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『万延元年のフットボール』の幾つもの「チ」

 あるnoterさんの記事がきっかけで、『万延元年のフットボール』(大江健三郎・著)を半年がかりで読みおわった。途中から俄然面白くなったので感想のようなものを書いてみたいと思う。
 大江小説初心者のため的外れなところがあったらご容赦ください。
 小説未読の方には「なんのはなしですか」とナナメ読みしていただけると幸いです。(2000字超えました)

 大江健三郎氏は学生時代にデビューし1958年に芥川賞を受賞。この小説は1967年に発表された。(さらっと書いてるけど、届きそうでもう手の届かない昭和である。)


 話はとぶが、漫画やアニメで話題の『チ。』という作品のタイトルがトリプルミーニングになっているのはご存知だろうか。暴力性の「血」、知性の「知」地動説「地」の三つの意味合いを含ませている。

ティッシュ検定で模写しました
本当は「ー地球の運動についてー」

 

『万延元年のフットボール』にも幾つもの「チ」が出てくるのであげてみたい。

・暴力、死にまつわる「血」

・インテリ層の「知」
 主人公(蜜三郎みつさぶろう)と弟(鷹四たかし)は四国の谷間の村に育ち都会の大学に進学する。参考までに1960年の男性の大学進学率は約13%。蜜三郎は英語講師や翻訳などに従事するいわゆるインテリ層。鷹四は学生運動(1960年の安保闘争)に挫折している。

・地縁血縁の「血」「地」
 暴動を起こす弟とそれを制する兄
という構図、とその再現(血縁)。村の名家というポジション。主人公たちが育った谷間にまつわる慣習や土着性。

「痴」
 
性衝動、性的嗜好など「性」にまつわるネガティブ側面。知的障がいを意味する「痴」。

「恥」 
 許されざる罪の意識。あるいは鷹四が首謀した暴動(スーパーマーケットからの略奪)を谷間の住人たちが「恥」と捉えていること などなど。

 個人的には、時代と地域性を感じさせる土着的な「地」に面白さを感じる。
 森からやってくるチョウソカベ、隠遁者ギー、食べることがやめられない太っちょのジン(主人公の乳母)などは寓話的だ。
 御霊たちの念仏踊り、お寺の地獄図、「家の敷居の上に女が立つとその家の家長に災いが起こるという言い伝え」などは土着的であり、かつ谷間の人々の死生観も感じられる。
 これらはややこしい一族と谷間の集落の関係を彩るユニークなファクターとして機能している。


 さて、私は2段組の全集で読んだのだが、分厚い本の大半のページを割いているのが主人公・蜜三郎の弟・鷹四が中心となって起こす暴動とその顛末である。
 二人の故郷の谷間の村ではちょうど100年前にも一揆が起きていて、その首謀者が主人公たちの「曽祖父の弟」だった。
 鷹四はその「曽祖父の弟」を英雄視していて、100年前の騒動をなぞるように暴動に突き進んでいく。100年前の曽祖父兄弟の関係が蜜三郎と鷹四の関係に重なる。


 また、小説にたびたび出てくるのが「本当の事」というキーワード。
 谷川俊太郎『鳥羽』という連詩の一節「本当の事を云おうか」にインスピレーションを受けているそうだ。
 「本当の事」とは、言ったら狂人扱いされる類のもの。これは「恥」であり「痴」であり自罰的な意識を抱えることでもある。
 「本当の事」を話した弟と、「本当の事」を明確な言葉にしないままセンセーショナルな姿で逝った友人。主人公は友人の「本当の事」は死に姿だけではわからないとしている。
 多かれ少なかれ誰にでもある自己矛盾とか人目に晒したくない過去とか苦悩とか。文学のテーマとして王道だろうけど、救いようのないグロテスクな内容にも大江氏は切り込んでいく。


 物語の終盤、100年前の一揆の首謀者である「曽祖父の弟」の本当の顛末が明かされる。意外にも兄である曽祖父やその息子(蜜三郎たちの祖父)が「曽祖父の弟」に敬意を持って接していたことがわかる。ここ、救われる思いがしたのは私だけだろうか。
 カリスマ性のある血気盛んな若者というだけでなく、思慮深く知性があり大衆を扇動する知恵にも長けていた「曽祖父の弟」像が浮かび上がる。
 蜜三郎も兄弟の確執を超えて生きることを決意し、講師の職を捨て通訳兼雑用係としてアフリカ行きの仕事を選ぶ(鷹四的な生き方でもある)。蜜三郎の妻も新しい道に踏み出す。それぞれの内面の葛藤の道のり。
 名家であった一族はもう誰も谷間に残らないが、時代を超えて一族が統合・再生していくようなラストだった。


 ちなみにこの作品は海外でも翻訳されていて、英訳では”The Silent Cry”、フランス語訳では”Le Jeu du siècle”というそうだ。
 フランス語は直訳すると「世紀の遊び(100年越しの遊戯?)」。"jeu"は遊び、動詞になると”jouer”で英語のplayに近い(と思われる)。
 一方英語訳は「静かな叫び」。叫んでるのは誰だろう?もしかして真の主人公は「曽祖父の弟」なのか?あるいは誰もが本当の事をサイレントに叫んでるって意味?叫びたいのに叫べない現実とか。
 いずれにしても日本語の原題に近いのはフランス語版、「本当の事を云おうか」に即しているのは英語版と言えると思う。

(まとまらないけどおわり)


きっかけになっためぐみティコさんの記事。ご活躍をお祈りします…!


コニシ木の子氏。回収よろしくお願いします。


検索してたら映画化される話があったのを知りました。
東京大学大学院の方の論文がとても興味深かったです。蜜三郎の動きを上下、鷹四の動きを水平としてる。こういう解釈面白いです。(リンクは許可をいただいてないので後で削除するかも知れません)


あーそれと今気づきました。
主人公の蜜三郎と健三郎って似てる(いまさら笑)


それではごきげんよう!


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