お風呂クリーニングをお願いしたら、壺を買わされていた話
壺を買わされたことはあるだろうか。
私は、ある。
それも、一度や二度ではない。
そもそも、家系的に壺買わされ体質なのである。
聞くところによると、会ったことのない曽祖父は、天皇家の賀席で腕を振うほどの料理人だったらしい。しかし、借金の肩代わりをした友人が行方不明になり、店を畳んだと聞いている。
祖父はオレオレ詐欺で300万円ほどを失っているし、実家を見れば、子の教育のためにと注ぎ込んだ愛の化石が、そこかしこに散らかっている。
スタイルこそ違えど、代々さまざまな壺を買い、人生に波乱を巻き起こしてきたのである。
そんな、ある種由緒正しい血統を持つ私に、ある日夫が「お風呂の掃除を、一度プロにお願いしてみるのはどうか」と提案してきた。
平日は浴槽をお湯で流す程度で、気合を入れて掃除をするのは休日のみ。しかし、休みはとにかくチビッコ暴れん坊将軍たちを外に連れ出すことが最優先なので、まとまった掃除時間を取ることが難しい。最低限のことはできても、鏡を磨き上げたり、床をピカピカにするところまでは手が回らない。気になる汚れもあったので、大賛成だった。
夫がいろいろ調べ、とあるサイトで見つけた評判のいいおじさんにお願いすることにした。
おじさんを出迎える日は、ワクワクが止まらなかった。ビフォーを見られる気恥ずかしさこそあったものの、アフターのお風呂場を想像すると、自然と笑みがこぼれる。期待を胸に、私はおじさんを笑顔で家に招き入れ、お風呂場へと案内した。
「あ〜、きてるねこれは」
お風呂場を見るなり、おじさんが呟く。
「天井に水滴がついている。これはアウトよ」
「え……そうなんですか?」
来訪10秒で、風呂管理能力レベルをジャッジされた私は、少なからず動揺していた。もしかしたら、午前中にシャワーを浴びた夫が、うっかり天井に向けてお湯を発射してしまったのかもしれない。きっとそうだ。そうであってくれ。
「ところでこの窓、いつも開けてるの?」

おじさんは、換気のために開けていた窓を指さして、私に尋ねる。
窓? 当然だ。
換気をするための窓なのだから。
見よ、この「私が換気責任者です」という佇まいを。開けてやらずして、この窓の存在価値をどう生かせよう。
「はい、お風呂上がったあとに、換気の意味で毎日開けています」
「だめ! それ、一番、ほんとに、絶対やっちゃだめ」
確定だ。
私の「風呂管理能力レベル」は、どん底のずっと下の、地層までズブリと沈んでいくほどに低いのだ……
すっかり落ち込みながらも、どうも腑に落ちない。なんで開けちゃだめなんだろう、窓なのに。
この窓にしてやれることは、開けるか閉めるか程度である。家主として、窓のためにしてやれることって、他にある……?
不安な気持ちを抱えながら、私はおじさんに尋ねた。
「あの……窓って、開けるためにあるんじゃないんですか?」
「お風呂場に窓はね、必要ないの。なんでみんなつけるのか理解できないね。いいですか、あの窓は今後一切開けないでくださいね」
そう言って、おじさんはお風呂の換気構造を説明し始める。
どうやら換気は、換気扇の24時間つけっぱなしが基本中の基本。窓を開けることでむしろ換気の効率が下がるため、外の空気で換気をするという発想は愚の骨頂ということらしい。
風呂管理能力レベルがどん底になったのって、むしろ換気のために窓を開けていたせいってこと……?
なんだそれ……!
おい窓、どうしてくれるんだ!
いかにも開けてほしそうな感じで毎晩誘惑しよってからに!!
急に窓が憎らしくなってくる。
おまえさえいなければ、俺は……俺は…………!!!
「いい? 奥さん。とにかく覚えておいて、この窓ね、絶対開けない。わかった?」と念を押した。
「はい!」
「親が死んでも絶対開けないこと!」
「はい!!」
「ドアも開けっぱなしはだめよ?」
「はいっ!!!」
「家族が入るたびに、換気スイッチね。1日の最後だけじゃなくて、毎回よ? OK?」
「はいぃィィィっ!!!!!!」
換気3箇条
1) 親が死んでも窓は開けない
2) ドアもちゃんと閉める
3) 24時間換気
さようなら、開くことが生きがいだったであろう窓よ。
今日から君は、開かずの窓だ。
君の誘惑は強烈的だったよベイビー。君のせいで、私は「お風呂管理能力ゼロ」という悲しみの烙印を押されたけれど、後悔はしていない。だって人生は何度でもやり直せるのだから。
私は私の道を行く。君も君らしく、第二の人生を生きておくれ。
「鏡もねぇ……」
窓との別れに浸る私には目もくれず、しばらく磨いていない鏡に視線を移しながら、おじさんが呟いた。
「この鱗になってるとこ、市販のやつじゃだめなのよ、結局表面を削って落とさないと、鏡の内部の方まで浸透しちゃってるから」
そういって、よくある市販の鏡磨きグッズと、プロ仕様の違いを説明する。
「あの……」
完全におじさんの空気にのまれながらも、私はおずおずと質問を試みる。
「ここぞというときはプロにお願いするとしても、日々の掃除という観点でできることはないのでしょうか……。例えば最後に入った人が鏡の水滴をふきあげるとか——」
「やらないでしょ。ていうか、できないでしょ。」
ど正論の矢が、ドスッ!と心臓を射抜く。たしかに、天井に水滴をつけてしまう管理能力のわが家のメンツが、毎日鏡をふきあげるわけがない。
「みんなね、最初は頑張るのよ、2日とか3日はね。でもまぁ続かないよね」
彼の指摘に、ぐうの音もでなかった。
「この鏡全部はやってあげられないけど、追加料金なしでこの一部だけやってあげるよ、サービスね。全部やれるほどの薬品も今手元にないからさ」
私:(感じる……壺のにおいがする……)
私:(そんなことない、サービスって言ってるよ!)
私:(追加オプション提案されても、よく検討してね?約束だよ?)
私:(大丈夫、わかってる!)
呪われた血が、細胞たちが、にわかにざわつきはじめる。心臓はドクンドクンと強く脈打ち、手は汗ばんでいるのに、喉だけは妙に乾いていた。
「で、追い焚きって普段使ってる? この配管、掃除したことある?」
おじさんは話題を湯船に通じている配管に変えた。
わが家には、追い焚き文化がない。子どもたちは夕飯前に一番風呂に入り、夕飯後に入る私は「高温差し湯」で対応している。
※夫は朝シャン派
「ここねぇ……掃除してないとすごいのよ。見る? 別のお宅のやつなんだけどさ」
おじさんはおもむろに携帯を取り出し、動画で配管の掃除動画を見せ始めた。
それはなかなかの衝撃動画だった。ゴボゴボと灰色だか緑だかの汚れが浴槽内に広がっていく様子は「見たくないが見てしまう」という人間心理を刺激してくる。
聞けば築何十年の、古い配管のお宅だという話だ。これがマンションである我が家に当てはまるかは分からない。
「そもそも使わないなら、まぁ掃除しなくても一応問題はないんだけどね」
そう前置きをしながら、「オプションで防カビ選んでたけど、換気のコツさえしっかり守れば5年は問題ないはずだから、配管掃除に変える? 追加料金かかっちゃうけど、差額でやってあげるよ」と、おじさんは提案をし始めた。
私は、ごくりと生唾を飲み込む。
きた……!
壺きたよ……!
脈々と受け継がれてきた血が喜んでいる。俺たちの出番だ!買え!買え!今こそ壺を買え!!
しかし、私は冷静だった。
10年ほど寄り添っている夫は、世の中を冷めた目で見つつ、怪しい壺をことごとく割って歩くような壺バスターである。彼との生活のおかげで、へにょへにょだった私の冷静筋はずいぶん発達していたし、課金対象の判断力もついてきた。壺売りだって怖くない。DNAより、後天的に身につけた筋肉が勝つことだってある。ほら、筋トレは裏切らないって、言うじゃない。
それにしても、さすがはプロである。
追加料金の説明を聞きながら、私はしきりに感心していた。
「俺は配管おすすめよ、防カビは今日キレイにして換気守ってくれれば正直いらないから。まぁ決めるのは奥さんだけどね。使ってない機能だしね。
あ、決めるなら今決めてね、掃除始められないから」
クロージングのテクニックも完璧だ。私は妙に冷静になりながら、おじさんの話を聞いていた。
基本の15,000円。そこに、防カビオプションでプラス3,000円。その3,000円の代わりに、8,000円程度の課金の提案。差額を差し引いて、23,000円程度。
基本プランに1.5倍のオプションは、なかなか大胆な提案である。知識がほぼない素人を相手にした場合、壺センサーが発動しかねないギリギリのラインを攻めている。
大丈夫。これは迷う壺ではない。「追い焚きを使わなければ不要」だとおじさん自身が言っているではないか。使わない機能に課金する必要はない。動画も、オプション誘導のテンプレなのだろう。
一方で、見えざる配管に何らかの汚れが影を潜めてるという事実は、少し気がかりだった。
差額、5,000円。
正直数年に一度と思えば、たいした金額ではない。
でも、使わないならまったく不要な5000円だ。
うーーーーーーん……
「奥さん、どうする?」
「……お願いします」
DNAの勝利か、もしくは敗北か。
結局私は、使う予定のない追い焚き掃除という壺を、5,000円で買ったのだった。
笑いたければ笑うがよい。私はいっさい後悔などしていない。
100%きれいになったお風呂で、気持ちよく一日を終えたい。夫にも子どもたちにも、そんなお風呂で心身を癒してもらいたい。そのための壺であれば、喜んで買おうじゃないか。
人生にはたびたび、お金の真価を問われる瞬間が訪れる。壺の価値は、他の誰でもない、この先の自分自身が決めるのだ。
数時間後、ピカピカに仕上げてもらった浴室との対面は、今でも忘れられない。あらゆる汚れがピカピカになっていることを確認し、料金をお支払いする。深々と頭を下げ、何度も感謝を伝えた。
いいのいいの、喜んでもらえてよかったよ〜と、笑顔のおじさん。そして去り際、もはや一生忘れないであろう教訓を念押しする。
「窓だけは気をつけてね。親が死んでも——?」
「開けませんっ!!」
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あの日から毎日、快適なお風呂生活を楽しんでいる。もちろん窓は一度も開けていない。
思えば、人生は壺だらけだ。恋愛も、結婚も、就職も、ある種の壺売買ではないか。人生が提案してくるさまざまな壺を、買ったり買わなかったり、痛い目みたり、幸せになったり、そうして人は日々を歩んでいくのである。
もちろん、悪に染まりきった壺も存在することは事実だ。注意深く過ごすにこしたことはない。しかし、中には価値観を見つめ直すきっかけをくれたり、新しいチャレンジに対する覚悟として存在してくれることもある。
なんのために壺を買い、どう生かしていくか。
どんな壺と、どう生きていくか。
大切なのは、その点である。
いいじゃない、壺買わされ体質で生きる人生も。私は、自分の壺コレクションを誇りに思う。愛おしく刻まれていく愛と覚悟、そして、自分だけの大切な経験の記録なのだから。
