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人が好きで、よかった。

ラウンジでの仕事が終わった。

4ヶ月の契約期間を満了し、僕は再びどこにも属していない人間に戻る。

小説家志望、無職。

ティーセットが載ったトレンチを筆に持ち替えて、ひたすら動かし続ける日。

一日二万歩は超える運動量の働き方から、急低速。

いきなりブレーキを踏まれた車みたく、全身にじんわり熱がこもっている。

もしも僕が自分の身体なら、突然引きこもり同然になった主人に小一時間、説教でもするだろう。

「太なるで、自分」

こういうとき、なぜか出るエセ関西弁。



緩慢な一日の終わり。

動き足りない気がしてならない。

書くことと、働くこと。

僕にとってこのふたつは相反する世界だったはずだ。

働くのがきらい。

思うに、僕が怯えていたのは、失われることだったのだ。

自分という存在が、関係のなか、組織のなか、社会のなかで、矮小化され、消化され、成長の実感のないままに年老いていく。

自分の可能性、未来、希望、複雑さが先細る。

でも、この一年の経験を経て知った。

杞憂だったか。

いや、とっくに知っていたのだけど、きちんと向き合う機会を得たと言ったほうが正しいか。

自分が、いかにたくさんのものの中のひとつなのか。

本を燃やせ。

順番どおりに、列に並べ。

単調なリズムで踊ろう。

自分が、何者であるのか。

幸運なことに、今回の職場での僕の評価はポジティブなものだったと思う。

「10月にオーストラリアに行きます」

顔をあわせたメンバーは、別れを惜しんでくれた。

「あなたの替えはききませんよ」
「また、飲みにいこうね」
「海外から帰ってきたら、またおいで」

そう言ってもらえることの、どれだけ嬉しいことか。

「辞めないでくださいよお」

君、いっしょに働いたことないやろ。

ふと気づく。

ああ、ここはとっくに自分の居場所になっていたのだな。

まかないがなくて、食費の心配をしていたこと。

通勤に時間がかかりすぎること。

人が多すぎて、気を遣いすぎて、頭がパンクするのではないかという不安。

全部ぜんぶ、過去になって。

色んな人間と関わった。

偉い人も、そうじゃない人も、すぐ辞めた人も、息の長い人も。

組織が大きいというのは、色んな人がいるという当然。

この人は、朝が弱い。
この人は、食べるのが好き。
この人は、きれいにしたい。

改めて、思う。

僕は人が好きなんだな。

人が好きで、よかったな。

どうしてこんなに好きなのか。

たぶん小説が好きなことと繋がっている。

小説は、キャラを楽しむものだから。

物の見え方とか、思考のクセとか、謎の行動力とか。

違いを楽しめるんだ。

自分と、他人と、世界との。

ズレを楽しむもんなんだ。

もしかしたら。

結局好きなのは、自分のことなのかもな。

別に、それでもいいか。

自分のことが好きだから。

異なる他者も愛せるわけで。

矛盾、叱責、エゴイズム。

つまりは世界の複雑さ。

丸ごと愛してしまえるわけで。

「ありがとう」

今はただ、それだけ。

僕は戻らないだろう。

世界をもっと、複雑にするために。

もっと、愛するための旅をする。

身体よ、黙ってついて来いや。



この一年の経験をぎゅっと凝縮。興味のある方は、ぜひ。


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