ここは世界一の昼寝ができる村、大宜味村
3月某日、那覇に降り立った私は北へと向かっていた。3月半ばの沖縄は暖かくなり始めていて、着ていたライトダウンジャケットをリュックの中へギュッと押し込む。
「ウチナータイム」というのは本当に存在するようで、バスは当たり前のように30分遅れた。約束の時間に遅れてしまう…!とハラハラしたけれど、ハラハラしたってバスは早く進まないことに気付き、諦めて窓の外を眺める。

待ち合わせ場所には1台の車が止まっていて、覗き込んで名前を告げると、運転席のおじいちゃんは「ようこそ!遠い所からよく来たね」と歓迎してくれた。
ここは沖縄県国頭郡大宜味村。くにがみぐん・おおぎみそんと読むこの場所は、沖縄北部=やんばるに位置する、人口約2,900人の村だ。今回はこの大宜味村の山の上にある農園で2週間お世話になる。
6時起きでセロリ収穫へ
食器の音で目覚める朝。時計を見るとまだ6時過ぎだったが、今日は6時半からセロリ収穫が始まるのでもう起きなければいけない。
のそのそと部屋を出て、朝食の支度をしているお母さん(オーナーの奥さん)の背中に向かって「おはようございます」と言う。チラッとこちらを見てから、明るい声で「おはよぉー」と言う彼女。いったい何時から起きているのだろう。

3月の沖縄は暖かいと言ったものの、朝晩はグッと冷え込む。ここは山の上なので尚更。お鍋に入った味噌汁をすくうと、顔がほわっと蒸気に包まれた。

朝ごはんは、豆ごはんと、味噌汁と、農園で採れたりご近所さんからもらったりした野菜のサラダ。冷たいミニトマトが口の中でぷちっと弾けて、少し目が覚めた。さあ、今日も1日が始まる。
ここは"じゃまねこ"のいる農園
朝ご飯を済ませて珈琲を飲んだら、いつもの道を通って畑へ。道端には現役なのか引退済みなのか分からない軽トラが転がっている。田舎あるあるだ。

朝の光が降り注ぐ畑で、地べたに座って、セロリを収穫していく。収穫に使うのは普通の家庭用包丁。まずは根本にザクッと刃を入れて、セロリを根から切り離す。そうしたら、外側の虫に食われた部分をポキポキと折っていく。ここ伊芸農園は有機栽培で農薬を使っていないため、セロリは虫食いだらけだ。

没頭して背中を丸めながら収穫していると、腰のあたりに何か感触を覚えた。ん?と思う間もなくそれは私の背中をよいしょ、よいしょ、と登ってきた。猫だ。猫が背中を登ってきたのだ。そう、この農園には"じゃまねこ"がいる。
「もー!邪魔しないの!」と甘く叱って、また作業に戻る。まだ背中にさっきの柔らかい肉球の感触が残っていて、心がふにゃんと柔らかくなる。

さっきまで寒かった体が、収穫に没頭しているのと、太陽が上がってきたのとで温かくなってきた。じんわりと汗もにじんでくる。
ザクリ、パキ、パキ、パキ。
野菜を収穫する音って、耳に気持ちがいい。音に集中すると脳がくすぐったくなるような感覚がある。
ふと顔を上げると、収穫用のカゴの上に猫が乗っていて、気持ちよさそうに目を瞑り、ぱやぱやの毛を朝日に光らせていた。
ブレイクタイムはささやかで確かな幸せ
収穫したセロリを軽トラに積み込んで、荷台に乗る。軽トラの荷台に乗るのって違反じゃないの!?と思ったが、荷物の看守役であれば問題ないらしい。看守役としてしっかり風を感じながら、セロリたちとともに洗い場へと向かう。

洗い場でセロリを下ろして、水をたっぷりあげたらしばしブレイクタイム。お母さんが持ってきた買い物かごの中を覗くと、コーヒーとカップと、ちんすこうや黒糖などのお菓子がたくさん入っていた。

作業台に腰掛けて、みんなでコーヒーを飲む。沖縄の人はやっぱり明るくて、冗談ばかり言っている。お手伝いのおじちゃんがお母さんのことをおちょくると、「これ(手に持ってる熱々のコーヒー)かけてやろうかと思ったわ」と怒った表情をしてから、ワハハと笑った。お母さんは笑うと目尻がキュッと上がる。

伊芸農園の猫はみんな甘えん坊で、私たちが腰掛けるとすぐ膝の上に乗りたがる。ひょいと持ち上げて撫でてあげると、すぐにグルグルと喉を鳴らす。猫を撫でながら、黒糖をかじり、コーヒーを飲むのどかなひととき。ささやかだけど確かな幸せ。作業場を柔らかい風が吹き抜けていった。
手洗いでじゃぶじゃぶパッパ
エネルギーチャージしたら、セロリを洗って出荷の準備。たっぷりと溜めた水の中にじゃぶじゃぶと茎の部分をくぐらせ、泥を落として、虫が入っていないか確認していく。

伊芸農園の人たちは、ダラダラ働かない。働くときは黙々と働いて、休むときはしっかり休む。作業場に、セロリを洗う音と水を切る音だけが響く。じゃぶじゃぶ、パッパッ。

こうして農業の仕事に触れるたび、私たちが普段スーパーで買っている野菜が、誰かの手作業で生まれていることを実感する。スーパーに並ぶセロリが誰かの手で洗われているなんて、考えたこともなかった。当たり前のことだけど忘れていることって、案外多いのだと思う。

一心不乱にセロリを洗い水を切る私を見て、お母さんが笑っている。「え?なんですか?」と聞くと、「水!かかってるよ!」とのこと。すると、隣で作業していた女性がフフフと笑いながら顔を拭った。

私がセロリをぶんぶん振って水を切るものだから、その水滴が全部彼女の顔にかかっていたらしい。女性が「言ってないだけでずっとかかってるからねぇ!」と言って、お母さんと、隣の彼女と、3人で笑う。私は「ごめんごめん!」と言って、わざとらしいくらい優しくセロリを振った。
世界一のお昼寝タイム
昼食は、採れたてのセロリと農園で飼っている猪豚の炒め物。実は昔からセロリが大の苦手で、車にセロリが積んであるだけで具合が悪くなっていたのだが、この度すんなり克服した。

素材が良いのか、お母さんの腕が良いのか、私が大人になったのか。セロリのシャキシャキ感が猪豚の甘い脂とよく合っていておいしい。

ご飯を食べ終わると、お父さん(オーナー)は「さぁ〜昼寝だ」と席を立つ。御年77歳のお父さん、よく食べてよく働く彼はとにかく昼寝が大好きで、「あのね、昼寝が1番の楽しみ!」と言いながら自分の部屋へ向かっていった。

今日はとても天気がいい。庭の日向にマットを敷いて、ゴロンと横になる。すると猫たちが近寄ってきて、私の脇と耳元で寝転がった。
両手を使って猫たちを撫でてやると、ふたりはゴロゴロと喉を鳴らす。柔らかい猫たちの体温と、春の柔らかい日差しが私を温める。あぁ、今、世界一幸せかもしれない。
耳元のゴロゴログルグル音に癒されて、いつの間にか眠りに落ちていた。
今日1日が終わる
午後は少しだけ草刈りをして、今日の仕事は終了。シャワーを浴びて、泥と汗を流す。ドロドロに汚れた日ほど、頑張ったなあと思う日ほど、バスタイムは気持ちいい。

夕食を作るお母さんの手伝いをしていたら、窓の外がオレンジに染まっているのが見えた。「ちょっと夕日見てきます」と伝えて外に出る。
山の上の、静かでのどかな夕暮れ時。空気が少し湿り気を帯びて、夜に向かっていることを感じる。

夕食を終えて外に出ると満天の星空が広がっていた。大宜味村、というか農園付近は山の上にあって街灯がほとんどないので星がとても綺麗に見える。
そういえば、お母さんが「星は夜明け前が一番綺麗」と言っていた。これよりも綺麗な星空なんてあるのだろうか。あるなら見てみたい。
よし、明日は4時に起きよう。
そう決心して、少し冷えた体をさすりながら家の中へと戻った。
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いただいたチップでまた旅に出ます。いつかどこかで会えますように。