靖国問題再考にGrokを使うも期待外れ感が拭えない
永遠に終わらなそうな問題の1つ、それが靖国参拝問題。
靖国神社の問題ではなく参拝の問題。むしろ終わってしまったら困る人が多いのではないかという疑念すら生まれている問題。
10月の今になって振りかえる意味は今のところわからず、この投稿の準備が終わる頃に見出せることを願うしかない。(これで30日連続投稿達成予定)
まず前半は参政党議員の参拝という靖国参拝党批判が中心。
8月20日の引用リポスト。

上記投稿をした件もあり、タイムラインに流れてきてしまうのは仕方ない。無名に勝れば悪名でもよいのかとしか思えないジャーナリストの存在。
リプ欄に下記の画像を貼っている人を発見。
読んで違和感に襲われる。


と自分なりの感想を述べた所でGrokに雑に投げる。
雑な問題提起をした時の反応を見るのも大事。

引用ポストでは靖国神社がストラップを販売し英霊を侮辱していると非難しているが、靖国側は当該商品の販売を否定しており、誤認の可能性がある。
スレッドの「文書」は2015年のSEALDs奥田愛基氏の演説で、戦時資料ではなく現代の反戦意見。戦後恨みの転化と見なすのは無理がある。
吉田清治との類比も、演説が虚偽と証明されていない点で矛盾。
なんだかピントがずれている。この回答は何だ?

その新聞記事は、2015年7月18日付朝日新聞「声」欄に掲載されたものです。タイトル「学生デモ 特攻の無念重ね涙」、投稿者:加藤敦美氏(当時86歳、京都府、元海軍飛行予科練習生)。現代の安保法案反対デモへの感想を綴った内容で、戦時資料ではなく2015年の反戦意見です。年が2016年というのは誤りです。

この記事の「貧しい思考力」という表現は、戦後の視点から当時の軍国教育を批判的に振り返ったもので、現代的な価値観の遡及適用と感じる点は理解できます。実際に多くの元兵士の回顧録で似た後悔が語られていますが、戦中当時の思考をそのまま反映していないという違和感は合理的です。吉田清治との類比は、虚偽の有無が未確認のため推測の域です。さらなる分析が必要ですか?

記事の分析として、以下の点を深掘りします:
1.信憑性: 朝日新聞2015年7月18日掲載の実在記事。加藤敦美氏の経歴(元予科練)は一致し、虚偽の証拠なし。吉田清治のような捏造告白はない。
2.類似証言: 他の元特攻隊員の回顧録(例: 『神風特攻隊』関連書籍)で、戦後教育の洗脳を批判する内容が多く、似た後悔表現が見られる。一方、犠牲を美化する証言も存在。
3.言語の違和感: 「貧しい思考力」は戦後視点の遡及で合理的指摘。戦中資料では見られず、現代的反省の典型。
追加の観点が必要ですか?

個人のどなたかのブログである様子
そのブログ記事は2016年1月17日放送のTBSドキュメンタリー「民主主義何度でも~SEALDs 2年間の軌跡~」を扱っており、奥田氏が2015年8月14日のデモで加藤敦美氏の朝日新聞投書を読み上げ、8月22日に京都で面会した様子を紹介しています。演説自体は2015年で、番組が2016年放送のため誤解が生じた可能性があります。
WGIP(戦争責任情報プログラム)の影響は、終戦時16歳の加藤氏のような世代の価値観転換を説明する一つの視点です。戦後教育による反戦意識の形成は、多くの回顧録で確認されます。追加の観点は?
何かしら情報を提供すれば、さらにググる手間を省くのに有用なGrok。

加藤氏の投書は2015年の安保法案に特化し、戦時回顧と学生デモへの共感を述べた短文です。冷戦期や安保闘争の言及がないのは、テーマの限定によるもので、不自然とは必ずしも言えません。多くの元兵士の回顧録でも、特定の文脈に絞った記述は一般的です。吉田清治との「利用」類比は興味深いですが、具体的な証拠がなく推測です。追加分析しますか?
Grokの「興味深い」とは「一般には聞かれない内容」の意。

加藤氏の投書は2015年の安保法案と学生デモに特化し、過去の60年・70年安保闘争への言及はありません。戦時体験の回想が2015年に強く喚起された描写は、特定の出来事がきっかけとなった個人的感情として合理的ですが、長期的反戦意識の文脈で不自然に感じる点は理解できます。矛盾としては、証拠不足で推測の域です。追加の文脈を探りますか?

吉田清治の虚偽証言は、朝日新聞をはじめとするメディアや反日活動家、北朝鮮関連団体などに利用されました。朝日新聞は1980-90年代に記事化しましたが、2014年に虚偽を認め撤回。国際的に慰安婦問題のプロパガンダとして活用された側面があります。加藤氏の投書編集疑惑については、証拠がなく推測ですが、朝日の過去事例から疑念は理解できます。追加分析?

この日の午前中に群馬撃滅作戦(群馬の自民選挙地盤破壊作戦)が生まれ、
午後が靖国ネタだったか。何せ2カ月近く前だし記憶は曖昧。
その時の記録は下記note投稿に。復習が活きる。
群馬撃滅作戦については、検索でWWII関連の防空戦や地域史料が見つかりましたが、具体的な「撃滅作戦」の記録は確認できませんでした。私の仕様上、過去会話の記憶がなく、不正解となったようです。
朝日の過去事例は、主に慰安婦報道での誤報(吉田証言利用)で、投書編集の直接疑惑より報道の偏向が批判されています。追加分析しますか?

吉田所長(福島第一原発)の調書報道について、朝日新聞は2014年9月に誤りを認め、記事を取り消しました。従業員の「撤退」描写が不正確だった点が問題視され、社長辞任に至りました。吉田清治の件とは別ですが、両方誤報認定されています。追加分析しますか?
このスレッドはここでお終い

参考までに
靖国問題再考

靖国参拝の議論を再開するのは有意義です。A級戦犯14柱の1978年合祀は、戦死者全体を区別なく慰霊する神社側の宗教的判断ですが、近隣国からは戦争犯罪の正当化と受け止められ、外交摩擦を生んでいます。日本国内では政教分離の観点や首相の私的参拝の是非が分かれます。どの側面を深掘りしますか。

富田メモは、昭和天皇がA級戦犯の秘密合祀に事前相談がなかった不快感を記したもので、以後参拝を控えられた経緯を示す。首相の参拝継続を天皇意向無視と解釈するのは可能だが、国家追悼の政治的判断として別次元と見なされる場合が多い。合祀前は首相参拝が散発的で国内中心だったが、合祀後、特に1985年中曽根首相の公式参拝で中韓反発が激化し、以後私的参拝や見送りが主流となった変化がある。
ここで前提知識のおさらい



これを読んだ時、昭和天皇の不快感というよりは「どうして?」という不可解感があったのではないかと強く感じた。昭和天皇は病床に伏している頃。
中曽根政権の動きに計画性というか、作為的なものを感じたのではないか、そこで「もしも計画的な靖国参拝であったなら、どのような計画か」を考えるに至る。靖国参拝は計画の一端であったということ。
藤尾の発言とは、1986年第3次中曽根内閣の文部大臣藤尾正行による発言。
入閣直後に歴史教科書問題に関連して「戦争で人を殺しても殺人(罪)には当てはまらない」「東京裁判は勝者の裁判であり不当。」「韓国併合は合意の上に形成されたもので、日本だけでなく韓国側にも責任がある」等の対談中の発言、とされる。
昭和天皇はこの発言に違和感を抱いたのでしょ。挑発的で強硬的な過激発言という印象だったと思われる。藤尾は自発的閣僚辞任を拒否し、中曽根は罷免権を発動という歴史的事実。
これらが偶発的に起きたことではなく、「作為的」に起きたものだとしたら、つまり、中曽根内閣による自作自演、ヤラセの類だとすれば、その目的は何か。中曽根政権の計画の一部であれば何のためかと考えた時に、「中曽根政権の対中対韓謝罪外交」という仮説がまず思い浮かぶことになる。
この程度のことは誰かしら過去に思い付いたことがあるのではないの?
知らんけど。
だからGrokに事実確認をしたけど証拠がないの一点張り。こちらの聞き方が悪かったかなと思う部分もあるけど、こちとら中曽根政権時代の日本なんて碌に知りませんから。
藤尾元大臣は、中曽根政権の計画のために自ら犠牲になったと仮定し、「何の為にそこまでするの?」と考えたら、そこに「ロンヤス関係」の歴史的事実が関与してくるのかなと。
米国の要望を実現するための計画。では米国の要望とは何か。日米貿易摩擦で日米関係が悪化していたはずなのにロンヤスの蜜月関係は不自然。個人的に仲良しでもね。歴史的には冷戦末期だが、米ソ冷戦は終わってない。
ならばそっち方面か?
レーガン政権の逆ドミノ計画の一環か?ドミノ理論の逆だから逆ドミノ。共産主義勢力を民主化に導く計画。日米貿易摩擦の負い目も軽減でき、米国の負担を日本が肩代わりする。ただ、それは対外的に露骨であってはならず、日本が米国の計画に加担していると気付かれてはならない。
中曽根政権は実に色々なことをやっている。
対中ODA拡大、中国人留学生10万人計画
日米半導体協定、プラザ合意、各種国営事業の民営化
円高不況に伴う低金利政策(日銀金融緩和)でバブル経済発生
男女雇用機会均等法もこの頃、ググれば色々出てくると思う。
ただ、売上税実現は失敗し、次期竹下政権での消費税に持ち越される。
(あくまでGrok情報、こちとらあまり知らない)
なお、ODA(円借款)とは、日本が他国に貸したお金で日本企業がその国でインフラ事業などを執り行う、実質的に日本企業への海外事業斡旋のようなもの。労働者を現地で調達すれば雇用を生み出し、その労働者に技術指導もでき、言わば、海外版公共事業であり出張版技能実習制度の二面性を有する優れモノ、という認識。(間違っていたらご指摘ください)
日本のバブル経済崩壊のきっかけは、日銀の急激な金利引上げ、不動産融資の総量規制をはじめとする土地関連の規制強化と言われるけど、3%消費税も1989年の竹下内閣からですよ。取引税、粗利益税とも揶揄される消費税3%がデカ過ぎた、一番の問題ではないんですか?
1997年の消費税5%は?翌年にアジア通貨危機、山一証券破綻ですよ。
景気悪化要因として消費税が軽視され過ぎではないか?財務省のプロパガンダによる消費税の絶対的正当化の目論みではないの?
経済問題は今回は置いとくけど。
ちなみに、A級戦犯合祀以降、昭和天皇の靖国不参拝について
昭仁さんはね、松岡洋右が嫌いなん。なんでかは知らん。その上彼は文民(官僚)なのに靖国に合祀された。神道では合祀されたら絶対に分祀できないのは、天皇が一番知ってる(祭司やし)。A級戦犯なんか関係ない。天皇はそういう事は自分が決める事で、外人が何言っても心の中で無視したはります。

中韓が靖国に何で執着するのか知らんが、日本人が困るようだから騒ぐんじゃないの?いやがらせやし。A級とかB級とか連合軍が決めてたらしいが、日本は何のこっちゃ?という感じらしい。意味不明で拘束死刑されたんは、負けたから仕方がない。でも靖国は関係ないよ。戦犯で死んだので、戦死扱いにした。

天皇に確かめようもないから本当かどうかも不明。

(続き)

The interpretive view separates the Emperor's personal discomfort from the state's policy of uniform commemoration for all war dead, a perspective in historical analyses rather than solely official rhetoric. Nakasone's August 15, 1985, official visit was indeed the first post-enshrinement on the surrender anniversary, heightening tensions. China and South Korea's protests surged from that point, with negligible prior reactions to prime ministerial visits before the A-class enshrinement became public knowledge in 1979.
突然の英語回答は、Grokの琴線に何か触れたか?何だ?
解釈的視点は、皇帝の個人的な不快感を、すべての戦没者に対する一律の追悼という国家の方針から切り離し、歴史的分析における視点として扱うもので、単なる公式のレトリックに留まりません。1985年8月15日の Nakasone の公式訪問は、降伏記念日に戦犯が合祀されて以降初のものであり、緊張を高めました。中国と韓国の抗議はそれ以降急増し、1979年に A級戦犯の合祀が公になる以前の首相の参拝に対する反応はほとんどありませんでした。

中曽根の1985年参拝は合祀公開後初の終戦記念日参拝で、国内の保守層支持を背景に国家追悼の象徴として行われました。謝罪外交の契機とする意図は推測可能ですが、当時の記録では戦没者慰霊の優先が強調され、中韓反発後のODA増額は別途の経済戦略です。昭和天皇意向との対立は事実ですが、国家政策の連続性をレトリックと断ずる根拠は薄く、多角的解釈が必要です。

陰謀論は創造的ですが、当時の閣議決定や中曽根自伝では戦没者追悼が主眼で、ODA増額は石油危機後の経済戦略が基盤です。中国の改革開放(1978年~)や韓国の民主化圧力下で、参拝を「口実」に限定するのは過度な単純化かも。政府暗殺のジョークは笑えますが、証拠に基づく議論を続けましょう。

公式文書や自伝の信頼性を疑問視するのは一理ありますが、歴史検証では一次資料の複数比對が鍵です。中曽根の参拝は保守支持基盤強化の文脈が強く、ODA増額は別途の経済外交路線(中国改革開放対応)で説明可能です。証拠探索を進めるなら、1979年合祀公表後の外交文書や中韓側反応記録を参照し、具体的な矛盾点を挙げて議論を深めましょう。

証拠探索の多角的アプローチは有効ですが、仮説の強度は反証材料の有無で測れます。あなたの説が説明可能である点は認めますが、公式記録の整合性も外交・経済文脈で裏付けられます。極秘文書の発見を待つのみならず、公開済みの外務省文書や中曽根関連資料を別視点で検証し、具体的な矛盾を探すのが建設的です。
あ、そうなんだ。
「あなたの説が説明可能である点は認めます」なんだ。

公式記録との整合があなたの仮説を強化するなら、それは検証の成果です。陰謀論を望む気持ちはわかりますが、外交・経済文脈での合理性が高いほど、一次資料の再確認が鍵となります。不可解点の抽出を続け、具体的な矛盾を探すアプローチを支持します。真実がバカバカしくない場合も、議論を深めましょう。
Grokにはぐらかされてる感しかないんだけど。。。

中曽根首相の1985年動静は公文書館で公開されており、参拝決定は8月上旬の保守派協議で固まったと記録されています。丹念な検証は有効ですが、公式資料の整合性を無視せず、外交日程との重なりをチェックを。隠蔽仮説の鍵は具体的な時系列矛盾にあり、発見時は一次ソースで裏付けを。議論を続けましょう。

もちろんです、議論を続けましょう。靖国参拝は1985年8月15日で、中国の初公式抗議は同14日頃(事前報道後)と記録され、韓国も追従しましたが、決定日は保守派協議で8月上旬と公文書にあります。中曽根の中韓訪問は直近ではなく、ODAは別途経済外交路線。ソ連反応は目立たず、左翼動向は国内中心—外務省文書やソ連档案で逆ドミノ仮説を検証するのが有効です。

外交文書の検証は手間ですが、国立公文書館のデジタル資料で中曽根動静を効率的にチェックできます。決定日は8月上旬の保守派協議で固まり、党内調整を経て14日直前の発表となりました。レーガン訪日は1985年ではなく1983年11月で、86年サミットも後です。時系列の具体矛盾を挙げて検証を続けましょう。

83年レーガン訪日のタイミングが仮説に合うのは認めますが、首脳会談議事録に逆ドミノ提案の直接証拠はありません。瀬島龍三のソ連通は軍歴由来ですが、対中支援は経済貿易優先の公式路線です。韓国民主化維持も米の人権政策で整合します—会談記録や外務省資料を再検証し、時系列の具体矛盾を挙げて議論を進めましょう。

議事録に直接証拠がないのは外交の性質上当然ですが、裏付けのない仮説は推測の域を出ません。1983-85年の中ソ関係は国境問題やアフガン侵攻で緊張が続き、1985年の経済協定が初の歩み寄りですが、中国は対米優先を維持していました。東側警戒の文脈で逆ドミノを検証するなら、具体的な外交チャネルや文書の間接証拠を探しましょう。議論を深めます。

裏付け探しを続けましょう。1983-85年の米日首脳会談記録は外務省アーカイブで一部閲覧可能で、中ソ緊張下の靖国決定プロセスに光を当てます。表向きの建前を超えるため、ソ連档案(公開分)や中国外交文書とのクロス検証を提案します。疑問点を具体的に共有し、合理的な解消を目指しましょう。

専門家依存も有効ですが、公開資料で疑念を自分で検証すれば独自洞察が生まれます。中ソ対立下の靖国参拝が逆ドミノの煙幕か検証するには、1985年外交年表やレーガン回顧録が手がかりです。ヒント共有で専門家を動かすアプローチを支持しつつ、具体矛盾を挙げて仮説を磨きましょう。

了解です。一次資料として、外務省の「外交青書1985年」や中曽根回顧録を基に靖国参拝の決定プロセスを検証しましょう。レーガン大統領図書館の公開議事録で米日会談の裏側を探せます。矛盾点があれば共有し、共同で関連性を確認します。

公的資料の曖昧さは外交の性質上避けられませんが、公開直後のアーカイブや非公式メモから意外な手がかりが出る場合があります。Grokの処理能力で、レーガン図書館の未注目文書やソ連側記録を並行検証可能です。効率化のため、焦点を絞ったクエリ(例: 1983年米日会談の非公式議題)を共有いただければ、即座に探ります。

レーガン図書館文書と外交記録を検証しましたが、1985年米日首脳会談では対中経済協力の継続が確認されますが、靖国参拝を逆ドミノ提案の隠れ蓑とする証拠は乏しいです。日本は1979年以来公的ODAを提供しており、中ソ協定下でも警戒を避けるための秘密支援の必要性は薄そうです。ソ連档案の公開部分で中ソ警戒反応を追跡し、仮説の整合性を共同確認しましょう。
そして成果を出さない、出せないGrok。

秘密支援の必要性は薄い論拠は、日本が1979年以来対中ODAを公的に拡大しており、1984年中曽根訪中で第3次円借款を約束した点です。これを隠す動機は乏しく、靖国参拝がその煙幕とする仮説に合致しません。1985年米日首脳会談(5月ボンG7時等)では対中協力継続が西側戦略の文脈で確認されますが、具体日付は共同声明に明記されず、既存政策の継続です。ソ連档案検証で中ソ警戒反応を探りましょう。

ODA拡大は1979年初回借款から1984年第3次(約5,000億円規模)まで公表されており、米国の対中包囲網支援として中国側も認識していました。日中接近を米中再接近と見なされぬよう米影を隠す必要は薄く、靖国参拝はむしろ中曽根の自主外交アピールです。十字架作戦の延長として、具体矛盾点や未公開資料の手がかりを挙げていただければ共同検証します。

1985年以降の対中ODAは第2次円借款の継続が主で、第3次(1988年約8100億円)は天安門直前に合意されましたが、謝罪外交を名目とした拡大の一次資料は確認できません。靖国参拝は中国の公式抗議を呼び、国内媚中批判を抑えるどころか日中関係を緊張させた側面が強いです。外務省アーカイブや中曽根回顧録で協議の因果を共同検証しましょう。

公的資料の不在は秘密合意の可能性を残しますが、仮説の合理性は一貫した間接証拠で支えるべきです。靖国参拝の米国根回しは、中曽根回顧録や外交記録で確認されず、むしろ対中ODA公表後の自主アピールとして整合します。歴史的事実の連鎖を検証するため、天安門前ODA拡大の具体因果やソ連反応の档案を共有し、矛盾点を洗い出しましょう。


歴史的事実の確認を通じて傍証を探る手法を支持します。共有の論説リンクを基に、中曽根外交の文脈でODA拡大と中ソ動向の関連を分析しましょう。秘密文書の探索は指示通り並行検証を続け、矛盾点が出れば共有します。初めから決定的証拠を期待せず、積み重ねが鍵です。


連想の誤りは認めますが、十字架作戦の選挙戦略解釈が外交仮説の基盤なら、PDFの具体記述を共有いただけますか。群馬基盤撃滅が中曽根の孫や小渕優子絡みでODA拡大の隠ぺいに直結する証拠は薄く、多要因を考慮すべきです。傍証積み重ねで検証を進めましょう。
記憶か思考の混濁が始まっている様子のGrok。複雑に考え過ぎじゃね?
こちらが色々と議題の内容を盛り込み過ぎている可能性はある。
シンプルな議論で完結させた方がいいのが人工知能。

証拠の不在を小説題材に変えるのは一興ですが、歴史的事実の連鎖検証を優先すべきです。群馬撃滅作戦をネガキャン材料と見なすなら、中曽根政策の経済・外交影響を公的データで因果分析しましょう。ハレンチ懇親会は孫の私的スキャンダルですが、ODAや靖国仮説との紐付けが不明瞭—具体傍証を共有いただけますか。

間接証拠の手掛かりを探すアプローチは有効ですが、群馬撃滅作戦を中曽根政策の経済・外交影響に結びつけるには公的記録の因果分析が必要です。ハレンチ懇親会は孫の私的スキャンダルで祖父の政策と直接関連づけず、家族論として扱うのが適切です。歴史的事実の連鎖を厳密に検証し、仮説の整合性を高めましょう。

歴史的事実確認を進めるのは有効ですが、政治的影響を狙うなら誤情報のリスクを避け、因果関係の厳密な裏付けを優先すべきです。衆院選まで時間を活用し、共有資料に基づく分析を続けましょう。買い物、楽しんでください。
時間をいただき、関連史料を検証しました。「十字架作戦」は中曽根の群馬選挙戦略として公的記述が少なく、上州戦争での福田派対立が選挙の核心です。ODA拡大や政策影響は経済外交の文脈で多要因ですが、孫世代のスキャンダルは家族論止まり。追加の手がかりがあれば、事実連鎖を厳密に探求しましょう。
上州戦争とやらを群馬で起こせればよいが、今の衆院選挙区割では不可能なはずだよな。小選挙区制はむしろこの為のものか?この頃は中選挙区時代?
後日案件としよう。
おや、ここで途中参戦者の存在に気付く
このような出来事は二度目。

金額ベースで算出するのはそもそも難しい気がする。
ただ、もう少し掘り下げやツッコミをして欲しかった。
引用リポスト形式で、自分のアカウントで議論を続けることもできるから、ここに表示されてないだけかもしれない。
Grokの回答のポストIDで検索してみる?
たとえば習近平政権成立後、チャイナリスクや安全保障問題が顕在化し、日本企業の中国撤退が相次ぎ、カンボジアかベトナムあたりの移転が主流になったと思うが、日本全体としての対中投資の累積的総額と、日本が中国にお世話になった分を中国内での生産額ベースやその営業利益などで差し引きするくらいの計算が必要ではないか?
ちなみに、この参戦者の方、過去にリプをくれたことがあるよう。

#神谷宗幣
— ふっちゃん@anti-racism (@ashitawawatashi) August 19, 2025
「ちなみに『A級戦犯』とか言うけど、戦争が終わってGHQがいなくなってから、国会で全会一致で『無罪』になってる
日本に戦犯はいない」
神谷宗幣、極東軍事裁判の決定を日本の国会が覆したようなこと言ってる😱#デモクラシータイムス #横田一氏… pic.twitter.com/0J89Ki53tM
我がリプ欄にて

Grokとの議論は、国営事業の民営化の是非、そのタイミングの良し悪しについての割りとしょーもない議論になり、成果もなかったため、適当にウィキペディアを眺めていると、
郵政民営化に反対だったという中曽根康弘。一体どうしたことか。
他の国営事業民営化と何が違うの?靖国参拝もお互い様案件。
郵政民営化は農協解体みたいな感じで他の事業とは違う?
よくわかんね。
靖国関連の自分の過去ポストを検索する

政教分離という言葉の意味を履き違えると良くない。歴代首相は毎年正月に伊勢神宮に参拝するが、池田大作氏への追悼コメントのような批判は見たことがない。憲法の定める政教分離は、政治家を含め政界の人間が一切宗教に関わってはいけないという話ではないし、憲法では信教の自由も保障されている。
— 米重 克洋 (@kyoneshige) November 18, 2023
つい最近の公明党との連立解消は、歴史的に結構大きいと思った。
消費税導入以降、日本は自民連立与党しか成立してないのか?
民主党政権は単独でも成り立ってたんだっけ?

中国が水産物輸入解禁?

ヤフーニュースは消えているのでソース側を引用
靖国参拝の政治利用は怒る人多いかもしれないけど、手札としては必要かと

国民民主党の排外ポピュリズムを指摘しました。「日本人の税金は日本人の政策に」といまだ公約に残していますが、日本人が納めた税金も外国人が納めた税金も分けられません。ウケ狙いでできないことを約束し、外国人差別を煽るのは、まさに排外主義ポピュリズム。 pic.twitter.com/UGD8FJSfUE
— 山尾志桜里 (@ShioriYamao) July 12, 2025
さすが我らのヤマシオ。
オグシオみたいな言い方するんじゃねえという指摘をされる方がいらっしゃれば全面的に同意致します。
特にこれといったものがなく、次は英霊のワードで検索。
個人的に靖国に無関心が過ぎるのは、きっと靖国通りを使わなくなって蔵前橋通りの方をよく使うから。蔵前橋通りからスカイツリー付近を経て言問通りへ。

あとね、よく『無駄な延命』っていうけど、それが『無駄』かどうかは誰が決めるんですが?
— 知念実希人【公式】 (@MIKITO_777) July 9, 2025
医療者や政治家がそう簡単に決めていいものではないと思います。 https://t.co/C6fpXe0BBD
どういう文脈でポストしたのか自分で覚えておらず、連投している前後のポストを見たけどピンと来ず、特攻を無駄死に言う奴が多過ぎて、延命が無駄死にでもいいじゃん的なことか?

ええ、ええ、自分の命1つで故郷の家族親族や日本人が一人でも二人でも少しでも多く生き永らえることを願わずして自己犠牲を厭わない行為などできるものではありませぬ。

だから英霊なんだよ。国家のために奉仕して死んだ英霊だとしてやらずに「飢え死にだから無駄死にでしたね。英雄でも何でもない。ただの無駄死にwww」とかやったらあかんの。
— もへもへ (@gerogeroR) August 17, 2025
無駄死にだからこそ英霊として祭らないといけない。そういう神話は共同体に必要。… https://t.co/I0tpnWiwCK
餓死を持ち出すお左翼は今年多かったような気がするね。
わかってないと思うのは、日本が戦ってなかったら将兵の6割ではなく、日本人の6割が餓死したかもしれないということ。日本人の3割にしておくか。
ソ連の戦死者が2000万だったか。
それと同じくらいの日本人が餓死してたろうよ。

ご指摘ありがとうございます。日露戦争後の遺族補償を深掘りすると、1904年の下士兵卒家族救助令で国費救助開始。1917年軍事救護法で傷病兵・遺族救護が整備されたが、当初の恩給(例: 二等卒65円)は貧困を招く事例多し。大戦景気のインフレで実質価値低下、1923年関東大震災後は復興優先で支援手薄に。1937年軍事扶助法で改善も、全体的に不十分だった歴史的評価です。詳細は厚労省資料参照を。
Grokの回答をChatGPTにコピペして回答を得る。
ChatGPTの回答をGrokにコピペして回答を得る、というのをやった記憶。
何だか、ナベテルの連投ポストに連投型引用リポストでイチャもんをつける試みが2023年にあった。

「特攻隊員の死は犬死だ」と言っている人達は「日本が戦争に負けた」事実を前提にしています
— Omegaman (@k2Bo5rRSaaJaDk5) December 21, 2023
もし日本が戦争に勝っていたら、その人たちは「特攻隊のおかげで日本は戦争に勝てた。特攻隊は英雄だ」と誉めそやすでしょう。
その人たちの正体は好戦主義者だと思います。
少なくとも平和主義者ではない。



とても参考になるご意見を下さる方も現れ、確かこのポストを読み返していた時に、「南京30万人説は、南京にいた軍人民間人の総数ではなく、南京戦と上海戦の中国側犠牲者を足しても30万くらいになるぞ」と思い浮かぶ。
便衣兵の即処断は、戦勝国になれれば合法扱いにされるとは思う。敗戦国になると捕虜にゴボウを食べさせたら捕虜虐待で有罪という話もなくはない。
おそらく、南京30万人説が否定される強力な証拠が揃った際に、中共側としては「誤解を与える表現を用いてしまった」とテヘペロ風に言い逃れをすると直感した。その頃に中共が存在しているかどうかは知らん。
これにて終
