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空席が増えていく夜行列車の穏やかで不穏な光景 ~絵本『ある星の汽車』~

『ある星の汽車』、森洋子 作、福音館書店、2025年10月

[絵本《SHORT》紹介]


Ⅰ.終始一貫した穏やかな《語り》

表紙を開き、見返しをめくると、題名や作家名を記した通常の扉のページはなく、いきなり物語世界へ入っていく。

地平線の上に月と無数の星が瞬〔またた〕き、大地を5両の客車を引く蒸気機関車が左から右へ向かって走る姿が描かれる。そこに添えられた言葉は、

ひろい ひろい だいちを きしゃが はしっています。

森洋子作『ある星の汽車』、福音館書店、2025年10月

となっており、ページを繰ると、その汽車の姿がクローズアップされる。そして、子どもたちにとって、お馴染みの絵本らしい《語り》口調で、

ゴトゴト シュッシュ
ゴトゴト シュッシュ
つきが あかるく てらすなか、きしゃは はしりつづけます。

森洋子作『ある星の汽車』、福音館書店、2025年10月

という描写が連〔つら〕ねられていく。事件と呼べるような出来事も起こらず、客車内の賑わいと次々に下車していく乗客たちの姿が描出され、穏やかな《語り》は結末部まで静かに淡々と続くのである。

Ⅱ.なんとなく心を波立たせる不穏な《絵》

蒸気機関車が牽引する車両だから、車内照明もそれに見合うもので、客車内は黒色と茶色をベースに描かれ、乗客たちが身に纏う白色や赤色系・緑色系の衣裳や装飾品も目に入ってくるものの、全体としてほの暗い。車窓から見える月の明るさや無数の星の瞬きとは対照的である。

時間の経過とともに、父親と同乗していた人間の男の子が客車内で様々な動物たちと触れ合い、彼らの降車を見送るさまが、男の子の視点に近い位置から《絵》によって描写されていく。

出版社のホームページの紹介文には〈絶滅してしまった動物たちを描いた創作絵本〉とあり、乗客の中には〈ドードーの紳士、卵を大事に抱えたオオウミガラスの夫婦、リョコウバトの団体客〉など、既に絶滅した動物たちの姿も描かれている。

種〔しゅ〕の終焉〔しゅうえん〕を受けとめる物語だから、穏やかな《言葉》とともに、なんとなく穏やかならざる《絵》、それでいて厳かな気配の漂う《絵》が配されたということだろうか。

ちなみに、乗客たちが降りていく駅は、例えば〈ドードーの紳士〉の場合、〈1681〉となっている。これは同種が絶滅したとされる年である。

後見返しに[本書で下車(絶滅)した乗客]として、1681年 モーリシャスドードー、1800年 ブルーバック、1844年 オオウミガラス、1914年 リョコウバト、1938年 ションブルクジカ、1940年 ユミハシハワイミツスイ、が列挙されている。

物語の序盤(第3画面)では網棚に多くの荷物が載せられ、大勢の乗客でひしめき合っていた客車だが、物語の終盤(第20画面)では網棚の荷物も減って空席が目立つようになる。

そう、これは亡き種族たちとの《再会》を祝福する物語ではない。作家自身の言を借りれば、むしろ、駅に停車する度に〈永遠の不在〉が積み重なっていく静かな《別れ》と《終焉》の記録なのだ。

Ⅲ.単なる啓発ではなく、終焉を迎える種の運命を見据える

[1]作家の描きたかったもの

作者である森洋子は、あるインタビューに答え、次のように語っていた。

「表紙を見てわかる人もいれば、動物たちが次々降りていって『あれ?』って気づいてもらうこともあるようです。最初に『絶滅』って書いてしまうと、『動物保護』というそればかりが声高なメッセージとして受け止められてしまう気がしました。絶滅動物を共に旅する隣人になぞらえて、その隣人が永遠の不在になる。その取り返しのつかない空虚な座席を、私は描きたかったんです」

森洋子さん『ある星の汽車』インタビュー「絶滅は遠いどこかの出来事ではなく、今まで共に過ごしていた隣人がふいにいなくなってしまうこと」、『NEWSポストセブン』

《動物保護》とか《環境問題》の啓発といった視点も汲み取れる作品ではあるのだが、作家自身による〈取り返しのつかない空虚な座席〉を描きたかったという言葉に留意しておきたい。

[2]ある星(=地球)で共に生きたことの軌跡と奇跡

絵本『クジラの進化』のコラムでかつて述べたが、現存のクジラの姿は無数の偶然的な積み重ね(進化)によって形成された1回性のものであり、地球にいま生きる他の命も、もちろん、人類も同様である。

この絵本の物語は、そのかけがえのなさ、いわば乗り合わせた客車での《出会い》と《別れ》の軌跡と奇跡を大切に慈〔いつく〕しんでいるように感じられてならない。そして、男の子とその父親は着衣などから現代人のようではあるが、地球での進化の道のりを経てきた《人類という種》を代表しているようにも思われる。

同じ列車の同乗者という共感と距離感、さらに相手への敬意を払いつつ、男の子は乗客たちの言葉に耳を傾け、話しかける。

個体の死も、種の終焉も、抗いがたい運命としてやがて訪れるもので、客車内の賑わい(種の繁栄)と停車駅での降車(種の終焉)が淡々と描かれていく。男の子は、ふと父親に尋ねた。

「ねえ、おとうさん。ぼくたちは いつまで のっていられるの?」

森洋子作『ある星の汽車』、福音館書店、2025年10月

さて、その問いかけの直後のことだ。途中、駅で降車するのではなく、車窓から飛び立った鳥(アルバトロス)の夫婦がいたのだが、次の停車駅でその子どもと思われる若鳥が乗車してくるさまが描かれる。男の子の、

「いっしょに いけるんだね」

森洋子作『ある星の汽車』、福音館書店、2025年10月

という言葉とともに、汽車はゆっくりと発進した。

後見返しには、アルバトロス=アホウドリであり、1949年に絶滅認定されたものの、1951年に再発見されたことや種の保全活動が行われていることが注記されている。

個体の生命の終焉、種の終焉といった運命を、私たちは避けることができないだろう。だが、そこに至るまでの共存の過程や共存の姿は変えることができるかも知れない。そんな一縷〔いちる〕の希望を乗せて物語は終結する。

きしゃは とおい とおい
みらいへ むかって はしっていきます。
ゴトゴトゴトゴト シュッシュッシュッシュッ ピー

森洋子作『ある星の汽車』、福音館書店、2025年10月

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