何も持ってない私でも「余り」を差し出したら「誰かの不」につながる話
すべての事業は「あまりもの」の販売である。
昨日の夜、メルマガでこの言葉を読んだ瞬間、頭が真っ白に。
「そんな単純なこと、ある?」と思いながらも、なぜか胸の奥がざわつきました。
もし本当にそうなら、私にも何かできるのかもしれない。
そんな気持ちが生まれたら、もう眠れませんでした。
【第1部】著者の一文に打たれた夜――核心だけを受け取る

私は、まだ何も成し遂げていません。
会社員でもなく、起業家でもなく、ただ「いつか自分も」と思いながら毎日を過ごしています。
SNSで活躍している人たちを見ては、「あの人は特別だから」とつぶやくのが癖になっていました。
けれど、昨日のメルマガを読んでから、その考えが少し変わりました。
書かれていたのは、成功の方法でもテクニックでもなく、たった1つの“考え方”でした。
すべての事業は、「あまりもの」の販売だからね。
最初に読んだときは、正直ピンと来ませんでした。
あまりもの…って、在庫のこと?
それとも残り物の話?
でも、読み進めるうちに、意味がゆっくりとほどけていきました。
時間を余らせているなら、それを売ればいい。
スキルを余らせているなら、それを差し出せばいい。
みんなが余らせていないものを、自分だけが余らせているなら、それは高く買われる。
この部分を読んだ瞬間、心の中で小さなスイッチが入りました。
「持っていないもの」を探してきた私は、もしかして大切なことを見落としていたのかもしれない。
「持ちすぎているもの」にこそ価値がある。
そう考えると、急に世界が広く見えた気がしました。
著者は、こうも書いていました。
あまりものって、手放すのが怖くないよね。
この一文が、静かに心に残りました。
たしかに、足りないものを人に差し出すのは怖いです。
うまくいかなかったらどうしよう、失敗したらどうしようと考えてしまう。
でも、余っているものなら、自然と渡せる気がします。
それなら、私にもできるかもしれない。
昨日の夜、ベッドの中でスマホの画面を見つめながら、私はずっと考えていました。
私に「余っているもの」って何だろう?
特別な才能じゃなくていい。
夜更かしが平気とか、人の話を聞くのが得意とか、文章をまとめるのがちょっと早いとか。
そんな小さなことでも、誰かにとっての「欲しい」になるのかもしれません。
すべての事業は、「あまりもの」の販売。
この言葉を、ただの名言として終わらせたくない。
まだ何も持っていない私だからこそ、見つけられる「余り」があるかもしれない。次に考えたいのは、この考え方が「不を解決する」という考えとどう違うのか。それとも、実はつながっているのか。
その答えを、これから一緒に探していきたい。
【第2部】「不」と「あまりもの」は対立しない――方向と着火点

昨日読んだメルマガの中で、もう1つ印象に残った言葉がありました。
それが「不を見つける」という考え方です。
誰かの不安・不便・不満を見つけて、それを解決することが事業づくりの基本。
この考え方は、私もずっと信じてきました。
実際に多くの本や動画でも「不を見つけよう」と言われています。
でも、今回のメルマガを読んで、少しだけ混乱したんです。
「不を見つける」って考えと、「あまりものを見つける」って考えは、どちらが正しいんだろう?
同じ「価値を生む」という話なのに、向かっている方向が少し違う気がしたんです。
私は、ずっと「誰かのために」を出発点にしてきました。
誰かの困りごとを見つけ、それを解決できたらきっと喜ばれる。
でも、頭ではそう思っても、なかなか動けませんでした。
アイデアが浮かんでも、「自分なんかにできるのかな」とすぐにブレーキがかかる。
怖かったんです。
「足りない自分」で誰かを助けるなんて、無理だと感じていました。
でも、「あまりもの」という考え方に出会ってから、気持ちが少し変わりました。
不を見つけて誰かを助けるよりも前に、まず自分の中を見つめる。
もう十分に持っているもの…を見つける。
そこから始めていいんだと、著者の言葉が教えてくれたんです。
足りないものを出すのは怖い。
でも、余っているものなら怖くない。
この一文を読んだ瞬間、心の中がすっと軽くなりました。
そうか、「足りない」から動けないんじゃなくて、「余っている」から動けるんだ!
たとえば、人の話を聞くのが好きとか、細かい作業が得意とか。
そんな小さな「余り」でも、必要としている人がいる。
それを差し出すだけで、誰かの「不」が少しやわらぐのかもしれません。
つまり、「不」と「余り」は、どちらか一方を選ぶものじゃない。
「不」は、どこに向かうべきかを教えてくれる地図。
「余り」は、いま動き出すための火種。
この2つがそろったとき、初めて前に進めるんだと思いました。
不は方向、あまりものは着火。
今の私は、この言葉を何度もノートに書きました。
昨日まで「難しそう」だったことが、「やってみたい」に変わっていく。
それは、大げさな勇気じゃなくて、「自分の余り」に気づいた小さな安心感。
そのぬくもりが、今の私の原動力になってるんです。
【第3部】「余り」を見つける――自分の中の光に気づく瞬間

昨日から、ずっと考えていました。
「私に余っているものって、なんだろう?」
思いついても、「これは大したことじゃない」とすぐに打ち消してしまう。
そんなことを何度もくり返していました。
でも、メルマガの著者の言葉が頭から離れなかったんです。
みんなが余らせていないものを、自分だけが余らせているなら、それは高く買われる。
この一文を読み返すたびに、胸の奥が少しざわつきました。
私はずっと、人と同じように行動することが「正しい」と思っていました。
でもそれは、自分の中にある「余り」を見ないようにしていたってことなんですよね。
たとえば、人の話を聞くのが好きなこと。
昔から自然と聞き役になることが多くて、友だちの相談を聞く時間が長い。
でも、それを「得意なこと」だなんて思ったことは一度もなかったんです。
私にとっては「当たり前すぎること」だったから。
でも、もしそれを必要としている人がいたらどうだろう。
「話を聞いてもらえること」が足りない人にとっては、それが価値になる。
その瞬間、私の「余り」が誰かの「不」とつながる。
そのことに気づいたとき、胸の奥がじんわり温かくなりました。
余りものは、誰かの「不」をやわらげる材料になる。
この言葉を読んでから、日常の景色が少し変わりました。
朝の電車でも、買い物の途中でも、人の「足りない」と「余っている」が見えるような気になったんです。
みんな、何かをたくさん持っていて、何かが少し足りていない。
そう思ったら、世界が少しやさしく見えました。
夜になってノートを開き、思いついた「余り」を3つ書き出してみました。
「話を聞くのが好き」
「文章を整えるのが早い」
「人の気持ちを考えられる」
どれも小さいけれど、たしかに私の中にあるもの。
それを「特別」とは呼ばなくていい。
ただ、誰かに少し分けてあげるだけでいい。
それができたら、それで十分なんだと思いました。
余りは作れる。
余りは怖くない。
この言葉を読むと、気持ちがそっと整います。
昨日までは「私には何もない」と思っていたけれど、今は違います。
「足りない」ばかりを見ていた自分が、「もうあるもの」を探せるようになった。
その変化が、なんだか嬉しいんです。
ほんの少しだけ、自分の中の光が見えた気がしました。
【第4部】「余り」を差し出す――小さく動けば、世界が変わる

昨日までは、ノートに「余り」を書き出しても、どう活かせばいいのか分からずにいました。
考えるばかりで、何も変わらないまま。
でも今朝、ふと気づいたんです。
「余り」って、しまっておくものじゃなくて、使ってこそ意味があるんだって。
余りは作れる。
余りは怖くない。
この言葉をもう一度読み返したとき、胸の奥がすっと軽くなりました。
「怖くない」という言葉の意味が、ようやく分かったんです。
「余り」を出すときは、何も失わない。
もともと持っているものだから、出しても減らない。
むしろ、出すことで形ができていく。
それなら、やってみようと思えたんです。
書き出した「余り」の中で、私が最初に動かしたのは「話を聞くのが好き」ということ。
思い切って、久しぶりに友人にメッセージを送りました。
「最近どう?」って、ただそれだけ。
お互いの近況を話して、私はただ聞くことに集中しました。
すると、友人が「話せてスッキリした」と笑ってくれたんです。
その一言を聞いた瞬間、胸の中に小さなあたたかい光がともりました。
余りものは、誰かの「不」をやわらげる材料になる。
この言葉が、リアルに腑に落ちた瞬間でした。
友人にとっての「モヤモヤ」が、私の「余り」で少しやわらいだ。
それだけで、心の中に「交換が起きた」と感じました。
お金でも評価でもなく、ちゃんと「価値」が生まれた気がしたんです。
その出来事から、「余り」を出すことは特別なことじゃないとわかりました。
大きな挑戦や特別なスキルはいらない。
ただ、今できる範囲で小さく試してみればいい。
誰かが少し笑顔になれば、それがもう一歩。
そう思えたら、行動することが怖くなくなりました。
不は方向、あまりものは着火。
この言葉の意味が、今なら少し分かります。
誰かの「不」を見つけたら、自分の「余り」と重ねてみる。
それだけで、小さな火が灯る。
その火が少しずつ広がっていくうちに、世界が変わっていくかもしれません。
大きなことをしなくても大丈夫。
完璧じゃなくてもいい。
まずは、自分の中の「余り」を、誰かにそっと渡してみる。
その小さな一歩が、あなたの世界をあたたかく変えていくんです。
最後までお読みいただき、
ありがとうございました。
新たな一歩を踏み出すきっかけとして、
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あなたの声をぜひ、お聞かせください。
最後の最後に、3つの問いを置いておきます。
あなたのお役に立てれば幸いです。
3つの問い
【問1】
今のあなたが、つい「これは当たり前」と思っていることは何ですか?
それを誰かが「助かる」と言ってくれた瞬間を思い出せますか?
【問2】
最近、誰かの「ちょっとした不便」や「モヤモヤ」を見たときに、あなたの「余り」でそれを軽くできそうな場面はありませんでしたか?
【問3】
もし今日、あなたの「余り」をひとつだけ誰かに差し出すとしたら、どんな形で、誰に届けたいですか?
自分自身で考えて、アウトプットしてみてくださいね。
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