#013 モチベーション再考(前編) 内発的動機づけは、仕事のデザイン論である。
Cover photo by Tj Holowaychuk
短期集中連載「自己理解 - 仕事と学びのデザインにおけるインサイド・アウト」 第4回(全6回)
散歩途中。スポーツジムの外壁の、こんなコピーが目にとまった。
Motivation is what gets you started.
Habit is what keeps you going.
ものごとをはじめるにあたっては動機づけが大事。で、それを継続させるのは習慣である、と。なるほど、そんなものかな。毎日の歯みがきに動機づけはいらない。
でも、習慣になってしまうと、途端につまらなくなることもある。やっていることにも意識が向かない。ワクワクしたり、楽しんだりを持続させるためには、モチベーション的な心の動きがある状態が望ましいんじゃないか・・。そんなふうに思ったりもする。
ものごとをはじめるため、行動を起こすため、だけでなく、その先の、もっと大事なことをたぐり寄せるためにも。
モチベーションは「ハートに火をつける」?
モチベーションは、一般的に「やる気」や「意欲」と表現される。「やる気が湧く」、「意欲がみなぎる」といった状態のときには、集中力高く仕事に取り組むことができる。一方で、「意欲が減退している」ときや「やる気が失せた」場合には、次の一歩を踏み出すために、なんとか気持ちを立て直そうともがいたりもする。
私たちは、それが気持ちの問題で、心のありよう次第と感じる。モチベーションの科学を標榜する書籍「やる気が上がる8つのスイッチ」 の帯にも「心に火をつける方法」とあるから、それが一般的な理解なのかもしれない。
ただ、「やる気」や「意欲」などを生み出すメカニズムには、実は私たちの脳の働きが大きく関与している。その中核をなす「線条体」は、脳の奥の神経系である大脳基底核の一部で、運動の開始、持続、コントロールにかかわっている。線条体が発火(活性化)することによって意欲的に行動することが可能になるのだという。
つまり、モチベーションの「スイッチ」は実は脳内にあって、それが刺激された結果として、私たちは「ハートに火がついた」ような気分になるわけだ。
前回の記事で取り上げた「価値観」が行動の方向性を決めるものだとすれば、動機は、私たちが実際の行動を起こす理由にあたる。動機づけ(モチベーション)の源泉は一人ひとり違う。個人でも、状況に応じて変わる。
私たちの脳組織がどんなことをきっかけに発火し、それがどのように動機づけとして働くのかを理解しておきたい。
内容と過程。モチベーション理論をたどる。
モチベーション研究の歴史は長い。その内容も多岐にわたる。ここでは、本連載のテーマである「仕事と学びのデザイン」に関連性の高い理論をハイライトすることにしよう。
まずは内容理論と過程理論の対比から。
人は「なに」によって動機づけられるのか?
内容理論は、人は「なに」によって動機づけられるのか、動機づけの源泉となる欲求に焦点を当てる。
広く知られているのは、マズローの欲求階層モデルだろう。人間の欲求は、下位の生理的欲求にはじまり、安全欲求、社会的欲求(親和欲求)、承認欲求(尊重欲求)、最上位の自己実現欲求までの段階的な階層を形成し、私たちはより高次の欲求を求める、とする。ただ、科学的根拠が脆弱との指摘もあるため、厳密な階層モデルというよりは、分類法のひとつとして理解しておく方が適切かもしれない。
ハーズバーグは、その二要因理論において、衛生要因(仕事環境、労働条件など。職務の不満を引き起こす)と動機づけ要因(仕事そのもののやりがい、責任など。職務満足を高める)に着目した。前者は「働きやすさ」、後者は「働きがい」に影響すると考えられることから、人事施策のリファレンスとされることも多い。
「人の行動は、目標達成志向の達成欲求、影響力の行使を志向する権力欲求、人間関係重視の親和欲求、安定を求める回避欲求のいずれかに基づいている」とする欲求理論を打ち立てたのはマクレランド。達成欲求に関する研究が行動特性研究へ、さらには、高業績者の行動特性としてコンピテンシーの概念へと発展したことから、その信頼度は高い。
人は「どのように」動機づけられるのか?
一方で、人は「どのように」動機づけられ、どのように行動に結びつくのか、そのプロセスやメカニズムの探究は過程理論と呼ばれる。
ブルームは期待理論において、期待(努力が成果を生む可能性)、道具性(成果が報酬をもたらす可能性)、価値(報酬の魅力)の3つの要素でモチベーションの力が決定されるとした。
ロックの目標設定理論は、目標が具体的で困難であるほど達成に向けた努力が促進されると説く。
期待理論と目標設定理論のメカニズムは、企業内で目標管理制度やパフォーマンスマネジメントに応用展開され、評価制度や報酬制度設計/運用上の考慮点とされる。
そして、デシとライアンの自己決定理論。5つのサブ理論から構成される複合理論であり、自律性(自身の行動について選択することができる)、有能感(タスクに熟達し、効果的に働くことができる)、関係性(他者とのつながり、帰属意識をもっている)の三つの心理的欲求が満たされるほど自己決定性が大きくなり、内発的動機づけが高まる、と結論づけている。
外発的動機づけと内発的動機づけ。その働きを知る。
次に、この内発的動機づけと外発的動機づけの対比についてみていこう。
外発的動機づけは、評価や報酬、賞罰などの外的要因によってもたらされるもので、短期間で効果があらわれるという特徴がある。適正な評価や公平な報酬などは内発的動機づけのきっかけを与えることもあるが、そうでない場合は内発的動機づけが損なわれるという研究結果(アンダーマイニング効果)も知られている。
一方、内発的動機づけは、好奇心や成長意欲などの内なる欲求に起因するもので、持続性が高い。外発的動機づけと組み合わせて活用することで相乗効果が期待できる。
内発的動機づけと外発的動機づけには、それぞれの働きに特色があるので、どちらが好ましいということはない。私たちは、どちらの動機づけにも反応する。従って、それぞれの働きを理解し、状況に応じて、そのいずれかを頼りにすることが望ましい。
たとえば、外発的動機づけには即効性がある。気乗りがしない反復作業に取り組まなければならないときなどは、一杯のビールやお気に入りのスイーツなど、ちょっとしたご褒美(報酬)を用意して外発的動機づけをうまく働かせることもできる。
また、内発的か外発的かということに神経を尖らせる必要もない。たとえば、一見すると権力志向とみえる人物を支配しているのは、肩書やステータスといった外発的動機志向だと思いがちだ。だが、実はそれがその人物にとっては自己の裁量を自在に発揮できる仕事のスタイルであるということを意味しているだけであって、実は内発的動機づけにつながっている、ということだってある。
自律性、マスタリー(熟達)、目的。持続力をもたらす内発的動機への着目。
クリントン政権下でゴア副大統領の首席スピーチライターを務めたダニエル・ピンクが、前述のデシとライアンの研究成果に着想を得て2009年に刊行したのが「モチベーション3.0」。生理的欲求を満たすモチベーション1.0、報酬と罰によるモチベーション2.0の時代を経て、現代においてはモチベーション3.0として内発的動機づけを尊重すべきである、と主張している。
同著の原題は"Drive: The Surprising Truth About What Motivates Us"。
では、現代の私たちをDriveする(駆り立てる)もの、脳組織に火を点けるものはいったい何だろうか? それは次の三つだという。
自律性: どんな課題に対して、いつ、誰と、どのように取り組むのかを自ら決められること。
マスタリー(熟達): 取り組んでいることに価値があるとの思いがあり、かつそれ自体を上達させたいという欲求。
目的: 自分の欲求を満たすだけでなく、社会的利益、自然環境の保護、チームへの貢献など、より大きな目的に結びついていること。
湧きあがる衝動のメカニズムを「お試し」する
湧きあがる衝動の源泉をたどり、私たちをDriveするものを知ることは、自身の動機づけのパターンの認識につながる。
それによって、将来の仕事の機会においても、動機づけが働くであろう状況を意図的につくることにチャレンジできる。
内発的動機づけの考え方を参考にすれば、それは、仕事のテーマや取り組み方を自己決定するということかもしれないし、自分の仕事とより大きな目的との結びつきを意識することかもしれない。自身の上達や成長が感じられるような仕事の進め方をすることが、持続的な情熱を持って働くことを可能にしてくれることもある。
頼りにできるのは、内発的動機づけばかりではない。過程理論で示した外発的動機づけのメカニズムには、私たちが自身でコントロールできるものもある。たとえば、大きな仕事の目標を小さなタスク目標にブレイクダウンすることで「目標設定理論」を働かせ、「達成欲求」を刺激する。タスク目標の達成時には自分で用意した小さな報酬が得られることを約束することで「期待理論」を駆動させる。
こんなふうに動機づけ理論を解釈し、応用して、モチベーションのメカニズムを試してみる。自分なりにモデル化して、自分ならではの持論をもつ。
もちろん、意図したような状況がつくれたとしても、うまく再現できない場合もある。だからといって、落ち込むこともない。いってみれば、たかが、モチベーション。ここは、ひとつ、ゲーム感覚で楽しんでしまおう。
モチベーション3.0は理論でなく「持論」。
ダニエル・ピンクのモチベーション3.0のユニークな点は、それが研究者によって科学的に立証された理論ではなく、ひとりの思想家であり、革命家でもある著者が提示した持論であるということだ。
もちろん、下敷きとするモチベーション理論はある。デシとライアンの自己決定理論から「自律性」の欲求を引き、チクセントミハイのフロー理論から没頭状態を促す「マスタリー(熟達)」の概念を導出した上で、そこに自著「ハイ・コンセプト」で人間の本質であると洞察した「目的」の追求を加味して、ハイブリッドなモデルに仕上げている。
企業事例についての豊富な知見と仕事観や労働観に基づくインサイトから生み出された、この「壮大な持論」の背景には、報酬と罰のモチベーション2.0による「誤った」管理志向が組織内に蔓延していることへの危機感と、「人間がその本来の心理的欲求に従って働くことやそれによって得られる喜び」に対する渇望感がある。
モチベーション理論を「仕事のデザイン論」と見立てる
このような背景やその思想が示す方向性を鑑みれば、現代のモチベーション論が「動機づけ=行動を起こすメカニズム」だけを目的にしているわけではないことがわかる。
内発的動機づけを志向し、心理的欲求が充足されることによって、私たちは仕事をつうじての充足感や高揚感、ゾーンに入ったかのような没頭状態、そして、「やりがい」といったものを手にすることができる。
連載「仕事と学びのデザイン」の所信表明として投稿した「#001 本noteのトリセツ」において、筆者は、「自分で決める」を手放さない。そんな働き方を探求すると述べた。これは、内発的動機づけにおける「自律性」の尊重に他ならない。
また、WHYとHOWの問い直しによる仕事と学びのデザインは「働きがい」へとつながる道であるとも述べた。「目的」(=WHY)と「マスタリー(熟達)」(=HOW)の追求を目指すモチベーション3.0の思想と「仕事と学びのデザイン」は同じ方向性を示している、といってよいだろう。
自律性、マスタリー(熟達)、目的。人間にとっての根源的な心理欲求の視点から仕事への向き合い方を問い直すことによって、私たちが求める本来の働き方を取り戻すことができる。その意味において、内発的動機づけのモデルは、本稿における「仕事のデザイン論」と同義となる。
たかが、モチベーション。されど、モチベーション、である。
参考:
モチベーション再考(前編)を読んでいただき、ありがとうございます。
後編では、研修やセミナーでしばしば紹介される寓話を題材にして、さらにモチベーションについて掘り下げてみました。
