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【元国税OBが語る】帳簿が全部手書きだった時代——TKCの伝票をめくりながら泣いていた頃の話



今の調査官には想像もできない世界の話をします

今の税務調査は、パソコンの画面を見ることから始まります。

会計ソフトのデータを出力してもらって、エクセルで数字を追っていく。「外注費の動きを見たい」と思えば、勘定科目で絞り込んで一覧表示。5秒で終わります。

私がいた頃——パソコンなど当然なく、ワープロすら出始めていなかった頃——の話をします。

帳簿は全部、手書きでした。

そして調査官の仕事の大半は、ひたすら紙をめくることでした。


TKCの伝票が「総勘定元帳」だった時代

当時、税理士業界でよく使われていたのがTKCのシステムです。

TKCは税理士向けの会計システムの草分けで、税理士事務所が記帳代行をする際に使っていました。

で、このTKCが出力する「総勘定元帳」というものが——

伝票の束でした。

日付順勘定科目別に伝票が綴じられている。それが総勘定元帳です、という体裁です。

通常の総勘定元帳というのは、勘定科目ごとにページが分かれています。「現金」のページには現金の動きだけ、「外注費」のページには外注費の動きだけが並んでいる。だから「外注費を全部確認したい」と思えば、外注費のページを開けばいい。

TKCの伝票元帳は違います。

つまり「外注費の動きを追いたい」と思ったら——

伝票の束をひたすらメクり伝票の束往来して探していくしかない。

元帳という名前なのに、元帳としての一覧性がまったくない。


「外注費を全部確認します」と言った日の後悔

ある調査で、外注費が妙に多いと感じました。

「外注費の取引を全部確認させてください」

言った瞬間、自分でも後悔しました。

担当者が持ってきたのは、分厚い伝票の束が12冊。1月から12月まで、月ごとに綴じられています。

これを全部めくりながら、怪しい外注費の伝票だけを抽出していく。

ひたすらめくる。めくる。めくる。

「外注費 500万現金、あった」——メモする。めくる。

これを12冊分やります。

午前中いっぱいかかりました。

しかも途中で「この伝票、前の伝票と関連があるような?」と気づいて戻ろうとすると、どこだったかわからなくなる。また最初からめくり直す。


修正液・修正テープで消された伝票の話

正しい訂正は二重線と訂正印。それが原則です。

修正液で塗りつぶすと、下に何が書いてあったかわからなくなる。修正テープも同じです。貼ってしまえば下の文字は見えない。だから帳簿には使ってはいけない。

でもやる人はやります。

修正液は「白いペンキ」です。乾くと表面に微妙な凹凸ができる。修正テープは「白いシール」です。貼った端が浮いていることがある。どちらも「何かを隠した」という痕跡そのものです。

ここで使えたのが斜光法です。

懐中電灯を横から当てて、修正液や修正テープの部分を斜めに照らす。すると表面の凹凸に影ができて、下に書いてあった数字の筆圧の跡がうっすら浮かんでくることがある。

「ここ、最初は違う数字でしたよね」

言われた担当者が固まる。

消したつもりが、紙は全部覚えていました。


領収書を「破った」のに、次のページが全部しゃべった

領収書帳(綴りになっているタイプ)をめくっていると、たまにページが途中でなくなっていることがあります。

ミシン目できれいに切り取られている。

「このページ、ないですね」

「使わなかったので処分しました」

使わなかった領収書を処分する理由は通常ありません。でもそれより先に確認することがあります。

切り取られたページの次の白紙のページです。

領収書帳に記入するとき、人は無意識に少し力を入れて書きます。その筆圧が、下のページにうっすら刻まれています。

鉛筆を寝かせて、そのページの上をさっとこすってみます。

破り取られたページに書いてあった内容が、浮かび上がってきます。

宛名、金額、日付——全部出てきます。

「処分した」はずのページが、真下のページに全部残っていました。

破った本人は、証拠を消したつもりでいた。でも紙は律儀に、隣のページに全部メモしていました。


インクの色が途中で変わっていた

手書き伝票を延々とめくっていると、不思議なことに気づくことがあります。

毎日コツコツ記帳している伝票は、インクの色がだいたい揃っています。同じペンを使い続けていれば、色味も濃さも一定です。

でもある月の伝票だけ、インクの色が明らかに違う。

薄いインクで書かれた伝票の束の中に、一部だけ妙に濃い伝票が混じっている。

これは要するに後から別のタイミングで書き加えたということです。

「このあたりの伝票、色が違いますね」

言うと「気のせいでは」と返ってくる。

気のせいではありません。1000枚めくってきた目は、伊達じゃありません。


カーボン紙の「写し」が命取り

当時の請求書や領収書は、カーボン紙で複写するのが一般的でした。

上に白い紙、下にカーボン紙、さらに下に複写用紙を重ねて書くと、同じ内容が二枚できる。一枚は取引先に渡して、一枚は控えとして残す。

この控えと原本を突き合わせると、後から書き直した部分が一発でわかります。

カーボン紙で同時に写した内容は完全に一致するはずだからです。

「お取引先からいただいた請求書と、御社の控えを両方見せてもらえますか」

この一言で青ざめる担当者を、何人か見ました。


一緒に来た暗算が得意な女の子と、3,000万円の謎

その日の調査は、暗算が得意な若い女性職員と二人で来ていました。

棚卸表を眺めながら、何気なく声をかけました。

「これ、合計いくらになる?」

彼女はしばらく棚卸表を見て、さらっと答えました。

帳簿に書いてある合計額と、3,000万円違いました。

「え、もう一回やって」

同じ答えでした。

私も電卓で叩いてみました。

彼女の暗算が合っていました。

帳簿の合計欄が、3,000万円少なく書かれていた。

3,000万円は、書き写し間違いで生まれる金額ではありません。

調査先の担当者に「合計が合わないんですが」と言うと、最初は「計算間違いでは」と返ってきました。電卓を渡したら、自分で叩いて、自分で固まっていました。

暗算が得意な職員を連れてきて、本当によかった。


あの「めくる作業」が今の自分をつくった

TKCの伝票を延々とめくりながら、何千枚、何万枚の手書き伝票を読んできたか、数えたことがありません。

でもあの作業のおかげで、「帳簿を読む」という感覚が身についたと思っています。

数字を追うだけでなく、紙の状態を読む。インクの色を読む。筆跡の変化を読む。破れた跡を読む。

パソコンに変わって調査は格段に効率的になりました。でも伝票を一枚一枚めくりながら、書いた人間の癖や感情まで読んでいたあの時代は、別の種類の仕事でした。

今の調査官に「TKCの伝票元帳を12冊めくる」と言っても、ピンと来ないでしょう。

それでいいんです。

ただ、一覧性のない元帳を12冊めくった人間が言う「外注費が怪しい」は、画面をスクロールした人間とは、重みが違います。たぶん。


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