【自己紹介】自分の”幸せ”を生きる”愛のカタチ”を創造しよう
はじめまして!
ピアサポーターおさゆといいます。
ここへ立ち寄ってくださってありがとうございます。
ピアサポーターの「ピア」には ”仲間” や ”対等な立場” という意味があります。
わたしは、共依存や共依存恋愛、人間関係に悩む方や、依存症の家族を支える方と同じような経験をしてきた”仲間”として、自分の体験や知見から、依存と自立をテーマに、”自分の幸せを生きる”ためのこころの土台づくりや在り方のヒントを発信しています。
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「このままじゃダメだと思うけど、どうしたらいいのかわからない」
「誰にも言えないけどずっと苦しい」
そんなふうに感じたことはありませんか?
こころの回復には時間がかかるかもしれないけど、無理になにかを変えようとするんではなく、自己信頼を取り戻し、新しい自分の「愛のカタチ」を整えていくお手伝いと、このたびnoteをはじめるにあたって、わたし自身のことも含めてお伝えできればと思います。
最後までお読みくださると嬉しいです。
◇短編じぶん史
【幼少期~義務教育】
4歳のある日突然保育園へ放り込まれる。
捨てられると勘違いし全身で抵抗と脱走を繰り返した記憶あり。
小学2年、転校。
共働きの両親の代わりに弟の保育園へのお迎えで、首から鍵をぶらさげてたことで鍵っ子と呼ばれる。
小学5年ではクラス全員から無視されるといういじめに遭い、校区外の中学へ進学。
社会へ出るまでの間、父からの束縛と支配、過干渉と過保護で歪んだ愛情を受け取りながら育つ。
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【19歳】
4つ上の元夫との結婚で二人の男児を授かる。その後 彼のアルコール依存とDVで家を出る。
子どもを取り上げられ泣く泣く諦め離婚。
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【24歳】
2つ下の二度目の元夫と出会う。妊娠がわかり26歳で入籍。
男児二人を設けた後、二度目の元夫の薬物(覚醒剤)使用が発覚。
そこからどっぷりと共依存へと陥り、17年という期間を経て正気へと回復。
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【51歳~現在】
適応障害と診断され、約20年勤務した会社を退職。
その9か月後、最愛の息子の事故死。
現在、大切な人を亡くされた方々の悲しみに寄り添いながら、仏事に携わる仕事も兼ねている。
◇noteをはじめた理由
人生の半世紀を超えて、多難な体験が多かったここまででした。
様々な体験を通して感じた辛さや苦しさが何なのかを探し求め、こころの奥にある違和感の正体を知るために、あらゆる本を読みあさり、情報を貪り、心理学などを学んできました。
そんな人生で大きなターニングポイントになったことが二つあります。
まず一つは、二度目の結婚で抱えた元夫の薬物問題です。
そのことからわたし自身の表面化した共依存や共依存恋愛というアディクション。
そこから脱却し、回復から学んだこと、自分達にある力と希望、そして、体験と問題の解決に向けた糸口について分かち合えればと思ったことが、最初に書いてみようと思ったきっかけです。
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ただ、依存症問題に関した知識は、一見そのことだけに有効なのかと思いきや、決してそうではありませんでした。
後にシングルマザーとなり、二人の息子を育てる過程で意外にもその知識がわたしを助けてきてくれました。
息子たちとのわたし自身の接し方、語らい方、在り方。
子育ての中で起きる目の前の出来事を、大局からみる視点や本質を問う機会として捉えてこれたのは、すべて依存症問題を通して学んだことからでした。
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そして二つ目。
人生で「まさかこんなことが起きるはずがない」と、想像などしたこともなかった大きな転機が、不慮の事故による最愛の次男との突然の死別です。
満24歳という、まだまだこれから多くの喜びを得ることができたであろう彼の人生と、なんのためにシングルでここまでがんばってきたのかが全く意味がわからなくなってしまった無念さに苛まれ、言葉では言い表せないほどの悲しみで、どれだけ流しても枯れない涙を流す日々が続きました。
そんな泣いてばかりのわたしに、住職がこんな話をしてくれました。
誰の人生も、皆えんぴつ一本分です。
そのえんぴつが早く削れる人は、この人生を通して宿題が終わったからに他なりません。
そして、残された人たちはその人との縁を通して、その人の宿題がどんなことだったのかを考えてみる必要があります。
その人の終えたであろう宿題を通して学ばせてもらえたことがあるはず。
その学びが、今度はあなた自身の宿題を終えるための、自らの人生に必要なことを残してくれているのです。
そのとき、ようやく少し目が覚めたような気がしたのを今でもはっきりと覚えています。
そして、救われた思いが込み上げ、残された命をちゃんと生きて全うしなくてはと思いなおすことができたときでした。
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現在、そのときのご縁で仏事の仕事にも携わりながら、大切なご家族を失われた方々の悲しみに寄り添うことが、少しづつ自分の悲しみも癒えることにつながってきた中、この大きな二つのターニングポイントから、一見不幸に見える出来事の中にも幸せがあることを見出してこれました。
そしてそれは、やはり共依存から抜け出してきた経験と、依存症問題によって学んだ視点や意味づけによって受け取ることができたことでした。
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依存症の問題を抱えた当初は、わたし自身に人とのかかわりにおける”こころの癖”があったことなど知りもしませんでした。
当時は情報も少なく、特に薬物の問題事態が世間的に閉塞的でネガティブに扱われるばかり。
簡単にカミングアウトもできず、相談できる場所になかなか繋がれない時代でもありました。
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ここまでのそんな体験や経験から、今現在、パートナーや彼や彼女といった男女関係はもちろん、親子や友人知人との間でなぜか悩みが尽きない方。
また、ご家族の依存問題で悩みや苦しみを抱えてしまわれている方に向けて、そこに隠れた、あなたが知らず知らずの間に自分に課してきた決まりや身につけた役割に気づき、それを削ぎ落していくための理解を”共依存”という観点から深めてもらえればと思っています。
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人とのかかわりに感じる違和感は、それをキャッチすることができさえすれば、自分自身にしっかりと焦点を当てて、自分の幸せを生きる世界へと変えていけるんです。
そうしてあなたがあなたらしく、ありのままの自分を思い出せる場所になればと、世界人口分のひとり分(世界人口分/ひとり分)の体験が、必要な人に届けばという思いではじめました。
◇タフ・ラブ
「タフ・ラブ」という言葉を聞いたことはありますか?
共依存や恋愛依存、親子や夫婦、友人知人も上司も部下も、誰もが「わたしはわたし」で在るということを忘れないでいる…
つまり、境界線をまたぎ過ぎず必要以上に侵入しないでいることや、自分のことは自分で責任をもって生きるスタンス。
その中で、自分以外の人が負う責任は愛をもって見守り、愛するがゆえに奪いがちになる、自分以外の人の成長の機会を決して奪わない姿勢。
依存症の家族支援ではよく使われる言葉で、安易な尻拭いをやめることが重要となる基本的な概念です。
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でも、そういったこと以前に、近しい人とのかかわりにこそ、健全さを育むための自分の在り方に必要な要素。
間違った我慢をしない、真の愛を表すタフ・ラブ。
本来の自分自身を思い出し取り戻すとき、自分の問題と他者との問題を分けて考えるために有効な概念です。
◇本当に伝えたいこと
生きる中で、一切の悩みがなくなることや、全くなにも問題が起きないなんてことはありません。
ただ、悩みがでたときや問題が起きたとき、たった一度の大切なあなたの人生で決して自分を見捨てず、諦めないでいてほしいということ。
そのために、苦しみの元となっていることがなにかを知り、手放し、自分の人生をより良く生きるための在り方を整えなおす。
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「自立」は、自分の人生において「自分が選択している」という意識があり、その選択に責任をもっていることです。
そして「自立した人」とは、自分で考えていろんな壁を乗り切る力を身につけている人。
様々な問題が発生したとき、他人への責任転嫁ではなく、どんなときも当事者意識をもってものごとに当たれる人だと思うんです。
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さらに「成熟」は、自分自体に問題解決する能力があり、他者との協調の雰囲気を大切にすることもできたり、必要なときには改善に向けて自分から取り組める自分自身である。
その中で、自分の力が十分に発揮されている。
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わたしたちには、自分を幸せにする”義務”があると思っています。
自立から自立した人、成熟へと、あなた自身のこころの自給自足する力を上げていくことは、その義務を果たしていくうえでとても大切な力。
人生は常に選択で、その積み重ねが”今”なら、これからの新しい体験や経験でこの先も創られていく。
そのことを忘れたくないですね。
◇これからについて
依存症の元家族体験や共依存体験はもとより、時折、シングルでの子育てや働き方、マインドなどについても書いてみようと思います。
生き辛さや報われない関係から抜け出すワーク、自己受容を深めるワークなど、本当に望む生き方の変化のきっかけになる場所にしてもらえるよう、「認識」「知識」「意志」「術」「行動」の変化につながり、訪ねてくれたあなたの”自分の幸せを生きる”という、自分への”愛のカタチ”を整えてもらえる場所にできればと思っています。
改めて、どうぞよろしくお願いいたします。
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