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小野神社は知っていた?无邪志・胸刺・知々夫が一つになった武蔵国のはじまり

この記事は会話形式です。以下の二人の会話で話が進行します

ホノ😊

思いついたらまず行動。登山・釣り・森林浴・旅行は全部主食


イサ🌸

“日本神話と歴史”のオタク。神社でよく働くおとなしい巫女さん

東京に眠る“もう一つの武蔵国一之宮”

東京都唯一の一宮、小野神社

ホノ😊
「前から気になるんだけど、東京にめちゃくちゃ古い神社ってあるのかな?!」

イサ🌸
「あります。聖蹟桜ヶ丘の近くにある神社で、小野神社です。安寧天皇(第3代天皇)の時代に鎮座したと伝えられています。日本書紀の記述だと紀元前530年とされています。」

ホノ😊
「めちゃくちゃ古ぅ。そんなに前からあるの!」

イサ🌸
「はい。小野神社は、武蔵國一之宮小野神社とも呼ばれる、とても由緒ある神社です」

ホノ😊
「一之宮って平安時代の時に国司(今でいう知事)が必ず参拝するところだよね。」

イサ🌸
「簡単にいえばそうです。要は、その国の中で特に格式が高い神社のことです。」

ホノ😊
「武蔵国って、今でいうと東京・埼玉・神奈川の一部あたりだっけ?」

イサ🌸
「その通りです。現在の東京都と埼玉県、そして神奈川県東部の一部を含む、とても広い地域でした」

ホノ😊
「そんな大きな武蔵国の一之宮が、今の多摩市にあるって、ちょっと意外!」

イサ🌸
「そこが面白いところなのです。現在では“武蔵国一宮”というと、大体の人は埼玉県さいたま市の氷川神社を思い浮かべます。しかし、府中の大國魂神社、かつての武蔵総社六所宮の祭祀体系では、小野神社が一之宮として位置づけられていました」

ホノ😊
「えっ、武蔵国の一宮が二つあるみたいで、ちょっと混乱するね」

イサ🌸
「まさにそこが、小野神社の魅力であり、謎でもあります」


住宅街に現れる、赤い社殿の古社

ホノ😊
「小野神社って、実際に行くとどんな感じなの?」

イサ🌸
「現在の小野神社は、東京都多摩市一ノ宮に鎮座しています。周囲は住宅街ですが、境内に入ると空気が少し変わります。朱色の社殿、随身門、鳥居、そして古社らしい落ち着いた雰囲気があります」

ホノ😊
「“一ノ宮”って地名がそのまま残っているのも、すごいよね」

イサ🌸
「はい。地名に“一ノ宮”が残っていること自体、この神社が地域の中心的な存在だったことを感じさせます」

ホノ😊
「今は普通の町の中にあるけど、昔はここが“武蔵国の重要ポイント”だったんだね」

イサ🌸
「そう考えると、見え方が変わります。静かな住宅街の神社が、実は古代からずっと武蔵国の記憶を抱えているのです」


小野神社の御祭神

ホノ😊
「小野神社には、どんな神様が祀られているの?」

イサ🌸
「主神として祀られているのは、天下春大神(アメノシタハルノオオカミ)瀬織津比咩大神(セオリツヒメ)稲倉魂大神(ウカノミタマ)です」

ホノ😊
天下春大神って、あまり聞いたことがないかも」

イサ🌸
「天下春大神は、武蔵国開拓の祖神とされる神様です。古代の武蔵国造に関わる神として伝えられています」

ホノ😊
「武蔵国を開拓した祖先神みたいな存在なんだ」

イサ🌸
「そうですね。そして瀬織津比咩大神は、祓い清めの神として知られる神様です。罪や穢れを川や海へ流す、清らかな水のイメージを持つ神様ですね。祓詞にも登場します。」

ホノ😊
「多摩川の近くにある神社に、祓いの神様が祀られているって、なんだか意味深だね」

イサ🌸
「はい。小野神社は多摩川との関わりも深く、戦乱や多摩川の氾濫によって被害を受け、衰退した時代もあったと伝えられています」

ホノ😊
「古い神社って、ただずっと同じ場所に建っていたわけじゃなくて、川の氾濫とか戦乱とか、いろんな時代をくぐり抜けてきたんだね」

イサ🌸
「その通りです。だから神社の由緒を読むと、歴史の教科書では見えない“土地の記憶”が見えてくるのです」


なぜ小野神社が「一之宮」なのか

ホノ😊
「でも、どうして小野神社が一之宮と呼ばれるようになったの?」

イサ🌸
「大きな理由の一つは、武蔵国の国府が府中に置かれたことです。奈良時代あたりですね。」

ホノ😊
「国府って、昔の役所みたいなものだよね?武蔵区役所みたいな。」

イサ🌸
「はい。国司が政務を行う中心地です。武蔵国の場合、その国府が現在の府中市付近に置かれました。そして国府の近くには、国内の神々をまとめて祀る総社が置かれました。それが現在の大國魂神社につながる武蔵総社六所宮です」

ホノ😊
「つまり、府中が武蔵国の政治の中心で、大國魂神社が神様たちをまとめる中心だったんだ」

イサ🌸
「そうです。そしてその六所宮には、武蔵国の主要な六つの神社が祀られました。その筆頭、つまり一番目が小野神社だったのです」

ホノ😊
「小野神社が一番目!すごっ!」

イサ🌸
「はい。武蔵国六社の並びでは、
一之宮が小野神社
二之宮が小河神社、
三之宮が氷川神社、
四之宮が秩父神社、
五之宮が金鑚神社、
六之宮が杉山神社、
とされています」

ホノ😊
「東京、埼玉、神奈川まで広がってる! まさに武蔵国オールスターだね。氷川神社なんて超有名どころ。」

イサ🌸
「面白い表現ですね。まさに、古代から中世の武蔵国を代表する神社たちです。特に、氷川神社(武蔵一宮)や秩父神社(知知夫国の一之宮)も有名で現在も非常に多くの参拝者が訪れていますね。」


武蔵国は、もともと一枚岩ではなかった?

ホノ😊
「でもさ、武蔵国ってでかすぎない? 東京も埼玉も神奈川の一部も入るって、かなり大きいよね」

イサ🌸
「そこに、もう一つの面白い着眼点があります。古い伝承や考証では、現在の武蔵国にあたる地域は、もともと一つのまとまった国というより、いくつかの地域的なまとまりに分かれていたと考えられています」

ホノ😊
「たとえば?」

イサ🌸
「古い区分として、无邪志(むざし)胸刺(むなさし)知々夫(ちちぶ)という名前が挙げられます」

ホノ😊
「む、むざし? むねさし? ちちぶは今もあるよね。」

イサ🌸
「はい。无邪志は、のちの武蔵につながる名前と考えられます。知々夫は現在の秩父に通じる名前です」

ホノ😊
「なるほど。今の地図で見ると一つの武蔵国だけど、もっと古い時代には、川や山で分かれた地域ごとの世界があったかもしれないんだ」

イサ🌸
「そうです。荒川、多摩川、秩父の山々、武蔵野の台地。そうした地形を考えると、人々の生活圏も信仰圏も、自然と分かれていた可能性があります」

ホノ😊
「そう考えると、一宮問題も少し見え方が変わるね」

イサ🌸
「その通りです。小野神社は多摩・府中方面の重要な神社。氷川神社は荒川流域、足立方面の大きな神社。秩父神社は秩父地域の中心的な神社。つまり、それぞれの地域に“中心となるお宮”があったと考えると、武蔵国の信仰地図に厚みが増します。」

ホノ😊
「一宮が一つか二つか、っていうより、武蔵国そのものが広くて複雑だったんだね」

イサ🌸
「まさにそうです。武蔵国は一つの名前でまとめられていますが、その内側には、多摩、府中、足立、秩父、児玉、横浜方面まで、さまざまな土地の神々がいたのです」


小野神社は“東京の片隅に残る古代武蔵の入口”

ホノ😊
「なんか、小野神社って最初は小さな町の神社だと思ってたけど、掘り下げるほどスケールが大きいね」

イサ🌸
「はい。小野神社の面白さは、背後に広大な武蔵国の歴史が広がっているところにあります」

ホノ😊
「多摩市の小野神社から、府中の大國魂神社、さいたまの氷川神社、秩父神社、金鑚神社、杉山神社までつながっていくんだもんね」

イサ🌸
「そうです。小野神社を知ることは、武蔵国全体の信仰を知ることにもつながります」

ホノ😊
「しかも、古い武蔵国が无邪志・胸刺・知々夫みたいに分かれていたかもしれないって考えると、地図を見たくなるね」

イサ🌸
「神社巡りは、ただ参拝するだけでなく、地図を広げながら楽しむとさらに面白くなります」

ホノ😊
「小野神社に行ったら、ただ“武蔵国一之宮なんだ、すごい”で終わらせるんじゃなくて、こう考えたいね」

ホノ😊
「東京の住宅街にひっそりと残る、古代武蔵の入口!」

イサ🌸
「そして、小野神社の魅力は、“一之宮とは何か”を問い直させてくれるところにもあります。氷川神社も秩父神社の一之宮とされていますから。氷川神社にも、大國魂神社にも、小野神社にも、それぞれの歴史と立場があります」

ホノ😊
「だからこそ面白いんだね」

イサ🌸
「はい。神社の歴史は、白黒はっきりした答えだけではありません。土地の記憶、古文書、社伝、祭礼、地形、そして人々の信仰が幾重にも重なってできています」

ホノ😊
「小野神社、今度ちゃんと歩いてみたいな」

イサ🌸
「聖蹟桜ヶ丘から歩いて行ける距離ですし、府中の大國魂神社と合わせて巡るのもおすすめです。小野神社を参拝したあとに大國魂神社へ行くと、“武蔵国六社・総社”という言葉が、ただの説明ではなく、地図の上で実感できると思います」

ホノ😊
「東京の中に、こんな古代の物語が残っているなんて、面白いね」

イサ🌸
「はい。小野神社は、派手な観光地ではないかもしれません。しかし、武蔵国の成り立ち、府中の国府、多摩川の歴史、そして一之宮をめぐる謎を感じられる、知るほどに味わい深い神社なのです」


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