古来より秩父を見守る“神の山”の物語
この記事は会話形式です。以下の二人の会話で話が進行します

思いついたらまず行動。登山・釣り・森林浴・旅行は全部主食

“日本神話と歴史”のオタク。神社でよく働くおとなしい巫女さん
武甲山は、ただの登山の山じゃなかった
ホノ😊
「今度、秩父の武甲山に登ろうと思ってるんだ」
イサ🌸
「武甲山ですか。登山の山としても人気ですが、実は信仰や歴史の面でも、とても奥深い山なのです」

ホノ😊
「山頂に神社があるのは知ってたけど、そんなにすごい山なの?」
イサ🌸
「はい。武甲山は、古くから秩父の人々にとって、神が宿る山、里を見守る山、水をもたらす山として信仰されてきました」
武甲山は、秩父の神奈備山だった
ホノ😊
「神が宿る山って、どういうこと?」
イサ🌸
「武甲山は昔の人々にとって、ただの山ではありませんでした。雲をまとい、雨を呼び、川を生み、里を見下ろす山には、神霊が宿ると考えられていたのです」
ホノ😊
「たしかに、秩父の町から見る武甲山って、すごく存在感があるよね」

イサ🌸
「その通りです。武甲山は、古来より秩父の神奈備山、つまり神様がこもる山として崇められてきました。登る山である前に、祈る山、見上げる山だったのです」
名前の変化に、秩父の歴史が見える
ホノ😊
「でもさ、武甲山って名前、ちょっと勇ましいよね。“武”に“甲”でしょ?」
イサ🌸
「そうですね。ただし、昔からずっと武甲山と呼ばれていたわけではありません」
ホノ😊
「え、違うの?」
イサ🌸
「はい。武甲山は、時代によっていくつもの名前で呼ばれてきました。太古の時代には、単に嶽、あるいは嶽山と呼ばれていたとされます」
ホノ😊
「たけ、たけやま、ってこと?」
イサ🌸
「そう。まだ文字はなく言葉のみの時代、人々はこの山を“たけ”と呼び、秩父を象徴する特別な山として見上げていたのでしょう」
ホノ😊
「シンプルだけど、逆に古い感じがするね」
イサ🌸
「その後、第10代崇神天皇の時代(記紀でいうと紀元前100年頃)に、知知夫(ちちぶ)彦命が知知夫の国造に任命され、秩父神社を拠り所にしてご神体を祀りました。そして、知々夫ヶ嶽と呼ばれるようになりました。」

ホノ😊
「そんな太古から『ちちぶ』っていう名前があったんだ。驚き!」
イサ🌸
「はい。さらに時代が進むと、祖父ヶ嶽という名前も現れます。これは、奈良時代の大宝律令(701年)が制定された後、武蔵国の初代国司として赴任したとされる引田朝臣祖父(ひきたの あそん おほじ)の名にちなむとされています」
ホノ😊
「え、山の名前に人の名前が入るの?」
イサ🌸
「そこが面白いところです。山の名前には、その時代に力を持っていた政治的・宗教的な存在が反映されることがあります。武甲山は、それだけ地域の象徴として大切にされていたのです」
ホノ😊
「なるほど。名前の変化を見るだけで、その時代に誰がそこを統治していたかもわかるんだね」
イサ🌸
「まさにその通りです。平安時代には、山麓に武光庄という荘園が成立し、そこから武光山と呼ばれるようになります」
ホノ😊
「武光山。ちょっと今の武甲山に近づいてきた感じがする」
イサ🌸
「さらに鎌倉時代以降、秩父神社に妙見(ミョウミ)大菩薩が合祀され、秩父妙見宮として信仰を集めるようになると、山の名も妙見山へと変化していきました」
ホノ😊
「妙見って、北極星とか北斗七星の信仰に関係するやつだよね?」
イサ🌸
「はい。妙見信仰は、北極星や北斗七星に関わる信仰です。秩父神社と妙見信仰の結びつきが強まることで、武甲山も妙見山と呼ばれるようになったのです」
ホノ😊
「武甲山って、山の名前だけで内容が濃い!」
イサ🌸
「ええ。武甲山は、山そのものが秩父の歴史書のような存在なのです」
「武甲山」という名前と日本武尊伝説
ホノ😊
「じゃあ、今の“武甲山”って名前はどこから来たの?」
イサ🌸
「そこに登場するのが、日本武尊(ヤマトタケル)です。伝承では、日本武尊が東征の際にこの山へ登り、武具や甲冑を岩蔵に納め、東征の成功を祈ったとされています」

ホノ😊
「武具の“武”と、甲冑の“甲”で、武甲山!そんな伝説が重ねられるくらい、特別な山だったんだね」
イサ🌸
「そうですね。武甲山は、秩父の人々にとって、武運や守護の力を感じる山だったのだと思います」

山頂に鎮座する武甲山御嶽神社
ホノ😊
「で、山頂にあるのが武甲山御嶽神社なんだよね?」
イサ🌸
「はい。現在、武甲山の山頂には武甲山御嶽神社が鎮座しています」

ホノ😊
「御嶽神社っていうと、木曽の御嶽山とか、山岳信仰のイメージがある」
イサ🌸
「武甲山御嶽神社にも、山岳信仰の色合いが強く見られます。由緒では、約1900年前、日本武尊が東征の途中で武甲山に登り、武具を山頂に埋め、関東の鎮護を祈ったことが始まりとされています」
ホノ😊
「山頂に武具を埋めるって、かなり強い祈りだね」
イサ🌸
「はい。そして、かつて武甲山の山頂には、現在の御嶽神社だけでなく、蔵王権現社、熊野権現社、大通両権現社、さらにその末社が点在していたとされます」
ホノ😊
「えっ、山頂にそんなにいろいろあったの?」
イサ🌸
「そうなのです。なかでも蔵王権現社が本社とされ、明治初期に御嶽神社へ改称されたと説明されています」
ホノ😊
「蔵王権現って、修験道とか山岳信仰のイメージが強いよね」
イサ🌸
「はい。蔵王権現、熊野権現、御嶽信仰。そこに妙見(ミョウミ)信仰も重なります。武甲山の山頂信仰は、神道だけではなく、仏教や修験道が混ざり合った神仏習合の山岳信仰だったと考えられます」
ホノ😊
「つまり、山頂に神社が一つあるというより、山全体が信仰の場所だったんだ」
イサ🌸
「その理解が近いと思います。山そのものが祈りの場だったのです」
秩父夜祭の奥にも、武甲山がいる
ホノ😊
「武甲山って、秩父夜祭とも関係があるんだよね?」

イサ🌸
「はい。秩父夜祭には、秩父神社の妙見菩薩を女神、武甲山に棲む神を男神とする伝承があります」
ホノ😊
「えっ、秩父神社の女神と、武甲山の男神?」
イサ🌸
「そうです。華やかな屋台や笠鉾の背後には、里の神と山の神の物語が重なっているのです」
ホノ😊
「ただのお祭りじゃなくて、山と里の物語なんだね」
イサ🌸
「さらに、武甲山は水源の山でもあります。春に水神を迎え、冬に山へ送る。そう考えると、秩父夜祭は秩父盆地全体の信仰行事として見えてきます」

神の山が、近代に削られていく
ホノ😊
「でも武甲山って、山肌が削られている姿も印象的だよね」
イサ🌸
「はい。そこが武甲山の歴史の中で、とても大きなテーマです」
ホノ😊
「神の山なのに、削られているって少し複雑だね」
イサ🌸
「武甲山は信仰の山である一方、良質な石灰岩を含む山でもありました。大正時代から採掘が本格化し、セメントの原料として、関東大震災後の復興や戦後の都市開発を支えました」
ホノ😊
「秩父の神の山が、近代日本の街づくりを支えていたんだ」
イサ🌸
「そうです。武甲山は、守られてきた山であり、削られてきた山でもあります。信仰と産業、その両方を背負った山なのです」
登る前に知ると、見え方が変わる山
ホノ😊
「最初は普通に登山を楽しもうと思ってたけど、やはり話を聞いたら全然見え方が変わったよ」
イサ🌸
「武甲山は、ただの登山スポットではありません。神が宿る山として崇められ、妙見信仰や権現信仰と結びつき、秩父夜祭や里の暮らしにも深く関わってきました」
ホノ😊
「そして近代には、石灰岩の山として日本の発展も支えたんだね」
イサ🌸
「はい。武甲山は、秩父の人々が見上げ、祈り、守り、時に削ってきた山です」
ホノ😊
「山頂の神社にお参りするとき、その先人達の思いを噛み締めてお祈りしたいな。」
イサ🌸
「それはとてもよい向き合い方です。武甲山に登るときは、景色だけでなく、山そのものや先人たちが背負ってきた信仰と歴史にも、少し耳を澄ませてみてください」

