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幸せがパッケージ化されたこの時代に

テントの天井を見つめる朝。ここ最近はテント泊が続いており、移動しているにもかかわらず起きた瞬間の景色が毎日同じなので「ここは…どこだ…?」となる。

1年前に北海道のリサイクルショップで激安で購入したテントは気密性抜群(通気性最低)で、最近は暑くて寝付けないこともしばしば。しかしここでテントを買い替えるのもなんだか悔しかったので、GATSBYのボディペーパーを購入したのだが、これが大成功。痛いくらいに冷える。寒い、寒いよ〜…と震えているといつの間にか眠りに落ちているので、寝苦しい夜には手放せないアイテムとなった。

GATSBYの香りが充満したテントから出ると、公園の向こう側で2人のおじいさんが海を眺めながら缶コーヒーを飲んでいた。1人は煙草を吸っていて、もう1人は新聞を読んでいる。その後ろには木の枝にリードを繋がれた柴犬がいた。

私が挨拶すると、2人はこちらを振り返って、「あら、おはようさん」と返してくれた。2人と1匹は、毎朝ここで一服するのが日課になっているそうだ。

私の旅の話やおじいさんたちの日々についていろいろお喋りした後、私がテントを畳んでいると、ストライプのシャツを着たおじいさんがこちらに歩いてきた。「これでジュースでも買うて」。半分に折り畳んだ千円札をひょいと渡してくれた。


四国カルストで眠りたい

さぁ、今日は四国カルストに行こう。おじいさんにもらった千円札は、うっかり使ってしまわないように畳んだまま財布の隅っこに仕舞った。四国カルストは、数年前に行った際その外国のような景色にえらく感動したのだが、キャンプ場があることを知ったのはつい最近のこと。あんな場所で朝を迎えてみたい、そう思い小さな原付を走らせている。

夕方になってやっとカルストに到着した。キャンプ場にはもうすでにいくつかテントが貼られていたが、そこまで混んでいるわけでもなく、好きな場所にテントを立てられそうだ。こんな抜群のロケーションでテント1張り1泊500円だなんて、首都圏のキャンパーたちが知ったら泡を吹いて倒れるだろうか。

テントを張る前に少し散歩をしよう。ここ姫鶴平の標高は1,400メートル。空気はひんやりと冷たくて、軽装で走ろうものならすぐに体が冷えてくる。ボックスの奥底にしまい込んだトレーナーを引っ張り出して、再び原付にまたがる。

空気が澄んでいて、岩がゴツゴツと生えた草原がどこまでも広がっていて、遠くに山が見えて、しーんと静かで、たまに牛の声が聞こえて。あぁ、またここに来れてよかった。

展望台から下りてきたとき、ぽつんと停められた私の原付がやけに愛おしく見えた。まさかこんな山を登らされると思ってなかったよな。頑張ったね、よくここまでたどり着きました。

ジローとの出会い

キャンプ場に戻ってくると、でっかいもふもふが目に飛び込んできた。犬だ、すごくでかい犬だ。

何犬なんだろう。少し離れてじぃっと見つめていると、飼い主の女性が「触っても大丈夫ですよ」と声をかけてくれた。色白でスラッとした儚げな人だ。

「アラスカンマラミュート」という寒国生まれの犬種らしい。穏やかで、人馴れしていて、私が首のあたりをもふもふするとニカッと笑顔を見せてくれる。名前はなんですか?と聞くと、お姉さんは「ジローです」と答えた。センスよすぎるって。

私がもふもふしているのを見て、みんな我慢できなくなったのか、キャンプ場に居た人たちがわらわらとジローの周りに集まってくる。「おっきいねー」「ふわふわだー」「かわいいねー」などと言われてジローも少し嬉しそうだ。

お姉さんはジローと2人きりで来ていた。「日帰りのつもりで来たんだけど、あまりに気持ちいところだからジローも帰る気なくなっちゃって…でも泊まる準備してきてないんだよね。どうしよう…」。顎に手を当てて考え込むお姉さんに、私は「車中泊すればいいんじゃないですか?せっかくだし泊まっていきましょうよ〜」と頼むように誘う。なんだか、このお姉さんと話したいと思った。

絶品バケットとカルストの夕暮れ

傾き始めた太陽が、キャンプ場を黄色く染める。側にいた女性2人組が「お腹空いてる?」と海老やズッキーニがたっぷり乗ったバケットを差し出してくれた。

彼女たちは姉妹で、一緒にキャンプをするのは今日が初めてとのことだった。若く見えたが2人とも子どもは成人しているらしく、再び訪れた自由な人生をのびのびと楽しんでいるようだった。

芝生に座って、2人と話をしながらバケットにかぶりつく。ハフハフ、ホイヒー。オリーブオイルとガーリックの香りが口の中にふわっと広がって、とても幸せな気分だ。お互いをからかったり冗談を言い合ったりしてケタケタと笑う2人は、お揃いのオーバーオールを着ていた。

帰るか泊まるか決めかねているお姉さんとジローに、姉妹が「お姉さんもよかったらどうぞ」と盛り盛りのバケットを差し出す。「わぁ、ありがとうございます!」と目を輝かせるお姉さん。受け取ったバケットにかぶりついてから「ジローにもちょっとあげようね」と言うと、ジローも目を輝かせた。

黄色く染まっていたキャンプ場が、だんだんオレンジ色へと変わっていく。ジローの白い毛は夕日に照らされてキラキラと光っている。私はお姉さんの隣に腰掛けた。

お姉さんの人生

お姉さんは、20代の頃に旅行でタイのチェンマイを訪れ、その美しい景色に魅せられたことをきっかけに29歳で移住。現地では通訳の仕事をして、ちょこちょこ日本に帰省しながらも、結局約20年間チェンマイに住み続けたそうだ。

そして、1年半前に日本に帰国した。今回は一時的な帰省ではなく、住処を日本に移したというわけだ。お姉さんが言うには、"いろいろ理由をつけて帰ってきた"のだと言う。

「自分もいい歳して独り身だし、親も高齢になってきたし、ジローだってアラスカ生まれなんだからタイなんて暑いところじゃ可哀想だしって」。足元にいたジローがお姉さんの靴の上に顎を乗せる。

「それで日本に帰ってきて、『えーっと…』って状態になったんですよね。まぁでも帰ってきたばかりだし、そのうち楽しいこととか生きがいみたいなものが見つかるかなって思ってたんだけど。でもね、結局1年半経った今でも『えーっと…』が続いてて」。

「えーっと…」の後に続く言葉をお姉さんは言わなかったけど、私にはなんとなく分かる気がしたので聞かなかった。あえて言葉にするとすれば、「えーっと、私は何をしたらいいんだろう」みたいな感情なのだろう。きっと。

日本に帰ってきて実家で両親と仲良く暮らして、仕事も見つけて、こうしてジローとお出かけして。何不自由ない生活を送っているはずなのに、お姉さんの心はどこかにぽっかりと穴が空いてしまったままだった。

お姉さんは日本に帰ってきて、「幸せがパッケージ化されている」と感じたと言う。「はい、これが幸せですよ」と渡されて、そうかぁと思いそのパッケージを開けようとするも、包装紙を剥いでも剥いでも肝心の中身(幸せ)にたどり着かない。そうするうちに箱はどんどん小さくなって、やっと幸せが出てきたと思えば、「あれ…?こんなもん…?」となる。

なんだかすごく分かる気がした。身に覚えがあった。大学を卒業してからついこの間まで、私はその幸せらしきもののパッケージを手放せずにいて、手が擦り切れるまで懸命に包装紙を破いていた。

タイには多様な幸せの形があり、それを皆が当たり前のように受容し合っているそうだ。パッケージ化されていない幸せは、決してきらびやかでなくても、人々の心に静かに息づいている。

お姉さんの心がぽっかりとしてしまった理由はもう1つあった。タイで十数年付き合っていたパートナーが出家したそうだ。出家にもさまざまなやり方があるが、お姉さんのパートナーの場合は、もう今世では会えないし触れられないのだと言う。出家は付き合う前から決まっていたことだったが、いざ「もう一生会えない」となるとやはり辛いものだ。存在するのに、お互い好きなのに、もう顔を見ることもできない。お姉さんは「なんだかね、心のやり場がなくて」と力なく笑った。

そうこう話しているうちに日が沈みきって真っ暗になった。お姉さんは今夜、このキャンプ場に泊まることにしたそうだ。暗くなってグッと気温が下がったので、姉妹の焚き火に当たらせてもらう。しばらく4人でお喋りをして、そろそろ寝よっか〜と火を消して空を見上げると、梅雨時には珍しい満天の星空が広がっていた。


お別れのとき

テントに差し込むわずかな光で目を覚ます。手探りでテントのファスナーを開け、半分も開いていない目で空を見ると、東の空がオレンジ色に染まっていた。よかった、間に合った。

テントから出ると、姉妹とお姉さんがヒソヒソ声で「おはよー」と声をかけてくれた。「綺麗だね」「晴れてよかったね」「私たちツイてるよね」。早朝に声を潜めて話しいていると、早起きの特権を私たちだけで噛み締めている感じがして幸せだ。

ジローは?とお姉さんに聞くと、「昨日は暑くて眠れなかったみたい。でも私は寒くて眠れなくてもう2人でヘロヘロ」とのこと。車の中を覗くと、ジローが座ったまま目をシパシパさせていた。

あとから駐車場にやってきた姉妹は「この人トイレ遠いから車で行こうとしてるんだけど!もうありえなーい、歩きなさいよ〜」と笑い合っている。今日もお揃いのオーバーオールだ。

明るくなってきて、私がテントを片付けていると、お姉さんがお別れの挨拶をしに来てくれた。「そういえば名前聞いてなかったね」と言うお姉さん。ほんとだ、と笑って私は自分の下の名前を伝えた。お姉さんも下の名前を教えてくれた。

ここまで人の名前を「しっくりくる」と感じたのは初めてかもしれない。その響きは、儚げな美しさと、芯にあるたくましさを併せ持つ彼女にぴったりだった。

空はどんどん明るくなって、あっという間に雲ひとつない真っ青な空が広がった。梅雨時に夕日も星も青空も見られるなんて、私たちは本当に運が良い。

みんなが幸せでありますように。綺麗なパッケージに包まれていなくてもいいから、自分だけの幸せと生きていけますように。

さぁ、今日も旅に出よう。


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おさつ いただいたチップでまた旅に出ます。いつかどこかで会えますように。