年金は繰上げ・繰下げで変わる|何歳受給が得かを損益分岐で考える
「年金は早くもらった方が得なんですか? それとも遅らせた方が得なんですか?」
税理士という仕事柄、50代・60代の方からいちばんよく聞かれる質問のひとつが、これです。年金は原則65歳からの受給ですが、60歳から75歳までの間で、自分の意思で受け取り始める時期を選べます。早めれば「繰上げ受給」、遅らせれば「繰下げ受給」です。
そしてこの質問には、実はスッキリした正解がありません。繰上げれば年金額は一生減りますし、繰下げれば一生増えます。「増えるなら繰下げ一択では?」と思うかもしれませんが、そう単純でもない。答えは、あなたが何歳まで生きるか、つまり寿命次第だからです。
こう言うと身も蓋もないのですが、実はこの「寿命次第」を、もう少し具体的な数字に落とし込む方法があります。それが「損益分岐年齢」という考え方です。何歳より長生きすれば繰下げ(または繰上げ)が得になるか、を先に計算しておけば、少なくとも「自分は何を基準に選べばいいか」がはっきりします。
はじめまして、税理士ロキと申します。現役の税理士です。ふだんは中小企業や個人事業主の税務をやりながら、AIを仕事に使い倒す日々を送っています。年金の受け取り方は税務の相談とセットで聞かれることが多いテーマで、「なんとなく」で決めてしまって後から惜しいことになった相談を、これまで何度も見てきました。
この記事では、年金の繰上げ・繰下げで受給額がどう変わるかという2026年時点のルールと、損益分岐年齢の出し方、そして繰上げ・繰下げそれぞれの見落としがちな注意点まで、順を追って解説します。先に断っておくと、「これが万人にとっての正解です」という結論はこの記事にはありません。年金は寿命だけでなく、健康状態・貯蓄・働き方によっても最適解が変わるからです。ただ、判断のための「ものさし」は、この記事でしっかり手に入れてもらえるはずです。
「なんとなく60歳」で数十万円変わった例
以前、60歳になったタイミングで「とりあえず早くもらっておきたいから」と、深く考えずに年金を繰上げ受給された方の相談を受けたことがあります(守秘義務があるので、業種や状況はぼかして一般化しています)。この方は幸い健康にも恵まれ、80代後半まで長生きされました。
繰上げ受給を選ぶと、減額された年金額が一生涯続きます。65歳から受け取っていれば得られたはずの金額との差は、長生きすればするほど広がっていきます。この方の場合、結果的に総受給額で見ると、65歳から受け取っていた場合よりも数十万円少ない金額しか受け取れない計算になりました。もちろん「早くもらえて安心できた」という価値もあったはずですが、そのとき損益分岐年齢という物差しを知っていれば、少なくとも「自分がどのくらい長生きすれば逆転するか」を踏まえたうえで選べたはずです。
逆のケースもあります。繰下げれば増えると聞いて、深く考えずに70歳まで繰下げようとしていた方が、実は「加給年金」という別の年金を受け取れる条件を満たしていたのに、繰下げている間はその加給年金が一切支給されないと知らずにいた、という相談もありました。これも「知っていれば選び方が変わっていたかもしれない」典型例です。
どちらの方も、判断が間違っていたわけではありません。ただ、判断材料が足りないまま決めてしまっていた。年金は一度選ぶと基本的にやり直しがきかない(繰下げの請求前なら考え直せますが、繰上げは請求した時点で確定します)お金なので、この記事で判断材料をひととおりそろえてから決めてほしいと思います。
この記事でわかること
繰上げ・繰下げで年金額が「1か月あたりどれだけ」変わるか(2026年時点のルール)
損益分岐年齢という考え方と、1例だけの実演
【有料】第1章: 繰上げ・繰下げの仕組みと2026年時点の増減率の詳細
【有料】第2章: あなたのケースの損益分岐年齢の出し方(早見の目安つき)
【有料】第3章: 繰上げを選ぶ前に知っておきたい注意点(減額は一生続く・障害年金や遺族年金との関係)
【有料】第4章: 繰下げを選ぶ前に知っておきたい注意点(税・社会保険料・加給年金・在職老齢年金との兼ね合い)
【有料】第5章: 「何歳が得か」を考えるための判断のフレーム(健康・貯蓄・働き方・他の収入)
損益分岐年齢とは何か — 1例で実演します
年金を65歳より遅らせて受け取ると、1か月あたり0.7%、年金額が増えます。仮に70歳まで5年(60か月)遅らせると、増える率は0.7%×60か月=42%です。65歳から受け取るはずだった年金額が100万円の人なら、70歳からは142万円になる、という計算です。
一見、大きく増えて見えます。しかし忘れてはいけないのは、65歳から70歳までの5年間は、年金を1円も受け取っていないということです。つまり「70歳から142万円ずつもらえる」ことと引き換えに、「65歳からの5年間、本来もらえたはずの100万円×5年=500万円」を受け取っていない、ということでもあります。
この「もらっていない期間の分」を、増えた分で取り戻すのに何年かかるか。それを計算したものが「損益分岐年齢」です。実際に計算してみると、70歳まで繰下げた場合、65歳から受け取っていた場合の累計額に追いつくのは、だいたい82歳ごろです。つまり、82歳より長生きするなら70歳からの繰下げの方が総受給額は多くなり、82歳より前に亡くなってしまうなら65歳から受け取っていた方が総受給額は多かった、ということになります。
「増える」という言葉だけを見ると得に思えますが、実際には「何歳まで生きるか」で損得が逆転する、というのがこの計算のいちばん大事なポイントです。これは繰上げについても同じで、早くもらう代わりに、長生きするほど65歳受給に総額で追い抜かれていきます。
この記事の全体マップ
ここから先の有料部分では、あなた自身の損益分岐年齢を出し、注意点まで含めて判断できるように、次の順番で進みます。
第1章: 繰上げ・繰下げの仕組みと、2026年時点の増減率(1か月単位の細かいルールつき)
第2章: 損益分岐年齢の出し方(開始年齢別の目安一覧つき)
第3章: 繰上げを選ぶ前の注意点(一生続く減額、障害年金・遺族年金との関係)
第4章: 繰下げを選ぶ前の注意点(税・社会保険料・加給年金・在職老齢年金)
第5章: 「何歳が得か」を考える判断のフレーム
読み終えるころには、「自分の年金は何歳から受け取れば、何歳より長生きしたときに得になるのか」を、自分の状況に当てはめて考えられる状態になっているはずです。そして、繰上げ・繰下げどちらにも「額面の増減」だけでは見えない見落としがちな落とし穴があります。とくに第3章・第4章は、選んでから「知らなかった」と気づくことが多いポイントです。
価格はコーヒー1杯分です。ご自身の年金の損益分岐年齢を1回計算してみるだけでも、判断の軸がはっきりするはずです。それでは本編にいきましょう。
ここから先は
¥ 500
この記事が気に入ったらチップで応援してみませんか?
