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お為さんは九歳の時、小松川村から亀戸町へ奉公へ出ました


 文化元年、小松川村の百姓甚平とみつの間に生まれた瀧(のちに為に改名)は、九歳の時亀戸町の天神橋際の越前屋へ奉公へ出ます。その時の水路を二つ想像してみました。

 一つは小松川村近くの逆井の渡しから竪川経由で十間川を北上し、天神橋へ行くルートです。

大江戸今昔めぐりアプリより

 もう一つは中川から北十間川を進み十間川を南下するルートです。

大江戸今昔めぐりアプリより

 舟運利用が多かった竪川を避け、中川〜北十間川ルートを使ったのではないかと思うのですが、こればかりはタイムスリップして船頭に聞いてみないとわかりません。

亀戸側から撮った現在の中川

 広重画「柳島妙見堂」に北十間川(手前)が描かれています。

右角は料亭橋本、その隣が妙見堂
橋は柳島橋(料亭橋本又兵衛から又兵衛橋とも)
ARC浮世絵・日本絵画ポータルデータベースより)

 もし、瀧を乗せた舟が中川〜北十間川のルートをとった場合、瀧はこの絵の景色を見た事になります。

広重画「柳島妙見堂」は赤丸部分を描いています

 北十間川を左折し柳島橋をくぐると、やがて川沿いに賑やかな街並みが見えてきます。その時、瀧はどんな気持ちだったでしょう。

  1. 家族と離れてしょんぼりしている。

  2. 新しい生活にわくわくしている。


 想像するだけで楽しくなります。私は2だったと思うのですが、どうでしょうね笑

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