正体の発覚後も続く異種の交流 ~茂市久美子『ゆうすげ村の小さな旅館-ウサギのダイコン』~〔論文PDFあり〕
『ゆうすげ村の小さな旅館-ウサギのダイコン』、茂市久美子 作/『新編 新しい国語』三上、東京書籍、令和6年度版(2024年~)に掲載
[絵本《大人読み》談話室]
はじめに
今回の作品は[絵本談話室]で取り上げたものの、絵本ではない。
本作品は、小学校の国語教科書(東京書籍『新編 新しい国語』三下)に採録されている。ただし、原題は『ウサギのダイコン』であり、もともと『ゆうすげ村の小さな旅館』は同作を収めた単行本の標題である。なお、単行本の書誌は、次の通りである。
『ゆうすげ村の小さな旅館』茂市久美子 作、菊池恭子 絵、講談社、2000年
そんなわけだから、本コラムのタイトルも、厳密には【茂市久美子『ウサギのダイコン』を《読む》】とすべきところではあるが、とりあえず、教科書採録の標題『ゆうすげ村の小さな旅館-ウサギのダイコン』を用い、引用も教科書本文に拠〔よ〕ることとした。
Ⅰ.動物による《恩返し》の物語
この物語の枠組〔わくぐみ〕は、動物の報恩譚〔ほうおんたん〕――例えば『鶴の恩返し』――のごとき様相〔ようそう〕を呈〔てい〕している。
すなわち、旅館の主人・つぼみから山の畑を借り受けた父親と、その恩返しのため旅館の手伝いにやってきた娘(出会う際は、いずれも人間の姿ながら、実は兎の父娘)が、やがてその正体を見顕〔みあらわ〕されてしまうという展開なのである。
Ⅱ.報恩行為としての《旅館の手伝い》
物語の序盤では、つぼみの現状と宇佐見〔うさみ〕父娘との経緯〔いきさつ〕が語られていく。
つぼみは、夫を亡くし、小さな旅館を一人で切り盛りしていたが、若葉の季節に〈山に林道を通す工事〉の関係者六人を滞在客として受け入れる。若い頃なら平気で対応できる人数だったものの、さすがに年齢のせいか、〈一週間もすると、ふとんを上げたり、おぜんを持ってかいだんを上ったりするのが、つらくなってきた〉。
ある日、食材の買い出しから戻る彼女が、道端〔みちばた〕でふと漏らした独り言「せめて、今とまっているお客さんたちが帰るまで、だれか、手つだってくれる人がいないかしら」に応ずるかのように、翌朝、美月〔みづき〕と名乗る娘が現れ、「わたし、こちらの畑をかりてる宇佐見のむすめです。父さんが、よろしくって言ってました。これ、あの畑で作ったウサギダイコンです」と告げた。
宇佐見が山の畑を借りたいと申し出たのは、去年の秋のこと。夫の死後、耕す者もなく〈草ぼうぼう〉に荒れた畑を、つぼみは〈そのままにしておくのが気になって〉いたので、快く貸したのだ。「こちらからおねがいしたいほどです。おれいなんていりませんからね」と応じた彼女には、返礼を求める気持ちなどなかったはずである。
Ⅲ.ウサギダイコンの不思議な力
物語の中盤で、美月の旅館での仕事ぶりとともに、彼女の作るダイコン料理のエピソードが綴〔つづ〕られていく。
語り手によると、〈むすめは、くるくるとよくはたらきました。そうじもせんたくも、さっさとして、まるで、むかしから、ゆうすげ旅館を手つだってきたみたいなのです〉という。
美月の提案で、その日の夕食の献立は〈たんぽぽの花とよもぎの葉っぱのてんぷらに、ゆずみそのふろふきダイコンと、ダイコンのサラダ、それから、ぶりのてりやき〉となり、〈てんつゆにも、やき魚にも、たっぷりのダイコンおろし〉が添えられた。滞在客の好評を得て、旅館では〈ダイコンづくし〉の献立が続くことになる。
ある日、仕事を終えて戻った滞在客の、
「近ごろ、耳がよくなったみたいなんですよ。小鳥の声や、動物の立てる音が、実によく聞こえるんです。おかげで、工事であやうくこわすところだった小鳥の巣を見つけて、ほかにうつしてやれましたよ」
という言葉に、つぼみも思い当たることがあった。彼女もまた〈遠くの小鳥の声や、小川のせせらぎ〉や〈はるか遠い山の上をふく風の音〉を聞き分けられるようになっていたのである。
Ⅳ.報酬の固辞と、畑作業のための退去
二週間が過ぎ、林道工事を終えて滞在客たちが引き上げると、美月も暇〔いとま〕を申し出る。畑のウサギダイコンが収穫期を迎えており、父親一人では大変だからだという。
「しゅうかくがおくれると、まほうのきき目がなくなってしまうんです。(中略)耳がよくなるまほうです。夜は、星の歌も聞こえるんですよ」
自分や滞在客の耳がよくなった理由を、つぼみは合点した。彼女が給料袋を渡そうとするも、美月は固辞し、「とんでもない。畑をかりているおれいです」と告げて〈おじぎをすると、にげるように帰ってい〉くのであった。
Ⅴ.宇佐見父娘の正体の発覚
物語の終盤には、美月が旅館を去った翌日と翌々日の出来事が綴られる。
給料を受け取ってもらえなかったので、つぼみは町で美月のために〈花がらのエプロン〉を購入し、山の畑へ向かう。畑に着いた彼女の眼に飛び込んできたのは、二匹の兎の姿だった。(たいへん、ウサギが、畑をあらしているわ!)と慌てるも、ほどなく兎たちがダイコンの収穫をしていることに気づく。つぼみは、エプロンの包みに宛名を書いて畑に置き、静かに立ち去った。
その翌朝、旅館の台所の外に〈一かかえほどのダイコン〉が置かれ、こんな手紙が添えられていた。
「すてきなエプロン、ありがとうございました。きのう、おかみさんが畑に来たのが、足音でわかったのですが、父さんもわたしも、ウサギの姿を見られるのが、何だかはずかしくて、知らんぷりしてしまいました。いそがしくなったら、また、お手つだいに行きます。どうぞ、お元気で。ウサギの美月より」
Ⅵ.継続する人と動物の交流と共生
〈見るな〉という禁忌〔タブー〕が設定されていないせいか、報恩譚で正体の見顕〔みあらわ〕し=発覚の後に訪れる悲しい別れといった結末は、つぼみと宇佐見父娘にもたらされない。人間であるつぼみと動物である父娘の交流は、互いへの思いやりに裏打ちされつつ、これからもずっと続いていくことが予見される。
物語中盤における美月の旅館への来訪が〈体が楽になったばかりか、楽しく幸せな気持ちになりました〉と語られ、退去の際に〈つぼみさんががっかりすると、むすめは、下を向きました〉と描かれた通り、(また、先の手紙の内容と照らしても)夫と死別したつぼみにとっては、もはや独りぼっちでなく、新たな《家族》的な絆〔きずな〕を獲得したことに他なるまい。
さらに、両者の交流は、一見すると私的なものではあるが、この物語世界の人間と動物にとって最初の一歩でもあろう。その先に――ウサギダイコンの効能で林道工事の人々が小鳥の巣を移動させることができたごとく――これから自然界へ入り込んでくる人間による無益な破壊や殺傷を回避させ、自然の中で人間と動物が共存する姿が見据えられていると言えそうだ。
※ 論文版(PDFファイル)無料ダウンロード
※ 卒論などで作品研究をされる方は、下記のリンク先から論文版(PDFファイル)をダウンロードして、ご利用ください。
九州女子大学・九州女子短期大学学術リポジトリ
https://kyujyo.repo.nii.ac.jp/records/283
『九州女子大学紀要』53巻2号、2017年3月
