書き方教室をおんだされた話
「あら、言わなかったっけ、あんたおんだされたんだよ」
母がにべもなく言う。
「はぁ、そうでしたか…」
諦めにも似た感情をおぼえながら、私はそう言った。
それは小学生時代のことだ。ミミズがのたうち回り、いまにも干からびようとしているかのような私の難読文字に危機感を覚えた母は、知り合いが営む小さな「書き方教室」に私を押し込んだ。
自宅から5分程度はなれた民家の和室。そこで机に向かい、母の知り合いのおばちゃんが出した課題を、ノートに向かって書き記す。そんな教室だった。
そこで私は悪虐非道の限りを尽くした。
課題に飽きて、作詞作曲・自分による「書くのに飽きた」という即興の歌を歌い始める。
テーブルの下に潜り込み、足と手を使ってどれだけ早く回れるかタイムアタックを行う。
一緒に通っていた幼馴染のかおりちゃんにどうしようもない落書きを見せ、執念深く話しかけ続ける。
「お願いだからじっとしてちょうだい!」
温厚な先生から発される、悲鳴のような声を覚えている。
その内に母親から、「今日からね、行かなくて良いから」と言われたのだった。
きっと先生はこう思ったのだ。
この悪鬼にかおりちゃんが毒されてはいけない。なにより私がどうにかなってしまう。
出来ればもう、いなくなってほしい。
そして母に「もう来ないでほしいの」と言ったのだろう。
時が過ぎて、私も子の親になった。二人の娘たちも私と同じ特性を持っている。
ひょっとしたら回遊魚の生まれ変わりなのではないかというくらい、一秒としてじっとしていられない。
長女は、先程までシールスタンプで遊んだかと思えば、片付けもせずシール帳を引っ張り出して広げまわる。突然踊りだして猫の餌を蹴っ飛ばし、部屋をカリカリまみれにする。
その横では末の娘が作詞作曲・末娘の「私はお姫様なの」を歌う。
カオスである。
「いい加減止まれ!止まると死ぬんか!あとうるせぇ!」と当時の先生のように悲鳴をあげる私がいる。
娘達の姿に子供時代の自分を重ね「こりゃ追い出されるよな」と、奇行に怯えてお目々が真ん丸になった猫たちをなだめる。そして「これは逃れられぬカルマなのだ」と、白目を剥く。
母よ、先生よ、今なら貴方がたの気持ちがわかる気がするのです。
そして謝らなければならない。かおりちゃん、本当にごめんなさい、あと好きでした。
そうひとりごちながら、歌い続ける末娘をよそに、床に散らばるカリカリを拾い集めるのだった。
