かくれんぼの達人
昨年の秋頃、NHKみんなのうたで「かくれんぼの達人」という曲が放送された。当時1歳の娘は、曲が流れると真剣に聴き入って、振り返りニッコリ微笑んだ。

娘はもともと、かくれんぼが大好きだ。0歳の頃からお気に入りの指人形でかくれんぼをしていた。そんな娘がこの曲を聴いて、どこまで理解をしているのかは分からないが、好きになることは必然のようにも思えた。
ロックバンド「クリープハイプ」のメンバーである、長谷川カオナシ氏作詞作曲のこの楽曲は、軽快なピアノの音から始まる。絵本のような世界観で、誤解を恐れず言うと、死んだも同然のような“わたし”の孤独の叫びが聴こえてくる。

わたしにも身に覚えがある。社会に馴染めなかったころ、昼間に公園へ行って池を眺めていたり、風呂場や公園のベンチでシャボン玉を吹いていた。自分だけ時間が止まっていて、周りの世界はハリボテのような違和感と閉塞感があった。
広くて大きい公園なのに、生き物はみんな折り紙のようで立体感がなく、景色も写真を眺めているようだった。池の亀をじっと見て本当に生きているのか、動くまでじっと見つめていた。その時、後ろから「私、亀食べたことあるの」と話しかけてくるお婆さんがいて、昔話を聞いて束の間の癒しを得た記憶がある。(お婆さんが言っている亀は、恐らくスッポンだと思う)
なんだかその頃の“わたし”を思い出して、すこしソワソワした。

娘はどう捉えているのだろうか?
不思議なことにこの曲が流れてくると、娘は目をこする仕草とともに「えーん」と言って、テレビに映るイラストの女の子を撫でにいっていた。
曲を聴いていない時も、カーテンが揺れると大泣きする。なので娘の前では窓が開けられなかった。徐々に喋れるようになっていき判明したのは、カーテンがゆれる→女の子がかくれんぼ→かくれんぼの達人を聴きたい。という理屈だった。
かくれんぼの達人の曲を好きな時に聴けるようになってからは、カーテンが揺れる時の癇癪がなくなった。成長の過程だったのかもしれない。けれども娘に「ずっとかくれんぼの達人が聴きたかったの?」と聞いたらしっかり頷いて、その日からカーテンが揺れても泣かなくなった。みんなのうたで聴いてから半年後のことだった。

ある日、娘はいつものように曲をかけながら踊っていた。頭から布を被り、ハロウィンで見るオバケのような姿で腰をクネクネしながら踊る。その最中、地震が起きた。強い揺れだったので娘は布を被ったまま、曲も流れたまま2人でテーブルの下へ隠れた。
赤ちゃんは社会的参照で反応が変わったりするというような内容を本で読んだので、できる限り平静を装い、地震がおさまるのを待った。焦らず対応できたと思う。
しかしその後、かくれんぼの達人を聞くたび「じしん!じしん!」と言うようになった。テーブルの下に隠れながら、これ以上大きな地震にならないように祈っていた。このまま娘が“かくれんぼの達人”になってしまったら、と想像するだけで悲しかった。それが娘に伝わってしまったのかもしれない。
それからも毎日聴いていたが、わたしが目を離したすきに娘はスマホをポチポチ。何をどうやったのか分からないがiTunes Storeで購入した曲がどこを探しても見つからなくなってしまった。Chat GPTに相談してもお手上げで、サポートに連絡するようにと促された。二重になっても良いから購入しなおそうとしても、購入できなかった。
うまいこと言いたいわけではないが、曲自体が“かくれんぼの達人”になってしまった。
引用 YouTube 長谷川カオナシ
