「好きです」と嘘をついた日から、ゲームディレクターの10年が始まった
「仮面ライダーって、好き?」
0.5秒、考えた。
「好きです」
嘘だった。
これまで自分が作ってきたのは、ありがたいことに誰もが知っているキャラクターやアニメのゲームばかりだった。
好きな人には、最高の作品。でも、それは誰かが好きで、自分には縁のない作品でしかなかった。初めて聞いた時は、うっすらと知っている程度。正直、仕事にしたいとまでは思っていなかった。
だけど振り返ってみると、それで十分だった。うっすら知ってるというのは、誰かが遠い昔に始めたものを、いつの間にか受け取っていたんじゃないか。それくらいの方が、自分の中に新しい何かが収まる余地ができる、と思っている。
「好きなことを仕事にする」 「仕事と好きなことは分けるべきだ」
どちらの言葉も同じくらい耳にしてきた。今は前者を選ぶ人が多いだろう。じゃあ「好きかどうかは、仕事に関係あるのか」。10年ばかりゲーム開発を続けて見えてきたものを、ここに書き残しておきたい。
ゲームセンターで本物と会えるように
初めての仕事は、仮面ライダーシリーズのゲーム開発だった。
ゲームセンターに行けばライダーと会える、敵をやっつけると褒めてくれる。子どもたちが「TVと同じだ!」と喜んで、また来たいと思わせる、そういう特別な時間を過ごせるゲームが、目指す姿だった。
幼い頃、仮面ライダーは好きだった。『仮面ライダー龍騎』にハマって、TVスペシャルのエンディングを視聴者投票で決める特別企画があって、何度も電話をかけた。
「お前どっち選んだ?」と、クラスで盛り上がったのも、鮮明に覚えている。だけどそれっきり、仮面ライダーとは縁がなかった。歳を重ねるに連れて、なんの感慨もなく、気がついたら「卒業」していた。
その程度の知識だったので、開発担当になった時は「じゃあ、とりあえず最近のを見てみるか」と、軽い気持ちで録画予約を入れた。
すると、宇宙に行ったりフルーツで変身したり、自分の記憶とは似ても似つかない、斬新なライダーがそこにいた。龍騎の頃から剣を使ってたり、カードゲームっぽくはあったが、「なんでもありだな」と面食らってしまった。
だけど、なぜかおもしろかった。自然と「あの頃」の記憶が蘇ってきて、いまの子どもたちを知りたくなった。彼らは、どうして過去の自分と同じように夢中になっているのか。
『てれびくん』と『TVマガジン』も買い始めた。発売日の昼休み、会社の近くの本屋に寄って、子ども向け雑誌のコーナーへ向かう。牧歌的な雰囲気の中に、成人男性が突然現れるのは、いささか抵抗感があった。人目をはばかりながら目当ての表紙を眺める。
知らないゲームや玩具ばかりだったが、なぜか昔から知っているように錯覚した。そのうち、行くのが当たり前になった。
親子連れがいると、どんな本を買うのか気になった。どうやら、いまは「音の出る絵本」が人気らしい。「擦るとカレーの匂いがする本」で大喜びだった自分が、親子の後ろ姿と重なって思い出された。
「子どもに向けるもの」を考えるのは、過去の自分と向き合う行為に近いのかもしれない。
当時は家賃支払いと仕事に精一杯で、携帯が止まることも、水道が止まることもあった。その度に、いつか読んだ星野源のエッセイを思い出した。請求書をなくし料金支払いができないことがあった、というような話だ。「星野源でもそうなら、自分もいっか」、そういう無茶な理屈で、しのいでいた。
生活すらままならない自分が、子どもの夢を作っているのは、なんだか妙な心持ちだった。
別の日。
てれびくんの付録DVDにしか登場しない仮面ライダーの新フォームが出ると知り、チームリーダーとその息子の名前を借りて応募してもらったことがあった。さすがに自分と架空の子どもの名を書いて送るのは、気が引けた。
当時はすごい妙案だと思ったが、改めて考えると笑い話もいいところだ。
でも、これが自分にできる全部だった。無自覚に、なりふり構わないで本物を追いかけていた。
数ヶ月が経って、ライダーの追加アップデートも順調にこなし、自分はチームを率いるディレクターになった。
「いつか、TVと同時に会えるようにしたいね」
それは、みんながずっと口にしていた理想だった。放送で新しいフォームが出た、その足でゲームセンターに行けば、もう会える。そういう体験を作りたい、と。
アップデートを重ねるうちに、その「いつか」が「今ならやれるんじゃないか」に変わっていった。そして、本当にやってみることになった。
だが開発スケジュールを引いてみると、チーム全員、言葉が出なかった。
これまでは、TVで見たままを100%作り込めば、ゴールになり、それが正解になった。放送から開発着手まで、時間的な余裕があったからだ。
でも「同時に」というのは、映像がないまま、TVスタッフと同じものを、同じタイミングで作るということだった。
できるわけがないと思った。
そこからは、大変だった。版権元から情報をかき集めたが、制作に最も必要な「どんな技を使い、どんな効果なのか」、具体的なことがわからなかった。でも、スケジュールは待ってくれない。
手元の資料を見ながら、頭の中でいくつかの案が浮かんだ。ここまで積み重ねてきた知識をフル動員すれば、なにかしらアイデアは出た。
チーム内では自分が一番詳しいし、アイデアの質も高いと自負していた。
だけど、どの案も「嘘っぽい」感じがした。TVの仮面ライダーは、見た瞬間に「これだ」となる。突拍子のない見た目でも、「動けばカッコいい」とは、よく界隈でも言われているが、そういう見たらすぐわかる「何か」があった。
だけど自分の案は、説明しないと「これだ」にならない。その差が、全てだった。
撮影スタッフに情報をもっとくれ、と急かすことは絶対にできなかった。撮影現場で起きていることは、インタビュー記事や資料で断片的に知っていた。役者がスーツを着て動く大変さ。スタッフが一つの演出を作るためにかける時間と労力。画面の1秒に、どれだけの現場の積み重ねがあるか。
資料と知識だけで再現できないと、心の底では気づいてたかもしれない。それでも本物に近づこうと、もがいていた。
だから、自分の案が嘘っぽいことが何より許せなかった。それは、単なる完成度の話じゃなかった。
すべて行き詰まった、そう思った時にアートディレクターが、ある提案をした。
見た目からイメージできる能力を「すべて」混ぜてしまう、ごちゃまぜの技の演出。例えるなら、火と水と雷を同時に使う3属性攻撃だ。
そんな安直な案が許されるわけがない、と反射的に口が動いてしまった。それが仮面ライダーの技です、と言われたとして、誰が納得するのだろう。子ども騙しも良いところだと思った。
だけど、だんだん、それが馴染んできた。「そういうのも、あるかもな」と、どこかで感じていた。
わかりやすくて、シンプルで、見た目から簡単にイメージできる…チープな響きだが、自分が見ていた「仮面ライダーらしさ」があるかもしれない。
数日後。アートディレクターの席で、試作を見せられた自分は、息を吞んだ。
(あ、これだ。見たかったのは)
すんなり納得してしまった。これが本物じゃんと。
その一瞬で、止まっていた開発チームが走り出した。早速データを作って、ゲームを完成させた。あとはリリースを、そして放送を待つだけだった。
もちろん版元から「OK」は出ていた。だけどそれは、メールでの話だ。放送されるまで、本物の見た目は誰も知らない。撮影現場で決まったものが、TVに流れて、初めて正解が姿を現す。
開発作業は終わったのに、なにもすっきりしなかった。
放送当日の朝。新フォームが登場し、必殺技を使うシーンが始まろうとしていた。生きた心地がしなかったが、放送を見ているうちに、ある覚悟ができていた。
作ったものが合っていようが、間違っていようが、すべて目に焼き付けてやろう。
その瞬間だけは、自分のゲームクリエイターとしての本性が出てしまっていたかもしれない。
20秒くらいだった。
あっという間に、自分たちが死に物狂いで作ったシーンは終わってしまった。そしてTVで流れた技は、開発で作っていたものと「ほぼ同じ」だった。見た目通り、ごちゃまぜの技。
最初に浮かんだのは、アートディレクターの顔だった。
「……月曜になんて言うかなぁ」
すごい、なんで思いついたの?
言いたいことはあったけど、上手くまとまらなかった。それから少し遅れて、肩の力が抜けた。
結局のところ、好きかどうかは、関係なかったと思う。あくせくもがいていたが、問い続けていたのは本物かどうか、それだけだった。本物はどれだけ探しても出てこなくて、誰かが差し出した瞬間に、やっと姿を現した。
次の現場では、また別の問いが待っていた。
キャラクターに向き合うほど、孤独になった
次に担当したのは、あるキャラクターIPのスマホゲームだった。仲の良いディレクターから「大きい仕事だし、一緒にやろうぜ」と誘われて、すんなりOKした。
良いタイミングだな、と思った。仮面ライダーで培った経験が活かせるし、スマホゲーム開発のキャリアにもなる。すべて順調に重なって見えた。
そして、メインプランナーとして、200体ほどのキャラクターの初期ステータス設計を担当することになった。
ただ圧倒的な数を抱えきれなくなり、最後に魔が差した。レアリティの低いキャラに、一律で汎用的な数字を割り振って、そのまま先方へ提出してしまったのだ。
それを見た原作の担当者から、メールが届いた。
「提出ありがとうございます。ただ、キャラクター1体ごとに個性が欲しいです」
一瞬、固まった。何を言ってるのか、全くわからなかった。
数秒経って、じんわりと、最後の一文が胸に沁みてきた。その言葉を理解するまで、自分が何をしていたか、全く気づいていなかったのだ。恥ずかしかった。そして、その数字のプレッシャーが、改めてのしかかってきた。
そこから、すべてを見直した。過酷なのはわかっていたが、それでも一体ずつ向き合うことにした。
いつの間にか、チーム内で自分が一番キャラクターには詳しくなっていった。名前も、設定も全部言える。そうして、だんだんと見えてくるものが、変わっていった。
ある頃から、ゲームの方針が変わって、ボリュームも増えていった。
作らなくてはいけない仕様が増えて、スケジュールを守ることが最優先になった。キャラクターの話が、日を追うごとに現場から減っていく。
その時から、自分の領分を土足で踏み荒らされた感覚があった。誰もやる人がいないから…と、適当な理由をつけて、世界観設定やシナリオ業務も担当し始めた。
ここだけは自分が守るべきだと、半ば躍起になっていたかもしれない。当然、チームと見ているものが変わり始める。そのズレを、キャラクターへの誠実さで、勝手に埋め合わせた気になっていた。
終電がなくなっても、キャラクター資料を作り続けた。最初は、家まで歩いて帰れる距離だし、いいか、くらいだった。それが三日置きから毎日になっても、その時はおかしいとは思わなかった。
むしろ、帰ろうとする自分の方が、何かを裏切っている気がした。それは仕事というより、懺悔に近かった。
そういう時に、担当者に言われた。
「あなたのような原作に詳しい人に、ずっといて欲しい」
嬉しいはずだったが、嘘っぽく聞こえた。そういうのはディレクターの役割だろう。自分はディレクターじゃない、ただ知ってるだけなのに。
ある夏の朝、ベッドから起きられなくなった。会社には行けた。ただメールの文面を考えていたら、昼が過ぎている。乗る電車の方向を間違えてる。
好きなものを仕事にしていたはずなのに、仕事ができなかった。なぜそうなっていたか、わからない。ただ、自分の輪郭が、どこかぼやけているな、とは思った。
しばらく休みをもらい、実家へ戻ることになった。
会社からアパートに帰る途中、誰もいない夜の裏通りへ隠れるように入って、実家に電話をかけた。説明がめんどうで「疲れたから帰る、仕事は休んだ」とだけ伝えたところ、うん、うん、帰っておいで、とだけ言われた。
案外、呆気ないものだった。チームメンバーへの申し訳なさはあったが、途端にどうでもよくなっていった。
数日後、実家に戻った。自分が家を出てから、特段なにも変わっていないように見えた。
時間だけはあったので、図書館で本を借りたり、近くのパン屋でピーナッツバターフランスを買って外で食べたりした。気づけば、中学の夏休みと同じことをしていた。
なんて無駄な時間の使い方なんだろうな。自転車で帰りながら、自分の一日を、冷めた目で眺めてしまっていた。
1つだけ実家で遊んだゲームがある。
押し入れから引っ張り出した『ファイナルファンタジーVI』。手に取ったきっかけも、感想も、もう記憶にない。
ただスマホにタイトル画面の写真を撮っておいて、モノクロのフィルターをかけておいた。

レトロ映えを意識した気もするが、その色彩のない世界が、妙にしっくりときたのかもしれない。
昔のゲームを、ただ黙々と進めた。当時はそれが、良いことに思えた。
結局、開発していたゲームの完成を、見届けることができなかった。名残りとか責任感が、なかったわけではない。でも好きになることと、好きなものを守ることは、別の話だった。
誰かの『好き』を翻訳する
何かを埋めるように、転職活動を始めた。
待遇とか働く意味だとか、そういうのは後回しだった。仕事をしていない恐怖感で、居ても立っても居られない。今のままじゃ業界で生きていけない、という未来に対する漠然とした不安が、ひどく募っていた。
世の中のトレンドは、既にスマートフォンゲームに完全移行していた。前職で本当なら掴んでいたものに、追いつくのが第一だと思っていた。
転職エージェントに事情を伝えると、ある会社を勧められた。
「選考も厳しいけど、あなたのキャリアなら届くかもしれない」
そこで初めて知った会社だった。別の「キャラクターIP」を扱う現場で、子どもの頃に少し触れたことがあったが、それきりの縁だった。
「またIPか」
因果のようなものを感じたが、気にしないようにした。気張りもせず、気落ちもせず、それが功を奏したのか、選考は通過した。
結局また、誰かが作った物語のそばに吸い寄せられてしまった。
ただ憶えているのは、選考結果が出た日に「いま人生の岐路に立っているのかもな」と、急に他人事のような、空から自分を見ているような感覚があった。
なにか大いなる意思みたいなものに、人生を操られているかもしれない。
ただ、それでも悪い気はしなかった。
最初の仕事は、単純なデータ入力作業だった。学べるものがあれば、なんでもやった。技術的な知識を覚えるごとに、考える楽しさとは別の楽しさが増えていった。
数年経って、開発現場を率いる立場になった。企画やアップデートのスケジュールを原作の担当者と話していると、考えの軸が見えてきた。
「プレイヤーがその遊びや機能を見たとき、どう感じてほしいか」
話の中心は、いつもそこだった。
プレイヤーの感情の動きを起点にする、ということらしい。たしかにこのゲームは、居心地が良いと評判だった。きっとそれは、この人がプレイヤーの日常を考えて、寄り添ってくれてるからなのだろう。
その視点で見ると、どれだけ自分が今まで「機能から考えていたか」が浮き彫りになっていく。だから、担当者の言葉の端々にある意図を汲み取り、ゲームに落とし込むことを徹底した。それが、自分の新しい仕事になった。
仕様を相談する時は、必ず複数の案を用意した。「こっちの方が、ニュアンスは近いですか」と意図を確認しながら、前提をすり合わせた。決めつけないで、確認する。そして、相手に近づく。
相手の見てるものを見るために、お互いの思考の隙間を少しずつ埋める。それを繰り返した。
自然とこのゲームのことが、好きになっていた。「どこが?」というのは、正直難しい。
みんなでゲームを作る時間、ユーザーが楽しんでる姿、担当者とのやり取り。
「これ」と一言では伝えられないが、そのゲームを通して見えてくるものに、惹かれていた。
退職を伝えた時、担当者にこう言われた。
「こちらの意図を汲もうと近づいてきてくれて、助かりました」
「とんでもないです」と返したけれど、本当に近づけていたのか、確信は持てなかった。
その言葉が、ずっと耳の奥に残っていた。
退職を控えた、ある朝。いつものように、通勤電車でリュックを抱えて微睡んでいた。
あとから乗ってきた女性の、衣ずれの音で目が覚めた。ポケットからスマホを取り出したらしい。あまり褒められたものではない悪癖なのだが、ゲーム開発者の性で、人がスマホで何を遊んでいるのか、つい気になってしまう。
迷惑にならないよう、ちらっと片目で覗いた。
見覚えのあるタイトル画面だった。
それが、自分が作っているゲームだと気づいた瞬間、一気に目が覚めた。
その人の指は、迷いなく動いていた。朝の日課と思しき順番で、画面をきれいに操作する。プレイヤーレベルも所持金も、長く遊んでくれていることを示していた。このゲームが生活に馴染んでいることが、伝わってくる。
それが、嬉しいより先に、怖かった。通信簿を、目の前で親にめくられているような心地だった。
だが、ある画面で、指がぴたりと止まって、そのままゲームを閉じてしまった。
なぜ止まったのか、嫌でもすぐにわかってしまった。確かにそこは、開発現場でも「ここ、不親切な部分かもな」と話していた画面だった。
もう少し説明を足すべきだったか、画面遷移を減らせなかったか…。
天井を仰いで色々巡らせたが、答えは出なかった。
しばらくして、その人は降りていった。後ろ姿を追いながら、気づくとリュックを抱えた腕の力が、少しだけ抜けていた。
誰に向けたのか曖昧な「申し訳ない」気持ちが、最後まで残っていた。辞める前にこんな場面に出くわすことがあるなんて、ご褒美なのか、罰なのか。そのどちらにも思えた。
「こちらの意図を汲もうと近づいてきてくれて、助かりました」
あの言葉を、もう一度心の中で繰り返した。
確かに、通勤電車でゲームを日課として遊ぶ人に出会った。それは、多くの人の日常に寄り添えていた証拠かもしれない。
でも、あの人の指が止まった画面で、一人のゲーム開発者として、もっとできたことがあった。それが、今でも消えない。近づいたから、好きになれた。でも、遊ぶ人に近づききれなかった部分も、確かにあった。
結局、それに気づいたのは、辞めた後だった。
「好き」は、本当に自分の中にあるものなのだろうか
10年前。
内定をもらった後、歓迎会があるというから、もう1度会社に呼ばれた。面接をした時と、同じ部屋で待たされた。
しばらくして、プロデューサーが入ってきた。
眠そうで、無精ひげが生えていて、開発現場の苦労が見て取れた。「ゲームの開発ってこういうものだよな」と、妙に納得してしまった。そのうち自分も徹夜とかしなきゃなんだろうか。
「ちょうど下の階で開発をしていて」と言ってから、その人は聞いた。
「仮面ライダーって好き?」
龍騎は好きだった。でも最近のは見ていないし、人気があるのかもわからない。もしかしたら、アサイン先の話をされているのかもしれない。家庭用ゲームをやりたかった自分は、なんとなく仮面ライダーのゲームならそっちだろうな、と直感した。根拠はないが。
「好きです」
嘘だったのか、と10年後の今も時々考える。たぶん、嘘ではなかった。本当でもなかった。「本当にした」というのが、一番近いかもしれない。
「好き」は、最初から自分の中にあるものだと思っていた。でも違った。好きにしてくれたのは、全員、自分以外の誰かだった。自分の10年は、そういう話だ。
「好き」は外から来て、内から湧く。
そして今もまた、誰かの意図を受け取りながら、仕事をしている。ゲームクリエイターなのに、なにもゼロから生み出してないかもしれないが、自分を通らなければ届かなかったものが、たぶんあった。
この生き方は、存外悪くないと思っている。
最近、家族に聞かれることがある。
「毎日パソコンに向かって、同じことの繰り返しだな〜とか、飽きたりしないの?」
そんなことはない。趣味で家庭菜園を始めて、毎日水をやるうちに、気づけばその成長が小さな楽しみになっている。
と、そこまで考えて、ゲーム開発もそうかもしれないと、思い当たった。
何ヶ月先、何年先のことを考えて、毎日ちょっとずつ進める。できたものをリリースすると、ユーザーからの声が届く。その声を、また次のゲーム開発へ活かしていく。
こういう円環を、長く自分は辿っているんじゃないか。
もし、そうだとしたら。
次の「好き」は、もう近くまで来ている。
今度は、ちゃんと向き合える気がする。
