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◆読書日記.《ジョン・ロック『統治二論』/前編「統治について」》


<2023年4月26日>

<概要>
イギリス社会が新興の中産階層の力で近代社会へと脱皮してゆくとき、その政治思想を代表したのがロック(1632-1704)であった。王権神授説を否定し、政治権力の起源を人びとの合意=社会契約によるとした本書は、アメリカ独立宣言の原理的核心となり、フランス革命にも影響を与えた。政治学史上屈指の古典の全訳。

(本書・表紙の内容紹介より引用)

<編著者略歴>
ジョン・ロック(英語: John Locke FRS、1632年8月29日 - 1704年10月28日)は、イギリスの哲学者。哲学者としては、イギリス経験論の父と呼ばれ、主著『人間悟性論』(『人間知性論』)において経験論的認識論を体系化した。また、「自由主義の父」とも呼ばれ、政治哲学者としての側面も非常に有名である。『統治二論(統治論二篇)』などにおける政治思想は名誉革命を理論的に正当化するものとなり、その中で示された社会契約や抵抗権についての考えはアメリカ独立宣言、フランス人権宣言に大きな影響を与えた。
著作の大部分は1687年から1693年の間に刊行されているが、明晰と精密、率直と的確がその特徴とされており、哲学においては、イギリス経験論の父であるだけでなく、政治学、法学においても、自然権論、社会契約の形成に、経済学においても、古典派経済学の形成に多大な影響力を与えた。

(Wikipediaより引用)

<ジョン・ロック『統治二論』全体の概略について>

 ジョン・ロック『統治二論』のうち、前半分の一論「統治について」まで読了した。

ジョン・ロック『統治二論』(岩波文庫版)

 前回前々回から引き続いて「民主主義思想の古典を読む」というテーマをたてて学んでいっている今年の課題の、今回はその第三弾である。

 ロックは「イギリス経験論の父」と呼ばれる哲学者で、『人間知性論』等の経験論的認識論や『キリスト教の合理性』等の宗教論など幅広い思索活動を行っていた。
 その中でもロックの政治思想は、イギリスでは18世紀以後の政治に多大な影響を与え、アメリカ独立宣言やフランス人権宣言の内容にもその考え方が導入されている通り、以後の人権に関わる思想にも大きな影響を与えた。

 その政治思想の主著として名高いのが、本書『統治二論(別名『市民政府論』『市民政府二論』)』等)である。

 本書が何故『統治二論』と、「二論」というタイトルになっているかと言えば、本書が前半の論文「統治について」と後半の論文「政治的統治について」の二つの論文から成り立っているからである。

 岩波文庫などで良く知られているジョン・ロック『市民政府論』は、このうち後半の「政治的統治について」のみを訳出したものであり、今回読んでいる『統治二論』は前編後編の両方の論文を揃って訳出したので『完訳・統治二論』と題されているわけである。

左:ロック『市民政府論』、右:ロック『統治二論』 ※どちらも同じ本だが『市民政府論』は、『統治二論』の後半部分のみを訳出したもの。前半部分の論文「統治について」も含めて、当時出版された2論文そろった形式で訳したものが右の『完訳・統治二論』である。

<ジョン・ロック『統治二論』構成>
・前編『統治について』
・後編『政治的統治について』=岩波文庫『市民政府論』

 つまり、この『統治二論』というのは二つの長編論文をまとめたものであり、ボリューム的には二冊分の分量がある。そのため岩波文庫『市民政府論』を読むのと岩波文庫『統治二論』を読むのとでは、分量が二倍ほども違っているのである。

 ちなみに『市民政府論』は、それのみで独立した内容を持ってはいるものの、冒頭の書き出しから「1〔前篇における〕これまでの議論で以下のことが示された」と、明らかに前半部の内容を受けての「つづき」の論文である事が示されている。

……となると、ロックの意図も踏まえれば、2冊分の分量はあれども、やはり前半部分も含めてこの著書を読んでおきたい所であった。

 では、この『統治二論』という2冊の長編論文の前半と後半の内容は、それぞれどのようになっているのだろうか。簡単にまとめると以下のようになる。

<ジョン・ロック『統治二論』概略>
・前編『統治について』
王権神授説の代表的な文献として、当時(チャールズ2世治下)の王党派のバイブル的な書籍であったロバート・フィルマー『パトリアーカ(家父長論)』と『考察』とを丁寧に読み込み、その内容を徹底的に論駁する。
・後編『政治的統治について』=岩波文庫『市民政府論』
⇒当時のヨーロッパの絶対王政体制を否定し、「王権神授説」の代替案としてロックの考える政治権力のあり方(=市民政府論/人間の平等と政治権力に対する人民の抵抗権)を提示する。

 と言う事で、ぼくは今回この前半の論文「統治について」を読み終えたわけである。

 いちおう『統治二論』で一つの書籍なのだから、両論文を読み終えてから感想を書いてもよかったかもしれない。が、それでは感想文も長々しいものになってしまうし、上に書いたようにそれぞれかなり違った性格を持つ論文であるから、まとめて書いてしまうと書き落としてしまう部分もあるかもしれない。

 と言う事で今回はいったん前半部分のみを総括しておこうと考えたわけである。


<前半「統治について」の内容、およびフィルマー『パトリアーカ』における詭弁の方法について>

 ジョン・ロックの文章を読んでいてまず感じるのは「これはたぶん、イギリス英語的な表現なんだろうな」というような皮肉たっぷりな表現の仕方であった。
 イギリス人の皮肉好きはしばしば京都弁の「ブブ漬けどうどす?(遠回しなイヤミ)」の感覚に似ていると言われるが、ロックの表現もそれと同じようなものがある。

 説明するよりもこれは、具体的に一節をご覧頂いたほうが分かりやすかろう。

 私は、この『パトリアーカ』を、期待を込めて手にし、広く流布して評判となった論稿に当然払うべき注意をもって通読した。その結果、私は大いに驚いたことを告白せざるをえない。というのも、私は、本来、全人類を縛りつける鎖を提供しようとして書かれたこの書物の中に、埃をたてて人々の眼をくらまし世人を迷わすことに長け、それを仕事にする連中に役立つだけで、実際には、鎖というものは、どんなに丁寧に鑢をかけ磨きたてても、身に着けるには不快なものであることを察している具眼の士を束縛する力などはまったくもたない一本の砂でできた綱しか見出さなかったからである。

ジョン・ロック『統治二論』1章1節より

(ロバート・フィルマーの説は)聖書の明白な文言に反する見事な論法であると言う他ない。サー・ロバートの仮説と一致しないことを神が述べたり行ったりした場合、たとえ神が自らそれを語っているとしても、神を信じてはならないということなのである。

ジョン・ロック『統治二論』4章32節より

 この皮肉たっぷりな批判の仕方よ(笑)。これはやはりイギリス人がユーモアとウィット、皮肉と嫌味を好むと言われている、そのお笑い感覚とも共通しているのではないかと思わせられる。
(これは余談になってしまうが……最近しばしば「笑いの基本はボケとツッコミである」等と言っている人を見かけるが、それは「世界的な常識」ではない。日本国内の、更に関西地方に限られたお笑いの「狭い常識」でしかない。もっと言えば、単なる「吉本興業のイデオロギー」でしかないとさえ言える。『イギリス人ジョーク集』や『ユダヤ人ジョーク集』など、ちょっとでも他国の「お笑いの感覚」を見てみれば、その偏狭さにすぐ気づくはずだ)

 ぼくも読んでいて、これを訳すのはたいへんだろうなぁと思えた。ともすると「あれ?これはフィルマーを擁護してるのかな?」とさえ思える表現がしばしば出てくるのだが……さにあらず。ロックは終始、物凄い皮肉、嫌味を連発しているのである。

 が、ロックの指摘する内容は非常に論理的で、今の時代から見てもおかしな論法はない。

 ロックはこの長編論文によって、徹底してロバート・フィルマー『パトリアーカ(家父長論)』の内容を一文一文、丁寧に読みながら批判的吟味にかけ、その矛盾、曖昧さ、根拠とする聖書の記述との齟齬、論理的瑕疵を指摘しているのである。
 このロックの論文「統治について」の内容を十全に理解して楽しむためには、『創世記』とフィルマーの『パトリアーカ』を共に通読すべきなのかもしれない。
 実際、ぼくは本論文を読むために岩波文庫版の『創世記』を購入してロックの批判にごまかしがないかどうかチェックしながら読み進めたほどである(因みにフィルマーの『パトリアーカ』は『フィルマー著作集』として定価6000円以上もする専門書なのでさすがに購入を諦めてしまった笑)。

岩波文庫版『創世記』

 キリスト教徒からすれば「聖書には真実が書かれている」とされるのは当然であろうが、問題はその解釈がそれぞれ異なるという事だ。
 カトリックならば「教会の解釈に従うべきだ」となるだろうが、プロテスタント国であるイギリスではそうはならない。
 故に、聖書の解釈を巡る論争は純粋な「テクスト批評」と同じような形式になるという事を、今回改めて実感した。

「作者=創造主」の意図したものを、テクストの表現から正確に推測し、どこからどこまでの解釈を許すのか、その許容範囲を巡って論争する……というのは本書『統治二論』でも、通常の文芸批評でも行われている事だ。そして、ロックの論法は、フィルマーの『パトリアーカ』に書かれている聖書解釈を、実際の聖書の記述に従って批判するというまさしく王道の「テクスト批評」的な方法なのである。

 しかし、ぼく自身は『パトリアーカ』は読んでいないし、『旧約聖書』も通読してはいない。そのためロックの論理がどこまで誤魔化しなく正当なものなのかは、『統治二論』と『パトリアーカ』の両方を読み比べてみないと最終的な判断はできない。
 そのため、本稿はあくまで「ロックの指摘は的を射ている」という前提で、ロック側の主張に寄った立場で書かざるを得ない……のだが、ぼくの興味はあまりそこにはなく、ぼくの興味はロックの「論理性」にあったのである。

 以前も言ったように、ロックの生きた17世紀と言う時代は、日本で言えば江戸時代である。果たして、この時代に書かれた、本格的な「論争」とはどのレベルにあったのかというのが、ぼくが本書に抱いていた関心の一つでもあった。

 その点については、本書は非常に興味深い「論争」を見せてくれていて、ロックの指摘は論理的で明快そのもの。その辛辣さはいっそ爽快とさえ言えるほどで満足できる内容であった。

 論敵であるフィルマーの「王権神授説」の根拠は、ほぼ聖書の記述を基にしている。
 故にフィルマーの『聖書』の解釈の仕方がおかしければ、それがそのままフィルマーの説の瑕疵だと指摘できる。だから本論文は「テクスト批評」としての性格が強いのだ。

 ロックは本論文の冒頭で、ロバート・フィルマーのロジック体系を非常に簡潔にまとめている。

 ところで、サー・ロバートの体系は次の極めて狭い範囲に集約され、それを越えるものではない。
<すべての統治は絶対王政であること。>
 そして、彼がそれを打ち立てる根拠は次の点にある。
いかなる人間も自由には生まれついていないということ。

ジョン・ロック『統治二論』1章2節より
※原文では<>内の文字には傍点あり

 フィルマーの説は、聖書の記述を基にしながら「全ての統治は絶対王政である事」「いかなる人間も自由には生まれついていないという事」という事を説明するという内容で、これは「論証している」と言うほどの細密さはない理屈であった。
 そのため、その理路の粗雑さをロックに徹底的に批判されているわけである。

いかなる人間も自由には生まれついていない」というのは、人間の自然法則に由来した考え方のようである。
 フィルマーは、子供達は生まれながらに自由ではない。何故なら、父親の権力に従わなければ生きていく事ができないからである。故に、人はもともと自由には生まれついていないのだ……という論理展開を行うのである。

 つまり、父親は子供達に対して絶対的な支配権を持っているのだ……何故父親は子に対しての絶対的支配権を持っているかと言えば、それは『創世記』に書かれている通り、神がアダムに対して「これを治めよ」と命じたからである。そして、アダムの継承者が代々地球上の唯一絶対の神聖な権力を手にしているのだと。

 ロックの説明を読む限り、フィルマーはまずこういったストーリーを先に立てて、このストーリーにマッチした聖書の記述を自説にこじつけて補強していっているようなのである。

 われわれは、ロックの『統治二論』を読む事によって「17世紀の論者の詭弁の仕方」を観察する事もできる――そういう読み方もあるのだ。やはり、この論文はいろいろな意味で面白い。
 例えば、ロックの指摘が正しいとすれば、フィルマーはしばしば「肝心な描写を省略する」「強引に自分の解釈に近づけて読む」等の詭弁を弄しているようなのである。

 フィルマーは聖書に、神はアダムに対して「すべての生物を支配せよ」と命ぜられたと書かれている、とそう指摘する。

 そこで神が言われた、「われわれは人をわれわれの像の通り、われわれに似るように造ろう。彼らに海の魚と、天の鳥と、家畜と、すべての地の獣と、すべての地の上に這うものとを支配させよう」と。そこで神は人を御自分の像の通りに創造された。神の像の通りに彼を創造し、男と女に彼らを創造された。そこで神は彼らを祝福し、神は彼らに言われた、「ふえかつ増して地に満ちよ。また地を従えよ。海の魚と、天の鳥と、地に動くすべての生物を支配せよ」。

岩波文庫『創世記』第一章(関根正雄/訳)より

 フィルマー説では、これによってアダムが「ここにおいてすべての被造物に対する統治権を与えられ、それによって、全世界の王となった(P.63)」のだという。このアダムの与えられた「全ての地上の生命に対する絶対的な支配権」が、アダムの子らに継承されて行って、現在の絶対王政に繋がっているのである。
 故に「すべての統治は絶対王政」である事は神から命ぜられた当然の権利だという「王権神授説」が生まれてくる事となる。

……が、もうこの時点でフィルマーの詭弁を見抜いていないといけない。

 上に引用した『創世記』にて神が「すべての生物を支配せよ」と命じられたのは「神は"彼ら"に言われた」と明確に"複数形"で書かれているのである……つまりこれは「アダム」一人だけに限られた話ではなく、神の創造した「男と女」の両方に対して命じた事が明白に分かる。

 そして、普通に「文脈」を追って考えてみれば、これは「自分の作った"人"という種にすべての生物を支配させよう」と考えて「(お前たち人間が)すべての生物を支配せよ」と命じられた、というのは容易に読み取れるところであろう。

神は彼らを祝福し、神は彼らに言われた」と「彼ら」と書いているにも関わらず、フィルマーはこれをもって「神がアダム(個人に)全世界の統治権を与えた」という事の証左とした。
 フィルマーは「彼ら」という「複数形」を全く無視しているのである。

 他にも、ぼくが「統治について」を読み始めた当初から気になっていた「フィルマーはどうやってアダムから継承されてきた"統治権/支配権"がチャールズ二世に継承されていると根拠づけたのか?」という点なのだが……驚いた事にこれについてロックは「私の見る限り、われわれの著者(=フィルマー)は、彼が語る継承者の権利を証明するために聖書の言葉を何一つ挙げていない(P.184)」と指摘しているのである。

 フィルマーの王権神授説は、全ての根拠を聖書の記述によっているが、いかにフィルマーでも肝心の継承権の行き先にチャールズ二世を結びつけるロジックを作り出す事はできなかったらしい。

 改めてフィルマーの『パトリアーカ』の論旨が非常にあいまいなものであったのかというのが分かる。(これ以外にも、ロックは『パトリアーカ』の矛盾点や曖昧な記述などの問題点をしらみつぶしに次々に指摘している。たっぷり一冊の本になるほどに。このロックの論駁は実に明快で、興味がある方は是非とも本書をお読み頂きたい)

 こんな簡単な、そして強引極まりない理屈で王権神授説を説き、それでよく王党派のバイブルにまでなったものか、と驚きを禁じ得ないが、意外と当時の理論家の詭弁と言うのは、現代の詭弁家(YoutubeやTwitterで良く見かける陰謀論者とかね)が人を騙す方法とあまり変わっていないのではないだろうか、などとも思えてくるのだ。

 今も昔も「真実はこうなのだ!」などと言っている人の強引な説を簡単に信用してしまう人と言うのは、案外その言及されている「原典」をあまり読んでいないのではなかろうか。

 例えば、フィルマーの王権神授説の詭弁にコロッと騙されて乗っかってしまった人たちと言うのも、案外と『旧約聖書』を真面目に通読しているわけではなく、司祭などから聞かされる断片的な『旧約聖書』の内容から作り上げた「何となくのイメージ」を以てして『旧約聖書』の内容を知っているだけの人が多かったのではないかとも思うのである。

 これは例えば、現代でも共産主義を批判する人が全く共産主義に無知であったり、「民主主義とはこういうものだ」とか「保守主義とはこういうものだ」と主張している人が、しばしば民主主義や保守思想に全く無知だったりするのと同じように。

 更に、フィルマーの『パトリアーカ』という書物のスタイルは……「〔『パトリアーカあるいは国王の自然の権力』という〕その書名と〔序として付された〕書簡の荘重さ、その巻頭を飾る〔チャールズ二世の〕肖像画(P.27)」……といった立派な装いだったようで、「内容」ではなくその「権威的な雰囲気」に騙されてしまった人も多かっただろう。

『パトリアーカあるいは国王の自然の権力』

 例えば、政治家の選挙演説でも、その「内容」ではなく――その人の「誠実な雰囲気」、清潔感溢れる見た目、その熱心さ――といった「雰囲気」だけでその候補者を信用してしまう人と同じように。

 要は「騙されやすい人」というのは、17世紀であっても現代であっても、それほど変わっていないのではないかと思うのだ。


<『統治二論』前半の結論から後編へ――そしてロックの動機について>

 ロックは、フィルマーの『パトリアーカ』を徹底的に攻撃する事によって、市民革命以前のいわゆる「絶対王政の時代」の「王権神授説」を否定した。

 ロックはこの『統治二論』の二論を以て、スクラップ&ビルドをやっているというイメージが、ぼくにはある。
 前半の論文「統治について」で徹底的に「王権神授説」を破壊しつくし、後半の論文「政治的統治について」で、それに代わる新しい政治原理を提示して見せるという形である。

 ロックは前半の一論「統治について」でフィルマー説を徹底的に叩く事によって、その当時の権力を握っている数多の権力者たちは「神によって祝福された王」などではなく、単に実力と暴力によって権力を簒奪した者たちだと言わざるを得ないと結論付けるのである。

 そういった権力者らが乱立している現在「権力の継承」というものは、フィルマーの言っているような神聖なものなどではなく、血で血を洗う闘争によって奪いあう血みどろの争いというのがその正体であって、その戦禍に巻き込まれたくないと思うならば、フィルマーとはまた別に「政治権力の起源」を見出さねばならない。
 だからこそ、フィルマー説とは違う代替案として、ロック自身は権力をこういう風に考えている、こうするべきだ、という事で後半の一論「政治的統治について」=『市民政府論』に繋がっていくわけである。

 こういった記述からも、ロックがこの『統治二論』を書いた動機の一つが「戦乱に対する嫌悪感」であったという事が伺える。
 ロックの生涯で重要な出来事として、オックスフォードの学生時代に発生していたピューリタン革命の戦乱によって「人間への不信感を育んだ」というのがあった。

 ロックのうちに、そうした人間への不信感を育んだ要因は二つあった。一つは、再度の内戦への危険をはらんで揺れ動く王政復古前夜における同時代人の動向であった。ロックは、この時期、彼らが「戦争と流血との妖精」にとりつかれて「戦火と剣と破壊」以外のものを「夢想しな」い「狂気の世界」をつくりだしているとして、「理性的被造物」からほど遠い同時代人への不信と絶望感とをつのらせていったからである。

加藤節『ジョン・ロック――神と人間との間』P.10より

 ロックが絶対王政体制を推進しようとしていたチャールズ二世ら王党派の理論的支柱の一つであった『パトリアーカ』を徹底的に否定した理由の一つには、ピューリタン革命時に当時のイギリスが様々な派閥が入り乱れて対立している状態を見てきた経験があったからであろう。
 様々な権力者たちが入り乱れて自分らの正当性を主張するからこそ戦乱が起こるのだ……その嫌悪感があったからこそロックは、絶対王政期の権力者らを、実力と暴力によって権力を簒奪した者でしかないと見ていたのだろう。

 従って、世界におけるすべての統治はただ実力と暴力との所産であり、人間は最強のものが支配する獣の世界の法則に則って共同生活を営むなどと言って、不断の無秩序、悲惨、騒乱、叛逆(かの仮説の信奉者たちが声を大にして反対したのはそれらに対してであった)の種を蒔こうという考え方が生じる機会を与えたくないと思う人は、統治の発生、政治権力の起源、政治権力の所有者を指定し識別する方法について、サー・ロバート・フィルマーがわれわれに教えたのとは別のものをぜひとも発見しなければならないであろう。

ジョン・ロック『統治二論』後編「政治的統治について」第1章1節P.292より引用

 では、ロックは王権神授説の代わりとなる政治的権力をどう構想したのか?――と言う事で、この続きはまた次回、後篇「政治的統治について」を読み終えてからご紹介する事としよう。


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