「エリート魔術師な旦那様の最愛は「使い魔」!? 〜不遇令嬢の仮初妻から始まる溺愛生活〜」第2話
「こ、これは一体、どういうことなんだ……?」
俺は眩い光とともに目の前に現れたその人を、しばし呆然と見つめる。
俺はただ、新たな使い魔を召喚しようとしていただけなのに。
それなのにどうしてずっと逢いたいと願っていた人が、突然目の前に現れることとなったのだろうか。
「幻覚か……?」
しかし恐る恐る伸ばした俺の指先には、彼女の肌のぬくもりがきちんと感じられて。
「……ふう。一度冷静に振り返ってみよう」
そう呟いた俺は、現実逃避……もとい、ここに至るまでの自分の歩みに、そっと思いを馳せることにしたのだった。
***
俺ことラヴィオン・ウィンターベールは魔術師家門として世に名高い、ウィンターベール公爵家の本家の子息としてこの世に生を受けた。
とはいえ、俺は三男だ。
家督継承は長子に限らない家風ではあるが、俺自身は別に家を継ぎたいとは考えていない。
母も俺の気持ちを受け入れてくれて、だからこそ、あの話を持ち込んできたのだと思う。
――サマーグロウ公爵家への婿入り。
縁談相手はサマーグロウ公爵家の長女・ルナリア。
母が当時のサマーグロウ公爵夫人・マリアベルと仲が良かったという個人的事情だけでなく、伝統的な家門同士の敵対関係を緩和したいという政略的な意図もあったのだろうが、いずれにしてもいっそウィンターベールの家を離れたほうがもっと自由に生きられるだろうと配慮してくれたのだと思う。
とはいえ親同士で全てを決めるのではなく、最終判断は子どもたち自身に委ねようという結論に至ったようだ。
だから、初顔合わせの場は王室主催の宴。
そこで偶然という体裁で対面し会話を交わしてみて、その結果次第でこれからを決めることになったわけである。
……ということを、俺は母から直接説明されたわけではなかった。
しかし母の態度などから状況を理解した俺は、相手がどんな子であれせっかくの縁である以上、なるべく好意的に接しようと心に決めていた。
そうして迎えた、宴の当日。
母の紹介で対面した少女の姿を一目見た瞬間――。
「……っ!」
――俺は、本能的に理解したのだった。
彼女こそがこの俺の、運命の人に違いないと。
もっとありふれた言い方をするならば俺は、彼女に一目惚れしてしまったのである。
母親同士が推奨している上に、俺自身も気に入った相手なのだ。
もはやこの縁談を断る理由などないし、話を積極的に進めてもらおう……というわけにはいかないようだと気付いたのは、それからまもなくのことであった。
「私はラヴィオンさまと政略結婚をしたくはありません」
「……えっ?」
偶然見てしまったのは自身の母親・マリアベルに対し、そうルナリアが切実に訴えかけている場面であって。
「……そっか。運命だと思ったのは、俺だけだったんだ」
その場面を見ただけの俺には、どんな脈絡で発せられた言葉なのか、正確に知ることは出来なかった。
しかしそれでも自分との縁談を彼女が拒否したのだということだけは、明確に理解することが出来た。
「そっか……。そうなのか……」
ふらふらとする足を必死に動かしてすぐにその場から離れ、拒絶された悲しみに暮れた俺だが、しかし同時にこうも思った。
どれだけ俺が傷つくことになろうとも、決して彼女に無理強いをさせるようなことはしたくないなと。
だから俺はその後「縁談はなくなった」と告げられたときも、甘んじて受け入れることにしたのだ。
そして彼女と顔をあわせる機会は持てず、さりとて忘れることも出来ぬままに九年もの歳月を過ごすことになった。
「そんな俺なのだから、あのことさえなければこれまでと変わらず、今も目立たぬように生き続ける道を選択していたんじゃないかな」
運命の転換点となったのは、つい先日のことだ。
数年前に母を亡くしたあと俺は皇宮に職を得たのを良い機会と捉え、居心地の悪い実家を出て自分だけの小さな屋敷に居を移していた。
そのため基本的に父とは没交渉状態だったのだが、突然呼び出されたかと思ったらいきなり縁談を持ち出されたのだ。
その相手は兄たちの支持勢力に与していない、中立だがかなり力のある傍系家門の娘で。
……つまりはあわよくば俺も家督継承争いに巻き込んでやろうという魂胆が、露骨に透けて見えるような提案だった。
俺はなんとか上手く立ち回り、その縁談を断ることに成功した。
だが兄たちにとっては父に目をつけられ、力を与えられようとしたということそのものが、家督継承争いにおけるとてつもない脅威に見えてしまったのだろうと思う。
それまで完全に放置していたはずの俺に接触してきては、自分の支持勢力に与するが大した力を持たない家門の令嬢をあてがおうとしてきた。
彼らは俺を取り込むなり無力化するなりしたかったのだろうが、いずれにせよ俺にとってはただただ迷惑でしかない話である。
「ああ、もう! ウィンターベールの名が俺を、望まぬ争いの渦中に突き落とすというのならば!」
それならばいっそ、家名など全部捨て去ってやろうか……!
縁談攻勢に辟易した俺は、苛立ちのあまりそんなふうに一個人として生きる道を選ぶことも本気で検討したくらいだ。
だがそれを思いとどまらせたのは長年経っても捨てられない、俺の中に残る彼女への未練たっぷりの感情。
「……悔しいけれどウィンターベールの名が無ければ、名門・サマーグロウ公爵家の娘であるルナリアと俺とでは釣り合いようもないか」
たとえ、嫌われているのだとしても。
それでも彼女と結ばれる可能性を完全に消すような選択を、俺はどうしても取ることが出来なかった。
……だったらもう、ここは腹をくくるしかないのではないか。
父や兄に従属する立場に甘んじていては、今はしのげたとしてもいつか不本意な結婚を強いられてしまうかもしれないから。
そうなるくらいならば、いっそ……。
「いっそこの家の権力を俺自身が握ってしまうほうが良いのではないだろうか……?」
そうしてこの家の家長となった暁には、もう一度サマーグロウ公爵家に縁談を申し入れてみようか。
今ならば、考え方も変わっているかもしれないから。
……そこまで考えると俺も覚悟が決まってきたようで、「だったらどうしたら兄たちに勝てるか」ということに意識を向けられるようになった。
「今の俺の実力では足りないな。もっと力が必要だ。……そうだ! この際、高位の使い魔の召喚に挑戦してみようか?」
使い魔というものは下位から中位、上位とレベルが上がるにつれ、召喚の成功率はどんどんと落ちていくものだ。
俺も兄も、あるいはほとんどの魔術師たちだって、使役しているのは中位使い魔までが関の山である。
「つまり、これは駄目でもともと。過度に期待せず、でもやるだけやってみる。そんな選択をしても悪くないんじゃないだろうか」
失敗した場合は中位、上位と求めた使い魔のレベルが上がるほど、召喚に挑んだ魔術師の心身に反動のダメージが来ると聞いている。
「……まあ、怖くないかと言われれば怖い気もするけれど。でも他人よりも大きな力を求めるならば相応のリスクは負って然るべきだよな」
そうして召喚の儀に挑むことにして、見事に成功を収めることができ、そして――今に至る。
「……と、ここまでは間違いのない事実であると思う。そうなんだよ。成功した、はずなんだけれど……」
俺は改めて自分が召喚した上位使い魔であるはずのその存在に、ぼうっと視線を巡らせる。
「……うん、やっぱり彼女だよな?」
何度確認しても、目の前にいるのは獣耳も尻尾も生えていない生粋の人間女性。
しかもルナリア・サマーグロウ、大人へと成長したその人であるようにしか見えなかった。
思わずその美しさにぽうっと見惚れていたそのとき、室外で待機させていた俺の使役する使い魔が「ご主人さま?」とそっと声をかけてきた。
……ああ、そうだった。俺は屋敷の一室に籠もって召喚に挑んだのだが、失敗して反動が来て倒れた場合に備えて「もししばらく部屋から出てこなかったら声をかけるように」とだけは事前に頼んでいたのだった。
「すまない、今開ける」
扉を開けると中位使い魔で、人間の女性の姿ながら猫の耳と尻尾がぴょこんと生えているラーラがこてりと首を傾げていた。
「ご主人さま、何かございましたか?」
「いや、問題ない。おそらくは、無事に使い魔を召喚できたんじゃないかと思う、が……」
「まあ! 立派な上位使い魔さまではございませんか!」
歯切れの悪い俺の返答にしびれを切らしたらしいラーラは、俺の横から首を突っ込んで室内を覗き込んだ。
するとルナリアの姿を見てとるや喜色に満ちた声をあげたのだ。
「おめでとうございます、さすがはご主人さま! そうしたら、何か私がお手伝いすべきことはございますか?」
「……えっ? ああ、そうだよな!」
あまりにも予想外の事態に、思考停止状態に陥っていたのだが。
そうだよ、ルナリアは気を失っているんだよ!
考えるなんて後でいくらでもできることだ。
今はまず、彼女の介抱に専念しよう。
「ひとまず、彼女を楽な服装に着替えさせてあげてくれ。寝やすいようにして、それからみんなで手厚く世話しよう」
「承知いたしました」
この時点では彼女が目覚めたらきちんと家に帰さなくてはなどと、回らない頭で必死に考え始めていたように思う。
冷静に考えれば現在の俺は彼女を勝手にうちまで連れてきている状態であるわけで、誘拐犯と罵られても仕方ない立場だと気付いたからだ。
しかしそんなことを考えていられたのは、着替えさせ終えたと廊下に出てきたラーラから衝撃的な一言を聞かされるまでのことであった。
「ご主人さま。大変申し上げにくいのですが、上位使い魔さまのお体には折檻と思しき跡がございました」
「……はっ?」
