奇奇怪怪を聴くと思考させられる
こんにちは。こんばんは。
寝る前にコーヒー飲んだら眠れなくなるよってあれほど言ったでしょ!
はい。すみませんでした。
MONONOAWARE玉置周啓とDos Monos TaiTanがやっているポッドキャスト「奇奇怪怪」を聴いた。
正直話している内容や言葉が私にとっては難しく、8割ぐらいは意味がわかっていない。ギリギリ理解できる2割程度の情報から自分に通ずる部分をむしり取って咀嚼すると、強制的に脳みその迷路にぶち込まれるみたいな感覚だ。
なんだこのまわりくどい表現は?キモすぎやしねぇか?
奇奇怪怪第91号「体調が良いとは何か」で話していた内容。
ー自分が絡んでいないところで、素晴らしい人たちが集まって素晴らしいものを創り上げている。それに対して「何やってんだよ自分は」って思う感覚。ー
めちゃくちゃある。あるけど、逃げの感覚を持っている私はそれに言い訳してしまう。自分だってやればできるとか、時間があればとか。醜い。
ー常に何かを考えていて、完全にオフになる日がない。それが別に嫌なわけではない。むしろ何も考えないでいる方がしんどい。ずっと人生が続いてるから。でもこれは「体調が良い」と言える状態ではないのではないか。ー
みたいな話もしてました。多分。
自分で価値を創出する人あるあるなんだろうな。
この話を聞いて、「フリーランスの覚悟」が頭をよぎりました。好きなことを仕事にするとはまさにこういうことなんだろうな。
私は全くその段階に辿り着いていない。何もしていないから。
自分の中から生み出されるものを形にするのが創作。創作は自己満足でもいい。
自己満足で終わっていいならそれは価値なのだろうか?
価値を生まない創作に意味はあるのだろうか?
(結果的に価値になることはあるにしろ)
マツコデラックスが言っていた言葉がずっと頭に引っかかっている。
「仕事をしていなかったら生きる意味があるのか?」
この言葉を聞くまで、仕事が嫌いな私は「好きなことをやって生きていけた方がいいに決まってんじゃん」と思っていた。甘い。甘すぎる。
どんな形であれ、「仕事」は世の中に価値を生む。「好きなことをして生きていく=仕事をしない」ではないのだ。
何を当たり前のことを言ってんだコイツはと思われるかもしれないが、そのぐらい浅はかな奴なんですワシ。
自分の持つ能力がどうすれば価値になるか。論理的に戦略立てて考えないといけないらしい。
あと技術を磨くこと。
思考サボりグセがあるので、難しいことを考えなければならない局面になったときシャッターを下ろしてしまう。おまけに極度の面倒くさがりだ。大人になると誰も叱ってくれる人はいない。自分がどう生きていきたいか、自分で考えて動いていかなければならない。
ものを考える癖がつけば、自分のコンプレックスも一つ減るのかもしれない。
何かに対して深く考えると、人の意見が聞きたくなる。人とのコミュニケーションも楽しくなるかもしれない。
人生始めるか〜
ちなみにこの記事は最初全然違うことを書こうとしていました。
記憶って追いかければ追いかけるほど逃げていく時あるよねっていう話。
例えば100均についた瞬間とか、スマホ開いた瞬間とかね。
「何しようとしてたんだっけ…?」っていうね。
たった今まで覚えていたのに、まだその辺にいるはずなのに、思い出そうとすればするほど脳の深い部分に記憶がチョロチョロっと逃げていくやつね。脳って不思議すね。
全然関係ない話すぎてもうお笑いですわ。
明日も平日なのに眠れない。
コーヒーのせいなのねそうなのね。
ウォッチ!今何時?
2時〜
ウィッス!
アシタ!
