『新社会人の僕を「大人」にしたのは、新人研修ではなく、同期の奢りだった。』
社会人になって最初に僕が学んだのは、名刺の渡し方でも、エクセルの使い方でもなかった。
それは、「自分の中にある想いと、背徳感との付き合い方」だったと思う。
AIでは語れない、僕自身の生々しい実体験の物語。
ここに赤裸々にさらけだそうと思う…
22歳の春。
新社会人として一歩を踏み出した。
山梨の静かな研修所で、僕の社会人生活は幕を開ける。
入社式から始まった4泊5日の缶詰め状態の研修。
隔離された空間で繰り返される一般常識や名刺交換などの講義。
そんな退屈な日々に、鮮やかな色が混じったのは、彼女に出会ってからだ。
同期の中で、誰の目から見ても一番の美人だった、関西弁のあの子、Y子だ。
研修中にも良く会話もした。
夜、男たちの狭い部屋で交わされるのは、決まってY子の話だった。
「あの子、彼氏とかいるのかな?」
同期たちの下世話な話を背中で聞きながら、僕は一人、彼女の言葉や仕草を思い出していた。
研修の最終日。
山梨から東京へ向かい、最終の新幹線まで東京観光をする事になった。
関東、関西の同期が集団で行動する。
そんな中、僕は思い切って彼女に伝えた。
「今度、関西まで会いに行ってもいいかな」
彼女は少し驚いたような、でも拒絶ではない笑顔を浮かべた。
その約束だけを道標に、彼女は関西へと帰っていった。
それが、僕の純粋な「表」の物語。
けれど、運命は皮肉なタイミングで僕を試してくる。
5月。
ゴールデンウィークの真っ只中。
手元にはまだ初任給さえ入っていない。
財布は空っぽに近いのに、急遽決まったのは、九州・福岡での4泊5日の工場研修だった。
慣れない土地、同期との連帯感、そして「まだ何者でもない」自分への焦り。
恋心と金欠、そして夜の街の誘惑。
福岡の湿った夜風が、22歳の僕の耳元で囁き始めたのは、研修が終わる最後の夜だった…。
研修期間中でもしっかり休みがあった。
レンタカーを借りて九州を観光をした。
そしていよいよ最後の夜。
最終日の夕飯食のため、みんなで食事をしていた時のことだ。
正直、どうしてそんな流れになったのかは全然覚えていない。
本当に、ただのノリだった。
急に誰かが一言。
「……なぁ、大人の店でも行かない?」
一瞬、固まった。
金欠の自分には、そんな余裕は1ミリもない。
それに、頭の片隅には山梨の研修で出会ったY子の顔があった。
やっとの思いで「今度会いに行く」って約束をしたばかりなのに。
ここで大人の店になんて行って、知れたら一発アウトじゃないか。
そんな罪悪感もあった。
「まあ、みんな金もないし、結局行かないだろうな」
そう思ってやり過ごそうとした時、同期の中で一番女性とは縁のなさそうな同期がボソッと言った。
「俺、カードあるよ」
……マジか。
その一言で、空気が一変した。
「初大人の店が同期の奢り? 普通は上司に連れていかれるもんじゃないの?」
なんて困惑してる間に、話はどんどん盛り上がっていく。
そして思ったのは、
「つーか、こいつ、慣れてやがる…」
今の僕なら「ごめん、パス」って言える。
でも、数ヶ月前まで学生だった自分には、その場の空気を壊す勇気なんてなかった。
日本の教育で植え込まれた思想。
そう、【協調性】
鉄の鎖のように僕に巻き付く。
「ここで断ったら、明日から同期の中で仲間外れにされるんじゃないか」
そんな、今思えばちっぽけな保身が、僕の一番の心配事だった。
店に向かう道中も、ずっと迷っていた。
まだ引き返せる。今なら言える。
同期だって、僕がY子に会いに行くことを知っているはず。
でも、隣を歩く男たちの顔はもう、完全に「獲物を狙う目」に変わっていた。
ビビってるなんて言える雰囲気じゃない。
僕はY子への申し訳なさを無理やりポケットに押し込んで、ネオンが光る歓楽街へと足を進めた。
九州の夜風が、妙に生温かかったのを覚えている。
初めて入る、いわゆる「大人のお店」。
女性経験がないわけじゃない。
でも、それとは全く違う種類の緊張で、足が震えていた。
入り口でテキパキと手続きを済ませる同期の後ろ姿を見て改めて思う。
「こいつ、相当手慣れてるな……」と。
驚きと少しの軽蔑、いや、それ以上に尊敬の念が入り混じった複雑な気持ちで眺めていた。
店内の待合室で待たされている時間は、とにかく照れくさかった。
やがて呼び出され、案内されたのは、隣との仕切りが薄いビニール一枚の空間。
隣からはもう、さっきの「慣れている同期」の声が丸聞こえだった。
付いてくれた女性は、驚くほど可愛らしくて、正直「当たりだ」と思った。
でも、そんなことを冷静に考える余裕なんて、すぐになくなった。
彼女が衣服を脱ぎ、その柔らかな感触を僕の手に委ねてくれた瞬間、僕の理性は一気に吹き飛んだ。
温かな口内と、這いずる舌の感触。
指先に伝わる彼女の肌の張り。
一ヶ月間の研修生活で溜め込んでいたものが、彼女の丁寧な指先と彼女の口の中での刺激によって、限界まで高まっていく。
そして、ついに…。
薄暗い照明の中でもはっきりと分かるほど、自分の中から濃い、黄色に近いほどの熱い塊が溢れ出した。
音響が大きく響く店内。
初めて知る、金で買う快楽。
すべてが新鮮で、圧倒的な経験だった。
正直、そのあとのことはあまり覚えていない。
一回だけだったのか、それとも何回繰り返したのか、どんな会話をしたのか。
ただ、彼女の身体に触れ、その温もりの中で果てたという事実だけが、現実味を帯びて残っていた。
店を出て、同期と顔を合わせる。
やっぱり、どこか気まずくて、まともに目を合わせられなかった。
帰りの道中、隣のブースにいた同期がニヤニヤしながら話しかけてきた。
「……お前さ、なんで謝りながら果ててたの?」
記憶にない。
でも、僕は確かに謝っていたらしい。
あの瞬間、僕の頭の中に浮かんでいたのは、誰の顔だったんだろう。
関西で待つY子か。
それとも、実家の母親の顔か。
今でも正解はわからない。
けれど、これだけは断言できる。
新社会人としてのあの一ヶ月。
僕を本当に「大人」にしたのは、会社の研修でも、九州での勉強でもなかった。
中洲のネオンの裏側、あの薄いビニール越しに知った「人間の業」そのものだったんだと思う。
今回の話はここまで。
Y子の話はまた改めての物語となる。
