薬物依存症の元家族体験から与沢翼さんのカミングアウトに思うこと
ちょうど半月前あたりに、
家族側の視点から思うことを
ブログに書いたところでした。
そして、
本日のタイトルの一件。
やはり、現代病といっても過言では
ないですね。
以前から、良くも悪くも存在感のあった
与沢さんの発信は目にしていました。
お子さまがお生まれになってからの
彼の表情は、とてもいいパパの顔に
なられたなと感じていたぐらいでした。
その彼の表情が一変した今回の発信は、
わたし自身も自分の過去を思い出して
しまったほど衝撃でしたが、
奥さまがお子さまを連れて、
彼の下から離れられたことは、
家族側の視点で見ると、
なぜか”安堵”しました。
もちろん、
彼には彼なりの気持ちが
あって然りだと、理解はできます。
ただ、
誰もが自分の生きたい人生を
生きるなら、愛する人もまた、
その人が生きたい人生を生きて
いいわけで。
その中で共に歩むのであれば、
「思いやり・規律・正義」なしでは
愛は存在しえない。
彼が公開した奥様からの手紙を見ると
一目瞭然。
体験があるからこそ、
どちらの気持ちにも思いを馳せると、
お二人ともの心の回復にエールを送りたい。
と同時に、巷で叫ばれる
「ダメ!絶対!!」という
”最初の一回”こそが、その後の人生を
大きく変えてしまうことを、
家族も回復過程の当事者も、
共に声をあげ続けることの重要性を、
改めて感じました。
そういった意味をこめて、
覚醒剤依存症の元家族体験から、
現段階の彼の実態について、感じた
ことを書いてみました。
言動について感じていること
様々な見方はあると思いますが、
保険金の額の件や、狙われていると
いった話については、信憑性に当然
欠けます。
体調不良の治療や死亡原因など、
違法薬物との因果関係が全くないと
認められれば、保険金等が支払われる
こともありますが、
対象外になるケースの方が多いのが
薬物依存であること。
また、
狙われると言った発言は、
覚醒剤への依存に陥ると被害妄想から
よくあり得ること。
「今、何台もの警察車両に追われている」
「窓の外に見える電柱にカメラがあって
見張られている」
「スマホを勝手に誰かに操作されている」
「朝になったら警察が迎えに来ることが
もう決まっている」
といったことを延々と繰り返し、
私もよく聞きました。
いずれにしても、
嘘にしろ、本当にしろ、
一喜一憂しないことがなにより大事です。
SNSでの発信は、
当然ながら賛否両論意見が
飛び交います。
彼が本心から「止めた」と言っても、
それは、ここから先「止め続けて」
こそのことで、
現段階での
「止めれます」
「止めました」
への、様々な反応も無用。
なぜなら、そういった反応こそが
薬物依存症を助長しかねない。
そして、反対や否定をされる意見を
目にすると、それを薬物を使う理由に
するのも、依存症の特徴であること。
励ましの意見などを、
止め続けるための力にできれば、
SNSは悪いものではないですが、
まだそんな段階ではないだろうと
いうのが見立てです。
使い始めるきっかけは、
人それぞれだと感じますが、
彼の土台となっている無意識に、
使用を留まらすだけの力が養われて
いなかったことが残念です。
表情について感じていること
一目で覚醒剤使用の表情だと
感じました。
薬が効いてる間は、
食べなくても寝なくても
居れるようですが、
そうすると、
頬はこけ、痩せていき、
ほとんどの人が、同じような
表情になるもんだなと思いながら
動画や写真を見ました。
一番の特徴は、やっぱり目です。
これはたぶん、
身近に居たからそう思って
見てしまう部分ではありますが、
わたしがやったことと言えば、
写真や動画を二本の指で目の部分を
拡大して見たことです。
覚醒剤が体に入っているとき、目の
瞳孔が開くことを知っていると、
どうしても表情や言動から
怪しさが拭えなければ、
思わずそんな行動をとってしまう
自分を笑ってしまいました。
見立ては、ご想像にお任せします。
いずれにしても、
薬物使用は目に出やすく、
当事者もそのことはよくわかって
います。
そのため、
色付きのサングラスをかけて、
目をジッと見られないように
している人は多いと感じます。
動画などではサングラスはかけて
らっしゃらないので、現在の使用は
ないと思う、という、一応の見解は
付け加えておきます。
使用期間について思うこと
1年前から、と話されてましたが、
覚醒剤の使用の仕方で、依存度の
進行に違いがあると思っています。
「どっぷりと」とご自分で話して
らっしゃることや、顔つきから見て
やはり依存度はかなり進行してる
ように感じる点と、
覚醒剤使用をカミングアウトされた
ことの意味事態を、既に被害妄想から
きてるようにも正直感じるところも
あり、
そのまま回復に向けて、
治療に向かうための
カミングアウトであれば、
二転三転する話をSNSで発信し続ける
よりも、潔くなんらかの回復施設に
繋がるのでは?と感じています。
依存症に、1年という期間は決して
短くはない点からも、
「止め続ける」ということは
かなり大変だと推測できます。
体験から感じたまとめ
与沢さん自身の感情の部分は一旦
横へ置くとして…
薬物の使用を選択することに
関しては、本当に心から
「ダメ!絶対!!」と言いたい。
そのことによって引き起こる、
様々な問題で身近な人は傷つき、
混乱し、苦しみは想像を絶するほどです。
そして、それ以上にいちばん
傷つくのは、当事者。
なぜなら、治ることのない病を
背負ってしまったからです。
本来の生きたかった人生を
生きれないまま、
全てを失うまで止まないことに、
長く苦しみ続けなければならない
ことなど、
使用前には想像すらしなかったで
あろう薬物への依存。
悔やんでも悔やんでも、悔やみきれ
ないほどの ”最初の一回” への後悔が、
ずっとずっと後になるほど
のしかかる、と聞いて
その通りだとしか思えない病だと
感じています。
「自分だけは大丈夫」
「一回くらい大丈夫だろう」
「なんかかっこいいから」
「友達もやってるから」
「すぐに止められる」
と、そんな軽い考えで始めたと
誰もが口を揃えて言う、
これが薬物使用のきっかけ。
実態を知らない人たちからすると、
大袈裟に感じるかもしれません。
今回の与沢さんの奥さまも、わたしも、
覚醒剤依存症の元夫とは所詮他人。
共依存状態にある間は、なかなか
離れることができなくても、
離れることができれば自分のことに
目は向けやすくなる。
これが親子の場合は、更に想像を
絶するほど感情が巻き込まれやすく、
辛さや苦しみは、頭での理解だけでは
追いつけない家族病となるんです。
”薬物依存症” は、
当事者も身近な人も、
苦しみからの脱却が本当に難しい
ことを知っているからこそ、
”最初の一回” に、
とにかく手を出さないこと。
少しでも啓発になればと思い、
体験から感じたことを、今日は
書いてみました。
ここまでお読みくださって、
ありがとうございます。
何かの一助になれば、幸いです。
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