となりの席の赤丸さん
「なんですか、これ!?」
新卒で入社して早二ヶ月。
仕事にも職場の人間関係にも慣れてきた頃だった。
終業時刻が過ぎ退社しようとしたとき、デスク脇の小さなゴミ箱に無造作に冊子が捨てられているのが目に入った。
今日の昼間、社内誌が配られた。
入社式の写真も掲載されていた。
ゴミ箱の冊子はどう見ても社内誌だ。
しかも内側のページを外に折り返した状態で突っ込まれている。
何気なく、悪気なく、興味本位でゴミ箱から取り出した。
見ると、入社式の集合写真に小さな赤丸が付いていた。
二箇所。
二人の女性の顔を囲むように。
「なんですか、これ!?」
私がすっとんきょうな声を上げると、
となりの席のトノマさんが
「あー、悪い悪い」
と言いながら、あっはっはと笑った。
すぐにわかった。トノマさんはきれいな女性(好みの女性)に丸をつけていたのだ。いまの風潮ならルッキズムとかハラスメントとか言われるだろう。
赤丸が付いていたのは営業部のソノベちゃんと開発部のヤマシタさん。ソノベちゃんはロングヘアの賑やかな女の子で、ヤマシタさんは某女優さんに似た大人びた女性だった。
そりゃあ私もイケメンには弱いけど、これには心底呆れた。ファッション誌とかを開いて「せーの」で好みの女を指差すアレかよ。しかも赤丸つけた冊子を臆面も無くゴミ箱に捨て、いけしゃあしゃあとしてやがる。
トノマさんは自他ともに認める(自認7割くらいの)イケメンだった。年齢は当時30歳くらい。前年に結婚したと聞いていた。あとから知ったことだが社内でテニスサークルを立ち上げたり、スキーや遊びのリーダー的な存在だったらしい。
半分冗談で
「私に丸が付いてないんですけどお」
と言ってみた。
トノマさんはお腹を抱えてさらに
「あっはっはっは」と笑った。
そして赤いサインペンを取り出し
「じゃ、チビ太郎にもつけてやるよ」
と集合写真の私の顔に赤丸をつけた。
私は配属されてすぐに、トノマさんに
チビ太郎というあだ名を付けられていた。
なんなのこれ。もう笑うしかない。
🌷
いま考えれば徹底的に舐められてるし怒っていい案件だったのかもしれない。職場の女性社員を「うちの女の子が」と言っちゃう昭和の風潮だ(実際は平成だったけど)。
この時は自分がこういうポジションで全然構わなかった。むしろおいしいイジられ役くらいに思っていた。
それ以上にトノマさんの人間性が透けて見えて呆れながらも面白い人だなと思ってしまった。
トノマさんは仕事が出来ると言われていたが、これも自認7割だったのではないか。会議中のプレゼンは見栄えも話しぶりも堂々としていたが、新入社員の私から見てもあまり核心をついたものとは思えなかった。
トノマさんはやがて別の部署に異動になり、その後転職して会社を去った。
あとになってトノマさんの転職時の話を別の人から聞いた。
先方のリクルーターが当時まだ所有者が少なかった携帯電話を持っていたそうだ。面談の途中で携帯が鳴り、席を外して颯爽と携帯で話している姿にトノマさんは「かっこいい」とときめいたらしい。
……なんというか、底が浅いというかトノマさんらしいというか。
嘘かホントか、面談中に携帯を鳴らしてデキる営業マンの姿を見せることが、その業界の当時の引き抜きの常套手段だったと聞いたことがある。
🌷
集合写真の私の顔に赤丸を付けながら
トノマさんは愉快そうに笑った。
「いやー、悪かった悪かった。
じゃあ今度飲みに行こうか」
「は?お詫びのつもりですか。
それとも口止め料?
てか堂々と捨ててるじゃないですか」
「いや、そんなんじゃなくてさ。
あとせっかくだからチビ太郎、
この二人も誘っといて!」
トノマさんの指の先に集合写真の彼女たちがいた。
(おわり)
名前は変えていますがほぼ実体験です笑
サムネ画像は ぱんこ様 にお借りしました。
それではごきげんよう!
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お気持ちだけで結構です。ありがとうございます。