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アホ毛の起源ってどこにあるのだろう?

土曜の午後。

ビールを飲みながら推しの配信を見る、至福の時間である。

少し開けた窓から風が入る。

神棚に飾られたぬいも、なんだか気持ちよさそうだ。

そんな平和な午後に、私はふと思った。

「そういえば、なんでアホ毛って可愛いんだろう」

別に目でもない。

口でもない。

髪の毛が一本ぴょこんと飛び出しているだけである。

冷静に考えると、意味が分からない。

しかし我々オタクは、その一本の髪に一喜一憂する。

揺れれば尊い。

増えればかわいい。

なくなれば「解釈違い」まで発生する。

どうして人類は、髪の毛一本にここまで感情を動かされるようになったのだろう。

そんなことを考え始めた私は、結局ビールを飲みながら延々と調べることになった。



「かわいい」という言葉の歴史を調べてみると、面白いことが分かる。

古語の「うつくし」が現在の「かわいい」に近い意味で使われていたことは、高校古典の記憶の片隅に残っている人も多いだろう。

一方、「かはゆし」はというと、もともとは「痛ましくて見ていられない」「気の毒だ」という意味だったらしい(注1)。

つまり、現在の「かわいい」の中には、

「守ってあげたい」

「少し不完全だから愛おしい」

という感覚が、昔から混ざっていたことになる。

なるほど。

確かにアホ毛にも、どこか似たものを感じる。

完璧に整った髪型ではない。

少しだけ乱れていて、少しだけ未完成。

だからこそ、なんとなく愛おしく見えてしまう。



もちろん、髪型が「情報」として機能していたのは今に始まった話ではない。

江戸時代の日本髪には、年齢や身分、未婚か既婚かといった情報が込められていたという(注2)。


「婦人相学十躰 ポッピンを吹く娘」 喜多川歌麿筆 寛政4~5年(1792~93)頃



漫画やアニメでも同じだ。

ツインテール。

おさげ。

触覚。

そしてアホ毛。

私たちは無意識のうちに、そうした髪型からキャラクターの性格や雰囲気を読み取っている。

漫画の神様こと手塚治虫も、髪型によるキャラクターの記号化を積極的に行っていたと言われており、その発想は現代の作品にも受け継がれている(注3)。

つまりアホ毛とは、

「元気そう」

「ちょっと抜けていそう」

「放っておけない」

といった印象を伝えるための、現代の記号のひとつなのかもしれない。



ちなみに、私は「アホ毛」という言葉そのものにも、どこか可愛らしさを感じている。

調べてみると、この言葉はもともと関西の若者言葉だったらしい(注4)。

関東育ちの私からすると、関西弁には独特の親しみや柔らかさを感じる。

方言萌え肯定派としては、

「髪の毛が跳ねている」

よりも、

「アホ毛」

と言われた方が、なんとなく可愛く聞こえる。

完全に個人の感想である。



さらに面白いことに、研究によれば「アホ毛は一本であること」が最も「かわいい」と評価されるらしい(注5)。

二本でも三本でもなく、一本。

人類は思った以上に細かい。

ここまでくると、もはやアホ毛一本にも長い歴史と膨大な先人たちの知恵が詰まっているのではないかという気さえしてくる。

こう考えると、私たちの推し活は単なるファン活動ではなく、一千年の美学と記号論が交差する批評活動であると言っても過言ではない。

……アホ毛一本の話である。

その「かわいい」は意図された犯行であり、揺れるアホ毛は私たちの心を揺さぶる。

そして私たちは抵抗なくそれを受け入れ、今日もチャンネル登録ボタンを押す。

推しとファンは、案外こういうところで共犯関係なのかもしれない。

理屈はいくらでも後付けできる。

でも最初にあるのは、

「なんか好き」

という、どうしようもなく個人的な感情だ。

そして私はこれからも、推しのアホ毛一本から歴史や美学を勝手に読み取っては、一人で満足して生きていくのだと思う。



注釈

  • (注1)「かはゆし」の語源: 『今昔物語集』第二五巻六話において、我が子を殺さねばならない場面での「なほかはゆし(やはり見るに忍びない、不憫だ)」という記述が初出とされる。

  • (注2)江戸時代の髪型と記号: 江戸時代の日本髪は「前髪」「鬢(びん)」「たぼ」「髷(まげ)」の4要素の組み合わせにより、未婚・既婚、年齢、職業、身分を識別する「目印(記号)」として機能していた。

  • (注3)キャラクターの記号化: 大塚(2014)は手塚治虫が提唱した「まんが記号説」について論じている。また、アホ毛のような萌え要素の組み合わせは、東(2001)の「データベース消費」理論とも合致する。

  • (注4)「アホ毛」の語源: 1991年発行の『キャンパス用語集』や1992年版『現代用語の基礎知識』において、「大阪地方の若者言葉」として初めて紹介された事実に基づいている。

  • (注5)役割語の統計的優位性: 李(2021)による4,401名の読者を対象とした調査では、関西弁(実測値1,440)と標準語(1,365)が、他の役割語(お嬢様言葉、メイド言葉等)を有意に上回る「かわいさ」の評価を得ている。

  • (追加補足)アホ毛の「数」: 同調査によれば、アホ毛の数は「一本」であることが、二本や三本と比較して最も有意に「かわいい」と評価されることが数学的に示されている。


参考文献

  • 李穎超(2021). 『現代マンガにおける「かわいいキャラクター」の分析と創作』, 京都精華大学大学院マンガ研究科博士論文.

  • 四方田犬彦(2006). 『「かわいい」論』, 筑摩書房.

  • 東浩紀(2001). 『動物化するポストモダン オタクから見た日本社会』, 講談社.

  • asahi.com(2003). 「関西伝説『あほ毛』広がる ぴんぴん出てくる髪指す言葉」.

  • ポーラ文化研究所(2017). 『化粧文化PLUS Volume 10 日本髪』.

  • 日本記号学会編(2017). 『セミオトポス12 「美少女」の記号論』, 新曜社.


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