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展望と伝説を一度に楽しめる山旅。守屋山、行ってきました

守屋山登山口にて


ホノ「やっと到着~。この『守屋山登山口駐車場』、静かでいい雰囲気だね。空気もおいしい!」

守屋山駐車場登山口


イサ「そうですね。今日のルートは、この駐車場から水呑場山荘、東峰、西峰、そして帰りも同じルートですよね?」

※最初は立石ルートで行くつもりでしたが、トイレのあるルートに変更

ホノ「うん!いつもは山解説は私の担当だけど、今日はイサちゃんに全部お任せしてます!なんか…この山、信仰の山なんでしょ?」


イサ「はい。守屋山は、古代から信仰の対象とされてきた山で、特に諏訪信仰と深く結びついています。山全体が“神域”なんですよ。」


・・・1時間後  水呑場山荘手前の沢


ホノ「あっ!綺麗な沢があるよ・・・」

イサ「アマゴが住んでいる沢のようですね。地元の人も保護されて大切にされているんですね。」



ホノ「マスが住めるほど水が澄んでいるってことだね!!」

水呑場山荘と小さな祠


ホノ「あっ、ここが水呑場山荘か〜。トイレが最近できたのか綺麗だね。安心して使えそう。。……ん? あそこにあるの、小さな社?」

水呑場山荘の登山口
最近できたバイオトイレ


イサ「はい、あれは“守屋山諏訪社”の祠です。本当に控えめな造りですが、風雨にさらされながらも、静かにこの場所を守っている感じがします。」

守屋山諏訪社


ホノ「すごく山の空気に溶け込んでるね。誰かがちゃんとお世話してるのかな……。こういうの見ると、自然と手を合わせたくなる。」


イサ「毎年5月にここで開山祭を行っていて、諏訪大社の斎主により、登山の安全祈願の神事が行われるそうですよ。」


ホノ「そういうのほんと大事。私も何事もなく無事安全に登れるよう、ちゃんとお参りしてかないと!」


・・・1時間半後

東峰と守屋神社奥宮


ホノ「東峰、着いたー!すごい景色!山々が全部見える!」


東峰山頂

イサ「この守屋山は、“日本展望の山100選”にも選ばれているんです。今見えているのは、八ヶ岳、中央アルプス、南アルプス、それに諏訪湖も一望できますよ。」

東峰からの諏訪湖

ホノ「えっ、あれ富士山以外全部?ほんとに?すごすぎる……。この高さでぐるっと全部見渡せるなんて、贅沢すぎん!」

(しばらく景色を眺めて、西峰に向けて出発)


ホノ「……ねぇ、あそこに見える小さな社みたいなのって、もしや?」


イサ「はい、あれが守屋神社の“奥宮”です。東峰から少し下ったところにあります。」

守屋神社奥宮


ホノ「えー、そうなんだ。登ってきたのにまたちょっと下るの?……せっかくだからお参りしたい!」


イサ「ぜひ参拝しましょう。守屋神社は2つあって、立石コース登山口の近くにあるのが“里宮”、そしてあちらにあるのが“奥宮”です。どちらも、古代の豪族・物部守屋を祀っています。」

御祭神 物部守屋大連大神


ホノ「あ、あの名前聞いたことある……っていうか、歴史の授業で出てきたよね。仏教に反対して戦った人でしょ?」

物部守屋


イサ「そうです。仏教を受け入れようとした蘇我氏や、後の聖徳太子たちと対立して、最後は戦に敗れてしまいました。その子孫がこの諏訪の地に逃れてきて、守屋を祀ったとされているんです。」


ホノ「なるほど……敗れた人が、こうやって山の神様として祀られているって、不思議な感じ。でも、それだけ強い思いを残した人だったってことだよね。」

4. 西峰と信仰の伝承


ホノ「西峰って、東峰より少し高いんだね。空が本当に近くて、不思議な気分……。」


イサ「そうですね。西峰は守屋山の最高点で、標高は1,651メートルあります。ここからの景色も素晴らしいですね。」


ホノ「あっ、あそこに見えるのは諏訪湖かな?霧ヶ峰も見える!」

左:諏訪湖           中央奥の山頂が広く明るいところ:霧ヶ峰


イサ「はい、そうです。諏訪湖や周囲の山々が一望できますね。」


ホノ「ねぇ、“守屋山”って、さっきの物部守屋が由来なの?」


イサ「それには古い伝承が関係しているんです。もともとこの山には“洩矢神(もりやのかみ)”という土着の神様がいたとされています。」


ホノ「“洩矢神”…?あんまり聞いたことない名前かも。」


イサ「そうですよね。古くから諏訪地方にいた神様で、鉄の輪や鉄の鍵を使う“鉄の神”として信仰されていたようです。そしてこの洩矢神と、新たにやってきた“諏訪大神”=建御名方神(たけみなかたのかみ)が争った、という神話があるんです。ちなみに、この建御名方神は出雲大社に祀られてる大国主命の息子さんです。」

岩を持つ建御名方神


ホノ「え、神様同士が戦ったの?」


イサ「はい。その神話では、最終的に洩矢神が負けて、諏訪大神がこの地に鎮座するようになったとされています。」


ホノ「ふむふむ……でも、それって“洩矢神”であって、“守屋”じゃないよね?漢字が違うし。。。」


イサ「そうなんです。ところが中世になってから、この“洩矢神”のイメージが、歴史上の人物“物部守屋(もののべのもりや)”と重ねられるようになったんです。」


ホノ物部守屋って、さっき話した仏教に反対した豪族の人だよね?」


イサ「そうです。仏教導入を巡って蘇我氏と争い(丁未の乱)、最終的に聖徳太子たちに討たれた人物です。その“物部守屋”が、諏訪大神と対立した土着神“洩矢神”と似ていると考えられ、時代が下るにつれて、ふたりの存在が混同されていきました。」


ホノ「ええっ、神様と歴史上の人物が合体しちゃったの?」


イサ「はい。物語として“敵役”が必要だったんだと思います。悪役がいることで、諏訪大神の正当性や力が際立ちますから。」


ホノ「なるほどね……“あえて負けることで、相手を引き立てる役”って感じか。なんか、切ないけど、わかる気もする。」


イサ「そうですね。守矢氏という古代からの神職の家系にも、そういう視点で記された伝承があります。“守屋は悪役を演じた”という形で語られるんです。」


ホノ「すごいなあ……この山ひとつに、神話と歴史がこんなに重なってるなんて。」

帰り道にて


ホノ「いやー、思った以上に濃い登山だった。歴史とか信仰とか、いろいろ考えさせられる山だね。」


イサ「そうですね。単なる登山以上に、物語を感じる山でしたね。」


ホノ「じゃあ次回は、守屋山とも関わり深い“諏訪大社本宮”に行こうと思います!」


イサ「はい、楽しみにしていてください。」

イサ&ホノ:それでは、また次回〜!バイバ〜イ!

おまけ:奥宮に残る、二つの祈りのかたち

今回訪れた守屋神社奥宮の写真、何か気づいたことはありますか?


下の文章を読む前に、じっくり観察してみてください。そうすると楽しさが増します。

実は、祠の周囲に柵が設けられているのには、ある信仰上の理由があります。

守屋山には古くから「雨乞い信仰」が根付いており、山の神が怒ると雨を降らせると信じられてきました。干ばつが続くと、山頂の祠を谷へ突き落とすという荒々しい雨乞いの儀礼が行われた記録もあります。今は、そのようなことが起きないよう、祠はしっかりと柵で囲われているのです。

また、守屋山は気象予知の山としても知られていました。「おじり晴れ 守屋へ雲を 巻き上げて 百舌鳥きち鳴かば 鎌を研ぐべし」ということわざが伝わるように、山頂に雲がかかると雨が降る兆しとされ、地元の農民たちは空模様と山の様子をじっと見つめていたといいます。

そしてもうひとつ。祠のすぐ右手にある大きな岩。これもまた「磐座(いわくら)」として信仰の対象でした。

古くは、守屋山の西側に暮らす人々が旧暦6月の朔日(ついたち)――現在の7月中旬ごろにあたる日に登山し、この磐座を7回まわったあと諏訪上社へと参拝する行事がありました。「御七堂(おしちどう)」と呼ばれたこの風習は、山と神社が深く結びついていた証でもあります。

岩の表面には、現在も判読は難しいながら文字らしき刻みが残っており、それが祈雨や五穀豊穣を願う「まじない」の痕跡ではないかと考えられています。

守屋山の山頂に立つだけでは見えない、こうした人々の祈りのかたち。登山の疲れを癒す風の音とともに、ぜひその静かな歴史にも耳を傾けてみてください。

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