見出し画像

喋り足りない、いつまでも。

僕は、人と話をするのが苦手だ。

相手が目の前にいて、コミュニケーションをとっているときは、別にそんな自覚はない。

けれどその場が終わってしまってから、いつも後悔が残ってしまうのだ。

先日、高校からの友達三人と僕で食事にいった。

場所は西新宿。中心地から少し外れた、もつ焼き屋。店内はテーブルもカウンターも賑わっていた。

生ビールを四つ頼んで、僕らは話しはじめた。夕方に集合して、終電前に解散。まったく健全な大人の飲み会である。締めはえびそば一幻というラーメン屋だった。


肩肘張らない飲み。それはいい。問題は一人になったときだった。

「あ、この話してないじゃん」

前もって話そうと思っていたことを、結局話していないことに気づく。

ひとつ思いつくと、数珠つなぎのように次々と掘り起こされる話題の断片たち。

「あいつそういえば、この作品観たって言ってたのに……」
「このこと気になってたけど、聞きそびれたな……」
「みんなの意見訊きたいことあったんだけどな……」

帰りの電車の僕の頭は、さながら脳内一人飲み会の開催場所の様相を呈していた。主催、僕。企画、僕。参加者、僕。

そうかといって『話したいことあるんだけど……』と前もって連絡しておくほどの話題でもない。メモしてリストアップしておくのも抵抗がある。(めんどくさい)

結局こういう場合、それらの話の種は僕の記憶の奥底へとしまい込まれ、そこで屠られてしまう。

「まあそれも仕方ない」と思ってしまうのも、僕の行動力のなさを表している。


しかしそんなことは飲み会のたびに無数にあるはずで、一人でしょげていてもなんの生産性もない。

それに僕たち四人が話をしていて、誰一人不満なくしゃべりきるということは絶対にありえない。合宿でもしない限り。

だから、また飲みに行こう。そして次こそは、みんなで『ぼっち・ざ・ろっく!』の話で盛り上がるんだ。一番好きな曲の話をするんだ。

あ、ちなみに僕は『星座になれたら』と『Distortion!!』が好きです。


いいなと思ったら応援しよう!

Ayato(旧乙川アヤト) いただいたチップは、僕が表現を学ぶための本や映画、またはそれらを効率よく吸収するための、お酒やコーヒーやポップコーンなどのおつまみになります。