インドにいる神様の話。【旅エッセイ】
あの日、私たちは酷く疲れていた。
もう15年も前、私たち夫婦はインドとネパールをバイクで旅していた。愛車は、インドで買ったロイヤルエンフィールド。
その頃のインドとネパールはたしか雨季で、バイクで走っていると突然雨が降ってきて全身ずぶ濡れになったり、目の前の道路がいきなり川になるなんてこともよくあった。
だからネパールから国境を越えてインドへ再入国するその日は、とびきり早起きをして念入りに身支度をしていた。かなり長い距離を走る予定だったから、途中で雨に降られても大丈夫なように、防水のジャケットやらパンツやらめちゃめちゃ着込んでいた。

国境を越えて、バイクも私たちも始めは調子がよかった。
雨季も終わりかけなのか、雨も全く降りそうにない。快晴だ。いや、むしろ暑い。てか湿気・・・、やばい。
私たち夫婦は完全に服装を間違っていた。でもまあ、走っていれば風もあたるし、気持ちいい。
国境を越えて約100km、ゴーラクプルという大きめの街で事件は起こった。
人生で経験したことも見たこともない、大渋滞。リクシャーとバイクと車(と牛)が入り乱れ、信号は確かあったけど動いてなくて、かわりに交通整理の人がいた。
だけど、誰も言うことを聞かない。みんな自由に自分の進みたい方向へ、自分の欲求のまま少しでも進もうとしていた。
なんと効率の悪いことでしょう。
さっきまで風を切って気持ちよかったけど、こう止まってしまっては、完全に服装を間違っている私たちの体は暑さに耐えられない。
あ〜無理!これ熱中症になっちゃうなぁと思っていたら、バイクがオーバーヒートしてしまった。
そしてついにオットが限界に達して熱中症になり、ガソリンスタンドの隅っこでダウンしてしまった。
もっと早く気づいて休ませてあげれば良かったと、自分の判断力の無さを反省しながらオットが落ち着くまで様子を見ていた。

目指しているのは、ここからまだ250kmもあるラクナウという街だった。
今日はここまでにした方がいいかという考えも浮かんだが、しばらくするとオットが復活し、やはりラクナウを目指すことになった。
5キロの距離を移動するために、私たちが要した時間は4時間。その時点で16時になっていた。
ゴーラクプルの大渋滞を抜けると、さっきまでの大量のインド人はどこへ行ったのか、気持ち良く走れた。
ハイウェイみたいなキレイな道を横切る牛をかわしながら、ただただ前を見つめて走り続け、ラクナウに着いた頃は辺りも真っ暗で、二人ともボロボロだった。
とくにオットは疲れ切っていて、判断力も鈍っていたし運転がギリギリだった。
いつもはコントロールしているけど、重い荷物(と私)を乗せているため何回かウイリーした。
私がしっかりしなければと思っていた。
とにかく今夜の寝床を見つけなければいけない。とりあえず最初に目にとまった宿を訪ねるが、かなり遅い時間に訪ねてきたバイクありの外国人が面倒臭かったらしく、相場よりかなり高い値段で交渉の余地が無かったため諦めた。
オットが、一つだけゲストハウスの当てがあると言った。そして、そこが満室だったら、もう当てがないとも。
祈るような気持ちで、そのゲストハウスを訪ねた。
ゲストハウスのオーナーが、「フル(満室)」と一言いった。
途方に暮れた。
オットはHP使い果たしてるし、私も疲れで思考停止していて、とにかくしっかりしなきゃ!どうにかしなきゃ!だけが頭の中で繰り返されている。
その時だった。
「ゲストハウス?」
この時の声は忘れられない。通りすがりの自転車に乗ったおじさんが、そう声をかけてくれた。
「イエス」
私たちは答えた。
おじさんは、ついて来いというジェスチャーをして自転車で走り始めた。
少し走ったところで、おじさんはココだと指をさして、そのまま走り去っていった。
そのおじさんが指さしたところは、なんだか立派な門がたっていて、小さくゲストハウスと書かれた板が貼ってあった。
立派な門だったので高そうだな〜と思ったけど、とにかくもうこれ以上動くことは出来なくて、そのゲストハウスに最後の望みを託した。
夜遅くに訪ねてきたバイクに乗った排気ガスまみれの外国人に、優しく部屋を案内してくれた。
そこは昔イギリス人のお金持ちの所有物だったらしく、めちゃめちゃ広くてお洒落な作りなのにとてもリーズナブルだったし、立派な門があって庭が広いのでバイクを置いておくのにも文句なしの安全な場所だった。
色んなゲストハウスに泊まったけど、こんなに鮮明に覚えているゲストハウスは他にない。あのゲストハウスがあったから、滞在がとても楽しかった。

私たちは、本当に心の底から、あのおじさんに感謝した。
あのおじさんが、あの瞬間あそこを通らなかったら、通っても私たちに声をかけなかったら、私たちはあの日あれからどうなっていたか分からない。
もちろん、どうにかはしたはず。でも、今考えても、そのどうにかは思い浮かばない。
それぐらいあの日の私たちは、あのおじさんに救われた。
私たちは、あのおじさんには会えない。あのおじさんに直接お礼は伝えられない。
だから、それは別の困っている誰かに返すことにした。そうして巡りめぐって、おじさんにもまた優しくしてくれる人がいたらいいな、と思う。
旅先でもらう、赤の他人からの無償の愛。それは旅人の心を温め、さらに旅を続ける力をくれる。
あの瞬間、あのおじさんは、私たちにとって神様だった。
私たちにとって、インドの神様は、シヴァでも牛でもない。
あのおじさんなのだ。
こちらは、以前ほかのブログで書いていた旅エッセイです。
うちのコーヒー屋さんは旅もテーマなので、旅についても残しておきたいなと思ってます☕️
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