって。グスッ。

「乗った!? みたい? やった! やりましたねつばめさん!」
「あはは、なんとかなるもんだね。自分でも驚いてる」

 水守が手をさしのべ、大空が応じ。
 抱きあって喜びます長崎東西。

 まるで優勝したような騒ぎね。気持ちはわかるわ。

 大空が脱ぎ捨てたカッパを水守が拾い、クラブを片づける大空に届けます。

「さ、また着ないと」
「ううん。カッパはもういいよ、ありがと。次のホールが泣いても笑っても最後だもん。もし午後があるのならその時に着替えるから。だからいい、このままで」

 続いての難波実業は?
 彼らも打ちますねデュアルショットを。その態勢に入ります。

「やるやんけ長崎東西も」
「ああ、とんでもねぇモン見せてくれよってからに。こっちまで熱うなったわ」
「まだ道をゆずるつもりはあらへんいうこっちゃな。やろ?」

「はは、まぐれまぐれ」

「ところがや、ちょいと火ぃつくのが遅かったんとちゃうか? ワイらがコレを乗せてもうたら勝負がつくで」

「そんなのわかってる。そっちもやってみせてよ」

「言われんでも。いくで鉄ぅ!」
「ああ。これで終いや」

 難波実業にしてみれば当然の判断よね、彼らはこれを乗せ返してしまえば完勝だもの。でもこの一打の重みはとてつもなく大きいものに変わったわよ?
 乗せれば難波の完勝、でも外せば長崎東西がキャリーオーバーと合わせて一挙2ポイントを奪取し、同ポイントで並ばれてしまうんだもの。

 おっしゃる通り。ターニングポイントになりうる大切な一打を、難波実業はどう打つのか。
 この状況下でも澱みない大川、いつも通り早いルーティーンから打ちました。ウエッジをフルスイング!
 おや? 沢村がこれまでよりも先で位置取りを?

「これで少しでも距離を稼ぐんや。届けやあ! サイドワインダアアああああ!」

 低く打ち出した毒蛇はグリーンに向かってまっすぐ!

「ええど! アホみたいにまっすぐ行ったで!」
「やっぱタイフーンホバークラフトの方がええのんとちゃうかなぁ。クラフトぉぉぉぉぉって叫びやすいもんなぁ」
「永遠に言ってろや、絶対許さへんでそんなダサダサ」

 これはいいね、実にいい球筋だ。これも乗るんじゃないだろうか。

 まるで吹きやまない風をものともせず、勝利へと向かうボールはグリーンへと!
 砲台グリーンのへりに当たってちょうどよいブレーキもかかった!

「届いたんか!? 完璧や!」
「いったやろコレ、いったやろコレェ!」
「もろたでこの勝負!」

「……ッ!」
「ダメ……。まだ、まだ終わらせないで……!」

 難波実業の勝利は確実か?
 今ジャッジが向かい判定を下します。グリーンはカメラから見えないほど最奥が下がっており、こちらからは確認できません。ずいぶんと奥まで転がりました。

 プロの大会と比べるとカメラの数が少ないものね。
 ギャラリーの反応は? あの人たちからも見えないのかしら?
 白旗なら徹底抗戦、赤なら——

 上野さん嘘情報は!
 白旗はありません、白旗はファストペアゴルフには存在しません。
 見事オンならば緑、もしもこぼれていた場合は——

 赤よ、赤旗ァ!

「よかった。どうにか、首の皮一枚はつながったようですね」
「助かったんだねボクたち。もう少しでなにもさせてもらえずに終わるとこだった」

「こぼれてるって、ホンマかぁ? ウッソやろ? ミトマの1ミリあったんとちゃうんかい。センサー入れぇやセンサー」
「手ごたえはあったんやけどなあ。ホンマなら届かへん距離、それをブン回してどうにか届かせた。ほんで、グリーンの砲台に当てて勢いを殺すアレ。ベストやった。あれより手前に当てとったら登っていかれへんやったってくらいにはベストのショットやった。いくら奥下がり言うたかて止まらへんほどのもんやったろか、解せん」

 おや? 水守が自ら大川へ話しかけますね。

 ほう、あの子が。珍しいこともあるもんだ。

「あのショット特有の回転が影響したのでは?」

「む。聞かせてぇな」

「土手に当ててもまだ回転がほどけていなかったのでしょう。おそらくそれが原因でグリーン上の水たまりの上を跳ねたのではないかと。まるで平たい石を川面に向けて放った水切りのように」

「グリーン上でも水切りが、か。なるほど、とんだ弱点があったもんや」
「大自然の方が一枚上手やったっちゅうだけのことやろ。前のホールまでこっちの味方やったモンが急に牙をむいてきよってからに。ホンマ自然相手はかなんわ」
「しゃあないて、切りかえてこ。これで試合がフリダシになってもうたが、負けてまではやらへんで」
「その通りや。次のホールを獲った方が勝ちやで長崎東西。恨みっこナシや」

「望むところだよ。ボクたちはいつだって挑戦者なんだ」
「ええ、受けて立ちましょう。そして決着を。うしろの組も待っています」

「ゲぇ!」
「おおい、すまんなあ! すぐに行くよってに!」

 さあ、13番ホールで試合は大きく動きました。
 12番のキャリーオーバーがある状態で長崎東西が13番を奪取したため、水守・大空ペアは一挙2ポイントを獲得。同じ2.5ポイントでならぶ展開となりました。
 長崎東西対難波実業の一戦は、双方が王手をかけた状態となって次のホールへと。
 CMをはさみます。

第5話

 ナイストライ、そしてすばらしいホールインワンでした、舞浜学院の二宮姉弟。
 さて。
 1組目です。やってきましたのは14番。
 このホールは青空が一部顔を出していますね。昨夜からの雨もようやく弱まって、厚かった雲もところどころ切れ間が見えてきました。
 作戦を練っていたか、長い時間話しこんでいた難波実業がしかし、あっさり打ったッ!

 あの子たち、あの難しいショットを事もなげに打つわあ。実際はむちゃくちゃ難しいことをやってるはずなのに。それだけにムカつくわ〜。

 ハハハ、上野さんは難波実業の技術は認めているんですね。
 さあ、確実に歩を進めたボールはピンから360ヤードの位置、長崎東西のおよそ5ヤード先へ。
 14番はこの皐月ゴルフクラブ佐野コースにおける名物ホールとなっています。なんと堂々の900ヤード越え、964ヤード、パー7!

 パー7ねえ。
 言い方わるいけど、このホールを設計した人はどうかしてるわ。いい意味で。

 ええっと……。

 高木くんは上野くんなんかほっといて進めて進めて。

 んヒド!

 ええっと、はい。
 女子プロなら5オンがやっと、男子プロですらソロなら4オンがやっとのこのホールに対し、高校生ペアがどのようなアプローチを見せてくれるのか。注目のホールとなります。

 高校生ペアでオンさせようと思ったらそうね、直ドラを含むドライバーショットを4回連続だものね。そんなもの、優勝がかかった1打差の最終ホールくらいじゃないと冒険できないわよね。
 なんて偉そうにゆっててアタシ、恥ずかしながら回ったことないのよこのコース。現役時代だったならどんなふうに攻めたか、想像するのも面白いわ。
 今だったらそうね、5オンがやっとじゃないかしら。

 ご謙遜を、正月のスポーツ番組で見ましたよ? 今でも4オン1パットでイーグルは十分可能です。

 ウフフ、またあ!

 痛!
 次からはもう少し力ひかえめでお願いします……。

 ウフフ。
 ファストゴルフなら4オンの時点でイーグルね。ペアゴルフのあの子たちはいったいいくつで上がってみせるかしら。楽しみね。

 昨日の時点での14番ホールは平均4.8オンとなっています。やはり難しいこのホール、3オンはわずか3組のみ。それも昨日だけです、今日はまだ。

 そりゃあそうよ、昨日と今日じゃぜんぜんコンディションが違うもの。

 さあ、他の組で出ましたホールインワンを振り返っていた間に、1組目はその名物ホールの第3打地点です。
 赤井さん? このホールについて詳しい流れをお伝えいただけないでしょうか?

 難波も長崎も、ふたり打ちをくり出しながらここまで来てるね。およそ合計600ヤード、両校は二打とも300ヤード級のショットをしてみせたよ、それもこの強烈なアゲインストの中で。たいしたもんだ。

「やるやんけ」

「そっちこそ」

 風速14メートルの向かい風の中で300ヤード級を二打そろえてですか、それはすごい。
 実際のVTRで振り返ってみましょう。
 まず長崎東西が手堅くフェアウェイに置き、ついで難波実業がほぼ同じ位置につけます。

 ここのスタートにも崖はなかったのね。まあ崖なんて普通ほとんどないから。それで代わりに大岩を利用して。
 でもあれ、けっこう離れているわよ? 3秒に入ってよかったわ。

 そのぶんつばめくんが前に出たんだよ。跳ね返ってからの時間が短いぶん、より難易度は高かったとは思うが。

 よくもまあ、あんな小さな的に当てて正確に戻すものね。大空ちゃんの足下バッチリだし。実は一番恐ろしいのって水守ちゃんじゃないの?

 確かにそうかもしれません。
 続く長崎東西の第2打は再び、一度木に当てるショットを。
 難波実業は安定感すら感じる、ウエッジからドライバーにつなげる通称サイクロンショットを披露して。

 難波のサイクロンは本当に低い弾道よね。彼らが呼ぶサイドワインダーとかって、毒蛇だったかしら。この風のなかとあっては強力な武器になってる。

 ええ。
 その結果が画面でご覧の状況です。長崎東西がわずかに手前、難波実業は5ヤードほど先か。どちらもフェアウェイの真ん中、残りはどちらも360ヤードほど。
 フラットですが風は林の回廊になっているため猛烈なまでのアゲインスト。両校とも一打では難しい距離を残しています。

「クッソ、320ずつ飛ばして3オンの計算やったのに、思ったより飛ばへんかったあ。特別きばった2打目も結局300どまりかいな。たっぷり350は残ったやんけ」
「仕方あらへんねや。このホールに限っては真っ向の向かい風のうえ、水たまりがないくせにベチャベチャでランがまるで出ぇへん。2打目はボールが濡れとって回転がほとんどかけられへんかったし。昨日400ヤード以上飛ばしたいう長崎のショットも、300に抑えられてしもたみたいやで」
「マジでか。それやったら、ワイらのタイフーンホバークラフトも400飛ぶいうことやんけ」
「ちゃっかり名前変えんなや。あっちは一度地面に落ちてから止まるまでのランがこっちとは段違いやで。本来はもっと飛ぶわ」
「せやったか。台風が来なんだら危ないとこやったか」
「いやいや、させへんて。にしてもや、このホールはさすがに届かんか」
「あちらさんもさすがに届かへんやろ。こっちより5ヤードはある。どんなに気張ってもさっきまでと一緒、300までやで。お互い4オンさせて次のホールへ持ち越しや」
「ほな決まったな。長崎の子たち、ちゃっちゃといったってや〜」

 難波が真にすごいのはサイクロンを簡単に量産できるところだな。一方の長崎は毎度一か八かの雰囲気がただよう。これが地力の差。だが、それだけに目が離せないんだ。

 おっしゃる通りです。

 んう?
 長崎の子たち、なんだか緊張感が違わない? 気のせいかしら。

 上野くんはカメラ越しでよく気づいたもんだ。伊達に何度も賞金王を獲ってないな。
 君の指摘の通りだろう、あの張りつめた空気はどうもそうらしい。立ちのぼるオーラが見えるようだ。
 あのふたり、何か仕掛けるつもりがある。

 ここを勝負ホールと定めた、ということでしょうか。

 おそらくそうだろう。殺気にも似た空気がある。

 たしかにリスクの少ない状況にはあります。
 スコアはイーブンで、難波実業もホールアウトに2打を要するのであればミスが許される状況。さらに手前はさほど難しくはないこのホール、グリーンはボールを受け止めてくれる形状ではあります。

 でも冒険した結果が大きなミスになれば逆に命取りになるわよ? 同じミスでもそこそこには収めないと。

「周りになんにもないんだもんね。まいったよ10番11番には」
「今後の課題ですね。コースに出れば障害物はあったりなかったり。木の幹に当ててまっすぐに返すのにもさすがに無理がありました」
「そうそう。あれ、たまたま2度とも成功したけど、本当はどうかな。打率4割ってとこかもね」
「野球選手なら破格ではありますが。ゴルファーで4割では100切りも叶いませんよ。たとえアマチュアといえど当てて当たり前、プロなら狙えて当たり前でしょう」
「じゃあプロのペアゴルファーなら?」
「木の幹からの返りを的確に狙えて当たり前、と言いたいところですが。そもそもそんなものに頼らないのが真のプロです。わたくしはまだまだ修行が足りません」
「はあ〜っ。美月ちゃんの修行が足りなかったらボクはどうしたらいいのやら」
「うふふふ」

 水守・大空ペア、ふたりそろって視線をグリーンへ向けたまま、厳しい表情でなにやら話し込んでいますが。

 難波実業はどうするかしら。それも見ものよね。
 だって、まさか水守ちゃんたちが狙ってくるとは考えていないわよ。向かい風の360ヤードよ?
 でもたぶん、あの子たちの嗅覚は正しいわ。長崎東西が勝とうと思ったら、このホールのこの一打しかない。

「なにをする気なんや? フェアウェイの真ん中、岩も木ぃもあらへんやん」
「普通に250飛ばして次を100打つしかあらへんのとちゃうんか? それか300飛ばして50やで」

「普通ならそれで正解です。でもわたくしたちには奥の手があるの」

「奥の手ぇやて?」

「ええ、どうぞお楽しみに」

「いつもは静かなくせに意外と肝すわっとるやんけ」
「ええやんええやん、ここ一番のを見せてみぃや!」

「言われなくとも。いきましょうつばめさん、大一番です」
「やっちゃおう!」

 別れ際、不敵に笑ったのは水守!
 ボールへと向かいます長崎東西。おや、水守はクラブを持っていませんね?

 どういうこと!?
 やっぱり手詰まりってわけ? あの子たちがなんの挑戦もせずに次のホールへ?
 普段400飛ばせるあなたたちならもしかしたらって思ったのに。ここで仕掛けなきゃ勝ち目はないわよ? いったいどんな試合勘してるのよォ!

 あああ、机を叩かないでください! 机を叩かないでください!

「んで? 具体的にどうすんの?」
「つばめさんが密かに練習していたアレをやります」
「ギックゥ! もしかしてバレてる!? アレって、もしかして雷獣ショットのこと? え? てかなんでバレてんの? こっそり練習してたのになんで?」
「今それはいいでしょう? 使うか、使わないかです」
「でも、昨日ちょっと面白半分でやってみただけだよ? それにうまく行かなかったし。まあ名前はもうつけてあるんだけど」
「あるのですか名前……。では好都合ではありませんか。やってみましょうよ」
「でも本当にまだ未完成なんだよ? 仮にまっすぐ飛んだとして、300がせいぜいだと思うなあ。それをやるの? 今? ここでぇ?」
「ええ。それしか道はないと思います。それしか勝つ方法はありません」

 デュアルショットをあきらめた長崎東西、ところがなぜか長考が続きます。紛糾しているのか。それとも、グリーン近くまで寄せてからのショットの作戦をあらかじめ練っているのか。

「でも必ずスライスするんだ、地面に当たった時にクラブの先が流れてしまって絶対にフェイスが開くんだよ。どんなに修正しようとしてもスイング中の一瞬ではコントロールができない。ヘッドをかぶせまくったら引っかけるのが目に見えるし。それにあんまりやると背中を痛めそうだったから。それを一か八か、まっすぐ飛ぶと信じてやるわけ?」
「いつになく弱気ではありませんか。1回だけならきっと痛めませんよ。安心して力の限り振ってみてください、わたくしがうしろから完璧にサポートしますので」
「サポート!? うしろからぁ? 美月ちゃんがそう言うんならやるけど。本当に大丈夫? 衝撃すんごいんだよ?」
「ご心配なく。ジャムとかの瓶のフタって、固くて開けられないとかって言うでしょう? この体になってもわたくし、開けられなかったことが一度もないのです。実は要領だけ、あれは腕力ではないのですよ。一瞬にだけ力をこめるコツを判っていれば、どんなに固着した瓶のフタでも開けられます」
「へぇ、今でも? でもそれとゴルフにどんな関係が?」
「関係あるのですよ、力のかけ具合の話ですから。わたくしも次なるショットも本当に大丈夫ですから、つばめさんはどうぞご自身の役割にのみ集中してください」
「うーん、なにをするつもりなのかサッパリわかんないけど。美月ちゃんを信じた! よろしくね。ボクは振りかぶりが2だとすると振り下ろしは1だから」
「存じております、お任せあれ。あそうそう、技名はこんなふうに変えてくださいね」
「え? なに!? キャン! くすぐったいよ!」

 台風の中、広い広いフェアウェイで耳うちです。いったいどんなナイショ話があるというのでしょうか。

 それにしても長いわね。遅延行為の罰則を受けないか心配になるわ。

 それだけの局面でしょう。
 将棋でもここぞの時は制限時間いっぱいまで長考します。あるいは長崎東西もその境地にあるのでしょうか。

「では間違いなくお願いしますね? 元のままですとぜんぜん違っていて恥ずかしい思いをすることになると思いますので」
「美月ちゃんの名づけ? 普通にかっこいい! それにしよう、大決定〜っ!」

 どうやら長崎東西の長い長い話し合いが終わったもよう。
 ここで水守も雨具を脱ぎ捨てた!
 なんと大空はぬれたウエアを脱いで下着に!?

 キャミソール、ね。ギリギリ下着ではないけれど、まあほとんど下着よねぇ。

 いざ勝負です、長崎東西。
 やはり大空だけがアドレスに入ります。水守はかたわらに立つのみ。

 なんにしても危ないところだったわね。今は定位置に戻ったけど、ジャッジが歩み寄るそぶりを見せていたもの。

 ダメだって、この素晴らしい一戦の幕切れがそんな些事になってはならない。どんなかたちであれ、決着は彼ら彼女らの手で。
 ジャッジが思いとどまってくれて本当によかった、あやうく彼につかみかかるところだった。

 ええっと?
 それは本気のお話で?

 本気も本気、VTR確認してみなよ。歩みよろうとする彼のうしろを、俺がついて行こうとしてるから。

 怖いですよぅ赤井さん!
 でもステキ!

 事なきを得てよかったです、ええ。本当に。
 さあ、選手たちの預かり知らぬところでひと悶着が勃発しそうでしたが未遂で収まり、いよいよ。
 ななめ5ヤード先で待つ中大阪代表・難波実業高校が勝つのか、これから試技に入る長崎代表・長崎東西高校が勝つのか。
 あるいはキャリーオーバーの道も。しかしこのホールには、これからの第3打で決まる予感で満ちています。

「なんや、ハラぁ決まったらしいな」
「ホンマにここから狙うんか? 見せてみぃや!」

「ええ、とくとご覧あれ」
「美月ちゃんは振りかぶった時のクラブに気をつけてね」
「そうでした、少しかがんでおきます」

 構える大空の真うしろに立ちましたか水守は? その位置ではスイング軌道の邪魔になりますが?

 やっぱり何かやるつもりなのねあの子たち。ホンット、だからペアゴルフって楽しいの。

 この一打がはたして、長崎東西の栄光への架け橋となるのか!?

「じゃあ。……いくよ美月ちゃん!」
「どうぞ!」

 大空がプウっと、風船ガムをふくらませて?
 振り下ろすは渾身の!?

「いっっっっっっけええええええええ!」

 ああっと! これは!?

 大空ちゃんが盛大にダフった!?

「そのまま振りぬいて!」
「ふんぬぬぬぬぬぬううう!」
「ここ! 菩薩掌ッ!」
「第二の奥義! マリオネット・オブ・アルバトロス!!!」

 ダフったクラブを強引も強引に!?
 振りぬいたわ大空ちゃん!? 水守ちゃんの力を借りて!?

 みごとに打球をとらえましたか長崎東西ペア? 雲の切れ間にまっすぐ、白いボールがさながらロケットのように打ち上がる!

「ぬぅああああああああっ! どこまでも飛んでけ! セントアンドリュースまで!」

 えっと? どういうこと?
 ミスショットのわりに勢いがある。スッゴイ飛んでるわ!
 あれだけ高い打球だと風がどうかしら。
 でも届いてほしいわねグリーンまで。女子が飛距離で男子に勝つなんて痛快じゃない。

 放送席?
 ……君たち見たかい今のスイング。

 ええっと、実は早くてよくわかりませんでした。
 大空が打つ瞬間に水守がうしろから覆いかぶさったように見えましたが。

 その理解で正解ではある。しかしとてつもなく高度なことをやってのけたよ彼女ら。
 君らアレ覚えてるだろ、1回戦で茅ヶ崎が使っていた特異なショットを。

 はい、記憶に新しいです。茅ヶ崎学園の角野は試合後のインタビューで雷獣ショットだとかなんとか。長崎東西と対戦した——
 まさか!

 あの一度ダフってシャフトを限界までしならせ、その反動ごとボールを打ち抜くとかって謎理論のアレぇ?

 そのまさかだろうさ。彼女らマネしたんだよ昨日の今日で、彼女らなりにアレンジして。
 地面の反発に負けたつばめくんを美月くんがしっかりと支えた。その助力は緩みがちなグリップのみならず、ボールの方向性、さらには飛距離にも影響を与える。
 聞きまちがえでなければ菩薩掌と言ったかな、神武館空手の片山選手の技と関係あるのか?
 おそらくロングヒッターのつばめくんでもひとりでは再現不能だったんじゃないだろうか。使い手の角野くんは筋骨隆々、恵体の197センチだった。それであんな工夫を。
 ぶれるインパクトの瞬間にだけ美月くんが、左右のグリップを上からむりやり押さえこんだんだよ。長身の美月くんと小柄なつばめくん、ふたりで角野くんのショットを再現してみせたんだ。

 大空はもとより、計り知れませんね水守も。

 んちょっとちょっと! ボールボール!

 そうでした!
 滞空時間の長いロングヒットも、下降に入ると風の影響で急激にブレーキがかかります。
 例によって方向性は抜群、問題は距離。果たして届くのか?

「ホンマかいな!?」
「なんやねんな、あの打ち方は! そんでなんなんやあの飛距離は!?」

 比較的フラットな14番、ボールは手前から転がって!?

「乗って!」

「止まれや!」

「いけええぇえええええええええ!」

「乗ってもかめへん、乗せ返したる!」

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

「タイフーン。ホバーあ、クラフトォォゥォォォォッ!!!!」
「結局……。もうええわ」
「この改名で5ヤード上乗せやでえ!」

 すばらしい難波実業の第3打が、名物14番のグリーンを目指すッ!

 これもいいぞ、あるいは届くかもしれん。

 風はどうか! そのままか? 台風はどこまでも両校を試します。
 見えたぞグリーンが! 届いたか難波実業ボール!
 これを乗せればこのホールもイーブン、長崎東西と3ポイントの同スコアで並んで15番に持ち越しとなります。
 ところがここで失速、止まった! 無惨にも転がりが止まってしまった! 難波実業のショットは、わずかにグリーンまで届かず!
 方向性は文句なし、ボールはグリーンの手前10ヤード。わずか10ヤードが勝負をわけました!
 これでこのホールを長崎東西が奪取、トータル3.5ポイントとした長崎東西高校が、3回戦へ一番乗りィー!

「5ヤード足しても足らへんやったか」
「しゃあない、切り替えてこ」
「せやな。イヤイヤイヤ、切り替える次のホールがあらへんがな」
「ナイストライやったで長崎。負けたわ」
「しょうみ完敗やで、なんやねんな最後のショットは。身体は大丈夫なんか?」

「えへへ、ボロボロぉ〜」
「手のふるえが止まりません」

「ムチャしよってからに」

「でもああしなければ届かなかったのです。本来はこれでお互い2ホール奪取と1イーブンで同点なのですが」

「仕方あらへん、ルールはルールや。その採点方法には時に助けれられ時に裏切られやからなぁ、異論はあらへん。それにもう1ホールやっても——。アレ? ウチが勝っとったんとちゃう?」
「まあええやないか、今日のところは勝負どころで決めた自分らの勝ちやで。もっと胸張りぃや」
「みんなはまだ自分らのことを色モンや思とるやろけどな。直接戦こうたワイらは知っとるで、長崎はほんッまに強いっちゅうことを」
「明日には帰るさかい最後まで見られへんねんけど。午後からの3回戦は特別に応援したるわ」

「テツくん……」

「オぉイ! いきなり下の名前呼びかいな自分!」

「え? だってユウタくんがそう呼んでたし。苗字の方は覚えてないもん」

「こいつが大川で、ワイは沢村や。ま、苗字でも名前でもどっちゃでもええねんけど」
「優勝候補の一角であるオレらに勝ったんや、絶対優勝やで長崎東西。そしたらオレらも恥かかんで済むさかい」

「そうだね、任せて!」

「ええ返事や。ほなら頼んだで」
「またな」

「うん! がんばる!」

 なにごとか声をかけた難波実業が長崎東西に背中をさらして去ります。
 それを見送る水守・大空ペアの胸中は?

 スポーツマンシップっていいわね。本当にいいシーン。
 やっぱりいい子たちだったんじゃない。

 上野さん? 泣いてるんですか?

 あらやだ! ほんと!
 歳とったら涙もろくなっちゃって。もう、やんなっちゃう。お化粧がお化粧が。
 にしてもよ、よく見たら難波の子たち、かわいいお尻してたわよねえ……。
 あとでお話ししてみようかしら。

 未成年ですからね、お手柔らかにお願いします。

 誘惑なんかしないわよぅ!
 ゴルフの話よぅ、ゴルファー同士のゴルフ談義ぃ!

「風に強い人たちだったね」
「本当に。強敵でした。それに、試合前に感じていたよりも気持ちのよい方々でした」
「うん……」

 たたずむ長崎東西のふたりです。激闘と呼ぶにふさわしい一戦でした。

 超えたか、あのふたりは。決してひとりでは超えられない、茅ヶ崎の角野くんをふたりで超えてみせた。実にペアゴルファーらしいプレーだった。

 ええ……。

「さ、わたくしたちも参りましょう。今日はもう一度勝たねば明日がきませんので」
「わかってる! 行こう美月ちゃん、それでベスト8だ!」

 もつれにもつれた2回戦第1試合は、長崎東西高校が14番のパー7をアルバトロスで上がって見事な逆転勝利をおさめ、午後からの3回戦に駒を進めます。

第6話

 スポーツの3番目にご紹介したいのは夏の高校生ペアゴルフです。
 各スポーツ誌やテレビのスポーツコーナーが双子の王子様・お姫様に夢中のところ、我がニュースエブリデイでは変わらずにダークホースの長崎東西高校を追いかけます!

 僕の予想に反して、長崎東西は各誌でまったく注目されとらんでしたわ……。あの子らちゃんと1回戦突破しはったのに……。

 まだまだ長崎東西はこれからですよ梅ノ木さん!
 全日本高校生ファストペアゴルフ選手権、1回戦を勝ち上がった長崎代表・長崎東西高校は、全国でも珍しい女子だけのペア。小さくてかわいらしい大空選手と、まるでモデルのような水守選手の、ふたりが織りなす大冒険ゴルフにファンは増える一方なんですよ。

 大冒険はさすがに言い過ぎとちゃいますか?

 言い過ぎですか? 私はそうは思いません。
 どうしたらゴルフが大冒険になりえるのか、実際にご覧いただきましょう。

 VTRどうぞ!

 2回戦第1試合は終始、優勝候補の一角である中大阪府代表の難波実業高校のペース。
 大川選手がバックスピンをかけながら打ち上げ、沢村選手がそれを遠くに運ぶというショットを安定的に打ち、常に試合をリードします。

 世界でいま流行りのサイクロンショットですやん。しかし難波のはえげつない、異様にひっくい弾道で飛びはるなあ。
 サイクロン、ついに学生の公式戦でも使い手が現れよったか。

 ええ、ついに。世界では今、猛威を振るっている最中ですからね。
 一方の長崎東西。難波実業に1日先立つかたちで昨日披露した岩返しのデュアルショットでありましたが、今日は鳴りを潜めます。その結果、スタートの10番ホール、続く11番ホールを連続で落とす展開に。

 この辺り、本当に苦しかったですわ長崎は。

 次の12番をイーブンとしてようやく難波実業の快進撃を止めたものの、続く13番をイーブンとした時点で負けが確定する窮地に立たされます。

 ここで出たんがあの新型ショット!

 キャプテンの水守選手いわく、新技とは違い派生技だそうですが。
 ここ、注目してください。生放送ではシャンクと表現されていましたが、そもそもスタンスが完全に木の方を向いているんですよ。意図して当て、返ってきたボールを捉える打法なんです。

 よう見ると岩返しの時と同じなんですわ。このカメラのアングルではちょっとわかりづらかったんかもしれへんけど。
 いやでもこれ、ほとんど飛びついてはるやないですか。クラブも空中で振って。よぅ当てましたよ大空選手は。
 当てるだけで至難、その上でまっすぐに飛ばしはって。しかもグリーンにオンさせるやなんて。まさに人間離れしたショットですわ!

 このホールを奪取したことで同ポイントとし、試合をふりだしに戻した長崎東西。躍動は13番だけにとどまりません。
 続く964ヤードもの距離を誇る名物ホール14番パー7を、大空・水守ペアらしさで攻略します。

 きゅうううひゃく?
 ぱあ7!
 そんなお化けホールが日本にありますのん!?

 あるんですよそれが。世界最長級、ギネスにも認定されたことのある超々ロングホールです。
 しかし国内外の各所でひそかに、ペアゴルフの大会誘致に向けた拡張工事が、シーズンオフから開始される予定との情報が本当にたっくさんあるんです。記録更新もそれで慌ただしくなるのではないかと。一部では毎週記録が更新されるのではと、まことしやかに囁かれるほどで。

 ほほーっ!
 いやはや、おっそろしい話やわ。

 それもこれも急激に伸びる、ペアゴルファーによるドライバーショットの飛距離に対抗してのこと。
 300ヤードはもとより、400ヤードも珍しくない時代がすぐそこにやってきています。事実、国内の高校生たちも少しずつ400ヤード超のホールを一打で攻略してきていますしね。
 国内のプロ選手でも今や500が当たり前、世界は現在600台です。いずれ世界のトップ選手は700ヤード時代に突入するでしょう。

 はあ、700。
 もうため息しか出ぇへん。

 それだけペアゴルフの将来は明るいというあらわれでしょう。
 話題を戻して14番第3打地点、両校ともピンまで残り350ヤードほど。
 数字は350ヤードですが簡単ではありません。これ、台風に立ち向かう350ヤードなんです。

 ほとんど直線のホールとはいえ、この風の中600ヤードを2打で運んだのだってプロでもなかなか難しいですよ。両校は自信を持ってええ。

 圧巻だったのはこの直後、長崎東西が魅せます。
 見てください!
 ここです、ここ!

 ほわぁ〜! なんやのん!?

 スイングする大空選手に水守選手が後ろからおおいかぶさり、選手ふたりで二人羽織のようにしてひとつのボールを打ちました。これが見事にボールを捉え3オンに成功、長崎東西が優勝候補の難波実業をくだす番狂わせが生じました。

 ジャイアントキリングですわ! ホンマしびれる!
 この打法ええなあ、ここ、このデコピンみたいな打法。

 デコピン? ですか?

 ほれ、きのう言うたやないですか。長崎東西と1回戦で対戦した茅ヶ崎学園の角野選手。
 彼が操っていた、地面でシャフトを耐久の限界までしならせるいう無茶な打法ですよ。彼女ら、昨日の今日でマネしたんですわ。

 理屈ではわかりますが。普通に振った時よりもスイングが早くなるくらいタメを作らなきゃならないんですよね? そんなことって可能なんですか?

 強靭で柔軟な肉体があれば、ちゃいますか? 知らんけど。
 大会屈指の巨漢をほこる角野選手に体格でも筋力でも劣る大空選手が、このショットを打てたんは水守選手のこの行為ちゃいますかね。

 それで二人羽織!
 大空選手の両手を包むかたちで水守選手が押さえこむ。タイミングも何もかも恐ろしいものとなりそうですが。
 いやはや、これぞ熱戦というにふさわしい決着でした。

 あんな盛大にダフっておいて長崎東西は次の試合大丈夫やったんです?

 長崎東西の3回戦の相手は滋賀県代表・滋賀水産高校でした。

 名門やないですか! 吉本ひかりプロだけでなく、プロ選手を何人も何人も輩出した、あの滋賀水産と!

 その通りです。その懸念をよそに、長崎東西は午前中の勢いそのままで滋賀水産を終始圧倒。3ホール先制のストレートで下し準々決勝のキップを手にしています。
 ただ、どうだったでしょうか。午前中までの長崎東西であったなら結果は逆だったかもしれません。試合の中でひと皮むけた大空・水守ペアの動向に今後もニュースエブリデイは密着します。

 ゾーンにでも入ってたんとちゃいますかね。
 とにかく女の子ふたりいうのがもうもう。華があってええやないですか。

 そうなんです。もはやこのペアは本大会の台風の目と断言してもいいでしょう!

 ええ、それほどの活躍、それほどの魅了するゴルフを展開しよる思いますよ長崎東西は。

 でもよかったんですか梅ノ木さん? 2回戦は地元大阪を応援しなくて。

 僕は大阪に住んどりますけど生まれは京都ですねん。それに母校とはちゃいますから。
 むしろ京都勢を1回戦で破ったにっくき高校ですから、長崎東西に仇を取ってもろうてせいせいしましたわ。

 そんな裏事情が。

 ただね、この試合は特にSNSでちっと話題になってますね。
 あそこでやっと引き分けちゃうんかって。同点でもう1ホールやろいう書きこみがあるんです。

 ファストゴルフ特有のポイント制ですね。
 特徴的なのは引き分けのホールがあった時。その際は双方にポイントが入ります。双方ともに0.5ポイントを加算。さらに1ポイントがプールされ、次のホールをとったチームには一挙2ポイントが与えられます。

 僕もそのひとりではあるんです。このルールにいまいち合点がいってなくて。返って不公平なんとちゃうんかなって。

 いえ、むしろ公平なんです。
 かつてのマッチプレイのルールでは、仮に1ホール先取したとすると、あとはもう無理しなくて良くなってしまうんです。ずっと両者同スコアを続けるだけで自動的に勝ててしまう。リードした瞬間に緊張感がまるでなくなるんですよ。

 あーなるほど、一時期の柔道のようになってしまうんやね。先にポイントを取ったら守りに入ってしまう最っ悪のやつや。

 そうです。リードした側が冒険をしなくてよくなる反面、リードされた側は無茶なショットを繰り返しミスを連発、実力を出せないままに総崩れ。
 キャリーオーバーなしで試算した場合、先にリードした側の勝率が9割を超えるとのデータもあります。

 ほんほん。

 それに普通のマッチプレイではイーブンが続くとそのまま何ホールでも続いてしまう欠点がありました。これではファストゴルフとは呼べませんよね。
 従来のマッチプレイでは均衡を破って奪取したホールで加算されるのは1アップだけでした。どんなにイーブンを続けていても失うのはたったの1ダウン、リードした側にとってあまり痛くないんですよ。せっかくのマッチプレーなのに結局18ホール目までもつれこむこと多数で。
 その点ファストゴルフで採用されたキャリーオーバー方式では、1ホールイーブンですと次のホールで2ポイント獲得となり、2ホールイーブンでは3ポイント、3ホール目で早くも自動的に決勝ホールとなるんです。

 ははあ、キャリーオーバー発生中なら次のホールが常に勝敗を左右する大量ポイント、となれば俄然緊張感が違いますわ。

 そうです。
 リードしていてもされていても、お互いに奪取しなければならないホールとなるわけです。イーブンは決して安パイな逃げ道ではなくなるんですね。
 毎ホールお互いが真剣にポイントを奪い合う。まあどの競技もどの選手も常に真剣は真剣なんでしょうが。計算して冒険するしないを選択する、余地を選手に渡さないようにしたんですね。

 ほぇ、ひたすら時短に根ざした制度なんやねえ。

 そうなんです。ポイントをリードしているペアも油断していたら簡単にひっくり返される、それがこのルールの面白いところ。
 まさに今日、それが起きました。その結果としてのジャイアントキリング。
 では最後に、決勝ショットとなった映像を再度ご覧いただきましょう。

「飛んでけ! セントアンドリュースまで!」

 何度見ても凄まじいほどに気迫あふれるショットでした。

 ふたりの緊張感に画面越しでも鳥肌が立ちますわ。
 音声が大空選手の絶叫を拾うたでしょ。おそらくは魂のほとばしり。
 セントアンドリュースいいましたよね、どんな意味があんねやろ。

 ゴルフでセントアンドリュースでしたら、ジ・オープンでしょうか。

 ジ・オープンにはペアゴルフがまだないんとちゃいますか?

 そうなんですよ。ペアプロのシード権を売りにして、ソロゴルフに再転向する構想があるのかもしれません。大会名でなく地名なのも気になりますが——っと!
 時間がありません、まとめましょう。
 長崎代表・長崎東西高校は明日の準々決勝に挑みます。対戦相手は——

第7話

 明けて台風一過です。
 風の残り香は未明まで、8月の日差しと暑さが戻ってまいりました。

(いつもの、あの音楽)

 大会3日目。最終日です。
 昨日までとはうって変わっての陽気、皐月カントリークラブ佐野コースにしっかりとした残暑がもどりました。本日の予報は午前中でも33度越え、午後2時には36度の予報となっております。
 最終日も解説は元プロゴルファーで現在全日本プロファストゴルファー協会初代理事の上野真冬さん。
 コースレポートは全日本ゴルフツアー機構会長兼シニアプロゴルファーの赤井勇さん。
 進行はわたくし東中央テレビの高木翔でお送りいたします。
 よろしくお願いいたします。

 はい、よろしく。

 んよろしくお願いしますぅ。
 昨日の雨はアタシの髪をクリックリにしてくれてホント散々だったけれど、それでも涼しかったもの。
 選手たちはようやく気持ちよくクラブをふれる反面、今度はむせかえるような暑さと戦わなきゃならないわね。

 そうですね、この暑さに対処できるのか、北北海道代表の北端商業高校。
 現在ですでに30度を越えているとの情報です。

 ゴルフ場は風が通りぬけるけど湿度がね。地面が昨日の台風でしっかりと水分を蓄えているから、空気の密度が圧倒的よね。もう、見ているだけで蒸れてきそう。

 各校に詳しく触れてゆく前に、まず昨日の放送についてお伝えしなければならないのですが。
 昨日は午前中の2回戦のみを放送し、その後の3回戦はインターネット配信のみで映像をご提供いたしました。地上波でご覧の方々には2回戦のあと突然4回戦となっております。
 申し訳ありません。この辺り、テレビに携わる者としてたいへん心苦しく感じています。

 地上波で追っている方には、2回戦を勝ち上がった高校の半数がいきなり今日になって姿を消したことになるものねえ。いくらネットで見れるって言っても、ねえ?
 ここは民放の痛い脇腹よね。たったの3日とはいえ朝から日が暮れるまでだもの、まったく理解できないではないの。でも来年からはきっちり、ワクを確保してもらいたいわよねえ。
 たとえ深夜であっても、短く編集してもいいと思うの。
 編成の方? 聞いてるでしょ? あのとき『高校野球と同じに』ってお願いしたの覚えてる? アタシいま、理事として発言してるからね。来年は頼むわよぅ!

 私からもお願いいたします。
 さあティグラウンド。
 これから第1打を打ちます長崎東西高校へ、拍手を送りながら北端商業高校のエース小泉が近寄ります。

「いんゃあ、すんばらしい! ナィススイング!」

「え、そう? 素直にありがとうって言うよ?」

「トップのかたちなんてなまら完璧じゃないですか。どなたに師事されて?」

「トップの? 指示? ええっと……」

「顧問の先生です? それとも近隣のティーチングプロ? スクール通いですか? 血縁に著名な選手が?」

「おっと、ととっと」
「そんな性急ではこちらも戸惑ってしまいます。それに今は対戦中。どうぞ私語は慎まれたほうがよろしいかと」

「そんなぁ! 僕かぁね、あなたがたと1日楽しく回りたいんですよ。もちろんおおいに鎬を削りながら。ちょっとした会話くらいは構わないですよね? ね?」

「どうしてボクたちの対戦相手は会話したい人たちが多いのかなあ」
「ね。彼らなんて普段から共学でしょうに」

「あなたがただってお互いおし黙って、ギスギスしながら回りたくはないでしょう? ほら、きのうの難波実業さんとはあんなにも楽しそうに回っていたじゃないですか。観ましたよォ録画して。僕らにもおんなじに接してもらえたらなあって。3年生とか1年生とか気にしなくてもいいですから。ダメかなぁ?」

「まあ。別にいいけど」

「そう来なくっちゃ! いやあ、今日は楽しめそうだ!」

「なんだか、調子狂うなあ」
「ええ」

 今日も談笑から始まりますか長崎東西は。

 あの子たちにはなにか、人をひきつけるものでもあるのかしら。

 相手の北端商業もまた会話しながらのラウンドを好む高校です。ところが気になる点も。

 気になる?
 そんなデータあったかしら。

 これはほかの数値データとは少し性格が異なるのですが。
 どんな名門校も名選手も、北端商業と当たるとスコアを平均0.4打増やして敗退します。

 うむん?
 気づいてなかったわ、対戦時の相手校の成績ね。
 ふむん。
 全国レベルの選手たちがひとホールあたり0.4も? ホントの話?
 そこまで数字に出るとなると……たしかに異常よね。

 はい、異常です。
 しかし紛糾するでなし、試合後に揉めるでなしでは追及もできません。
 いえ、北端商業が何かを仕掛けているなどという証拠は一切なく、特に小泉に関しては今大会屈指の名選手のひとりでもありますし。

 あくまでコース上の、選手の顔色からの想像でしかないわけね。

 はい。

 それでもあらぬ嫌疑はかけられてしまう。どんな名門でも、名の知れた選手も、泥試合を演じた上でやぶれるとあっては。
 もしかして、呪い? 北端商業は呪術のたぐいにでも長けているのかしら?

 ハハ、それじゃ呪力に秀でた呪術高専が優勝しちゃうじゃないか。
 ゴルフの勝敗は単純なゴルフ能力の優劣で。
 今日は俺も一緒だから、一日じゅう目を光らせておくよ。

「聞いたところによると、組み合わせ上からあなたがたが毎度オナーになってスタートしてるって聞いたんですけど」

「ほへ?」
「? そうですね?」

「ところがそれって、ルールで明確に定められているわけではないらしいんですよ。ご存知でした?」

「はあ」

「スタートならどっちが先に打ってもいいし、フェアウェイ上でもボールを探している状況なら準備ができた方が先に打ってもいい。打順って、今や昔ほど厳格ではないんだそうです」

「へー、そうなんだ。それで?」

「おチビさんは話がわかる人っぽいですね」

「お? おち?」

「あっと、気を悪くしました? ごめんごめん、僕らがムダに、でかいだけ。字あまり。そこで提案なんですけど、僕らが先に打ちましょうか? 毎日最初の一打があなたがたからでは気疲れしちゃうでしょう?」

「そんなでもないけど。ねえ?」
「はい」

「まあまあ、そう邪険にせずとも。これはあくまで善意から。よかれと思ってご提案させてもらっておりますよ? えぇ。いかがです? たまには気楽に2番手というのも」

「う〜んと。どうしよっか美月ちゃん」
「そうですね。先制すればプレッシャーを相手に与えられますし、ミスをすれば落ちついて対処する機会を相手に与えることになる。もちろんそれは両校に言えること。どちらも同じ条件ではあります」

「んで? どうされます? どちらが先に? どうぞご用命を」

「じゃあいいよ、そっちが先に打ってよ」

「ほいきた! うけたまわりましたよぉ〜」

 あら?
 オナー交代のようね。

 長崎東西と北端商業の間でなんらか取り決めたもよう。組み合わせ順なら長崎東西が先に打つところ、北端商業がアドレスに入ります。

 この辺り自由になって本当によかったと思うわ。何でもかんでもルールでがんじがらめなんて息が詰まっちゃうもの。
 ゴルフって、発端はもっと自由なものなのよ。ひとつの穴に向かって球打ち遊びを延々やるだけの。打順なんて本当はいらないものなのよ。

 北端商業の小泉、ボールの前にクラブも持たず、腕組みで仁王立ちしましたが?

「なにあれ?」

 あの高校はいちいちパフォーマンスが上手よね。まるで艦橋に突如現れたガンバスター。
 次の対戦相手だもの、分析していて当然なのだろうけど。それでもいざその目でみると相手校は面くらう。アタシはそんな場面を何度も見たわ。0.4打差は、意外とあそこから出ているのかもしれないわね。
 北端はいつも相手の想像を超えてくる巧者なのよ。とても高校生の試合運びとは思えないくらいに。

「そいじゃあいきますよ。こんなのは、どうかなぁ!」

 小泉の目くばせに応じた鈴木が、天高くクラブを投げました!

 ドライバーをあんなに。これまでで一番高く放ったわね。

「いったぞ、小泉くん!」
「ほいほい~、お任せください生徒会長ぉ~」
「学校の外で俺を役職名で呼ぶんじゃないよ」
「ほいほい鈴木さぁん」

 これまでにも見せたショット、しかし高さが段違い。滞空時間は当然長くなる?

「さあ! 行ってちょうだいよぉおおお、ほいぃぃぃ!」

 打ちました小泉、これはいい!
 北端のふたりが見せる変則のデュアルショット・天秤打法!
 落ちてくるクラブを手ぶらのダウンスイングの途中でつかみ、ふりおろす力を倍化させて放つ小泉・鈴木ペアのスーパーショットがさく裂!

 あれも二人打ちには違いないだろうよ。現にクラブを宙に放ったのは鈴木の方だった。
 正確に小泉の待つボールの直上へと。仕切り直してもボールを目指していなければ即座に空振りとはならないが、毎度あの精度で放るのはそうとう難しいはずだぞ。
 それにしても野球の天秤打法をゴルフに流用するとはな。しかもペア用にアレンジして。

 ボールは無風のフェアウェイを、強めのドローでコースなりに飛ぶ!

 このホールは左ドッグレッグだものね。きれいにコースに沿って飛んでったわ。
 すごいわね、プロでもあれだけ意図して曲げられる選手は多くないわよ。

 グリーンを? うかがうか?

 とてもドライバーの角度とは思えないわね。なんて高さなの?

 あれならランも最小ですむ。案外乗るんじゃないか?

 佐野の15番は1オンが難しいとされているホールのひとつです。
 どうだ!? 乗るか?
 ボールが落ちてくる! 最終日の1組目、そのスタートホールに北端商業の白球が、矢のようにつきささって?
 たったのひと転がり!
 やってのけました小泉・鈴木ペア! 北端商業1オンに成功! いきなりイーグルを奪取!

「……」
「ウッソでしょ? そんな簡単に?」

 乗ったわね。ずいぶんとあっさり乗せてきたわ。
 グリーンは一見受けているように見えて傾斜がきつめ。しっかりと安全な手前に乗せてきたわね。

 ?
 なにやらティグラウンドが騒がしいですね?
 赤井さん、何があったのかお伝えいただけますか?

 ギャラリーの方からヤジが飛んだんだよ。北端の今のショットが長すぎたんじゃないかって。

 長すぎた? 3秒ルールですか?
 たしかに体感では長めであったように感じはしましたが。
 ところがジャッジには依然動きがありません。北端ペアも当然の表情、むしろ1ホール目のリードに大喜びです。

 これは……。
 今年だからギリギリセーフ、ってとこかしらね。

 どうされました上野さん、何か不都合でも?

 いえね。
 まあいいでしょ、本当はまだ秘密なのだけれど。
 来年からは1秒間に500回、自らの位置を送信する慣性計測ユニットセンサーがボールに内蔵される予定なの。サッカーとかと同じに変わるのよゴルフも。
 ボールを探して何分とかそんなルールは来年で撤廃するし、今みたいな3秒の計測も自動でできるようになるの。だから今年は人間のジャッジが3秒を判定する最後の年ってことになるわけ。
 それに伴ってスイングの基準を来年度に改訂する予定があるのよ。
 現行は、最初のスイング開始から最後に打突するまでを数えて3秒。
 来年からは最初の打突から最後の打突までが3秒。つまり国際大会に準拠するかたちになるの。なんで発祥の地である日本の方が合わせなきゃならないんだか。シャクよねえ?

 なるほどですね、日本の現行ルールではスイングも時間に含みますから、ボール内蔵のセンサーによる判定が難しいと。

 それに試技に許される時間が短すぎたのよね。当初5秒ルールを採用していた国もあったと聞くし、より単純で明快な最初の打突から最後の打突までに統一される流れなの。
 ま、シャクなんだけどね。
 なので、実は来年度以降の方が事実上一打にゆるされる時間が延びるのよ。それを知っている関係者であれば、その辺りを加味して若干甘めの判定をしている可能性はあるわね。

 すでに大会は4回戦に突入しています。ジャッジの顔を覚えていたのでしょうか北端商業は。その上でギリギリ許容される最長のデュアルショットを決めてきました。

 北端の思い切りのよさがここで出たな。まだスコアゼロ同士、仕掛けるに最適ではあったが。あそこまで高く投げ上げたなら届くとふんで、実際にやってのけた。
 4回戦でここまでのかけ引きがみられるとは。高校ゴルフもいよいよ仕上がってきているな。

 続いて長崎東西の第1打は?

「第2の奥義!」
「マリオネット・オブ・イーグル!」

 2回戦で初披露したショットを惜しげもなく!
 彼女たちのドライバーも届く距離です!

「あれれ? おっかしいなあ」
「どうされました?」
「うーんとね、なんだか違和感? ちゃんと打てたんだけど、なーんか引っかかるような」
「それって?」

 長崎東西の第1打もいい、ボールはグリーンに落着!

 でもグリーン奥に直接落としちゃうと厳しいわよ。このホールは手前から乗せてかないと。あそこだともしかしたら——。

 グリーン最奥までのぼったボールは?
 やはり戻されます。グリーンの傾斜に負けてボールは手前へと。

 ずっと傾斜してる上に芝が逆目だから、段の上にのぼっちゃうとそれ以上に戻されるのよ。勢いがめちゃくちゃつくの。
 
 徐々に加速する長崎東西ボールの運命は?
 ああ、グリーンからこぼれました!

「うっそでしょ! それでも手前には残ると思ったのに!」
「届いてはいましたね。傾斜で戻ったようにみえました。ドンマイです、次のホールで取り返しましょう」
「うん……」

 今の一打に首をかしげる1年生の大空、長崎ボールはグリーン手前のフェアウェイに。

「やりましたね会長!」
「だーかーらー」

 スタートホールを手中におさめました北端商業。まず1ポイントが北端に加算されます。
 CMをはさんで選手は16番ホールへと向かいます。

第8話

 昨日までと違って、ゆっくりと各組を見ていられるのはいいわぁ。

 ハハハ。残り8ペア、4組ですからね。
 昨日まではあっちでイーグルこっちで大逆転と目まぐるしかったですから。

 ま、それを演じた主役たちが今日の演者よね。

 はい、今日からは比較的腰をすえて、丁寧に各校を追っていきたいと思います。
 そう言っているあいだに北端が難なく乗せました。見事な2オンです。

「ナイスですよぉ生徒会長」
「だから役職で呼ぶなっての」

 鈴木クンはショートゲームが得意よね。あんなイケメンなのに小技もできるって、さぞや商業高校じゃモテてモテてしょうがないでしょうね。
 アタシも好きになっちゃいそう。実にいいお尻のかたちをしているしぃ〜。

 ダメだよ上野くん。高校生、高校生。

 ですから赤井さん、筋肉ですってば。主に大臀筋に代表される下半身の!

 だったら長崎のつばめくんこそを褒めなさいよ。あんな立派な太もも、国内じゃ男子にだっていないじゃないか。

 おっしゃる通り、彼女の太ももは明らかに異次元の産物。ゴルファーというよりはプロレスラーのそれね。ローキックで相手の下半身を粉砕する、クリーンなファイトで人気を呼びそうな。

 ハハハ。
 つばめくんは先のショット、打ち損じのリアクションをしていたな。よほど手応えが悪かったんだろう。打ったあとに珍しく悲鳴が出た。

 打ち損じであったとのボールは止まりませんでした。グリーンをキャリーで捉えると転がって転がって。長崎東西も1オンならず。
 水守・大空ペアは絶好のチャンスを逃しました。

 その後難なく乗せた北端とは対照的に、長崎は危なっかしかったわねえ。もう少しでお手玉するところだったもの。

 アプローチの名手である水守の、唯一の弱点である深いラフでした。あわやチョロ、というところで出たセルフ二度打ちで難を逃れました。

 あれはホントに危なかったわね。たぶん練習してできたものではなかった、とっさのものだったように思うの。

 その通りだろうよ。彼女のあんなに慌てた顔を俺は初めてみたよ。

「ナイスぅ美月ちゃん」
「危なかったです。ほとんど偶然でクラブの先が出ました」
「だよね。すっごくおもしろい顔してた」
「本当ですか? どうしましょう、全国に醜態を晒してしまいましたか……」
「ううん、全然そんなことないよ。あれを偶然でもなんとかしちゃうのが美月ちゃんだもん、さすがだよ。ねえ、今の練習してラフで毎回使おうよ。名前はなんにする? お手玉ショット? ツインスネーク? ダブルドラゴン!?」
「どうしてニョロニョロ限定なのですか。それに今はそんな気分になれません……」
「にしても。ちぇ〜っ、おっかしいなあ。いつもとおんなじに振ったつもりだったんだけどな〜」
「つばめさんもドンマイです」

 北端の鈴木は先に行ってしまいましたが。小泉は長崎のホールアウトを待っていました。いっしょに次のホールへと向かうようです。

 ゴルフカートにハコ乗り!?
 顧問はいったいどんな指導をしてるのかしら。さっきから姿が見えないけど。

 あの高校は現在教頭先生が顧問代理を務めておりまして。その教頭先生も姿が見えませんが。

 にしてもなんなのよあのイケメンムーブ。寒イボ立っちゃう!
 いくらイケメンペアってゆっても限度があるわよ、高校生の教育の一環、全国大会よ?

「いやぁ〜、さすが。ナイスでした」

「そっちこそ」
「ありがとうございます」

「水守さん、あれは練習の賜物でしたねえ。深すぎるラフから一度宙にあげ、さらに距離を調節したアプローチを行う。お見事でした」

「いえ、ほとんど偶然でした。もう一回やったらショートかオーバーすると思います。運が良かっただけです」

「まぁたまた。大空さんの1打目もナイスでしたよお! いいスイングだったのになんだかちょーっと打突音が変でしたよね。グリップが緩みでもしましたかな?」

「グリップが?」

「いえ、どうぞお気になさらず。ナイスショットでした。少し大きかったですが」

 さあ、これでキャリーオーバーが1つ、次が早くも北端商業にとっての決勝ホールとなります。

 長崎東西は苦しいわね。次でひとつくらい返さないと。

 北端商業は1打目をグリーン手前とし、届かず。一方の長崎東西は奥へ、惜しくもこぼれました。両校ともチャンスを活かせず。
 互いに0.5ポイントを獲得し、北端がトータル1.5ポイント、長崎が0.5ポイントとして4回戦第1試合は3ホール目。17番ホールへと向かいます。

いいなと思ったら応援しよう!