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自分を表す「3つの動詞」って何だろう?|新たな自分に出会う自己分析のコツ

誰もが人生の中で一度は考えるであろう「自分ってどんな人間なんだろう?」

その答えを知りたい人が多いからこそ、MBTI診断ラブタイプ診断が流行っているのだろう。「自分はこういう人間だ」と分かることで、安心したり、帰属意識が芽生えたりするのかもしれない。

かくいう私も、性格診断テストの類が大好きなのだが、自己診断ではなくて「第三者からはどんな人間に見えているんだろう」と気になることも度々あった。

それは他者からの視線を気にしているとか、他人からの評価が気になるといったマイナスな気持ちではなくて、「客観的に自分を知りたい」というポジティブなものだ。

とはいえ、いきなり友人に「私ってどんな人間に見えてる?」と問いかけるのはちょっとはばかられた。両親に聞いてみようと思ったが、“第三者”とするには距離が近すぎて、客観的な答えを得られないような気がする。

そんなときにパッと思い浮かんだ存在が、パーソナル編集者でお世話になっている、おばたさんだった。

実は、「自分は第三者からどんな人間に見えているのか」という問いも、パーソナル編集者のコミュニティ「ペンクラブ」がきっかけで芽生えたもの。

ペンクラブでは毎月さまざまなオンラインイベントが開催されており、その一つに「吉本ユータヌキのプロデュースラジオ」がある。漫画家のユータヌキさんから“セルフブランディング”にまつわるヒントをいただける人気のイベントだ。

先日のイベント内では、「自分を表す3つの動詞を考えよう」というミニワークショップがあった。私はかなり頭をひねらせたが、結局「書く」しか思い浮かばなかったのである。

ライティングの仕事をしているのだから「書く」が一番に思い浮かぶのは当然なのだが、それにしても……もっと他にあるでしょう……。

自分一人で考えるのには限界がありそうだったので、担当編集者のおばたさんに、「私を表す3つの動詞を教えてほしいです」とお願いしてみた。脳内をさらけ出した文章を添削してもらっている相手にだからこそ頼めるリクエストである。

おばたさんが挙げてくれたのは、「動く」「愛する」「信じる」の3つ。どれも自分では思い浮かばなかったものばかりだ。

1.動く

まず「動く」。私はお家大好き引きこもり人間の自負があるし、フットワーク軽く旅行やらスポーツやらをしている人を「すごいな~」と指をくわえて見ているタイプ。だからこそ、自分が「動く人」だという自認はなかった。

だけども、これまでの人生を思い返してみると、宝塚歌劇団が好きすぎて宝塚市に引っ越したり、何のスキルもないのにフリーランスライターになったりと、能動的に自分からアクションをしていたことに気が付いた

この引っ越しは人生をかけた推し活だ。それは紛れもない事実である。実際、私は夢を叶えて宝塚市民という称号を手にし、花のみちを散歩して、推しと同じ空気を吸い、公演によっては週1~2回の頻度で観劇しているのだから。

22歳会社員「推しと同じ空気が吸いたい」⇒退職して引っ越すことにした話|音月りお

推しのために引っ越すだなんて、「動く」以外の何物でもないだろう。

「待ち」ではなく「動く」タイプの人間である、という第三者からの新たな視点は素直に嬉しかった。「動ける人なのだ」と自分で自覚できたからこそ、これからもっとアクティブになれそうな気がする。

2.愛する

「愛する」に関しては、やや心当たりがある。わりと軽率に人を愛してしまうからだ。物心ついたときから、私にはずっと「推し」がいたのである。

幼少期に肌身離さず持ち歩いていた「こどもちゃれんじ」のしまじろうから始まり、ジャニーズやK-POP、俳優、坂道アイドル、配信者、読者モデルなど、すぐに人のことを好きになっては、「愛しています」と伝えることに命を燃やしてきた人生だ。

今は宝塚歌劇団に大好きなご贔屓(=推し)がいて、彼女にありったけの愛を注ぎまくっている。最近はアイドルグループのM!LKにハマり、愛を向ける対象が増えてホクホクだ。

熱しやすく冷めやすいのはいかがなものかと思うが、誰かへの「大好き!」という気持ちは、確かに今の私を動かしてくれている気がする。

3.信じる

挙げてもらった動詞の中で一番意外だったのが「信じる」。だって、信じるってめちゃくちゃ難しい!!!自分を信じるのも、誰かを信じるのも難しいし、果たしてこれまで何かを強く信じたことがあっただろうか。

それでもどうやら、私は人よりも「信じる」力が強い(ように見えている)らしい。

よくよく考えてみると、「信じている」という感覚はあまりないけれど、「疑う」ことはあまりないなと気が付いた。差し出されたものは、特に疑うことなく受け取っている。「受け取ったら大変なことになるかも……」なんて思考はなく、「ラッキー!」と手に伸ばしてしまうのだ。

注意力がないともいえるが、そのおかげで得られたものもあったと思う。「やってみない?」と言われた仕事を、「私にはできないかもしれない」と断ったことはほとんどない。それは、仕事を振ってくれたクライアントを信じていて、自分の能力も少しは信じられているからなのだろう。

とはいえ、自分や誰かのことを過剰に信じているわけでもなくて、人生そのものを「どうにかなるだろう」と捉えているのだと思う。もしかしたら、それが結果的に「信じる」ことにつながっているのだろうか。

ちなみに占いやおみくじは割と信じてしまうタイプ……。

「動く」「愛する」「信じる」

第三者から教えてもらった“3つの動詞”のおかげで、自分の新たな一面を知れた。実際にそうかどうかは抜きにしても、そのような自分が少し存在していることが嬉しい。人に聞いてみるって、大事だなあ。

「自分はどんな人間なんだろう?」の完全な答えは、自分の中にはないのかもしれない。関わってくれる人の数だけ、色んな「私」が存在しているし、そのどれもが正解だと思うから。

皆さんもぜひ、身近な誰かに「私を表す3つの動詞を教えて!」と問いかけてみてください……!新しい自分に出会えるヒントがあるかもしれません。

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