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喪失を前に立ち止まり、また歩みだすということ ~絵本『くまとやまねこ』~〔論文PDFあり〕

『くまとやまねこ』、湯本香樹実・文、酒井駒子・絵、河出書房新社、2008年


[絵本《大人読み》談話室]


Ⅰ.はじめに

大切な誰かを失ったとき、世界は一変してしまい、自分の知っていたそれとは異なる相貌でもって、たち現れてくる。眼前の花が散らねば次の花の咲かぬことも、何らかの別れがあって次の出会いがあるということも、頭では理解しているはずなのに。

それでも、私たちは、大切なあの人といつでも会えると当たり前のように思いつつ、日々の時間をやり過ごしているのである。

理屈として想う《生命のはかなさ》ではなく、実感として味わうそれは、まさに大切な人との離別のときにだけ、否応なく私たちに直視を迫るものだと言えるのかも知れない。

絵本『くまとやまねこ』の物語は、〈ある朝、くまは ないていました。なかよしのことりが、しんでしまったのです〉という詞章で、いきなり始まる。昨日までと変わらぬ日常としての〈きょうの朝〉が訪れる。そんなふうに無前提に信じていた主人公(熊)を襲ったのは、一緒に暮らす友達(小鳥)の突然の死だった。

熊が小鳥との生活の一齣を回想する場面を引用しておこう。なお、このコラムでは、同絵本の扉(内表紙)の次ページから見開きごとに[場面①][場面②][場面③]……と称することにする。

くまは、きのうの朝 ことりと話したことを思いだしました。
くまは ことりにいったのです。
「ねえ、ことり。きょうも『きょうの朝』だね。きのうの朝も、おとといの朝も、『きょうの朝』って思ってたのに、ふしぎだね。あしたになると、また朝がきて、あさってになると、また朝がきて、でもみんな『きょうの朝』になるんだろうな。ぼくたち、いつも『きょうの朝』にいるんだ。ずっとずっといっしょにね」
すると、ことりは首をちょこんとかしげていいました。
「そうだよ、くま。ぼくはきのうの朝より、あしたの朝より、きょうの朝がいちばんすきさ」って。[場面④]

その別れの唐突さを、熊の「ああ、きのうはきみがしんでしまうなんて、ぼくは知りもしなかった。もしもきのうの朝にもどれるなら、ぼくはなにもいらないよ」という悲嘆の言葉や、彼が小鳥の亡骸を見つめる絵姿が端的に示している。

当然の日常として繰り返されてきた小鳥とともに迎える〈きょうの朝〉は、もはや訪れてこない。それは、〈きのうの朝〉として――やがて《あの日の朝》として定位され――停止した時間となり、熊の生きる時間もまた、その歩みをいったん滞らせてしまう。

ところで、同書に付された帯には、次のように記されている。

[表]
新たな名作絵本の誕生/第40回講談社出版文化賞絵本賞受賞!
2009年版国内絵本「この絵本が好き!」第1位
第1回MOE絵本屋さん大賞第1位!
[裏]
だって、ぼくたちは
ずっとずっといっしょなんだ
突然、最愛の友だち・ことりをなくしてしまった、くま。
くらくしめきった部屋に、ひとり閉じこもっていたくまが
やがて見つけた あたらしい 時の かがやき

帯[表]の文言は、本作品が刊行直後から多くの読者を獲得したことを窺わせる。また、帯[裏]の詞章から、この絵本に描かれた物語の顚末を想像しうるだろう。すなわち、大切な友達を失って暗い部屋に閉じこもっていた主人公が、やがてその扉を開いて外へ出ていくという展開である。

大切な誰かとの死別を取り上げながらも、絵本という形態をとっている以上、本作品の想定する読者対象として子どもが含まれることは言うまでもあるまい。今回は、絵本『くまとやまねこ』を取り上げ、その物語の《すがた》について論じていくことにしたい。

Ⅱ.作品享受の現状(どう読まれてきたか)

管見のかぎり、本作品について言及する研究書・研究論文は、極めて少なかった。したがって、今回、インターネット上で公開されている本作品に対する読後感にも目を通した。

物販サイトであるアマゾンのブックストアに投稿された読後感(カスタマーレビュー)が2025年10月13日現在で98件。絵本ナビに投稿された読後感が70件。その多くが、大切な誰かの死との直面(悲嘆)、残された者のその後の生――死の事実の受容、残された世界で生きること(未来や希望)――について言及する。

ところが、物販サイトである楽天ブックスの著者インタビューで、〈死から始まるというのは、この本を書くにあたってこだわられたことですか?〉という問いかけに対し、湯本香樹実は次のように答えていた。

死をテーマにしようと思って書き始めたわけではないんです。何か大切なものを失ったところから、再び新たな何かが始まるまで、その中で流れている「時」というものを書きたかった。(中略)大なり小なり誰もが経験しているいろいろな喪失……死ばかりではなく、逢えなくなるとか、自分にとって大事な何かを失うというのは、それがたとえ人でなくても、あるいは不幸なことでさえなくても、その人自身にとっては「小さな死」といえるのではないでしょうか。その小さな死が起きた時、時間というものの中で再生していく小さな死と再生が一人の人間の中ではほとんど絶え間なく起こっていて、再生されたものが元通りかといえばそういうことも決してない。失ったもの、失ってからの時間、そういったすべてが手をとりあったうえでの再生なんだと思います。

楽天ブックス〈著者インタビュー・湯本香樹実さん〉「湯本香樹実さん&酒井駒子さんが
描き出す、せつなく美しいどこまでもあたたかな物語/絵本くまとやまねこ」

『くまとやまねこ』という標題は、その両者の背後にそれぞれの亡きパートナー《ことり》と《前のタンバリン奏者》を含意している。したがって、本作品の物語では、これらの《死者》を心に抱きつつ生きる《生者》の側にスポットが当てられていると言えよう。

山猫の手渡したタンバリンは快い音を奏でるものの、〈ずいぶんふるいタンバリンでした。手のあとがたくさんついて、茶色によごれています。いったいこのタンバリンは、だれがたたいていたのでしょう〉と語られている。
浜本純逸は、この描写に触れて、次のように指摘する。

ここまで読んできた読者は、「やまねこも友だちを失っていたんだ!」と気づき、この作品には「やまねこの物語」も埋め込まれていたことを発見する。(中略)『くまとやまねこ』はくまの喪失と再生の物語でもあり、やまねこの喪失と再生の物語でもあったことが分かってくる。くまに出会ってやまねこも再生したであろう事が感じられてくる。くまの悲しみと喜び、やまねこの悲しみと喜びが輻輳されて心に響いてくる。

浜本純逸「文学の授業デザインのために 小学校低学年―『くまとやまねこ』(湯本香樹実)―」『文学の授業づくりハンドブック―授業実践史をふまえて―』第1巻、溪水社、2010年

また、塚原茜は、本作品の標題の重層性を踏まえた上で、次のように述べている。

この題名を〈くまとことり〉としなかったのは、くまが小鳥を喪ったその日の〈きょうの朝〉の《死》をテーマにしたのではなく、時間はかかったが、やまねこと一緒に大事な人の死を受け止め、それでも前に進んでいこうとする〈きょうの朝〉にこめられた《希望》を作者は伝えたくて、「くまとやまねこ」というものにしたのではないだろうか。

塚原茜「絵本分析 くまとやまねこ(湯本香樹実)」
九州女子大学・国語科教育研究室編『物語・教材分析と創作』第3集、太陽書房、2014年4月

作家自身の企図が別にあるにせよ、この絵本を繙〔ひもと〕いて、内表紙の中央に大きく描かれた小鳥の亡骸と、[場面①]に描かれた小鳥の亡骸を見つめて俯く熊の姿を目のあたりにすれば――あるいは、先に引用した唐突な冒頭の一文を読んだとき――読者は、まず《死》の問題に直面するほかあるまい。

Ⅲ.現実の拒絶から受容へ

[1]時間の経過

いつもと変わらぬ〈今日の朝〉の訪れを信じていた熊の眼前に、動かぬ小鳥の姿があった。「きみがしんでしまうなんて」という発話に《死》の一語が見受けられるものの、彼の目に映る小鳥の姿は〈ちょっとひるねでもしてるみたいです。さんご色のはねはふんわりしているし、黒い小さなくちばしはオニキスという宝石そっくりに、つやつやしています〉と描き出される。

この描写ばかりではない。小鳥の亡骸を入れた箱を常に携行していたことからも、熊が小鳥の死の現実を受けとめきれず、まだ一緒に在り続けようとしているさまが窺えよう。

森の動物たちから同じ励ましの言葉を投げかけられ続けた頃、熊は自分の家に鍵をかけて閉じこもってしまう。その様子は、真っ暗な部屋の中で椅子に座る彼の、肩を落とした後ろ姿の絵を伴い、次のように語られる。

くらくしめきった部屋で、ひるも夜もじっとすわっていると、ときどき あさくてみじかいねむりがやってきます。
くまはいすにすわったまま、すっかりつかれきって、うつらうつらするのでした。[場面⑧]

先の著者・湯本の言を借りるならば、〈再び新たな何かが始まるまで〉の〈時間〉を経て、熊は〈再生〉へ向け、動き始める。

ある日のことです。
ひさしぶりに まどをあけてみると……
なんていいおてんきでしょう! [場面⑨]

窓の次は扉を開け、外へ出て歩きだす熊。やがて山猫と出会い、癒しを得て、新たな世界へと歩を進めていく。

熊に必要なものの一つが《時間》であったことは言うまでもない。家に引きこもった後、やがて扉を開いて外へ踏み出せるまでに熊の心は張りを取り戻したわけだから、まさしく《時間薬》だと言える。

とはいえ、熊にとっては、この独りの《時間》に加え、山猫と出会い、共に過ごす《時間》――悲嘆への共感・受容、ふたりのための演奏、埋葬への寄り添い――があったからこそ、さらに広い外界へ踏み出すことができたのである。

[2]悲嘆に暮れる熊への励言

森の動物たちは、熊が友達を失ったばかりだとは知らず、亡骸の入った綺麗な小箱に目を惹かれ、気軽に声をかけてくる。その素敵な箱には何が入っているのか、と。問いかけに応じ、熊が箱の蓋を開けて見せると、返ってくる言葉は一様であった。

くまが箱をあけると、みんなこまった顔をして だまってしまいます。それから、きまっていうのでした。
「くまくん、ことりはもうかえってこないんだ。つらいだろうけど、わすれなくちゃ」 [場面⑥・⑦]

もちろん、森の動物たちが薄情なわけではない。知らずに声をかけてしまい、困った挙句、熊を励まそうとして口をついたのが「わすれなくちゃ」だったわけだ。

岡本裕美によると、わが子を失った母親が周囲からかけられる言葉で辛いと感じるものの一つが「忘れなさい」なのだという。失った対象は異なるが、熊の心境とも響き合うように思われる。

いちばん苦しいのは、その亡くなった子どもの存在を打ち消し「忘れなさい」といわれることです。忘れたくても忘れられるわけがありません。それどころか、自分の記憶の中だけではなく、周囲の記憶の中にさえ、いつまでも残ってほしいと願っています。そして、その言葉は、主にパートナーや両親たちから言われることが多いのです。母親としては、いちばん、言ってほしくない人たちなのに、母親を励ますあまり、かえって傷つけてしまいます。

岡本裕美「いのちと向き合って」
NPО難病の子ども支援全国ネットワーク編『子どもの死の受容と家族支援』、大月書店、2005年

だから、熊にとって大切だったのは、忘れることではなかった。森の動物たちとは対照的な山猫の様子と発話を引用しておこう。

しばらくのあいだ、やまねこは ことりをじっとみつめていました。それからゆっくりかおをあげると、いいました。
「きみは このことりと、ほんとうになかがよかったんだね。ことりがしんで、ずいぶんさびしい思いをしてるんだろうね」
くまは、おどろきました。こんなことをいわれたのは、はじめてです。[場面⑫・⑬]

[3]熊と小鳥に捧げる山猫の演奏と、思い出の想起

「きみとことりのために、一曲えんそうさせてくれよ」という山猫の申し出に続いて、ページをめくると、読者の目には[場面⑭]の絵が飛び込んでくる。傍らに立つ山猫のバイオリン演奏に耳を傾けながら、〈いつのまにか、目をとじてい〉る熊の姿だ。

熊は演奏を聴きながら、いろいろなことを思い出していた。小鳥がイタチに襲われて怪我をし、幾晩も眠らずに看病したこと、その後、抜けた尾羽の代わりに色とりどりの葉を集めてお尻に結んでやると、喜んでくるくる回っていた小鳥の姿が微笑ましかったこと。

小鳥と一緒に過ごした楽しい時間を、彼は一つひとつ、やがて、全て思い出していく。毎朝、小鳥が起こしてくれたこと、木の実を数えるのは小鳥の方が速かったこと、森の泉で一緒に水浴びをしたこと、喧嘩してもすぐに仲直りしたこと、など。その最中も〈バイオリンのおんがくは、ゆっくりと、なめらかに、つづいてい〉た。

小鳥との楽しい記憶を全て思い出していく過程で、ずっとモノクロで描かれていた絵に仄かな赤色が散見されるようになる。

いつも一緒に日向ぼっこをした場所に小鳥の亡骸を埋葬した後、熊は「ぼく、もうめそめそしないよ。だって、ぼくとことりは ずっとずっと友だちなんだ」と、顔を上げた。滞っていた彼の《生》の時間が再び動き出す。

そう、熊にとって大切だったのは、忘れることではなく、むしろ(山猫の奏でる音曲を背景としつつ)思い出すことだったのである。

亡骸を持ち歩く行為は、悲しみの痕跡そのものによって大切な者の不在と寂寥を絶えず突きつけられることにほかならない。眼前の亡骸=《死》のみが同行者なのだから。思い出すことで、共に生きた豊かな《時間》を熊は取り戻し、まさに亡骸を手放すこと(埋葬すること)ができた。

ところで、森の動物たちと山猫の言葉がけの違いもさりながら、バイオリンを弾いている間、山猫はただ熊の傍らに立っているだけだ。全てを思い出した熊が小鳥の亡骸を埋めた際も、墓標代わりの石を持ってきて、熊と共にその周囲に花を飾る。声をかけることもなく、ただ傍らにいるのであった。

この山猫の一連の挙動・所作は、アルフォンス・デーケンが次のように述べたところと響き合う。

死別体験者と一緒にいるとき、特に多くを語る必要はありません。ただ静かにそばに座って、場合によって、そっと手を握ったりして「私はいつでもあなたのそばにいますよ」と伝えるだけで十分かも知れません。苦しい体験を分かち合うには、何よりも相手の話に耳を傾けて、ひたすら聴く態度が大切でしょう。
とかく私たちは、日常の経験からすぐに言葉に頼りたくなります。相手を何とか言葉で助けられないかと考えがちです。しかし、(中略)真の助け人というのは、何をするかではなく、そばにいるだけで、その人の存在自体が、苦しんでいる人の大きな救いとなり、励ましになるというふうでありたいものです。つまり、悲嘆の渦中にある人にとっては、いま自分は苦しんでいるが、決して独りぼっちではなくて、そばに共感してくれる人がいるということで、しっかり支えられるのです。

アルフォンス・デーケン「突然の危機への対応―諸外国における救援の実情から」
A・デーケン、柳田邦男編『〈突然の死〉とグリーフケア』、春秋社、1997年

Ⅳ.おわりに

もちろん、山猫が良き支援者(あるいは理解者・共感者)たりえたのは、先の浜本の指摘のごとく、背後に彼自身の〈喪失〉の〈物語〉があったからである。しかし、だとすれば、熊と小鳥のために奏でた楽曲も、亡き小鳥への追悼のみならず、自身のパートナーに対する追悼・鎮魂曲としての意味を有することになろう。

熊と同様、彼もまた閉ざした扉を開き、外へと歩を進めている最中であった。だから、振り返ってみると――これは私の思い込みに過ぎぬかも知れないが――土手に独り横たわる山猫の姿[場面⑩]や、熊と出会った直後の彼の表情[場面⑪・⑫]といった絵にも、寂寥が影を落としているように見受けられるわけだ。

いずれにせよ、[場面①]の小鳥の亡骸の前で俯く熊の姿に比すれば、[場面㉓・㉔]に描かれた熊と山猫の横並びの後ろ姿は、ある種の明るさを感じさせる。すなわち、前者が《停滞》であるならば、後者は《未来への前進》といった印象であろうか。

新たな《生》の同行者となったふたりの旅は続く。無論、ふたりは失ったかつての同行者たちのことも忘れない。大切な誰かは、彼らの心の中に定位され、いまを生きる彼らの中でずっと生き続けていく。

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掲載誌:『九州共立大学総合研究所紀要』第10号、2017年3月

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