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★1ばかりの美容室に通っている

星1レビューで埋め尽くされた美容室に通って、2年ほどになる。レビューページは苦言の嵐。100件以上あるコメントの3割近くが低評価をつけるという、おそるべき美容室だ。

スタイリストのプライドが高く、モラハラ気質。接客ひどすぎ。

カットの技術は問題ないが、人間性が無理すぎて通うのをやめた。

最悪の接客で今までの経験の中でトラウマレベル。二度といきません。

※一部変更しているが、こんなコメントが何十件もついている



訪れたきっかけは、引っ越しだった。馴染みの店に通えなくなり、近所の美容室を探そうとホットペッパービューティーとにらめっこしているうちに、出会ってしまったのである。ひどいレビューが目立つが、同じぐらい「毎回大満足です!」「引っ越しても1時間かけて通ってます」といった感動の星5レビューが連なっているのが印象的だった。

結局は、スタイリストとの相性の問題なのだろう。技術には低評価がついていないという事実にも、希望を感じた。黙って雑誌でも読んでいれば、どうにかなるかもしれない。

それに、星1だっていいじゃないか。失敗したって髪は伸びるのだ。万が一星5の方に傾けばラッキーである。予約の空き具合を確認すると、ちょうど2週間後、希望時間が空いていた。ええい、ままよ! と、予約ボタンを押す。

そして2週間後。わたしはこの店が星1と評される意味を、身をもって体感することになるのだった。


HPに記載通り、最寄駅からきっちり徒歩2分。扉を開けてすぐに、小さな個人店舗だとわかった。

店長は、ライオンのたてがみを人間に寄せたような、ワイルドな髪型をしていた。海のモチーフが店内にあちこち散りばめられていて、サバンナみを帯びた彼のいでたちと絶妙にミスマッチである。

店長以外、スタイリストはいなかった。つまり彼が、両極端な評価の間をひたすら反復横跳びしている張本人なのだろう。

かんたんな会話をいくつか交わした時点で、わたしはすでに後悔の海で溺れかけていた。会話がとにかくハードモードなのだ。

「好きな雰囲気はこんな感じで……」インスタの写真を見せる。
「あーはいはい。うーん」

店長は写真をじっと見ながら、「まぁ、いいんじゃないですか」とつぶやく。

「じゃあ、お願いします」
「おすすめはしないですけど」

……え?

「やりたいっていうなら、全然」


沈黙。


「顔周りは縮毛かけた方がいいかもですね〜」
「実はちょっと迷ってて。今日一緒にできたりしますか?」
「いやぁ……いきなり言われても時間が……」
「そ、そうですよね、すみません、また次回とかに」
「あーでもダメですよ、その辺のお店でやっちゃったりしたら。ほんと、技術力ないとこに当たっちゃうと、ねぇ」
「そうなんですね。どんなところに違いが出るんですか?」
「いや、大丈夫っす。たぶん、説明してもわかんないんで」

……。

これ、どうしたらいい……。

会話って、2人の共同作業と違うんか? なんかこう、互いに探り合って、突破口みつけるルールじゃないんか?

店長、あまりに我流すぎる。会話のセオリーにのっとっているはずなのに、打てども打てどもちっともヒットしない。相手が差し出した話題に、常識の範囲で乗っかった瞬間、ハシゴを外される。そんなやりとりがあまりにも続くもんだから、もう、会話がこわくて仕方ない。


荒波──

そう思った。彼は荒波だ。会話のキャッチボールが荒ぶりすぎていて、素人ではまったく乗りこなせない。

星1レビューに書かれていたことを、ぼんやり思い出す。

プライドが高く、モラハラ気質

人間性が無理すぎ

最悪の接客


多くの人間が、難易度ウルトラCの波の前で立ち尽くし、無残に散っていったのだろう。おれたちのサーフボードは、彼という荒波に対して、あまりにも貧弱なのだ。

一方で、店長はやたらと腰が低い。

「トイレとか、いつでも言ってくださいね!」
「あ、そこ段差危ないんで。どうぞ、はい、ここからゆっくり乗ってもらって。大丈夫ですか、気をつけてくださいね〜」
「飲みものどうされますか? ホット? 常温? 紅茶ですね、常温で。はい〜。あ、キャップ開けちゃいましょっか? ここに置いておきますからね〜、ちょっと遠いかな、うん、じゃこっちに」

ていねいに、必要以上にていねいに、紅茶のボトルを2cmほど移動させながら、「なんかあったらいつでも言ってくださいね!」と告げてくる。

求めているのはそこじゃないんだ。やめてくれ。いまさら優しい言葉をいわないでくれ。ついさっき「説明してもわかんないんで」と突き放した、同じ口で。


2時間の施術で、わたしはすっかりヘトヘトになってしまった。

「こんな感じになってますからね〜」と仕上がりを見せられても、もう言葉を発する勇気は残っていない。「ありがとうございます」と言おうもんなら、どんな想定外のラリーが打ち返されてしまうことか。黙ったまま笑顔でうなずき、店を後にした。

もう二度と訪れることはないだろう。さようなら、店長。さようなら、噛み合わない会話。さようなら……


ところが3ヶ月後、わたしは同じ美容室のイスに座っていた。

カットの翌朝、くせは落ち着き、スタイリングをしなくても大丈夫であることに驚いたのだ。1週間後も、1ヶ月後も、まさかの2ヶ月後まで、ずっとシルエットが生きてる。

時間差で美容室に対する信頼ポイントが貯まってしまったわたしは、考えた。前回ははじめてだったから、探り合いがうまくいかず、着地を失敗してしまっただけなのではないか?

自分のことを棚に上げられない程度には、わたしも会話へたくそマンである。へたくそ同士であれば、それだけ波乗りの難易度は上がるだろう。相手にばかり非があるわけではないはずだ。

諦めるのは、まだ早い。荒波に立ち向かうべく、わたしは再び立ち上がった。鏡越しに店長と目を合わせ、いざ!


そして2時間後、わたしは再びちりになっていた。希望はむなしく打ち砕かれ、髪以外のすべてをぼろぼろにしながら、帰路につく。そしてまた髪世界の平和が保たれている現実に驚き、3ヶ月後に勇気を出して再び訪れる。後悔する。そしてまた3ヶ月後──

「あの店長に会って嫌な気持ちになると思うと、髪切りに行くの憂鬱すぎる!」

嘆きながら美容室に予約を入れるわたしを見て、夫は「だったらそこ行くの辞めればいいのに……」と怪訝そうに助言してくる。わかってるよ。でも、仕方ないのだ、2時間の我慢で、3ヶ月の平和な手に入るのだから。

そんなふうに回数を重ね、いつの間にかわたしは、その美容室の常連になっていた。しばらく通ってみて、わかったことがある。店長は、かなりのおしゃべり好き。自慢も多い。ただ、表現にこそ難があるが、おそらくそれは言葉への変換がうまくいっていないだけだ。彼自身にとっつきにくさがあるわけではない。

彼がほんとうに言いたいのことって、どんなことなんだろう?

わたしは店長の言葉を観察しはじめた。発する単語をそのまま受け取らず、一度バラバラに分解して、意図の根っこを探すのだ。ときにハラハラしたり、しっかり打撃を受けたりしながら、修行のように、何度も、何度も。そうしているうちに、荒波は腰の高さほどになり、美容室の時間に穏やかさすら感じるようになっていった。

料理が好きだったり、同じ歳の子どもがいたりと、共通点もいくつも見つかった。世界は広い。サバンナも海も、同じ地球の一部なのである。


施術時間が楽しく感じるようになる頃には、わたしもすっかり図太くなっていた。

「こちらとしては、おすすめしないですけどね。いいんですかぁ? まぁ、あの、やりたいんなら。どうぞどうぞ」と突き放された髪型にチャレンジしたこともある。そして3ヶ月間しっかり後悔し続ける。

「やっぱ、店長の言う通りでした」
「いいんですよ。やってみてわかることもありますから」

信頼関係ができると、星1レビューの内容は、すべてポジティブに変換ができると気がついた。プライドはたしかに高いけれど、プロとしてのプライドである。相手を否定するような言い方も、そこに「提案と助言」という翻訳機能を入れれば、あながち的外れでもない。あれだけ酷評されていながら、不思議と美容室の予約は常に埋まっている。


カットの間、会話の主役は、いつも話好きの彼に譲る。

「俺、魚料理が好きで。昨日は煮付けにしたんすよ〜」
「わ、いいですねぇ。この辺は角上魚類もあるから、魚はそこで?」
「え? 俺、そんな話してなくないですか? その辺のスーパーですよ」

新規客ならギョッとするような展開でも、わたしから見れば、もはやさざ波である。店長と砂浜でパチャパチャ遊んでいるうちに、2時間の施術が終わる。

「はい、こんな感じになってますからね〜」
「ありがとうございまーす!」


相変わらずコメント欄は星1レビューで埋め尽くされている。でも、3ヶ月後、わたしはきっとまたこの美容室を予約するだろう。

星1の荒波にもまれ、星5の仕上がりに揺られながら、3ヶ月ごとの漂流をわたしなりに楽しんでいるのである。







当時3歳の息子が1000円カットで輝いた話。2024年の創作大賞エッセイ部門の中間に残った記事です。おかわりにどうぞ。


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