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再読「蒲生邸事件」

久しぶりに宮部みゆきの「蒲生邸事件」を読んだ。
寒い時期になると読みたくなるのだ。
どんな展開になるんだっけ?と忘れていた部分もあったが、やはり面白くてほぼ一気読みだった。

北村薫の「鷺と雪」を読んだので、孝史と平田が1994年(=作中の現代)から1936年にタイムスリップしてる頃、英子は若月さんとの邂逅するのかと、読書で得た知識で私の頭に作り上げた小さな世界の中で、繋がりにふふっとしてしまう。

そう、1936年。
「蒲生邸事件」の舞台は今から90年前、二・二六事件の真っ只中なのである。

私は常々、戦中だけではなく戦前のことももっと知るべきだと思っている。
しかし、学校では近代史は学年の終わりに駆け足で学習しただけだった気がする。
また、戦争の悲惨さを伝えるような映画やドラマは多いが、戦前の、太平洋戦争に至るまでの経緯を書いた作品は、あまり見た覚えがない。
あるいは昭和初期、都市部ではモダンな文化が市民に広がっていったことも注目されることが少ないように思える。

文庫本の、末國善己氏による解説に書いてあった通り、昭和初期の人がそうであったように、現代人にも未来のことは分からない。

現代の視点から見れば、残酷な過去を知っているのだから、なぜ戦争なんてしたんだと非難できる。
でも、「今」に対する「未来」が分からないのは1936年も1994年も2026年も同じ。分からないけど、今を生きるしかない。
未来の人が2026年を振り返ったときに、なんて馬鹿なことをしたんだと非難されないような選択をしなければならない。
今回読んでみ、強くそう思った。以前読んだ時には思わなかったことだ。

ところで本作品、現代パートは1994年だが、2026年にして再映像化しても面白いと思う(過去に映像化済みらしい)。
しかしそうすると、最後が原作通りにはできないが…。
どんなキャストがいいかと妄想しながら読むのも楽しかった。

たくさんの本を読むのもいいけれど、1つの作品を何度も楽しめるのもいい。
環境や心境が変わったことで、前回読んだ時には感じなかったこと、考えなかったことが新たに浮かんでくると、自分がほんの少し成長したのかもしれないと思えて嬉しい。
読むたびに新しい視点ができて、何度も楽しめることができる本に出会えることは幸せである。


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