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かつて、オリジナルのカラーセラピーを作ろうと思ったとき

色彩に関する仕事をしてきて25年以上が経ちました。

勉強を始めた頃、「カラー」「色彩」と名がつく講座を受けまくり、資格をとりまくりました。当時は今のようなネット社会ではないので、情報はすべて「紙」で、スクール情報誌「ケイコとマナブ」は、私にとって貴重な情報源でありました。
時間とお金、ガッツと若さがあった私は、「ケイコとマナブ」に載っていた東京のスクールには、ほぼすべて足を運んだ(体験セミナーだけもある)と思います。

数年後、取れる資格はすべて取り、受けられる講座は片っ端から受け、もう、「受けられるものがないな」と思った頃、私はカラーの会社に転職します。家の本棚には、「色の図書館」というぐらい、色彩に関する本が並びました。
そして、「カラー」「色彩」と名がつく仕事を、さまざまな分野でやってきました。私の人生で、最も鼻息が荒かったのはこの頃だろうと思います。

「パーソナルカラー」も「カラーセラピー」も、あらゆるスクールの、あらゆるシステムを学びました。そして、それを提供する立場になり、実践していく中で、「もうちょっとこうしたほうが良いんじゃないか」ということがいろいろ出てきました。私の悪い癖の一つに、最初は従順なのに、だんだん我が出てくる、というのがあります。これはなかなか厄介。

それが、どんなふうに出るかというと。

「色彩検定対策講座」などのティーチングはとても得意で、「どうやったら受かるか」という対策は、本当に上手だったと思います、笑。

が、「検定的にはこの内容は大事だけれど、実務的に要るか?と言ったら全然要らない。むしろ使えない」といった内容が気になりすぎて、そうなると心のグチが止まらなくなる。そうして、気持ちが入らなくなってしまう。素敵に言ったら、私は自分の気持ちに正直すぎる。本気で教えたい人に道を譲ろう。本気で学びたい人たちにとって、この私の姿勢は大変に失礼だ。

試験というのは、「出題者の意図」がつかめると、だいたい問題が解けることになっている。テクニック的に「受かる方法」を伝えるのはそう難しいことではない。

けれども、
私は、そういうことがしたいわけではない。

どんな仕事でもそうだと思いますが、「できること」と「やりたいこと」は必ずしも一致しない。

そして、前述の、「最初は従順なのに、だんだん我が出てくる」質に近いもので、「人が作ったシステムには、どうも合わせられない」という、これまた厄介な質が出てきます。

さまざまな協会や創始者が作った「カラーシステム」(家元制度なども含めて)に、だんだん違和感を覚え、その違和感を抱えてできるほど素直でも要領よくもなく、居心地の悪さを感じてしまう。

特に「色彩学的に」ありえないことを言われてしまうと、一気に引いてしまう。
そんなことを長いこと、何度もくりかえしてきた。

私が、もう少し従順さと素直さを持ち合わせたコドモで、器用に如才なく振る舞えるオトナだったら、違う道を歩んでいたかもしれません。

そうして、私は「オリジナル」を作ろうと思い立ちます。

明日投稿予定の、「そして、オリジナルのカラーセラピーを作ることに、意味を見出せなくなったわけ。」に続きます。

思いのほか、自分の人生を振り返る時間になってしまいました。。。

\あなたは、既存のシステムに違和感を覚えたとき、どうしますか?/

*今日も読んでいただき、ありがとうございました。
フォローやスキ、コメントくださったら嬉しいです❤️

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