Vol.9 繋がる超意識 × あなたはどう生きるか × 真逆な平凡
前回のサイパン島の悲劇は、その原稿を書きながら、まさに「美智子さまの超意識」の世界に迷い込んだような不思議なひとときでもあります。
また、戦後生まれの私にとって、アニメなどで描かれる「君たちはどう生きるか」の世界とリンクし、娯楽を超えて、自分にせまってくるものがあります。
そこで、このテーマを掘り下げ、オムニバスとして、(おおよそ)毎週、書きつづりたいと思います。
クリエーターを目指そうとする方々の応援のメッセージでもあります。
1) 世界は繋がっている
/ 『かあちゃん ごめ~ん!』
さて、身近なところからスタートしましょう。
私の父は、愛国心に燃え、19歳で特攻隊を志願した人で、私にしたら想像もつかないアニメのような物語の世界でした。
心が葛藤するから 『かあちゃん ごめ~ん!』
と、何度も何度も叫んで、自分に気合いを入れたと言っていました。
その時の父の顔と声は、今でもはっきりと覚えていますし、その父には、長年のクリエーター生活では、精神面で、ずいぶん助けられたように思います。やはり最後は、母親なんですね。
そんな父からのこころの声、
『わたしはここで生きている』 と。
私は人生において、「本当の自分と出会いたい」と思っていますが、最近、このように感じるということは、それに確信する、前ぶれかもしれません。
2) 『大事なものは、たいてい面倒くさい』
/ スタジオジブリ 「君たちはどう生きるか」
私は、宮崎駿監督を尊敬しています。
生きるということ、戦争に関すること、平和や環境問題などにも、強いこだわりを感じます。
昨年11月、マグサイサイ賞の授賞式が、マニラで開かれました。この賞は、毎年、アジアの平和や発展に尽くした個人や団体に贈られるとのこと。
過去には、マザー・テレサやダライ・ラマ14世なども受賞しています。

宮崎監督は、受賞に寄せたメッセージで、
太平洋戦争時にフィリピンでの日本による多数の市民殺害を『日本人は忘れてはいけない』と強調したとニュースで知りました。
そして、
「生と死を分けている限り、この世から争いも憎しみも無くならない」
そして、
『大事なものは、たいてい面倒くさい』
と、くちぐせのように言っておられたとも。
宮崎駿監督がマグサイサイ賞を受賞 “アジアのノーベル賞”
3) すごいからこそ平凡で、単純で、あたり前
/ 映画 「この世界の片隅に」
この映画の中に描かれていた、すずさんと共に生きる、あの「間」のある至福の時間の中にも意識を飛ばしてみましょう。
戦争映画にしては、画面に映る人たちが、少ない配給の中で工夫する食事がとても美味しそうで、
みんな笑い、連日やってくる空襲警報にも次第に慣れ、
防空壕の中で世間話に花が咲く、
切りとってアルバムに貼れるような日常
そして、「わたしは、ここで生きている」 と
この情景が片渕須直監督によって描かれています。

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この映画は、SNSでは、悲劇の中にも、至福をいただいたと多くの方々の評価もあります。
私たちの日常には 空があり、雲もあり、川が流れている
仕事の合間に 紅茶を飲んだり、LINEしたり
ランチは ひとりでカップ麺を食べて、寝ころんで
ときに 喧嘩したり、笑ったりといった平凡な営みの日々
この何気ない日常の奥にあるもの、それは、言わば超越した意識の中にこそ、存在しているのでしょう。そしてそれが、2つの映画作品から、いかに至福な人生を創造するクリエーターの基盤であるかをかみしめずにはいられません。
前回の美智子さまの歌にはじまり、相通じる意識の世界観、そして、「ほんとうの自分とであう」ことを考えさせてくれる、戦争のアニメ作品。
「超意識の世界」は、現象を超えた「繋がりの世界」
と、考えています。
そして、この「超意識」の世界は、すごい世界かと言えば、
すごいからこそ《真逆に》平凡で、単純で、あたり前の世界
なぜならそれは、人間中心的な損得ではない「天地自然の理(ことわり)」の世界だから・・・『大事なものは(真逆で)たいてい面倒くさい』。
そのような視点は、お読みいただいている皆さま(あなた)にも、共感いただけたら幸いです。
最後に、私たちが研究中のSDGsアウトサイドイン&サステナビリティ経営、人財教育サイトも御覧ください。
※このnoteと同じ価値感の、Ver.1~3をお読みいただけます。
