Tell me… 11-2 道]
夢を見た。
“緑ノ階段。
先導スル人。
コンクリートノ道。
黒ト白ノ空間。
毛繕イスル黒猫。”
*****
3月7日、15時08分。ニノイ・アキノ国際空港に到着。
飛行機から降り、入国審査・税関を通過。両替。
16時49分。タクシー乗り場へ。
ガラスのドアが開く。
外へ出た瞬間、熱気。排ガスの匂い。コンクリート屋根の間からのしかかってくる青い空。
タクシーは、すぐに捕まった。
行き先を告げ、乗り込む。
空港を出た瞬間、渋滞。
クラクションの音。車の間をすり抜けるバイク。のろのろと動く車、車、車。
運転手はボソボソと話しかけてきた。
どこから来たのか。
フィリピンは初めてか。
どれくらい滞在するのか。
それとなく答える。
沈黙。
動かない景色。
暗くなる窓の外。
オレンジに光るメーター。
ようやく渋滞を抜けたのは18時半頃。
闇が深まった灰色の街を走る。
一旦渋滞から抜けると驚くほどスムーズに進んだ。
19時14分。高速バスターミナルに到着。
料金を支払い降車しようとすると、電話番号を渡される。
マニラ滞在中にまた呼んでほしい、ということらしい。
電話番号が書かれた紙をバックパックにしまう。
バスターミナルへ行き、乗り場を確認。
22時発なのでまだ時間がある。
夕飯が食べられる場所を探す。
周辺をしばらく歩く。
高速で走り抜ける車。クラクション。排ガス。下水の匂い。熱気。
力が抜ける両肩。
ゆっくりになる歩み。
コンビニを発見。
中に入ると、吹き付ける冷気。
フライドチキンとホットドッグ、水を購入。
バスターミナルへ戻る。
屋外に設置されたベンチに座って、夕飯を済ませる。
辺りは真っ暗。
オレンジ色の蛍光灯。
大きな荷物を抱えた人たち。
車が通り過ぎる音。
22時ちょうど。高速バスが発車。
物凄いスピード。右に左に車体が傾く。
目を瞑る。暗闇。
・・・
3月8日、6時49分。バナウェに到着。
結局、一睡も出来なかった。
バス停には、客の迎えだろうか、多数の人。
バスを降り、坂道を登る。
10分ほど登った先に、ホテルが見えた。
青い外壁の小さなホテル。
チェックインを申し出たが、部屋はまだ用意できていないという。
食堂の片隅で仮眠をとらせてもらう。
しばらくして、朝食ができたと起こされる。
トースト、スクランブルエッグ、ソーセージとコーヒー。
有難い。
朝食後、フロントへ。
棚田を見に行きたいと言うと、近くのツアー会社を紹介される。
ホテルから歩いて行ける場所のようだ。
礼を言い、ホテルを出る。
ツアー会社まで歩く。15分ほどで着いた。
シャッターが閉まっている。
営業時間は9時〜17時との張り紙。
建物の脇に座って待つ。
ひんやりとした朝の空気。
カラッと晴れた空。
鳥の声。
半分寝て半分起きた頭。
「ガラガラガラ」
シャッターの開く音。
気がつけば9時を過ぎていた。
ツアー会社へ入り、棚田へ行きたい旨伝える。
ガイドの案内で棚田の中を見て回れるようだ。
申し込みをし、料金を支払う。
ガイドが来るまで少し待つよう言われる。
店内のベンチに座って待つ。
しばらくして男性が一人、奥から出てきた。
Tシャツに短パン、ベースボールキャップ。陽に焼けた肌。
その小柄な男性は、ジャスミンと名乗った。
棚田までは、バイクで移動するとのこと。
バイクの後部座席に乗る。
バイクに乗るのはこれが初めてだ。
ジャスミンはヘルメットをしていない。
自分の肩を手で掴むよう、ジャスミンに指示される。
僕は両手で彼の両肩を掴む。
バイクが発進。急坂を猛スピードで登っていく。
僕の両手に力が入る。
ジャスミンの笑い声が聞こえる。
スピードに慣れてくると、頬を撫でる風が心地良い。
バイクは一本道を進んでいく。
しばらくすると、右手に崖が見える。
表面が緑色、階段状になっている。棚田だ。
もう少し先へ行ったところで、ジャスミンはバイクを停めた。
ここから先は徒歩のようだ。
コンクリートで舗装された細い道を歩く。大人一人がやっと歩けるほどの道幅。
しばらく薮の中を進む。視界が暗くなる。
ジャスミンの背中を追って歩く。
突然、視界が開ける。
目の前には段々になった田んぼ。田植えが済んでいるようで、水を張った田に緑色の小さな苗が規則正しく並んでいる。
左手は崖。右手に目を移すと開けた空間。
鼻から小さく息が漏れる。
見渡す限りの緑。奥の奥の奥まで連なる山々。その表面にびっしりと縞模様。うねうねと波打つ。
長い年月をかけ人々が築き上げた、命を繋ぐための知恵。山肌を削り、水を流し、米を育てる。長い長い間人から人へ受け継いできた営み。美しい。
棚田の中にある集落のこと、棚田の中を流れる水路について、米の収穫や脱穀のこと、ここで作られた米がどこへ行くのか、など、棚田の中を歩きながら、ジャスミンの説明が続く。
アップダウンの激しい棚田の道を歩きながら、全く息が上がることもなく、こともなげにガイドを続けるジャスミン。
歩きながら彼の話に耳を傾ける。
2時間ほど歩いた後、レストランに通された。ここで昼食を取れるとのこと。
シシグという料理を注文。
細かく刻んだ肉や野菜を炒めたものが、鉄板の上に乗っている。大盛りのご飯も添えられていた。
日本の米とは違った独特の香り。パサパサとした食感。肉汁を吸ってとても美味しい。
食事が終わり、少し休憩をした後、来た道を引き返した。
帰り道、ジャスミンは口数が少なかった。何か考え事をしているのだろうか。
時折、口をもぐもぐさせ、何かを吐き出している。
ポケットから緑色の葉っぱのようなものを取り出し、口に入れ、噛んでいる。しばらくすると、それを吐き出す。
以前何かの本で、噛みタバコというものについて読んだことがある。その類だろうか。
棚田の散策を終え、僕たちはバイクで町へ戻った。
道端で遊んでいる子どもたちが僕たちの方へ手を振り、後ろを追いかけてきた。
どこか遠くから、豚だろうか、苦しそうな鳴き声が聞こえてきた。
ツアー会社に戻ってきた。
別れ際、ジャスミンに名前を聞かれ、僕は答えた。
「タクト」
「タクト」
ジャスミンが頷いた。
僕も頷き、僕たちは別れた。
ホテルの部屋に入ると、どっと疲労感がやってきた。足が棒のようだ。
「チリン」
ベッドの脇に、金眼の黒猫。
半年ほど前から時々、姿を現す。今日は毛繕いをしている。
シャワーを浴び、夕飯も摂らず、僕は眠りについた。
・・・
3月9日、3時26分。ホテルを出て、バス停へ向かう。
街灯が無い真っ暗な坂道を下る。
スマートフォンの灯りだけを頼りに。
ふと空を見上げる。
真っ黒の空に、無数の白い光。星だ。
視線を左側の山の方へ移すと、ひときわ白く明るい場所。
天の川だ。
テレビや雑誌でしか見たことのない光景。目の前に広がる。
僕の足が止まる。
瞬きが止まる。
僕の両目は釘付けに。
目頭が熱くなる。
居てくれればいいのに。
ここに、居てくれればいいのに。
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夢を見た。
“家カラ山ヘ歩ク
コンクリートノ道
アナタノ隣ニイル、ダレカ
涙ニ暮レル、ワタシ”
次回へ続く
