雨降る五月たけのこで生きていく決意について
「今日の動画の裏話を日記にしてみました。トラブル続きの我が家ですが、動画と合わせて笑ってもらえると嬉しいです」
五月一日、金曜日。 気がつけばカレンダーは五月に突入していた。世間はゴールデンウィークとやらに浮き足立っているようだが、しがない一介の会社員である僕にとっては、ただの「一からの出直し」を迫られる平日の金曜日に過ぎない。おまけに空は、さっきまで雨が降っていたと言わんばかりの、じっとりとした曇天である。実に見事なまでに憂鬱なスタートなのだ。
そんな天気を、我が家の愛犬「きゅうちゃん」は、僕よりも正確に察知していた。 今朝の彼は、ソファーの上で驚くほど堂々としていた。いつもなら散歩の気配を感じた瞬間に「全力の隠れみの術」を発動させるはずの男が、微動だにしない。ストレッチすらしない。 「おい、きゅうちゃん、散歩はどうするんだい」 手ぐすね引いて誘ってみるものの、彼の瞳は『僕はね、雨が降るって知ってるんですよ』と雄弁に語っていた。確信犯である。そこまで頑なに行かないと言い張るのなら仕方がない。本日はきゅうちゃん先生の「散歩お休み」が、厳かに決定した瞬間であった。
一方で、もう一匹の相棒・はっちゃんは違った。 彼は雨などどこ吹く風。むしろ、水たまりを見つけるやいなや、「わざと」その中央へと突進していくのである。 「おいおい、はっちゃん。水たまりは避けて歩こうって、ついさっき僕が言ったばかりじゃないか」 懇願する僕に対し、はっちゃんは『これくらい余裕ですよ』とでも言いたげな顔で泥水を跳ね上げる。余裕なのは大いに結構だが、後でその泥足を拭くのは、他でもないこの僕なのだ。彼らの「余裕」のツケは、常に僕の腰の痛みに直結しているのである。

しかし、我が家の本当の戦場は散歩道ではなく、動物病院にあった。 前夜に大激走した夜間救急病院から、近所の主治医の元へとメールで診察結果が届いているはずだった。僕は朝一番でじゅんちゃんを連れ、再び病院へと向かったのである。 そこで僕を待っていたのは、ゴールデンウィーク直前×フィラリア予防シーズンという、恐るべき大群であった。
待てど暮らせど、僕の順番は来ない。一時間半が経過した。 ふと見ると、さっき外から入ってきたばかりの人が、僕を軽やかに追い抜いて診察室へと吸い込まれていくではないか。 「なぜだ! なぜみんなして僕を抜かしていくんだ!」 心の中で静かに発狂しかけたその時、カラクリが判明した。彼らは外の車内でポケベルを持って待機していた猛者たちだったのだ。中座していただけなのである。濡れ衣を着せそうになった病院のスタッフに心の中で詫びつつ、ようやくじゅんちゃんの診察が始まった。 診断結果は、やはり「胃腸炎」。とはいえ、前日の点滴が効いているらしく、ご飯も食べているし、これ以上吐くこともないという。はっちゃんのデリケートなお腹もすっかり回復傾向にあり、僕はここでようやく、張り詰めていた肩の力を抜くことができたのだった。
考えてもみてほしい。我が家には四匹の同居人がいる。これがもし、四人いっぺんに体調を崩したらどうなるか。想像しただけで、背筋に冷たいものが走る。人間で言えば、兄弟全員が同時に40度の熱を出して寝込むようなものだ。そうなったら、僕は間違いなく白目を剥いて倒れる自信がある。

そんな地獄の縁から生還した僕を迎えてくれたのは、庭の植物たちだった。 桃の実、梅の実が、僕の知らないところで一気にサイズを上げている。白いモッコウバラは満開を迎え、赤いバラにいたっては、数えてみればざっと50個ほどの蕾(つぼみ)を膨らませて、今にも爆発(開花)しそうな勢いなのだ。実に見事。これらが一斉に咲き誇る様を想像するだけで、僕の荒んだ心は一瞬で洗い流される。
そして、その庭の恵み(と、少々の物価高の苦渋)が、本日の朝食へと姿を変える。 もち麦のたけの子炊き込みご飯、たけのこの煮物、小松菜と卵の炒め物、残った小松菜とエノキの味噌汁、納豆、ヨーグルト。 まずは、僕が丹精込めて煮上げたたけのこを一口、口に運ぶ。
――美味すぎる。 何なんだ、この美味さは。もう僕は、これからの人生、たけのこだけで生きていっても何ら悔いはないと、本気で神に誓ったほどである。物価高騰の波に抗い、ちょっと奮発して卵を二個投入した小松菜の炒め物も至高。味噌汁は、疲れ切った五臓六腑にしみじみと染み渡る。
ふと足元を見れば、案の定、はっちゃんが僕のおこぼれを虎視眈々と狙ってギロリと目を光らせている。ソファーにはきゅうちゃんがふんぞり返り、じゅんちゃんはこたつの中に身を隠し、茶太郎はなぜか玄関で気配を消している。
トラブル続きで、僕のライフはすでにゼロに近い。しかし、このクソ騒々しくも愛おしい家族が全員、健やかに僕の飯を狙っている。その事実だけで、まあ、五月の最悪なスタートも、それほど悪くはないな、と思えてしまうのである。
