第6回 癒しBGMを流したのに、なぜか眠れない。音楽にも“用法・用量”がある
こんにちは!
OTOSIL(オトシル)編集部です。
「音楽にはリラックス効果があります」
この言葉、よく見ます。
よく見るし、たぶん間違ってはいない。
実際、音楽を聴いて気持ちが落ち着いた経験がある人は多いと思います。
仕事帰りの電車で、好きな曲に救われる。
寝る前に静かなBGMを流して、少し肩の力が抜ける。
月曜の朝、無理やりテンションを上げるために、少し強めの曲をかける。
音楽は、たしかに私たちの気分や身体に働きかけます。
ただし。
ここでひとつ、OTOSILとして大事なことを言っておきたいのです。
音楽は、万能薬ではありません。
流せば何でも効く。
好きな曲なら必ず整う。
「癒しBGM」と書いてあれば、必ず癒される。
残念ながら、そんなに都合よくはいきません。
むしろ、こういう夜はないでしょうか。
疲れている。
今日は早く寝たい。
スマホで「睡眠用BGM」と検索する。
サムネイルには、月、森、湖、やたら神秘的な女性。
「これは眠れそうだ」
そう思って再生する。
最初はいい。
ピアノがやさしい。
雨音もいい。
なんだか自然に包まれている気がする。
しかし、5分後。
雨音がリアルすぎて、
「え、外、本当に降ってる?」
と気になる。
10分後。
ピアノのメロディが意外と美しくて、
「この曲、誰が作ったんだろう」
と気になる。
15分後。
関連動画に出てきた
「懐かしの恋愛ソング集」
を押している。
30分後。
西野カナを聴いている。
45分後。
会いたくて震える前に、明日の会議資料が終わっていなくて震えている。
寝るつもりだったのに、
心の中で感情の棚卸しが始まっている。

ただ、これは音楽が悪いわけではありません。
音楽には力があります。
ただ、その力は「いつ・誰が・どんな状態で・どんな音楽を・どのくらい聴くか」によって変わります。
薬に、用法・用量があるように。
音楽にも、用法・用量があります。
たとえば、集中したいとき。
「作業用BGM」と書かれているプレイリストを流したのに、全然集中できないことがあります。
原因のひとつは、歌詞です。
文章を書く。
資料を読む。
メールを返す。
こういう作業は、頭の中で言葉を使います。
そこへ、歌詞のある曲が入ってくる。
脳の中では、
「こちら、資料作成チームです」
「こちら、サビの歌詞チームです」
「こちら、昔この曲を聴いていた記憶チームです」
が同時に会議を始めます。
結果、Slackどころではない通知量になります。
もちろん、歌詞のある曲が悪いわけではありません。
歩くとき、気分を上げたいとき、単純作業をするときには、むしろ力になることもあります。
でも、文章を読む。
考える。
判断する。
そういうときには、歌詞が邪魔になることがある。
つまり、音楽の効果は、目的によって変わるのです。
もうひとつ大事なのが、今の身体の状態です。
同じ曲でも、朝に聴くのと夜に聴くのでは、感じ方が違います。
元気な日に聴くのと、疲れ切った日に聴くのでも違います。
好きな曲でも、心が弱っているときには、逆に感情を揺さぶりすぎることがあります。
「この曲、好きなのに今日はしんどい」
そんな日があります。
それは、音楽への愛が足りないわけではありません。
今の自分の状態と、その曲の刺激が少しズレているだけです。
たとえば、テンポが速い曲。
普段なら元気をくれる。
でも、寝る直前に聴くと、身体が起きてしまうことがあります。
感情的なバラード。
普段なら沁みる。
でも、疲れている夜に聴くと、過去の記憶まで連れてきてしまうことがあります。
癒し系の環境音。
普段なら落ち着く。
でも、音に敏感な日には、逆に気になってしまうことがあります。
音楽は、耳から入るだけではありません。
記憶にも、感情にも、身体にも触れます。
だからこそ、効くときは深く効く。
でも、ズレると、意外と効かない。
場合によっては、逆方向に働くこともあります。
これは、音楽の限界というより、音楽の面白さです。
同じ薬を、全員に同じ量だけ出すわけにはいかない。
同じ食事が、全員の体調に合うわけでもない。
同じ運動が、全員にちょうどいいわけでもない。
音楽も同じです。
大切なのは、
「音楽には効果がある」
で終わらせないこと。
その先にある、
「どんな人に」
「どんな状態で」
「どんな目的で」
「どんな音が合うのか」
を考えることです。
近年、音楽と心身の関係についての研究は進んでいます。
ストレス、不安、睡眠、心拍、自律神経。
さまざまな観点から、音楽が私たちの状態に影響を与えることが検討されています。
ただし、ここで大事なのは、
「音楽は効く」と一括りにしないことです。
科学的な視点でも、重要になるのは以下のような条件です。
どんな音楽か
テンポ、歌詞の有無、音の強さ、曲の展開。どのくらいの音量・時間で聴くか
小さすぎても届かない。大きすぎると刺激になる。本人がその音楽をどう感じているか
好きな曲でも、今の状態によっては感情を動かしすぎることがあります。今、どんな心理状態か
疲れているのか、緊張しているのか、落ち込んでいるのか、集中したいのか。何をしながら聴いているか
読む、書く、考える、歩く、眠る。目的によって合う音は変わります。
ここを無視して、ただ
「音楽は効く」
と言い切ってしまうと、少し乱暴です。
音楽は、魔法ではありません。
でも、きちんと使えば、日々のコンディションを整える頼もしい味方になります。
眠りたいときには、眠りに向かう音を。
集中したいときには、言葉の邪魔をしにくい音を。
気持ちを上げたいときには、身体が自然に動き出す音を。
落ち着きたいときには、今の呼吸に寄り添う音を。
音楽を「なんとなく流すもの」から、
「今の自分に合わせて選ぶもの」へ。
これが、これからの音楽との付き合い方かもしれません。
そして将来的には、心拍や活動量、時間帯、疲労感のようなデータをもとに、
その人の“今”に合った音楽が自然に選ばれる。
そんな使い方も、少しずつ現実になっていくはずです。
音楽は万能薬ではない。
だからこそ、面白い。
だからこそ、ちゃんと選ぶ価値がある。
だからこそ、私たちは音楽をもっと深く、もっと自分に合う形で使えるはずです。
癒しBGMを流したのに、なぜか眠れなかった夜。
それは失敗ではありません。
音楽との付き合い方を、少しアップデートするサインだったのかもしれません。
では、今日の一曲は。
眠るために聴くなら、
「好きすぎる曲」より、
「少し忘れられる曲」。
名曲すぎると、脳が起立して拍手してしまいます。
おやすみ前の音楽は、
主役ではなく、名脇役くらいがちょうどいいのです。
参考
音楽とストレス、不安、睡眠、集中への影響については、さまざまな研究が行われています。
ただし、音楽の効果は「どんな音楽を、誰が、どんな状態で、何のために聴くか」によって変わると考えられます。
de Witte, M. et al. “Music therapy for stress reduction: a systematic review and meta-analysis.” Health Psychology Review.
Feng, F. et al. “Can music improve sleep quality in adults with primary insomnia? A systematic review and network meta-analysis.” International Journal of Nursing Studies.
Sun, Y. et al. “Impact of background music on reading comprehension.” Frontiers in Psychology.
