ドラマ「ミョヌラギ」”良い嫁”であろうとしてしまう心
最近、アマゾンプライムで韓国ドラマ『ミョヌラギ』を観て、
結婚して夫の実家に嫁いだ頃のことを思い出しました。
夫の家は田舎にあり、「嫁とはこうあるべき」
という昔ながらの価値観が、色濃くありました。
私は本家長男の嫁として迎えられ、嫁入りの餅巻きからスタート。
そこから季節ごとの大掃除、年始のお節づくり、
親戚が集まる日は早朝から最後の片付けまで、
誰よりも動き回るのが役割でした。
「女は家事、男は仕事」という価値観が根強く、
私が外で働かなくても何も言われない一方で、
家事は「全て女がする」という価値観。
親戚の女性もみな働き者です。
私は、夫の実家に行くのがストレスになっていき、
帰りの車では一人でわけもわからず泣くことも多々ありました。
夫はそれが当たり前で育っています。
ストレスは夫に向かうけど、何も言えません。
私は「察して」と態度で表し、
夫婦の雰囲気を悪くしていました。
今は当時のことはすっかり忘れていたのですが
『ミョヌラギ』を観て、
昔を思い出し、主人公のお嫁さんの気持ちがわかり、
胸がぎゅっとなりました。
ミョヌラギとは、姑や舅が嫁を呼ぶ呼称であると同時に、
嫁が婚家の家族に気に入られ、
認められたいと願う気持ちや、
その“時期”を指す言葉だそうです。
つまり、あの頃の私は「やらされている」と思っていたけれど、
実は「良い嫁に思われたい」という気持ちで、
必死だったのです。
いま振り返ると、あれもこれも「断ってよかった」と思います。
「手伝いたい」と思えば、すればよかった。
いい嫁に見られたかっただけです。
嫁いで25年以上が経ち、夫の実家のメンバーも変わり
関係性も変わってきました。
気づけば、「良い嫁なんて思われなくてもいいや」
と肩の力も抜けています。
毎月行く習慣もやめました。
同居していなくて、これだったので、
新婚から同居されるお嫁さんは、もっと大変だと思います。
これから嫁いで間もないお嫁さんたちへ。
どうか、頑張りすぎないでください。
理想の嫁を演じなくても、あなたの存在そのものが大切なんです。
義実家との付き合い方は、その時々でアップデートしていい。
今の自分の心がつぶれないことがいちばんですよ。
