お盆休み、俺には"連休"で妻には"無休"だった話
「お盆か。やっと少し休める」と思っていた。
俺は38歳で、5歳の息子と2歳の娘がいる。夏の長期連休が来るたびに「子どもがいると休みのほうがしんどいよ」という話を先輩から聞かされてきた。でも俺はどこか「大げさだろう」と聞き流していた。
今年のお盆で、やっとその話が全部自分のことだと気づいた。気づくまでに、3日かかった。
「明日から休みだから、ゆっくりしよう」
8月13日の前夜、俺は妻に言った。「明日からお盆休みに入るから、少しゆっくりしよう」と。
妻は「そうね」と言いながら、夕飯の後片付けをしていた。特に嬉しそうではなかった。俺は少し拍子抜けして、「まあ、疲れてるんだろうな」と思ってそのまま寝た。
違った。妻のテンションが上がらなかったのには、別の理由があった。
翌朝、俺は7時まで寝た。アラームなしで起きられる状態が久しぶりで、しみじみした。リビングに行くと、妻はすでに朝ごはんの支度をしていた。2歳の娘がテーブルに牛乳をこぼし、妻がそれを拭きながら、同時に5歳の息子のシャツのボタンを直していた。
俺は「おはよう」と言って、コーヒーを淹れた。コーヒーメーカーのボタンを押して、待っている間にスマホを開いた。
俺の「連休1日目」は、こういう形で始まっていた。
「そろそろ行こうか」と言ったら、5回待たされた
2日目は、妻の実家へ行く日だった。
出発まで約1時間。その間に家の中で何が起きていたか、俺が把握していたのはゼロだった。
妻がやっていたこと:子どもたちの着替えを1日分ずつ揃える。手土産を袋から取り出して状態を確認する。娘のオムツを外出用のポーチに移す。息子が「これがないとやだ」というタオルをリュックに入れる。全員分の日焼け止めを塗る。忘れ物のリストを頭の中で回す。
俺がやっていたこと:車のキーを探す。
「そろそろ行こうか」と俺が言ったのは、出発15分前だった。妻は「もうちょっと待って」と言った。それを5回繰り返した。俺は毎回「まだかかる?」という顔をしていた。自分でわかっていた。でも直せなかった。
実家から帰ってきた夜、子どもたちを寝かしつけた後、妻が椅子に座った。その「座り方」が普段と違った。力が抜けきったような座り方だった。「疲れたね」と声をかけようとして、やめた。「やっと座れた」という顔をしていたから。「疲れたね」という言葉が、邪魔になる気がした。
連休2日目。妻はまだ一度も「休んだ」がなかった。
「何か手伝う?」「いい」の「いい」が、今もわからない
3日目の昼間、俺は少しうとうとした。ソファで30分ほど横になったと思う。
目が覚めたら、妻はキッチンにいた。夕飯の下ごしらえを始めていた。
「何か手伝おうか?」と聞いた。妻は「いい」と言った。
この「いい」が「大丈夫だから気にしないで」なのか、「もういいから放っておいて」なのか、4年一緒にいても俺にはわからない。わからないまま、俺はまたソファに戻った。
お盆が終わりに近づいた頃、俺は思い出した。去年のお盆も同じだった。ゴールデンウィークも。正月も。俺が「連休だ」と体の力を抜くたびに、妻は「この期間をどうやって乗り越えるか」を考えていたということに。
俺にとってのカレンダーの「赤い日」は「休める日」だった。妻にとって、それは「子どもたちが1日中家にいる日」だった。同じカレンダーを見ながら、全然違うものを見ていた。
最終日の夕方、妻がリビングから消えた
お盆最終日の夕方、珍しいことがあった。2人の子どもが黙って並んで絵を描き始めた。
俺は「妻は?」と思ってリビングを見回した。いなかった。
キッチンにもいない。洗面所でもない。寝室の扉を少し開けると、部屋の隅に座っていた。スマホも持たず、目を閉じていた。寝ているわけじゃなかった。ただ、静かにしていたかったんだと思う。
俺は声をかけなかった。
正解だったかどうかは今もわからない。でも「声をかけることが正解だ」と思い込んで、ずっと声をかけ続けてきた結果が、今の妻の「静かにいたい5分間」を少し作っている部分もあるんじゃないかと、最近感じるようになった。
お盆が終わった。俺の「連休」が終わり、妻の「いつもと変わらない日常」も戻った。どちらの顔が「休み明け」に見えたかは、もう言わなくていいと思う。
来年のお盆は、「やっと休める」とは思わないようにしたい。具体的に何をするかはまだ決まっていない。でも少なくとも、妻が「やっと座れた」という顔をする前に、俺が先に立てる場面を1つ作る、それくらいから始めたいと思っている。
お盆、みなさんのご家庭では夫婦どちらが「連休」を感じられましたか?「うちの夫も同じ」「逆に妻がうまく休んでいた」など、コメントで教えてもらえたら嬉しいです。
