【東大】同じ学歴だと話が合うのか?
同じくらいの学歴の人だと話が合う、逆に学歴差がありすぎると会話が嚙み合わない。これは世間的によく言われていることだ。学歴はその人が育ってきた環境を反映しており、それが違いすぎると話が合わないという理屈である。
これは傾向としては事実で間違いないだろう。しかし超進学校⇒東大に進んだ私の経験から、同じコミュニティにいて学歴が同じ人であっても、価値観が合わない人は大勢いると感じた。重要なのは最終学歴が同じかではなく、中高の6年間に勉強した時間が同じかであると思う。
一口に東大生といってもその経歴はさまざまである。中高時代陰キャラだったがコツコツと勉強して現役で受かった人、要領のいい天才タイプでそこまで勉強せずとも受かった人、中高時代は部活に打ち込んでおり一浪して受かった人、地方公立で東大とは縁遠い世界で生きてきたが、一念発起し2浪して受かった人、などである。
これらの人はみな「東大生」であるが、中高6年間で勉強にあてた時間は全然違うだろう。東大に合格するのに必要な勉強時間は4000時間とも言われているが、それを中高時代に使ったか、小学生時代に使ったか、浪人時代に使ったかで全然違うと思う。
中高6年間に勉強した時間とは裏を返せば、中高時代にどれだけ勉強以外のことに時間を使うことができたか、である。中高時代に勉強に追われていた人は遊びや趣味に割ける時間が少なかっただろう。真面目だが面白みのない人物になりそうである。一方で中高時代に部活や趣味に打ち込んだ人は、浪人するかもしれないが、結果としてコミュ力が高かったり、魅力的である気がする。中高6年間に勉強した時間こそが環境を反映しており、それによって価値観や性格も違ってくるのだ。
中学時代、話が合う人がいなくて絶望していた僕は、進学校に入れば救われると思って、ひたすらに勉強ばかりしていた。友達と遊んだり、部活をしたりすることはなかった。しかしいざ入学してみるとそうではなかった。自分の努力不足もあるだろうが、話が合わない人が意外にも多かったのである。みな趣味や部活に打ち込んでいて羨ましかった。彼らは天才タイプであり、そこまで勉強せずとも成績が良い。そのため浮いた時間を趣味に充てることができたのだろう。また大学は比較的合う人が多いが、育ってきた環境全然違うなーと感じることも多い。このようにして、たとえ同じ学歴でも、中高6年間に勉強した時間が違うと、価値観も違うのではと思うに至った。
重要なのは学歴ではなく、勉強歴なのだ。
その理屈で行くと、がり勉東大男にお似合いなのは、東京の女子高から要領よく東大に受かったキラキラ女子ではなく、部活をやらず勉強に打ち込んだものの、結果的に早慶やMARCHに行くことになった地味目の女子大生なのでは?というのが私の仮説である。
